処刑される勇者
その日から、ルディウスは毎日のように食事を持ってくるようになった。
この牢を破るのは容易いが、それをしてしまえばレオンハルトは勇者からお尋ね者へと、名を落とすことになる。レオンハルトは別にそれでも構わないと思っていたが、ルディウスはそれを望んでいなかった。
それに最初は、レオンハルトも軽い気持ちで牢にいた。そうしない内に疑いは晴れるだろう、と。
しかしそれが、ひと月、ふた月……と日を重ねていくと、あまり悠長なことも言っていられない雰囲気になってきた。
そんな、ある日。
「レオンハルト、大変だ」
いつものように牢を訪ねてきたルディウスは、怒っているような戸惑っているような、そんな顔をしていた。
「ずっと変だとは思っていたんだ。ろくに取り調べもなく、こんなに長く勾留されているなんて」
「落ち着け。どうしたんだ?」
尋ねるレオンハルトに、ルディウスは真剣な目を向ける。
「……お前の処刑が決まったそうだ」
やっぱりそうなったか。続くルディウスの言葉をレオンハルトは静かに待つ。
「大衆の前で行う公開処刑だそうだ。お前が人々を裏切って『魔王に国を売った』と……」
そこまで言って、ルディウスは言葉を詰まらせた。
最悪の想定ではあるが、すでに予想していたことでもある。だからルディウスからその話を聞いても、レオンハルトが顔色を変えることはなかった。
「……そうか」
そう短く返すと、ルディウスの方が声を荒らげた。
「……! お前、何でそんなに落ち着いていられるんだ? まさかこんなことが予想通りだったとでも言うつもりか!?」
レオンハルトは驚いた。
ルディウスがこんなに大きな声を出したり、表情を変えるとは思っていなかったからだ。
それに、どうしてルディウスがレオンハルトのことでそこまで怒るのか、それもわからなかった。まさかこの魔王は、自分に責任があるとでも思っているのだろうか。
「ああ、そうだ。予想通りだ」
レオンハルトが答えると、ルディウスは信じられないと言うように、わずかに目を見開いた。そんなふざけた理由の処刑劇、レオンハルトだって出来ることなら信じたくはない。
大方、あの赤髪と共謀した大臣の誰かが考えたのだろう。
同じ時代に勇者は1人しか存在できない。
それが、この世界のルールだ。例え国王であっても、この決まりは変えられない。
あの赤髪が『本物の勇者』となるためには、レオンハルトは邪魔な存在となる。レオンハルトが生きている限り、あの男は絶対に勇者にはなれない。
勇者になりたい赤髪と、それを利用したい大臣。互いの利点はそんなところか。
裏で私腹を肥やす大臣にとっても、赤髪が勇者となった方が何かと都合が良いのだろう。
結果として、レオンハルトを処刑してしまうのが手っ取り早い、となったわけだ。
「……レオンハルト……」
反応の薄さが何もかも諦めているように映ったのか、ルディウスはレオンハルトの代わりに怒り、感情に乗せて目の色を変えた。
言葉通り、透き通った青色から燃えるような紅色に。
「……オレは認めないぞ。お前がこれを黙って受け入れるというのなら、いっそオレが──」
怒りで瞳を紅く染めたルディウスは、この国自体を消してしまいそうな雰囲気を醸し出していた。
「止めろ! ルディウス、落ち着いて話を聞いてくれ。俺はこうなることを予想していただけだ。むざむざ殺されるつもりはない」
処刑の日に国外に逃亡する。
国があるのは、何もここだけではない。
他の国に行ってしまえば、生きていくことは出来る。勇者を必要としている国は他にもある。
レオンハルトが考えていたことを話すと、一旦はルディウスも気を静めた。しかし、納得はしていないようだった。
「レオンハルトがこの国から出て行く必要がどこにあるというんだ? むしろ出て行くのは向こうの方だろう。お前は何も悪いことをしていない。堂々としているべきだ。違うか?」
魔王に破れた上に、どう在るべきか諭されるとは。レオンハルトは苦笑いした。
「……俺にはお前の言葉の方がよっぽど効くよ」
そう言って肩を竦めてみせると、ルディウスはたまに見せる切なげな表情になった。
