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プロローグ

剣と魔法の世界。

600年前、世界は破滅直前まで追い込まれていた。

世界の三分の一まで追い込まれた人類世界。

世界の三分の一を侵略した聖魔王バルバディオス。

そして世界の三分の一を己が物とした伝説の魔女『グレート・ウィッチ』


だが聖魔王バルバディオスとグレート・ウィッチは互いに争い、

その疲弊しきった所を、勇者シンによって倒された。


しかし聖魔王バルバディオスは勇者シンに倒される直前、

己の魂を500年後に転生させた。


そしてグレート・ウィッチは不死身の存在であるため、石像として封印された。


これはそんな『伝説の魔女』を巡る物語である。

 暗い闇の中。

 少年は必死に逃げていた。


 ……捕まれば、今度こそ一生アソコから出られない……


 少年は太い樹木の間を、まるで罠のように張り巡らされた丈夫なツル植物を乗り越え、懸命に走る。


 ……大丈夫だ、ここは『禁忌の森』だ。きっとこの中までは追っ手は来ないはず……


 だがそんな少年の期待を裏切るかのように、背後から


「どこに行った?」「アッチだ!」「ここにツタを切った跡がある!こっちを通ったぞ!」


 という声が聞えていた。

 チラチラとランプの光も見える。


 ……逃げる、逃げるんだ……なんとしても!……


 少年は何度も転び、潅木や下草の鋭いトゲで全身に無数の傷を負っていた。

 だがそれらに気を払う余裕はない。

 もし追っ手に捕まれば、少年には厳しい罰が与えられた上、この先の一生を過酷な『最下層の奴隷』として生きていくしかなくなるのだ。



 『禁忌の森』の奥深く。

 既に『樹海の底』と言ってもいいような、深く沈んだ森。

 樹齢数百年どころか数千年を経ているような、巨大な樹木が捻じ曲がったように天に昇っている。

 夜という事もあるが、空は全く見えない。

 おそらく昼でも空は見えず、地面に陽は射さないだろう。


 ……ここまで来れば大丈夫だ……


 少年は全身に汗と、無数の傷による細かい糸のような血に塗れながら、巨木の森の中を歩いていた。

 少年が森に入って八時間以上は経っている。

 既に追っ手の姿も気配もどこにもない。

 それでも少年は足を止める事はなかった。

 捕まった時の恐怖、悪魔のような主人からの折檻、そして重課役用の奴隷として生きる絶望。

 それを考えると少年は「少しでも遠くへ逃げたい」と思うのだった。


 若干11歳にして奴隷として生きる事への絶望を知ってしまった。

 彼は『重課役用の奴隷』だった。奴隷の中でも最下層だ。

 奴隷の中にも家族も持てれば、それなりの人生を送れる『屋敷人』と呼ばれる奴隷もいる。

 だが『畜人』と呼ばれる彼のような奴隷は、奴隷達にさえ『奴隷扱い』される最低の奴隷だった。

 彼らには家族もなく、ただ重労働のためにコキ使われ、大抵が30歳になる前に死んでいった。


 ……あそこに戻るくらいなら『禁忌の森』で魔物に喰われた方がマシだ……


 少年はそう思いながら、暗い森の中を歩いていた。

 ふと目を上げると、目の前に何やら石と樹木が絡み合ったような建造物らしきモノがあった。

 自然と足はそちらに向かった。

 近くまで寄ってみると、それは巨大な寺院とも墓所とも思えるような石造建築物だった。

 巨石の間や上には、無数の植物が絡むように生えている。

 おそらく何百年も前の遺跡だろう。


 ……もしや、これが伝説の魔女の封印された場所?……


 少年の心の中に得たいの知れない恐怖が沸き起こって来た。

 『禁忌の森』には、かって世界の三分の一を手に入れたと言われる『グレート・ウィッチ』が封印されている。

 この世界には昔からそういう伝承があった。


 ……だけど、もし伝説の魔女が封印されている場所なら、追っ手もココには入って来ないはず……


 少年は建造物を見渡した。

 縦横50メートルほどの大きさだろうか?

