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5.(前) ブラックは無理だってば

 山麓の林の中にこぢんまりと広がる境内には、観音堂や多宝塔といった建物の他に、さまざまな石碑などが散在していて、確かに掃除の対象には事欠かないように見える。


 とはいえ、周辺に広がる植え込みや林の部分にまで手を広げると収拾がつかなくなることもあって、掃除は境内の切り開かれた部分が中心だ。


 慣れない竹箒の扱いに苦戦した俺は、境内を掃くことは古川さんに任せて、箒では掃除しにくいところで目立つゴミ──と言っても、季節柄か花びら、(がく)といった花関連が多かった──を手で拾い集めることに専念することにした。


「この男は掃き掃除も満足にできないの?」とでも言いたげな、咎めるような古川さんの視線が痛い。


 基本的に都会暮らしだったことに加えて、これまでの人生で竹箒を握る機会なんてほとんどなかったんだから、気持ちはわかるけど許してくれないだろうか。

 



「だいたいこんなところじゃね?」


 それほど広くない境内を二人がかりということもあって、そこそこ丁寧にやったにも関わらず、一時間ちょっとで大方の掃除は終わった。慣れない屋外の掃除に苦戦したけど、どうにか形にはなっているような気がする。


「こんなところだね。やっぱり二人だと早く済むねー。でも、この季節はまだまだ楽だよ。落葉もほとんどないし」


 額の汗を軽く拭ってから両手を腰に当てて、満更ではないという表情で古川さんも頷く。俺もつられて頬を緩めたけど、続く彼女の言葉に顔色を失った。


「そういえば今年はまだなんだけどさ。アメシロ出てきたら、駆除手伝ってよ。高いところに手を伸ばすの苦手で、これまで困ってたんだ」


「アメシロ?」


「アメリカシロヒトリって蛾の幼虫。要するに、毛虫。ちっちゃいうちは目の細かい網みたいな巣を作って、密集するの。気持ち悪くて」


 それは俺にとって、死刑宣告のようなものだった。


 今の話は聞かなかったことにして、いやそれ以前に今日一日をなかったことにして、一刻も早くここから逃げ去りたい。


 毛虫だけはダメなんだよ、俺。毒がなければ大丈夫とか蝶の幼虫なら大丈夫とかじゃなくて、とにかく毛が生えてるのはダメ。ダメなんだってば。


 どうやら俺は心底嫌そうな顔をしていたらしく、古川さんは珍しいものを見るような表情を浮かべている。


「へー、意外。やっぱり岩崎くんも都会っ子なんだね」


 でも、頼んでいる立場のはずなのに妙に強気な古川さんは、容赦がなかった。


「そんなこと言わずに手伝ってよ。密集してるうちなら簡単だよ?」


 うげえ。今日付いてくるんじゃなかった……。


 ここの掃除の話を最初に聞いたときに感じた嫌な予感、本命はこれだったのか!


 いや待て、なんで俺がこの掃除に継続参加するってことが既成事実になってんの? 俺、まだなにも言ってないはずなんだけど。 




 なにはともあれ、掃除も無事に終了したので、一休み。


 カフェだのコンビニだのといった気の利いた施設が近くにあるはずもなく、古川さんが近くの自販機で買ってきてくれた飲み物をありがたく頂くことにする。


 まあ実際にカフェなんてあったところで、バイトなんかに縁のない地方の高校生が、気軽に利用できるはずもないんだけどな。ちなみに古川さんは、まだ中学の学校指定ジャージ姿のままだ。


「今日はありがとね。自分で誘っておいて言うのもなんだけど、本当に手伝ってくれるとは思ってなかった。へへ」


「帰宅部だからどうせ暇だし、地元を知る機会にもなったし、まあこれもアリかな。それに、一人でやるよりは効率良かっただろ?」


 と、ここで問題が。


 古川さんが買ってきてくれたのは、微妙に種類が異なるものの、どちらも微糖の缶コーヒー。でも俺はこの種のコーヒーが、実のところ苦手だったりする。


「あれ? 岩崎くんってコーヒー駄目だったっけ?」


 どちらを選ぶか躊躇する俺の様子を見ただけで、古川さんは問題の原因を看破したっぽい。恐るべき観察眼だ。


「実は俺、コーヒーにはミルク入れないと駄目」


「えー? どっちかっていうと、ブラックが好きなタイプかと思ってたよ」


「勘弁してくれ。家でコーヒー飲むときは、死ぬほど牛乳入れてる」


「ちなみに、お砂糖は?」


「まあ、少しは甘いほうが好き、かな……」


「さっきの毛虫の話もそうだけど、変なところで子供っぽいところあるよね。岩崎くんって」


「ほっといてくれよ……」


 少しニヤけながら俺をからかっていた古川さんだったけど、「それにしても……」と首をひねりながら真顔になった。


「そんなこと初めて聞いたよ。ごめんね、気が回らなくて」


「仕方ないよ、こんな機会なかったんだから」


「そっか、生徒会のときは飲み物っていっても、水かお茶だったもんね。中学生だし」


 まるであのころの信東中の生徒会室がそこにあるかのように、古川さんは懐かしそうな目でしばらく遠くを眺めていた。そして俺のほうに向き直る。


「じゃあさ、その辺で売ってるカフェオレとかコーヒー牛乳とかは大丈夫なんだよね?」


「そっちは大好物」


「やっぱりお子様かな?」


「だからほっとけ! で、話を元に戻していいか?」


 毛虫だのコーヒーだのの話はともかくとして、実は古川さんにちょっと感謝したい気持ちもある。そろそろ赤くなり始めた西の空を眺めながら、俺は続ける。


「引越繰り返してたってのは中学のときに言ったと思うけど、そういうのもあって郷土愛とか地元感とかってのが、俺は希薄でさ。自分の住んでる街をしっかり見たことなかったなって。来る途中の景色も、すごく新鮮だった」


 こんなことを真面目に語ってるのも変なんだろうけど、語らずにはいられなかった。


「親の都合で住む場所振り回されるのも、そろそろ終わりなんだろうけどさ。これまでいろんなとこに住んでたのに、もったいなかったなって、少し後悔してる」


「そっか。そう言ってくれると、誘った甲斐があったってもんよ」


 腕組みをした古川さんが二度三度と頷く。せっかく感謝してるんだから、その謎の上から目線はやめろ。




 しかしそれにしても、と俺は考える。


 地元での安心感なのか、ここでの古川さんは本当にいつもとキャラが違うというか、すごく活き活きとしていて、魅力的だ。学校でもこんな感じなら男子ウケも抜群になるだろうに。あまりそういうのに興味はないのかな、もったいない。


「まあ、本当は職員さんも掃除してるから、私が掃除しなくてもいいんだけどね」


「なんだよ、そりゃ」


「小学校の時、地域奉仕活動みたいなことで掃除のお手伝いみたいなことをしたんだけど、ここを掃除するの手伝ってると、心が洗われるような気がするの。自分の部屋を掃除するのは大嫌いだったのに」


 自分の部屋の掃除は今も嫌いだけどね、と笑いながら古川さんが続ける。


「嫌なことがあっても忘れられるというか、都合の悪いこと見ないふりするんじゃなくて、乗り越えられるというか許せるというか、そういう気持ちになるんだ。だからそれ以来、週一でお手伝いさせてもらってるの。実益と地域奉仕を兼ねて」


 ここまで一気に話した古川さんは、何か重要なことを思い出したらしい。


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