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5.(前) これがいまの俺の正直な気持ち、全部

 五十嵐さんとあんなことになってしまった以上、古川さんと直接連絡を取るしかない。


 俺は焦っていた。


 メッセージを送っても既読はつかず、電話をかけてみても「おかけになった電話は電波の届かない所におられるか、電源が入っていないためおつなぎできません」というアナウンスが流れるばかり。


 なにかあったんだろうか?


 こうなったら彼女の家に直接押しかけるしかないのか? というところまで精神的に追い込まれていた俺だったが、一度頭を冷やそうとトイレに立った。その判断が功を奏したのかどうなのかはともかく、トイレから戻ってきた俺を迎えたのは、メッセージに付いていた「既読」という表示だった。


 いまなら連絡が取れる! と、そのままメッセージアプリ上から、音声通話をかける。


 頼む、出てくれ! という願いが通じたのか、一昨日聞いたばかりのはずなのに妙に懐かしく感じる、彼女の声がスマホから聞こえてきた。


「もしもし?」




 とりあえず言いたいことだけをまず伝えた俺は深呼吸をして、ようやく一息つく。


「なんか誤解があるみたいな気がしてさ。本当は会って話したいんだけど」


「会えない、かな?」


 古川さんの声は、少し震えている感じがする。きっと彼女にもいろいろあったんだろう。


「俺も本当は会って話がしたい。でも今日はもう遅いし……」


「週末、忙しいの?」


「明日明後日って、家から動けないんだよ。冷蔵庫とか洗濯機とか、注文してた家具の配送があって。あと、ネットの工事立会いとか」


「それなら……」


 迷っているのか、少しためらいがちな気配が電話の向こうから伝わってくる。


「迷惑じゃなかったら、だけど。明日行っていいかな、岩崎くんの家。新しい部屋の掃除とかもするんでしょ? いつも掃除手伝ってもらってるし、たまには恩返し」


「本音を言うと、手伝ってくれるのはすごく助かる。何時くらいに来れそう?」


 作業を手伝ってくれることよりも、とにかく古川さんに明日会えることが決まって、俺は胸をなでおろした。


「午前中から行ったら、迷惑かな?」


「どうせ明日は、俺一人だし。家族は引越準備の資材とか、買い物に出るんだって」


「二人きりかあ……」


 改めて事実を指摘されただけなのに、動機が強くなる。たぶん顔色も変わっていたに違いない。


 いや、どうせ音声通話だからバレないバレないと俺は超高速で無理やり意識を切り替え、ふざけた調子を添えて会話を続ける。


「嫌なら来なくていいぞ」


「ううん、行く。あといま聞いた感じじゃ、どうせ明日の昼も食べるものないでしょ? なにか食べるもの持ってくね」


「助かるけど、あまり無理しないでくれよ。家の前に着いたら、連絡してくれ」


「じゃあ、明日」


 そして古川さんは、消え入りそうな小さな声で付け加えた。


「おやすみなさい」


「おやすみ」


 細かいことを考え出そうとする自分と、当座の悩みが解消したしそれでいいんじゃないかと、細かいことから逃げ出そうとする自分。


 とりあえず一息つこうとベッドに横になった俺は、そのまま寝落ちしてしまった。疲れてたんだろうか。




 翌日は暑くも寒くもなくカラッと晴れた、一年中こんなだったらいいのにと思わせるような、素晴らしい天気だった。


 とはいえ、こんな天気とは裏腹に、俺の頭の中は古川さん絡みの心配と期待で埋め尽くされていたのだけれど。


 俺の頭の中の悩みはともかく、せめてこの部屋だけは日光の恵みですっきりさせておきたい。そう思った俺は新居の窓をいっぱいに開け放って、古川さんを迎えることにした。


 ところが日光の恩恵を十分に享受しないうちに、聞き覚えのある無粋な爆音が急速に近付きつつあるような……。おい、昨日聞いてた時間より、かなり早いぞ? 


