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誰も知らない勇者


 全ての片が付いた後。

 レオンハルトは1人、原生林の中を彷徨っていた。道のない茂みの中をガサガサと歩く。


 あれから不正を働いた大臣たちは国王によって断罪され、全ての財産を没収された上で国外への追放となった。

 赤髪は『下手に追放すると危険人物になり兼ねない』といった理由から、従属魔術を掛けられた上で強制労働に就かされている。

 強制労働と言っても、人々の役に立つ魔物退治がほとんどだ。やっていることはレオンハルトとそう変わらない。まぁ、悪くない判断だと思う。


 ──にしても、ここはどこだ?


 レオンハルトは自分に思い出せる限りの、前に魔王城に向かった時に通ったと思われる場所を歩いていた。依然として城の場所の記憶は抜けたままだ。


 あの処刑の日からしばらく経ったが、あの日以降、レオンハルトはルディウスの姿を一度も見ていなかった。


 ……やっぱり怒っているんだろうな。


 あの群衆の中にいたのなら、自分が演技で牢に捕まっていたことも聞いていたことだろう。

 長い間、ルディウスを騙していたことになる。


 自分のことを本気で心配して、わざわざ料理まで作り、毎日牢まで来てくれていたのに……。

 そんなルディウスを騙しているつもりはなかったが、結果として見てみれば、嘘をついていたことに違いはなかった。


「……ああ、くそ。またここに出たか」


 バツ印の付いた大きな岩。

 この前を通るのは、もう6回目だった。


 ルディウスの『帰ってくるな』の命令がまだ残っているんだろうか? 魔術士たちからは『もう術は解けている』と聞いていたんだが。


「……仕方ない」


 日が暮れてきたこともあり、今日はここで野宿をすることにした。(たきぎ)になりそうな落枝を拾ってきて火を点ける。


「……ちゃんと会って謝りたいな」


 持ってきた食料は、せいぜいあと5日分といったところだった。あと2日以内にここを抜けられなければ、国に帰るしかなくなる。


「……ルディウス……。どこにいるんだ……」


 そう口にした時、背後に気配を感じた。

 反射的に抜いた剣がその気配の喉元で止まる。


「──!」


 そこには微動だにしないルディウスが立っていた。いつもの見慣れた『男の』姿でだ。


「……ルディウス。お前、どうして、」

「やっと名を呼んだな。……約束しただろう。もしもの時はオレを呼べ。必ず助けると。口に出した約束は、オレにとって魔術と一緒だ」


 驚きを隠せないレオンハルトに、不貞腐れた顔のルディウスが答える。


「……オレのことなんか、とっくに忘れてると思ってた」


 その小さな呟きは、焚き火の弾ける音に掻き消され、レオンハルトの耳には届かなかった。


 もしかして、俺が呼ぶのをずっと待っていたのか?……いや、まさかな。都合良く考えようとする自分の頭を本気で殴りたいと、レオンハルトは思った。


「この原生林にはエルフが住んでいる。お前には通り抜けるのは難しいと思うぞ。こんな所で何をしていたんだ?」


 ルディウスが訝しんだ顔で尋ねてきた。

 なるほど。これはエルフの幻術だったのか。

 ルディウスに何かされているのかも、と思っていたことは内緒にしておこう。


「何って、お前に会いに魔王城に行こうと思っていたんだよ」

「…………オレに……?」


 それ以外に、こんな所を歩く理由はないだろうと言ってやると、ルディウスは驚いた顔で押し黙った。


「ルディウス」


 レオンハルトは真剣な目を向ける。


「な、何だ、改まって」

「済まなかった!」

「!?」


 座ったまま頭を下げるレオンハルトを、ルディウスは呆気に取られた顔で見ていた。


「俺はお前に隠していたことがたくさんあった。騙していたわけではないが、嘘……に近いと思う。お前が本気で心配してくれていたのに、俺は何も話していなかったんだ。それをずっと謝りたいと思っていた」


