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いまごろ気づいたの? 本っ当に、もう!

 ──十月になってはじめての水曜日の夕方。


 十月になったけれど、今日も私と岩崎くんは、ここにいる。そうなればいいのにと、これまでどれだけ考えたことだろう。


 でもいざ実現してみると、それが当たり前のように思えてしまうのは、とても不思議で、そして贅沢なことだと思う。




 掃除が終わって、いつも通りの一休み。


 今日の反省の話題がふと途切れたとき、岩崎くんが微妙に視線をそらしながらこう言った。


「ところで、スカート珍しいね。というか、制服以外のスカート姿見るの、初めてかも」


 そう、たぶん岩崎くんの前では初めての私服スカート姿。


 ベージュで少し長め、そしてふんわりしたシルエットの、私のお気に入り。薄いグレーのカットソーとその上に合わせたデニムジャケットというコーディネートも、高校生女子としてはそれほど悪くない、はず……。


 ここしばらくは掃除の日はいつも一緒に移動していたんだけど(一緒に下校して岩崎くんの家に寄って着替えるのを待って)、今日は私だけ先に家に帰って着替えたのは、これを見せたかったからだ。


「いつだったか、『制服以外でスカート姿を見たことない』って言ったじゃない」


「え? 俺? そんなこと言ったっけ?」


「言いましたー」


 岩崎くんは「絶対言ってねえ」とか「心の中の声が漏れたのか」とかブツブツ言うばかりで、私が聞きたい肝心のことを言ってくれない。


 だから、少し急かしてみることにする。


「それで、ご感想は?」


「うん、その、かわいい……と思う。リップもだけど、女の子って感じがする」


 あ、そっちも気づいてくれたんだ。


 ひとことで「嬉しい」といっても、そのときそのときでいろんな感じ方をすることを、最近私は意識するようになった。


 例えばいまの「嬉しい」は、心がゆるやかに弾むような、不思議な感覚。だから私は、それをそのまま言葉に乗せよう。


「へへ、ありがと」




 話題はいつの間にか、来月に控えた修学旅行に移っていた。


「そういえば、修学旅行の自由行動時間どうするの?」


「まだ詳しく決めてないんだけど、京都散策したい」


「ふーん。ちゃんと事前に届けられる予定組まないと、許可出ないよ?」


 私は言外に「どうするつもり?」という苛立ちを込める。


 そりゃもちろん、自由行動時間は一緒に行動したいに決まっているもの。だから早いところ予定は決めたいし。


 でも、私の言葉への返事は、思ってもみないものだった。


「詳しくはこれから調べるつもりだけど、この人に縁のある場所に行けないかって、ちょっと思ってる」


 もちずり石を指で指しながら、岩崎くんは少し照れた顔をする。


「河原左大臣、源融(みなもとのとおる)……」


 私の呟きに、彼が頷く。


「京都に帰ったあと、この人がこの街をどんな気持ちで想っていたのか、気になってさ。自分もそこに立ってみたら、少しわかるかもしれない」


「岩崎くん、案外ロマンチストなんだね。もっと現実的な人だって思ってたけど」


「ほっとけ!」


「ちなみにだけど、光源氏のモデルだって説もあるんだって、源融」


「え。あの光源氏?」


「そう、あの光源氏。源氏物語の」


「げえ……。俺の感傷を返せ」


 うん、げんなりする気持ちは私にもよくわかる。


「まあそれはそれとして。岩崎くんのアイディア、なんかいいな……」


 私は小さい頃からここにいたせいか、いつもこの街から考えていたのだけれど。


 確かに、離れたところからこの街がどう見えるのか、それを考えるきっかけとしては良いかもしれない。 


「私も一緒でいい?」


「ちゃんとした届け出にふさわしい書面考えるの、手伝ってくれたらな」


「もちろん!」




 世界が赤く染まり始めて、日没の時間が近づいてくる。


 楽しいおしゃべりの時間も、今日はおしまい。


 そう思って岩崎くんに「そろそろ帰ろっか」と声をかけようとした瞬間、なぜか視線が正面から衝突した。


 ずっと私の方を見てたの? 恥ずかしさで顔に血が集まってくるのが自分でもわかるけど、夕日の光加減できっと誤魔化せるから大丈夫、かな?


「どしたの? 私の顔になんか付いてる?」


「いや、ちょっと思い出して」


「その思わせぶりな言いかた、なんか気になるんだけど……」


 そろそろ今日はお開き、という当初の予定を投げ捨てて、私は岩崎くんの話に食いついた。


「古川さんの髪型の理由聞いてみたらって、五十嵐さんが言ってたの思い出してさ」


「由希が? そんなこといつ言ったのよ!」


「ほら、こないだ昼休みに来て、廊下の端で話してたときあっただろ?」


 ショックで思わず咳き込む私。


 なにとんでもないこと言ってんのよ、由希! あのときはいったいなにごとかって、本気で心配したのに! 


 というよりも、なんで由希がそんなこと知ってるのよ。誰にも言ったことないのに……。


「せっかくだし、教えてくれよ」


 そんな私の心中などお構いなしとばかりに、ニヤニヤしながら岩崎くんが私の顔を覗き込む。


 ちょ、ちょっと待って、いきなりこんな展開なの? こんなことなら、さっさと今日はお開き! ということにしておけば良かった。


「言わなきゃダメ?」


「無理強いはしないけど」


 そう言いながらも、彼が微妙に圧をかけてくる。


「でもそう言われたら、なおさら気になるじゃん」


「あ、ほら。やっぱり『じゃん』って言ってる!」


「ホントだ。全然気づかなかった……」


 話の流れが逸れるかもと一瞬期待したけれど、今日の岩崎くんは押しが強い。


「で、どうなの?」


「わかったわよ……」


 諦めて覚悟を決めた私は、不揃いに切りそろえられた前髪を無意識のうちに触りながら、しばし考える。


 さて、どこから話し始めようか?


「えっとね、あれは中三の生徒会活動が初めて始まる日の朝だっけ……」




 身分、そして距離に引き裂かれる哀しい話、もちずり石の伝承。


 私の歩む道そのものと思っていた運命はいつから、どのように変わったのだろう。最後まで諦めなかったから、新しい道が開けたんだろうか。


 そのきっかけを作ったのは、自分の意志で前に進めること、そして自分の中の想いを信じること。


 結局、自分から、自分で動くことに尽きるってことなんだろうか。


 言葉にすると簡単なことだけれど、私にとってそう行動することはとても大変なことだった。


 そしてそれはきっと、岩崎くんにとっても同じことだったに違いない、と思う。


 人はこうした経験を積み重ねて、大人になっていく。


 私たちは来年のいまごろはどうしているのだろう? そしてその次の年は?


 でもそれを決めるのは運命じゃなくて、自分たちの行動の積み重ね、その結果だ。


 私たちはそれを、この半年で学んだんだ。




「え? じゃあひょっとして、古川さんってずっと前から……」


「いまごろ気づいたの? 本っ当に、もう!」



   完

ということで、彼と彼女のお話はここでおしまいです。

きっとまたいろいろと悩みながら、少しずつ大人になっていくんじゃないかと思っています。


なろうっぽくないラブコメでしたが、ここまでお読みいただいた皆様、ありがとうございました!

次はもう少しなろう読者の皆様に受け入れられるお話でお会いできればと思います。


それでは、またどこかで!!

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