 窓から空を見上げていた俺が慌てて意識を切り替えようとした瞬間、机の上に置いたスマホが震えだした。


「いま着いた」


「車の音でわかったよ。すぐ行く」


 階段を降りる間に爆音は遠ざかっていき、マンションの前には古川さんだけが取り残されるように立っていた。


 ゆったりとしたデニムパンツに白紺のボーダーのカットソーを合わせ、薄いグレーのパーカーを羽織っている。季節だけでなく古川さんのキャラにもあった格好だけど、そういえば古川さんの私服スカート姿って見たことないな。


「おはよ。へへ」


 そう言って古川さんは照れ笑いを浮かる。


「今日はわざわざありがとな。でも、体調悪かったんだろ?」


「うん、ちょっとね。でも、もう大丈夫だよ」


 そんな会話を続けながら、彼女を二階にある俺の部屋に案内する。


「おじゃまします」


 そう言って、古川さんは足を踏み入れた。目を輝かせながら、まだモノが少ない部屋の中を見回す。


「わあ……明るくて綺麗。それに、結構広いね」


「宏樹のとこよりは狭いけどな。それに、いまはまだモノが少ないし」


 ありものをそのまま使う予定の机やベッド、本棚といったところは、昨日の夜のうちに父親に手伝ってもらって運び込んである。あとは冷蔵庫や洗濯機、テレビなど大きめの耐久消費財、カーテンや食器、その他日用品といったところが揃えば、とにかく生活できる目処は立つ。


「本当に一人暮らしなんだ。大丈夫なの?」


「とりあえず来週この部屋で暮らしてみて、足りないものとかわからないことがあれば、すぐ親に相談するってことになってる。練習期間があるだけマシって感じかな」




 感心したように頷いていた古川さんだったけど、なにか気になることでもあったみたいで、急に真顔になった。


「ところで普段のご飯はともかく、学校のお弁当はどうするの?」


「もちろん自分で用意する……予定」


 開幕早々にクリティカルな攻撃がヒットして、俺は言葉を濁す。


 実際、こればかりはどれだけやれるのか、やってみないとなんともいえないものがある。


 そもそも、毎日いつもより早起きできるかってのが大問題だ。最悪、毎日コンビニ食でもいいかとも思ってるんだけど、食費がかさむのがネックなんだよなあ。


 古川さんは心配するというより、してやったりという様子だ。


 ヤバい。彼女がこういう表情をしているときは、間違いなく追い撃ち攻撃が来る。いったいなにを言い出すのかと身構えていたものの、予想とは違う方向から攻撃が降ってきて、俺は不意をつかれた。


「へえー」


「なんだよ」


「んー、お弁当作ってあげよっか?」


 露骨にニヤけながら、高校生男子をいたぶるようなことを聞くのはやめてくれ。女子に弁当を作ってもらって一緒に食べるというのは、男子の夢なんだ。


 でもそれをやったら、俺の学校での社会的立場が間違いなく終わる。いろんな意味で。


「魅力的な提案だけど、ナシだな。周りの視線的な意味で」


「冗談に決まってるじゃない」


 真顔で手をひらひらと振る古川さん。ホッとするような、惜しいような。


 でも澄ました顔をしているように見えて、実は吹き出しそうなのを必死で我慢しているのが俺にはまるわかりだ。くそ、男子の純情を弄びやがって。


「でも本当に大変そうなら、遠慮しないで言ってね」


 今度のは本気にしてもいいのか? と考えあぐねている間に、荷物の到着を告げるインターホンが鳴り始めた。いよいよ新生活の準備の始まりだ。




 一番面倒くさそうな冷蔵庫と洗濯機が予定通り昼前に届き、大まかな配置も決まって一安心。


 洗濯機は試運転しないとうまく設置できてるかわからないけど、それは古川さんが帰ってから、今日の夜に確かめよう。カーテンの取り付けは時間がかかりそうだから後回しにしたし、ネットの接続工事と今日頼んでるその他の荷物は午後着の予定だから、いまのうちに昼食を取るのがベターだ。


