捕らわれた勇者
「……俺をどうするつもりだ?」
こちらから攻撃をするつもりはないが、レオンハルトが眼光を鋭くして見渡すと、魔術士たちはみな一斉に縮み上がった。
「き、危害を加えるつもりはありません。貴方に何らかの魔術や呪いが掛けられていれば、それが解かれるだけです!」
魔術……!
しまった。レオンハルトは表情には出さずに内心で焦った。ルディウスから掛けられている従属は『魔術』だ。操られていると誤解される可能性が高い。いや、確実に誤解される!
「その必要はない。俺は自分の意思で話している」
「それを判断するのはお前じゃない。そうだろう、大臣?」
赤髪に尋ねられた大臣たちは、魔術士に何やら指示を出す。すると円を描くように均等に広がり、魔術士たちはレオンハルトに向けて手をかざした。
この場で疑いを晴らしたければ、大人しく『解呪を受けろ』ということだろう。レオンハルトは心の中で舌打ちをした。
「で、ではまず、レオンハルト様に魔術や呪いが掛けられているかどうかを調べさせてもらいます」
魔術士たちが呪文を口にすると、レオンハルトの足元に紅黒い光が浮かび上がった。
魔術の文言が薄らと浮き出そうになったところで、魔術士たちの術がことごとく弾かれて消える。
「ッ!! これは魔術反応です! レオンハルト様には、我々でも解けないような強力な魔術が掛けられています!!」
声高に叫ぶ魔術士を押し退け、赤髪が瞬時に動いた。剣を抜き、レオンハルトとの距離を一気に詰める。大臣たちは王を囲み、後ろへ下がった。
「落ち着いてくれ! これは危険な魔術ではない! 俺は操られてなんかいない!」
斬りつけてきた赤髪の剣先が、レオンハルトの髪をかすめる。
「黙れ! この状況でそんな言い訳が通用すると思うな、この裏切り者め! 元・勇者が聞いて呆れるわ!!」
手を緩めず、尚も斬りかかってくる赤髪。
見回した周囲の目は厳しく、誰にも聞く耳は持ってもらえそうになかった。
「──!」
魔術士たちからも、弱体化させる魔法がレオンハルトに掛けられる。それにより防御力と速度が落とされ、レオンハルトの動きは次第に鈍くなっていった。討伐目標の魔物にでもされた気分だ。
「頼む! 俺の話を聞いてくれ!」
減速させられたレオンハルトは、赤髪の攻撃をかわすだけで精一杯だった。装備品は謁見に際して預けているため、今は剣どころか、ろくな防具も身に着けていない。
ここまで話が通じないとは思っていなかった。
控えていた剣士たちにも囲まれ、もはやレオンハルトに逃げ場はない。
「魔王の手先め! 喰らえ!!」
囲っていた剣士の1人が、他の者の剣をさばいていたレオンハルトの背中に斬りかかった。
避け切れない! そう思った、次の瞬間。
レオンハルトの身体を包み込むように眩い闇色の光が溢れ、斬りかかる剣士との間に1人の人物が現れた。
──ルディウス!?
ただその髪色は漆黒に染まり、瞳の色は血のような紅い色に光っていた。まるで人族の想像する魔王像を、わざと具現化したかのように。
「……ぐ……っ!」
ルディウスが軽く手をかざしただけで、その場にいた全員が凍りついたように動きを止めた。
何ものも寄せ付けない、圧倒的な威圧感。
この空間を支配しているのが、目の前にいる『魔王である』と、誰もが恐怖する本能で悟った。
その魔王が薄く笑い、声を落とす。
『こしゃくな人族共め。せっかく勇者を我の手駒としてやったものを、たかが魔術士ごときに破られるとは。あぁ、これではもう役には立たん』
そう言い残し、ルディウスは姿を掻き消した。
凍りついていた場の空気が戻り、魔術士たちが崩れ落ちるように床に手をつく。
「い、今のが……魔王……!」
「な、何て恐ろしい魔力だ……!」
レオンハルトはその場に呆然と立ち尽くしていた。
魔王城を出る前にルディウスが出した命令の『必ず無傷で帰ってこい』。あれは、信用していなかったから出された命令ではなかった。レオンハルトに何かあった時、自分が呼び出されるように掛けた魔術だったのだ。
レオンハルトが『無傷で』帰れないような状況に陥った時、すぐに駆けつけられるようにと。
────ルディウス……。
レオンハルトはルディウスが去り際に残した言葉を心の中で繰り返した。自分だけに残された声だ。
『……こんなことになって済まない。お前まで人族に嫌われる必要はどこにもないんだ。お前はやはり、人族の国にいるべきだと思う。今まで本当にありがとう。……最後の命令だ。もう帰ってくるな』
──そんな命令ってあるかよ!!
