疑われた勇者
「今から畑に行くのか?」
「そうだ。お前も付いてこい」
魔王城に住んでいたのは、ルディウス1人だけだった。余裕で何百人も入りそうなバカでかい城なのに、たった1人。
ぼっち魔王。
レオンハルトが来るまでは、他に配下もなく、完全に独りきりだったらしい。魔族嫌いの魔族の王。
過去に何度か人族に歩み寄ろうとしたこともあったらしいが、強い魔力を持っていることで理由もなく忌み嫌われたり、ちょっとした切っ掛けで目の敵にされたりと散々だったらしい。
何か良くないことがあると、真っ先に疑われる。もう思い出せないくらい前のことらしいが、そのことに疲れて引きこもってしまったそうだ。
それからは、こんな魔物しかいないような場所で独り暮らし。城の周りは畑以外、手入れもされずに荒れに荒れていた。訪ねてくる者がいない証拠だ。
……きっと寂しかったんだろうな。
レオンハルトは1人で旅をしていたとはいえ、人に嫌われたことも、疎まれたこともなかった。むしろ人々はいつでも温かく迎え入れてくれて、協力的だったと言えるだろう。
ルディウスは良いヤツだ。
何も悪いことをしていないヤツが不当な扱いを受けるのは、元・勇者として見過ごせない。
「俺に出来ることなら何でも言ってくれ。畑仕事以外でも頼ってくれていいんだぞ?」
「……ありがとう、レオンハルト」
この頃のルディウスは、微笑みの中にどこか切なげな表情を垣間見せるようになっていた。
打ち解けたと思ったら、思い出したように距離を置こうとしたり。レオンハルトが人族だから、あまり踏み込まないようにしているのかもしれないが。
……それとも、あれほどの強さがあったとしても、勇者が攻めてくるのは、やはり不安なんだろうか。
その時のレオンハルトは、ルディウスの気持ちがよくわからずにいた。
「この辺りはもう収穫しても構わないだろう」
畑で育てているのは主に野菜だった。
芋、キユリ、コルテ、ナタニア、スティンプ、豆、香草などなど。
「お前って、魔王なのに菜食主義なんだな」
「……その『なのに』の意味が分からないんだが?」
「魔王だったら、こう……牛1頭くらいかぶりついてそうなイメージが」
「……お前はオレを何だと思っているんだ」
一緒に過ごしてわかったことだが、ルディウスは驚くほどに人畜無害な魔王だった。
争いは好まず。
他のものの生命を奪うことを良しとしない。
本当に魔王か? と、心配になるくらい温厚な性格だったが、強さだけは疑いようもなかった。
何で国の大臣たちは、こいつのことをあんなに危険視していたんだろうな?
レオンハルトに魔王討伐を依頼してきたのは、国にいる大臣たちだった。『やらなければ、やられる』と。
彼らは口々に『魔王が魔物を操って人々を襲わせている』と言っていた。それが単なる誤解だというのなら、自分が間に立って話をすれば済む話なんだろうか?