「じゃーん。ちゃんとお弁当持ってきたよー」


 そう言って、古川さんはシックな色柄の布で包まれたランチボックスを取り出した。


 その、気になる女の子が弁当を作ってきてくれたというこの体験だけで、この先の人生も頑張って生きていけるんじゃないかと思ってしまう。大袈裟かもしれないけど。


「サンキュー。なんか本当に悪いな。でもまあ、とても嬉しい」


「どうせ箸もないだろうと思って、割り箸も持参」


「すまん……」


 俺は気配りに感謝しつつ、古川さんを拝むポーズをとる。あくまで軽いノリを装いつつ、だけどな。


「そういえば、食器とかちゃんと用意してるの?」


「これまで自分が使ってた分と、あとは貰いもので余ってたやつ」


 なんとなく、苦境に追い込まれているような気がする。高校生男子には興味関心が向いていない分野なんだから、あまり突っ込まないで欲しいんだが。


「あのさ、自分の分だけじゃなくて、ある程度の数を揃えたほうがいいよ。人呼んだりお客さん来たりすることもあるだろうし。それに……」


 そして少しだけ間をおいて、顔を明後日の方に向けながら付け加えた。


「彼女とかできたときに困るでしょ?」


 えっと、その、どう反応すればいいのか困る。


 ──っていうか、どういう反応を期待されてるんだ、俺?




 忙しい状態でも食べられるようにと配慮された、おにぎりとおかずという構成の昼食を完食して、これも古川さんが買ってきてくれた、ペットボトルのカフェオレを口にする。確かに食器は複数必要だな……。


「ごちそうさまでした。美味かった!」


「お粗末さまでしたー」


 人心地ついた俺だったけど、これからが本題という様子で彼女が正座したのを見て、慌てて俺も姿勢を正す。


 そう、今日来てもらったのは手伝って欲しいからじゃなくって、こっちの話をしたかったからなんだ。


「……それで、昨日の話の続きなんだけど」


 古川さんは、そう切り出した。


「私、岩崎くんに謝らなくちゃって」


「いや、謝らないといけないのは、俺の方だと思う。この街に残るって考えた理由とか、肝心なところをこの前全然言ってなかったから。恥ずかしがってないで、あのときちゃんと言うべきだった」


 ここまでを一息で駆け抜けて、大きく深呼吸する。ここから先は覚悟だけじゃなくて、勢いもいる。


 行くぞ、俺。


「その、これから少しヘンな話をするかもしれないから、途中で嫌になったら、嫌だってすぐに言って欲しい」


 古川さんが黙って頷くのを確認して、俺は長話を切り出した。


「転校の話が出て、最初は諦めてたんだよ。でもベッドに寝っ転がってこっち来てからの生活を思い返してて、楽しかったなって。特に高二になってからは、毎日すごく楽しい日が続いてたなって思ってさ。で、正直に言うんだけど」


 恥ずかしさをこらえて、俺は真正面から古川さんの目を見た。古川さんもかしこまって、俺と視線を合わせてくる。


 でもヘタレな俺はやっぱり恥ずかしくなってしまって、微妙に目をそらしてしまった。


「古川さんともう会えないかもって考えたら、それは耐えられないって思ったんだ。転校しても同じ大学に進学する可能性だってあるし、別に休み期間中にこっちに遊びに来てもいい」


「でも、会えるっていうのと、高校生活を一緒に過ごすっていうのは、たぶん全然違う。もちずり石の伝承の二人だって、きっとそうだったはずなんだよ。会ったり手紙送ったりじゃなくて、本当は一緒に過ごしたかった」


 ここまで一気に言葉をつないでから、少し早口だったかも、と俺は反省。


「で、彼らはどうにもならなかったけど、俺はまだなにもしてない。環境に流されるだけで、自分の意志で動いてこなかった」


 古川さんは目を潤ませながら、話を聞いている。


 俺は今度こそ目をそらすものかと、彼女の目を見据えながら、先に結論を伝える。


「だから自分なりにだけど、ここに残れるように精一杯頑張ったんだ、俺。残りの高校生活も、古川さんと一緒に過ごしたいから」


 彼女は何度も頷きながら、自分のパーカーの裾をぎゅっと握りしめる。目から溢れ出しそうになる涙をこらえるように。


「それで、その……。ここまで言っておいてなんなんだよとか、チキンだとかヘタレだとか自分で思わなくもないんだけど。じゃあこれは告白なのかとか、いや、そもそも俺が一人で勝手に盛り上がってるだけなんじゃないかとか、そういうところまで頭が全然回ってないんだ」


 ヤバイ、また早口になってきた。落ち着け、俺。


「親の転勤が決まってから短期間にいろんなことがありすぎて、自分がどうしたいのかとか、それすらまだよく整理できてない」


「本当に申し訳ないし、みっともないことこの上ないんだけど、これがいまの俺の正直な気持ち、全部」




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