 周囲には様々な恐ろしげな姿をした、神とも魔物とも区別が付かないレリーフが施されている。

 そして中央には、一際恐ろしい表情をした巨神が口を開けていた。

 中には不思議な模様と文字が刻まれた扉が見える。

 どうやらそこが入り口らしい。

 少年はその扉の前に立った。

 太陽と月のマークが、手を置くのに都合が良さそうだ。

 少年は左手を太陽に、右手を月のマークに置き、力を込めて扉を押した。

 ガシャリ、と言う音がしたかと思うと、重々しい音と共に、何とか扉は開いた。

 扉の中は、すぐに地下へと続く階段になっていた。

 その暗い穴からはムッとするような濃密な黴臭い臭いと、異様な臭気が立ち上ってくる。

 だが少年は地下へと続く暗い階段に足を踏み入れた。


 しばらくすると最初に感じた異様な臭いにも慣れてくる。

 かなりの長さの階段を降りると、再び扉が現れた。

 やはり太陽と月のマークに両手を付いて扉を押す。

 扉を開けると、中は広間になっていた。

 『発光石』が柱や壁に備え付けられており、広間全体がボンヤリと明るく照らされている。

 その中には、様々な魔神像、魔物像と共に、宝箱とおぼしき物もあった。


 奥にはさらに扉が続いている。

 少年はその扉も同様に開いた。

 そこは暗い部屋だった。

 発光石はあったのだが、正面に二つだけしかない。

 そしてその間には、石造りの椅子の上に、恐ろしい顔をした女性像があった。

 その顔はこの世の全てを憎むように、その口はこの世の全てに呪いをかけるように大きく開かれている。長い髪の毛は蛇のように立ち上っている。

 女性像の胸には七色に輝く魔宝石の首飾りが、そして心臓がある位置には、突き立てられた大剣があった。


 ……剣を手に取れ……


 何者かの声が頭に響く。

 少年は恐怖を感じていた。

 だがそれと同時に、その石像に何か引き寄せられる物を感じていた。


 夢遊病者のように石像に近寄り、突き立てられた大剣に手をかける。

 一気にそれを引き抜いた。

 剣はまるで待っていたかのように、スルリと石像から引き抜かれた。

 少年は手にした剣を眺めた。

 数百年も経っているとは思えないほど、鋭く磨かれた銀色に輝く剣だ。


 その時、石像から漆黒の影が湧き出した。

 漆黒の影は見る見る内に恐ろしげな人型を形作る。

 石像ソックリな人型だ。

 目の位置が赤く光る。

 少年の頭に、直接何者かの声が響いた。


「汝、妾と魂の契約を結ぶ者か?」と。


 少年は心臓を氷の手で握られるような恐怖を感じた。

 だが同時に魂の根源が震えるような何かを感じる。

 少年は力の限りに叫んだ。


「そうだ!俺がその相手だ!」



 聖魔王バルバディオスは、目を見開いていた。

 目の前の光景が信じられなかったのだ。

 この『伝説の魔女、封印の社やしろ』の扉が開いている時から、不安は感じていた。

 だが普通の人間に、この社の扉は開く事が出来ないはずだ。

 その扉が開かれている。


 そして『封印の間』に入った聖魔王の目に入ったものは……

 バラバラに砕け散った『グレート・ウィッチ』の封印像だった。

 一緒に入ってきた部下が、恐れるように言った。


「数時間前までこのような状態ではありませんでした。と言うか『封印の社』の扉は固く閉ざされており、我々はここには立ち入らないようにと……」


 聖魔王は振り返りもせず、部下に向かって左手を一閃させた。


「ぐばぁっつ!」


 その部下は苦痛の悲鳴も途絶え、体中が千切れるように砕け散って消滅していった。

 他の部下達に脅えが走る。


「ここには600年前に『世界の三分の一を手に入れたグレート・ウィッチ』が眠っていたんだぞ!」


 聖魔王が怒りに燃えた目を虚空に向けた。


「同じ頃、俺は残りの三分の一を支配していた。そして俺とグレート・ウィッチは互いに戦う事になった」


 部下は震えながら、主の言葉を聞いていた。


「俺と彼女の力は全てにおいて互角だった。そして俺たちは弱り切った所を勇者シンに倒されたのだ。だが俺は『魂の核』を消滅させられる前に、転生の秘法を使ってこの時代に甦った」


 聖魔王は血が流れ出るほど、強く拳を握り締めていた。


「だが彼女は勇者シンに『封印』されてしまった。俺は転生するとすぐに彼女を探し回った」


 ギロリ、と聖魔王は背後の部下達を睨んだ。


「貴様らは、俺のその苦労を無駄にしたのだぞ!」


「ひいぃっ!」部下達は声にならない悲鳴を上げた。


「地獄の百蛇に百年喰われ続けろ!獄喰百蛇呪!」


 部下達の足元に暗黒の空間が開いたかと思うと、そこから紫光を帯びた黒い巨大な蛇が何十となく鎌首を持ち上げた。


「うわあぁぁぁ!」「ひいいぃぃぃ」「た、たすけてぇぇぇ」


 数々の悲鳴を上げながら、部下達は黒い蛇に咥えられ、齧られ、引き千切られ、飲み込まれていった。


「我が主よ。どうかお怒りをお納め下さい」


 周囲に八人の影が現れた。

 彼らはいつ・どこから現れたか不明だ。


「『グレート・ウィッチ』無しでは、この世界を制覇する事は出来ん!彼女にはまだ秘められた力があるのだ!」


 聖魔王は歯噛みするように言った。


「存じております。よって我々幹部八人、五人の『魔将軍』と三人の『魔賢者』がその大役、仰せつかりたく存じます」


 その言葉に合わせて、全員が恭うやうやしく頭を下げる。


「行け!絶対に、どんな事をしても、甦った『グレート・ウィッチ』を見つけ出すのだ!」


 聖魔王バルバディオスは右手を振りかざし、強い声で命令を下した。


「ハッツ!」


 八人の幹部が応礼の声を同時に上げ、先を争うように姿をかき消した。

 一人封印の間に残った聖魔王バルバディオスが、誰にとも無く呟く。


「出会えさえすれば、彼女は俺の元に来るはずだ。これは預言書に記された運命なのだから」

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