6. 不安定に転がりだしてしまいそうな、自分のココロ
岩崎くんを下ろしてから車はしばらく走り、大きな交差点で信号に捕まった。
「あの子が岩崎くんかあ。聞いてた通り、いい感じの男の子だね」
「親しくなると、もう少し口が悪くなるんだけど」
そんな私の補足を軽く受け流し、優しい口調でお姉ちゃんが言う。
「今日は頑張ったんだね、智佳」
「別に頑張ったとか……」
そう言いつつも、私としてはかなり頑張った一日だったと思う。
普段の私だったら下校中の岩崎くんにあんな風に声をかけることなんてできないし、そのまま一緒に文知摺観音に行こうって誘うなんて、絶対にありえない。
そもそも、気まぐれな面もある岩崎くんは下校するときにどんなルート通るかなんてわからないから、途中で会えただけでも今日はかなりラッキーだったのだ。だったら、これくらいの努力はしても当然だよね。
そうは言っても、無理やりにテンションを上げて振る舞った時間が長かったせいか、さすがに頭の芯まで疲れきってるみたい。もう一刻も早く家に戻って、ベッドで横になりたい。
「けど、自分の意志で前に進めるのは、すごく大切なんだよ。傷つくかもしれないって引きこもってるばかりじゃ、何も変わらない」
「うん」
視線を信号から外さずに、お姉ちゃんが続ける。
「そういえば彼、東京の人だったよね? やっぱりイントネーションとか、言葉が綺麗だね」
「うん」
「でも、そろそろ親御さんの都合で、あっちに戻っちゃうんでしょ?」
「たぶん」
以前お姉ちゃんと二人っきりのときに、その辺の事情を話したことがある。
「智佳、あなたどうするの? どうしたいの?」
「うん……」
小学校の教員になることを目指して地元の大学への進学を選んだお姉ちゃんは、東京の私大に進学した彼と半年に渡る遠距離恋愛の末、破局を迎えてしまった。とてもお似合いの二人で、高校時代はあんなに幸せそうに見えたのに。
遠距離恋愛になってからのお姉ちゃんは、毎日とても辛そうだった。
そういう姿を間近で見ていたせいか、恋愛における距離の問題は、地方に住んでいると必ず付きまとってくるんじゃないか、と私は思う。特に、二人の距離がすぐに離れてしまうことが、あらかじめわかっているような場合は。
岩崎くんの転校も、おそらく今年の十月、というタイムリミットが見えている。
彼が転校してしまったら、私はいったいどうなるんだろう? 転校せずに済んだとしても、それはそれでどうなるんだろう? それに、受験は? ちょっと先の未来さえ、私には見通せないことばかりだ。
でもそれ以前に、そもそも岩崎くんが好きなのは由希なんだから、ここで私がいろいろ頭を悩ませていたところで、彼にはまったく関係のない話なのかもしれない。
高二から一緒のクラスになれて、最初は素直に嬉しいだけだったのに。ここしばらくはこんな風に余計なことを考える時間ばかりが増えてきて、思考がどんどん良くない方向に進みがちだ。
さっきの文知摺観音での一件もそうだけど、油断すると不安定に転がりだしてしまいそうな自分のココロを、私はどう扱えばいいのだろう。
──気を紛らわすために、彼が必死に漕いでくれた自転車の後ろから見たはずの景色を、車窓から眺める。
でもすっかり日が暮れてしまったせいか、同じ景色のはずなのに、数時間前の輝きはすっかり失われてしまっていた。