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佐藤十左衛門等の切腹(ニ)

 検使として佐藤邸に派遣されてきたのは横目付松下七兵衛であった。

「発見時の状況を陳べよ」

 七兵衛の吟味に対し、八郎右衛門は

「この部屋は十左衛門が寝床としていたものでありますが、いつもは朝早い十左衛門がいつまで経っても起きてこないことを不審に思い障子を開けましたところこのようでした」

 と回答した。

 七兵衛は配下の与力と共に十左衛門の遺体の検分を開始した。真一文字に割かれた腹が否応なく検使の目を引いたが、さすが横目付松下七兵衛は欠損した十左衛門の右手の指に早速気付いた。七兵衛の視線が十左衛門の右手に注がれていることに気付いた八郎右衛門は気が気ではない。機先を制するように

「これはどうしたことでありましょう」

 と惚けて見せた。自分はなにも知らないということを殊更に強調してやり過ごそうというのだ。幸い七兵衛もまさか上島八郎右衛門が十左衛門殺害の下手人だとまでは疑っていないようであった。

「邸宅に外からの侵入形跡はなかったか」

 七兵衛の問いに対して八郎右衛門が

「まさか物盗りですか」

 と大袈裟にのけぞり驚いたようなふうを示しながらいうと、七兵衛は自らの発言を取り消すように

「そうだな。有り得ん話だ」

 とこたえた。

 自分が疑われているわけではないと知りながら、早くも他殺を疑い始めている横目付松下七兵衛を前にして三人は流れる冷や汗を止めることが出来ない。

 そんな汗だくの三人を尻目に、検使役の人々は十左衛門の遺体の状況を詳しく書き付けて、遺族にお悔やみの言葉のようなものをかけたのち陣屋へと帰っていった。

 陣屋に入った七兵衛は十左衛門の遺体の検分結果について藩主多田勝次と家老横井伊豆に復命した。

「佐藤十左衛門は自裁などではなく殺害されたものに相違ございません。佐藤ほどの大身であれば自室の畳が血で汚れることを嫌い畳を返しとこにするものと考えられますがそうではありませんでした。また邸内は血の足跡でところ構わず汚れておりました。家中の者は十左衛門を救おうと邸内を駆け回り、その際に出来た足跡だなどと申しておりましたが、それも虚偽でしょう。おそらく十左衛門を殺害したあと、その証拠を隠すために邸内を走り回って出来た足跡と思われます。決定的だったのは十左衛門の右手の指が欠損していた点です。切腹に見せかけようとした何者かに腹を割かれる過程で、これを防ごうと刃を握ったために指を失ったのでしょう」

「ということは下手人は」

 途切れた藩主の言葉を続けるように、七兵衛は

「佐藤家中の者以外にございますまい」

 と言ってのけた。

 藩主も家老も横目付も、佐藤家中の者が十左衛門の切腹を秘かに願っていたであろう事情は百も承知であった。いうまでもなく検地奉行佐藤十左衛門が指揮する検地事業をめぐり、女性も含め既に十三名もの自殺者を出していたからであった。とりわけ青木善右衛門の未亡人が、咎なくして自裁した亡夫のあとを追うように喉を突いた事件は、謹厳な夫と貞淑の妻をめぐる美談として世間の耳目を集めていた。これに反比例するように、検地奉行だった佐藤十左衛門は世間から目のかたきにされていた。こういった話を好む江戸の人々に噂が伝わるのは時間の問題であったし、そうなれば幕府も事態を糺明するため乗り込んでくる可能性があった。そのことを恐れた佐藤家中の者が、十左衛門に責任を取らせる形で切腹に見せかけて殺害したのであろう。

「下手人を割り出して処断すべきかどうか」

 藩主の問いに対して松下七兵衛はこたえた。

「その必要はございません。領民は身分の貴賤を問わず、みな十左衛門の死を望んでおりました。時宜を得た切腹といえるでしょう。我等も佐藤家の者が演じた腹芸に乗って損はございますまい」

 佐藤十左衛門殺害事件はおよそこういった経緯を経て

「検地に臨み多数の犠牲者を出し、そのことに責任を感じた上での自害」

 として片付けられたのであった。

 藩は幕府に対し佐藤家跡目を十左衛門弟久兵衛に嗣がせることを申請し、さして紛糾することなく認められた。

 佐藤十左衛門夫婦には子がなかったためであった。

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