「お前が逃げると言うのなら、処刑の日まで待つ必要はない。オレなら今すぐにでも、この檻を壊してやれるぞ」
レオンハルトは静かに首を振った。
自分だって別に、檻が壊せないから牢にいるわけではない。
「今はまだその時じゃない。俺はみんなに伝えたいことがあるんだ。今回のことは俺が自分で何とかする。お前は手を出さないでくれ」
これだけは伝えなければいけない。
まっすぐに見つめるレオンハルトの深緑色の瞳を、月の光を映した青い瞳でルディウスも見つめ返した。
「……わかった。余計な手出しはしない。だが、もしもの時はオレを呼べ。必ず助けると約束しよう」
無実の罪を着せられた勇者の味方が、生真面目な魔王だけとは……。
「はは。そいつは頼もしいな」
茶化したつもりはない。
この時のレオンハルトは、心の底からそう思っていた。
そうして時は過ぎ、レオンハルトは処刑の日を迎えることとなる。
◇◇◇◇
ジャラリ……
金属製の鎖が垂れ下がり、音を立てる。
力を抑えつける魔術具で首と両手両足を拘束されたレオンハルトは、わずかな歩幅で処刑台へと向かう。
顔を隠した執行人たちに囲まれ、衆目に晒されたレオンハルトの姿は、きっと今、この国で一番惨めに見えていることだろう。
だからこそ、あえてレオンハルトはまっすぐ前を向き、背筋を伸ばした。
「!」
歩を進めるその途中、押し寄せた群衆の中に青い瞳のルディウスを見つけた。
まさかこんな所にまで……。人を避けて引きこもっていた魔王からは想像もつかない姿だった。きっと自分を心配してのことだろう。
深くフードを被ってはいるが、レオンハルトは自分のことよりも、ルディウスが誰かに見つかってしまわないか心配になった。
「偽物の勇者が!」
「裏切り者ー!!」
「オレたちを騙しやがって!!」
人々から罵りの声が上がる。
どんな触れ込みで人々を煽ったのかは知らないが、投げつけられる言葉で大体の予想はついた。
「──ッ!」
投げつけられた石で額が切れ、視界が赤く染まる。
「魔王の犬め!」
他の者も追随して石を投げつけようとしていたが、そのことごとくは投げた者に跳ね返っていた。かすかにレオンハルトの口の端が上がる。
再び目を向けると、紅い残光をその場に置いて、ルディウスは群衆の中から姿を消していた。
あの赤髪と大臣は、そんなに勇者と魔王を敵に回したいのか……。思わず溜息がもれる。
レオンハルトがこの時点でも大人しくしているのには、理由があった。
処刑台の上。
大衆の目が一点に集まるこの場所で、レオンハルトはみんなに言いたいことがあったのだ。
「──魔王の手先となり、国王と国民を裏切った反逆者レオンハルト。最期に言い残すことはあるか?」
根も葉もない罪状が読み上げられ、残す言葉を問われる。そこでレオンハルトは大きく息を吸い、声を張り上げた。
(みんな聞いてくれ! 魔王は──)
ッ!? 声が、出ない!!
(魔王は誰も傷つけたりなんか──)
レオンハルトは愕然とした。
首を拘束している魔術具に声が吸い取られていく。
(頼む! 聞いてくれ! 魔王は争いを望んじゃいない! あいつは悪いヤツなんかじゃないんだ!!)
レオンハルトがどんなに声を絞り出そうとも、それが民衆に届くことはなかった。
「ああ、もういいだろう。こんな男、さっさと処刑してしまえ。皆の期待を一身に集めてきた者が、こんな裏切り者のクズだったとは。こんな汚点は早く消してしまわねばならん。のぉ、勇者よ?」
いやらしい笑みを浮かべた大臣が、鼻下のヒゲを撫でつけながら赤髪の男に話を振る。
「くくく、全くだ。こうはなりたくないもんだな。無様な姿で見ていて可哀想になってくる。ああ、だが。魔王の犬には、お似合いな最期とも言えるがなァ。があっはははは!」
赤髪の男は嘲笑を浮かべたまま剣を抜き、レオンハルトの前に立った。両脇にいた執行人たちがレオンハルトの腕を掴み、跪かせる。
「せめてもの情けだ。絞首ではなく、おれ様の剣でその惨めな人生を終わらせてやるとしよう」
大きく振り上げられた赤髪の剣は、まっすぐレオンハルトの首に落とされた。