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同心衆等の切腹

 佐藤十左衛門は検地にあたり現時点で既に三名の自殺者を出したことを反省したが、事業を放擲して自分までが腹を切ってしまっては他に迷惑を及ぼすと考え、自分も検地を終えたならば責任を取って腹を切るつもりではあったが、その前に高梁采女の不正確な測量を自ら正さなかった同心衆に対する処分を藩主多田(ただ)勝次かつつぐに求めた。十左衛門にとってはそういったことも検地奉行としての職務だったのである。

 十左衛門から建議を受けた藩主勝次は同心衆の処分について家老横井伊豆に諮った。横井の意見はこうだ。

「高梁采女は責任を全て背負う形で自裁しました。このうえ犠牲者を増やすべきではありません。謹慎程度で済ませるべきです」

 これに対して横目付松下七兵衛などは

民百姓たみひゃくしょうに殊更迎合するわけではございませんが、不公平な取扱いに与した者は残らず成敗すべきです。同心衆を下手に救えば一揆などの禍根につながりかねません」

 と警句を発した。多田勝次は両者の意見を折衷して

「分かった。では刑一等を減じ、同心衆に切腹を許す」

 と決裁した。

 このような議論を経て、藩は同心衆に対し

「検地の際の不公平な取扱いは藩政、いては藩主の名をおとしめる行為である。与力高梁采女に求められなかったとはいえ、自ら不正確な検地を正さなかった行為は藩主に対する不忠であり許しがたく、本来であれば斬刑に処すべきところ、同心衆たる地位を以て刑一等を減じ、特に切腹を許す」

 と申し渡した。

 刑一等を減じるなどと言い条、死を賜るのであるから斬刑も切腹も結局同じことではないかなどというのは現代人の発想であって、当代の武士から見れば両者の扱いには天と地ほどの差があった。

 斬刑に処されるということは犯罪者として刑死を強要されるということであった。武士にとっては戦場でもない局面で他人に斬り殺されることは恥以外の何物でもなかった。本件のような場合で斬刑が適用されるということは、八人の同心衆は主君に対する不忠の罪を犯した犯罪者として処刑されることを意味しており、加えて犯罪者を出したような家が跡目を立てることなど到底望みがたいから御家断絶ということになるだろう。厳しいようだが突き詰めて考えれば当然の理屈である。斬刑には、本人に対するものと家に対するものという二重刑罰の意味があったのだ。

 翻って切腹はどうか。先に切腹した青木善右衛門の遺書を思い出して欲しい。善右衛門は佐藤十左衛門から受けた勤務懈怠の嫌疑に対し、切腹することで身の潔白を主張した。腹を切ることで主君に対する忠節に嘘偽りがないことを証明しようとしたのである。つまり切腹は、武士が主君に対して示すことが出来る最後にして究極の忠義だと考えられていた。たとえ犯罪者であっても、最期に臨み切腹という形で潔白を主張し、主君に忠節を示しさえすれば、後継者には切腹者の生前の地位が保障され、家は存続を許されるのが通例であった。

 斬刑に処せられれば個人も家もそれまで、切腹を受け入れさえすれば、個人には主君に対する忠節を示す最後の機会が与えられ、その忠義に免じて家の存続も許されるのである。このように、斬刑と切腹の差というものは個人の生命よりも家の存続が厳然として上位にあった時代の人々の観点から見れば段違いのものであった。ことの是非は兎も角、そういう時代だったのである。

 さて検地に公正を期する藩の施政を民百姓に明らかにする必要上、不正確な検地に手を染めた同心衆八名の切腹は公開で執り行われた。寺域をぐるりと取り巻くように虎落もがりは結われ、寺庭の中央には二枚の畳。外陣げじんに座する検使役横井伊豆から見て「ぼく」の字になるように敷かれている。畳二畳をこのように敷くのは、さして身分の高くない侍に対しておこなわれる切腹の作法であった。

 畳の上には脇差を乗せた三方さんぽう。脇差の刃は切腹人に向けられている。三方から刀が落下することは凶例とされたため一方の縁に切り込みが入れられ、脇差を安定して置くことが出来るよう細工されている。

 八人の同心衆は座敷に待機させられ、一人ずつ切腹の儀が執行されていった。ほとんど滞りなく執行された儀であったが、介錯人の一人が技量未熟により手元を狂わせ、切腹人の肩に斬りつけた挙げ句刀を曲げてその任を遂行できなくなる場面があった。不首尾を恥じた介錯人もまた、後日切腹している。

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