そう考えたレオンハルトは、ルディウスにある提案をすることにした。
「…………国、に……帰りたい……?」
そう口にしたルディウスは、意表を突かれた顔をして酷くショックを受けた様子だった。
「あ、ああ。出来れば早い方がいいんだが」
「…………そう、か……」
と、今にも泣き出しそうな顔をする。
その目に見えるしょんぼり具合は尋常ではなかった。罪悪感という言葉が容赦なくレオンハルトを殴ってくる。例えるなら、一度拾った子犬を元いた場所に返しに行くくらいの後味の悪さだった。その姿を見ているだけで、心をえぐられたような気になる。
これが女だったら強く抱き締めて、慰めようとしたところにワンパン喰らうまでがワンセットなのに……。などと、そんな下らないことを考えながら、これからしようとしていることをルディウスに話した。
「国には帰るんじゃない。行ってくるだけだ。国王たちに魔王討伐の必要はないと、話をしてこようと思っている」
その言葉を耳にしたルディウスは、弾かれたように顔を上げた。
「ッ! 正気か!? 人族はオレを殺したいほど嫌っているんだぞ!? それなのにそんなことをしたら……お前があまりにも危険ではないか! オレは」
反対だ、と言いそうなルディウスの言葉をレオンハルトは遮った。
「俺は仮にも勇者だった男だ。国王も話くらいなら聞いてくれるはずだ」
「だが……」
それでも……と納得しようとしないルディウスに、レオンハルトは1つの提案をした。
「それなら俺に命令すればいい。『必ず帰ってこい』と。そうすれば、俺は帰らずにはいられないんだろ?」
レオンハルトはこの時、ちゃんと戻ってくるか信用されていないから、なかなか納得してくれないんだと思っていた。
「レオンハルト……」
しばらく考え込んだ後、ルディウスはレオンハルトに命令を下した。
「わかった。国に行くことは認めよう。レオンハルト、必ず無傷で帰ってこい」
「ああ、わかったよ。必ず帰ってくるさ」
こうしてレオンハルトは、国に行くことになった。
◇◇◇◇
その1週間後。
レオンハルトはかつて、自分を勇者と呼んでいた国に来ていた。
以前のように、登城した足でそのまま王に謁見……とまではいかないが、それでも客として扱われ、控え室で声が掛けられるのを待つだけとなっていた。
「レオンハルト様、お待たせ致しました。王がお会いになられます。こちらへどうぞ」
呼ばれて席を立ち、すぐに気付いた。
──囲まれている、な。
その数、ざっと50人はいるだろう。
前に謁見した時は、王の護衛はせいぜい数人といったところだった。姿を見せずに潜んでいることからも、自分に何らかの疑いが掛けられているのは明白であった。
「どうぞこちらへお掛けください」
用意された椅子は見たことのない物だった。
この謁見室にある、他のどれとも違う。
拘束するための魔術具か何かだろうか?
「いえ、長居するつもりはありませんので、このままで結構です」
にこやかに着席をかわしたレオンハルトは、玉座に腰を据える王に立ったまま翡翠色の視線を向けた。
王の傍らに立つ見慣れない赤髪の男。
恐らく、あれが新しい勇者だろう。
「おお、レオンハルト。無事であったか。今までいったいどこで何をしておったのだ?」
王は以前と変わらない親しげな様子で話し掛けてきた。これなら少しは話を聞いてもらえるかもしれない。
「ご心配をお掛けしたようで申し訳ありませんでした。……いきなりこんな話をしても信じて頂くのは難しいかもしれませんが、俺は今まで魔王城にいました」
ザワッと、王の周りにいた大臣たちが一気に色めき立つ。
「王よ。魔王は話に聞いていたような悪人ではありませんでした。魔王は争いを好まない穏和な人物です。魔物も魔王が操っているのではありませんでした。野生の獣と同じように、個々の意思で人を襲っているだけだったんです。だから我々が争う必要はどこにも──」
真剣に魔王の無害性を説く。だが、
「おいおい、あまりおかしなことを言うなよ。元・勇者さんよ」
その言葉を遮り、王の傍に立つ赤髪が口を開いた。無骨な態度で話に割り込む姿からは、品性といったものは感じられない。
「ちっとばかし見てたからってなぁ、魔王が魔物と関わりがないと、どうしてお前にそれが言い切れる? 根拠は何だ? 納得させるだけの証拠はあるのか? それに──」
赤髪は鋭い視線をレオンハルトに向けた。
「今、お前が『魔王に操られていない』と、この場でそれを証明出来るのか? まさかお前の言葉を全員が丸ごと信じてくれるなんて、おめでたいことを考えているわけじゃないよなァ? ぇえ? 元・勇者さんよォ?」
新しい勇者の発言で謁見室は騒然となった。
「何と!」
「まさか魔王に……!」
王や大臣たちは畏怖を込めた目でレオンハルトを見つめている。と、そこへ。
「レ、レオンハルト様! そのまま動かないでください!」
大臣たちの後ろから、示し合わせたように魔術士たちが現れた。いずれも国家魔術士の紋章を身につけており、個々が相当の手練と見受けられる。
レオンハルトはあっという間に、10名ほどの魔術士たちに取り囲まれてしまった。