レオンハルトはすぐにルディウスの後を追おうとした。しかし、どんなに記憶をたどっても、どうしても魔王城の場所だけは思い出せなかった。
その後、大臣たちの話し合いの結果。
魔術反応もなくなったことから、『一時的に魔王に操られていただけであった』ということになり、レオンハルトは安全が確認されるまでの間、城の牢に入れられることとなった。
◇◇◇◇
牢の壁に開けられた明かり取りの穴から、青白い月の光が降り注ぐ。
ルディウス……。
あいつが俺に掛けた魔術は従属させるものだったのに、無理やり命令されたことは一度もなかった。
俺を助けるために危険を冒してまで、自分の生命を狙っているこの国に来たのか?
それに……俺の無実を証明するために、わざわざ下手な芝居まで打って、自分だけを悪者みたいにして──……。
俺のせいで、あいつは大臣たちが言っていたような『人族に敵対する魔王』として人々に認識されてしまった。
「…………」
……あいつ、1人でもちゃんと飯を食っているだろうか?
そんなことを考えていると、ルディウスが作る料理に似た匂いがしたような気がした。食欲をそそるとは言えない野菜中心の健康的な匂いだが、ここで思い出すと懐かしさを覚えるから不思議だった。
さっき出された牢屋飯があまりに不味くて、ほとんど手を付けなかったせいだろうか。
それにしても、やけに鼻に香る……?
「て、何やってんだよ」
顔を上げると、牢屋の鉄格子の向こうにルディウスがいた。手には湯気を上げる温かい料理を乗せたトレーを持っている。
これが幻だったら、自分の頭を吹き飛ばしてしまいたい、そんな衝動に駆られた。
「え、いや。何って、食事を……だな」
たどたどしく答えるルディウスに力が抜ける。
「……そうじゃなくて。何でここにいるのかって聞いている。人に見つかったらどうするつもりだ?」
さっき姿を消す時に、今生の別れみたいな台詞を残したのは何だったのか。
「門番は魔法で眠らせてある。この姿も他の者には別人に見えているから大丈夫だ。お前に『来るな』と言ってしまったからな。オレが来るしかないだろう」
文句を言うように、ここに来た理由を口にしたルディウスは、鉄格子の下から半分だけトレーを中に差し入れた。
「……それにとっさのことで、気の利いた言葉が出てこなくて済まなかった。結局、疑いは残ってしまったんだな……」
冷たい鉄の柵に触れ、ルディウスが詫びるように呟く。
俺のその後が気になって、わざわざ見にきてくれたのか……。レオンハルトは心が温かくなるのを感じた。
「なかなか良かったぞ。お前の魔王っぷり」
「──ッ」
レオンハルト的には褒めたつもりだったのだが、ルディウスは気に入らなかったようだった。
顔を赤くして「料理が冷める前にさっさと食べてしまえ!」と、そっぽを向かれてしまう。
「……いただきます」
ちゃっかり自分の分も持ってきている辺り、やはり1人で取る食事は味気なかったのだろう。
温かいスティンプのスープは、ほんのり甘くて優しい味がした。