 牢にいた時、国王からの使者が訪ねてきた。

 本当ならすぐに牢から出すところだが、大臣たちの不正を暴くために協力して欲しい、と。

『このことは誰にも口外しないように』


 正直、レオンハルトは迷った。

 毎日のように食事を持ってきては、退屈な時間を埋めるように話し相手になってくれるルディウス。

 その好意に甘えたまま、何も話せないでいる自分。真実を伝えられないことで、罪悪感は日が経つにつれ積み重なっていった。


 だが。


「ああ、そのことか。それなら全部知っていたぞ」


 ケロリとした顔で、ルディウスはレオンハルトの憂いを吹き飛ばした。


「知っていた!? どうして」

「お前ほどの男が、あんな牢から自力で抜け出せないはずがないだろう」

「……なん、だと」


 確かルディウスは、処刑が決まったことを本気で怒っていたような……。そのことを聞くと、


「あれはそんな面倒な役を、お前だけに背負わせようとしている国に腹が立っただけだ。お前がそんな茶番に付き合ってやる必要なんて、どこにもないだろう」


 と、俺が処刑される心配は微塵もしていなかったらしい。負けた相手に強さを認められて嬉しいんだか、悲しいんだか。


「じゃあ、何でわざわざ毎日、手料理を?」


 そう尋ねると、ルディウスは顔を赤くさせて俯いた。


「そういえば、お前が女だって聞いたんだが……」


 ルディウスは俯いたまま何も答えない。


「……ルディウス──」


 手を伸ばし、その頬に触れそうになると、ルディウスは慌てたように身を引いて声を出した。


「……オ、オレだって。お前に隠していることはたくさんある。それも謝罪しなければいけないことか? それを話したら、お前はオレを嫌うかもしれない。それでも、お前はオレのことを知りたいと思うのか?」


 顔を上げたルディウスは今にも泣き出しそうな顔で、青い瞳に涙を溜めていた。


「……ああ、俺はお前のことが知りたい」


 レオンハルトはルディウスの髪にそっと触れた。柔らかく温かい髪を、優しく撫でる。


「ルディウス、お前が約束を守ってここに来てくれたように俺も誓おう。どんな話を聞いたとしても、俺はお前を嫌ったりはしない。お前の過去に何があっても、俺だけは味方でいると約束しよう」


 その言葉を聞いたルディウスは深く息を吐き、その姿を本来のものに戻した。


 月の光に似た銀色の長い髪に青い瞳。

 美しい容姿のダークエルフ。

 魔王というよりは女神に見えた。


「……綺麗だ。とっても」


 素直に口にすると、ルディウスは涙をひと粒流して悲しそうな顔をした。


「嘘をつくな。見ての通り、オレは人族とは違う。エルフとも違う。……オレは魔族なんだ。人族のお前の目には、きっと醜く映っていることだろう」


 レオンハルトは軽く溜息をついた。


「魔族だからそれが何だ。お前はお前だ。そうだろう? 魔王なのに畑仕事をしてて、争いが嫌いで傷つきやすくて、あんなでかい城に独りきりで。……強がってるけど寂しがり屋で……」


 泣いているルディウスを、レオンハルトは強く抱き締めた。


「お前が今まで、人族からどんな目で見られてきたのかは知らない。酷いこともたくさん言われてきたのかもしれない。簡単にお前の気持ちがわかるなんて、口にするつもりもない」


 レオンハルトは自分の胸ポケットから小さな酒瓶を取り出した。


「……レオンハルト、何を」

「お前の『血』をもらうぞ」


 真剣な眼差しを向けられ、ルディウスは一瞬だけ動けなくなった。もし頭をよぎった考えが合っているのなら、絶対に止めなければいけないのに。

 レオンハルトはルディウスの指先を小さく切り、そこから滴る血を酒に混ぜた。


「ッ!! 馬鹿、止せッ!!」


 間に合わなかった。止めるのが遅かった。

 レオンハルトはその血酒をひと息に(あお)り、その場に倒れた。


「レオンハルトーッッ!!!」



 魔王の悲痛な叫びが森に響いた、その日。

 レオンハルトという名の勇者は、この世から姿を消した。




 それからしばらくして、人族の間に新しい勇者が誕生することになる。もちろん赤髪のことではない。正式に選ばれた、正真正銘の勇者だ。


 その勇者の誕生以降、人族が魔王と争ったという記録は残されていない。

 その後も勇者は何度か代替わりしたが、魔王が代替わりしたという話は伝わってこなかった。


 美しいダークエルフの魔王。

 ルディウス・ロイシュタッド。


 その傍らには、白い髪に翠眼の『魔族の男』が常に付き従っていたという。

 魔族嫌いだった魔王を助け、魔族たちを束ね上げた手腕とその強さは、男が『元は人族だった』という噂を瞬く間に払拭させた。



 これはそんな魔王城での、ひと時の語らい。


「……どうしてあの時、お前は躊躇いもなく魔族になることを選んだんだ?」


 玉座に座るルディウスは、寄り添うように立つレオンハルトに尋ねた。魔族になる方法を知っていたことについては前に聞いたが、どうしてその道を選んだのかは聞いていなかった。


 人族が魔王の血で魔族になる、あの方法。

 実は成功する保証はどこにもなかった。

 ルディウスが知っている話では、半分以上が身体の変化に耐え切れずに生命を落としている。


「……言ってなかったか?」

「ああ、聞いたことがない」


 じっと青い瞳で見つめる魔王に、元・勇者は深い緑色の瞳を優しく細めて返した。


「俺がお前の傍にずっといたいと思ったからだ。お前に負けたあの日、俺は『魔王のもの』になったんだからな」


「…………オレの……」


 そう呟いたルディウスは、魔王として初めて出会った頃と同じように、隠し切れていない照れ顔で嬉しそうにしていた。



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