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告白する?しない? 迫る転校タイミングを横目に見ながら俺(私)は……  作者: ねこくも
第3章 勉強会、そして夏の終わり
19/31

4. 来年もまた、こうして集まれるといいな

 ミニ花火大会は夜九時過ぎまで続き、そこで今日の行事はお開きとなった。


 このあと真夜中までみんなで延々ゲームするとか、集まってお菓子を食べながら無駄話をするとか、そういうのもいいかなって思ってはいたんだけど。やっぱり勉強会という趣旨もあるし、明日も朝八時半から勉強会再開だし、それにまだお風呂にも入ってないし。


 いったん宏樹くんの部屋に戻って荷物を回収してから、由希に連れられて母屋の客間に移動。


さすがに親戚の本家、それに手伝いでよく来ているというだけあって、勝手知ったる家という振る舞いだなあと感心する。


 先に私がお風呂に押し込まれて、そのあとに由希が入る。そして客間に敷かれた二組の布団に二人揃って横になる頃には、とっくに十一時を回っていた(ちなみに男子は、宏樹くんの部屋で寝る手筈になっているけど、ちゃんと寝るんだろうか)。




 そういえば……と振り返ってみれば、由希と同じ部屋で寝るのは、知り合って以来初めてだ。


 中学の修学旅行や生徒会の研修訓練、部活の遠征。由希と一緒に泊りがけのイベントに出かけたことはこれまで何回もあったはずだけど、こういう機会には恵まれなかった。


 せっかくだからいろいろガールズトークというのも考えなくもなかったんだけど、明日も早いからと早寝を選択。由希も残念そうにしていたけど、こればかりは仕方がない。


「おやすみなさい」


 そう言って、由希は部屋の電気を消した。


「おやすみ」


 私も答える。


 岩崎くんほどではないにしろ、さすがに私も今日一日で頭が疲れ切っているから、眠りの神様はさっさと私を迎えに来てくれるに違いない。違いない……はずなのに!


 初めての場所ということもあってか、緊張してしまって眠気が飛んでしまったみたいだ。努力すればするほど眠気は遠ざかっていくようで、月明かりが薄く差し込む和室で規則正しい寝息を立てている、隣の由希が妬ましい。


 そんなことを考えていると、「智佳、ごめんね」という小さな声がした。


 まだ起きてたんだ……。


 ここで「なにが?」と聞くほど、私も野暮じゃない。


 私の岩崎くんに対する想いを、由希は知っているから。そして岩崎くんが由希に抱いている想いも、きっと。


 だから私は、天井を見上げたまま答える。


「由希が来るとは、夢にも思わなかった」


「ここ数年、この季節は桃の収穫の手伝い」


「由希、そういうの苦手だってイメージだったけど。でも、なんで?」


「他の作物の世話もあるんだから、そりゃ人手が必要な時は手伝うわよ、親戚だしね。でもまあ、他にもいろいろと」


 寂しさと諦めが込められたような、いつもとはまったく違う低い声でボソボソと話す由希。それ以上詳しい話なんて、とても聞ける雰囲気じゃなかった。


「智佳の邪魔をするのは悪いって思ってたんだけど」


 涙声が混じりつつ、独白じみた声は続く。


「私も、高校生活の楽しい思い出が欲しかったの。今日は本当に楽しかった」


 確かに、あそこまで心から楽しそうにしている由希を見たのは、本当に久し振りだったような気がする。


「うん、私もすごく楽しかった」


「ありがとう。でも、本当にごめんなさい」


 そういえば……と、私は以前から気になっていたことを思い出す。


 中学のときから学校生活絡み以外に遊んだとか家族や友達とどこかに行ったとか、そういう話を由希からほとんど聞いたことがない。


 自分から触れないことだから、私も敢えて聞かないようにしているけど、由希の家庭事情はいろいろ複雑なのかもしれない。そして、友人や私、岩崎くんに対する想いも。この前の部活帰りに、文知摺橋で由希がこぼした言葉も、頭の中に蘇る。


 そんなことを考えているうちに、今度こそ眠りの神様がやってきたようで、私の意識は闇の中に溶けていった。




 翌日の勉強会は、特に問題もなく進んだ。


 相変わらず岩崎くんの顔が青くなったり赤くなったりしたのは面白かったんだけど、これで勉強法のヒントを掴んでくれれば、と思う。


 昨晩のこともあって由希の様子も気になってはいたんだけど、今日はいつも通りの由希だった。でもいつか、悩んでいる心のうちを私に見せてくれれば嬉しい、そう思わずにはいられない。


 昼食後に由希はまた農作業の手伝いに向かうということで、勉強会は私と宏樹くん、そして岩崎くんのオリジナルメンバー三人に戻った。今日はお姉ちゃんの予定が読めないせいで私もバスで家に帰らなければいけないから、勉強会も夕方前には終了予定。


 さすがに三人ともいい加減疲れ果てていることもあって、昼食後は軽い復習や、どうでもいい日常話で笑い転げたりと、夏休み中なのに、普段の学校生活と変わらないような時間を一時的にでも取り戻せたのは嬉しかった。


 こうやってみんなで楽しく過ごせる時間が、ずっと続けばいいのに。どうして離れ離れにならないといけないんだろう。




 そんなことをやっているうちに、勉強会もお開きの時間になった。


 荷物をまとめてから母屋で宏樹くんのお母さんに挨拶をして、みんなで菅野家を出る。


 夕方とはいえ残暑の強い西日が照りつける中、うんざり顔でどうにか最寄りのバス停までたどり着いたところで、宏樹くんが言った。


「来年もまた、こうして集まれるといいな」


「うん、そうだね」


 そう、来年も、こうしてみんなで。


 そう頷いて岩崎くんの表情をそっと伺うと、困ったような、それでもできればそうあって欲しいとでもいうような、複雑な面持ちだった。宏樹くんと目配せをして、それ以上はやめようとアイコンタクトを交わす。


 ところで、時間になってもバスが来ない。


 予想の範囲内ではあるのだけれど、どれだけ遅れるのか見当もつかないので、宏樹くんには先に家に戻ってもらうことにした。宏樹くんは「別に気にすんな」って言ってたけど、こんなとこで体調を崩されちゃったら、申し訳ないことこの上ない。


 でも宏樹くん、去り際に「わかってるよ」って言いたげなニヤけ顔は余計だから!


 少しでも早く岩崎くんと二人きりになりたかったからじゃなくて、本当に宏樹くんの体調を心配してるんだからね?




 ようやくバスが姿を見せたのは、それから十分ほど経ってからのことだった。


 冷房の効いたバスにほっとしながら乗り込んだ私たちは、二人掛けの席に並んで座る。先に降りる私が通路側、岩崎くんが窓側。


 勉強会の疲れからか会話らしい会話もなく、二人とも膝の上に乗せた大きめのバッグに両腕を預けて、グッタリと目を閉じている。いや、ひょっとしたら私と同じように岩崎くんも、さっきの「来年もまた」のことを考えているのかもしれない。


 来年の今頃、私は、私たちは、いったいどこで、なにをしているのだろう? そしてその次の年は?


 来年のことすらわからないのに、大学受験が終わってどうなっているかなんて、想像することすら難しい。


 そんなことを考えているうちに、バスは道なりに左側に大きくカーブしたみたいで、岩崎くんの重みと体温が、私の肩にかかってくる。さっきから不確定の未来を怖がっている私にとっては、いま触れ合っている身体の感触、それだけが確かなものに思える。


 カーブはすぐに終わり、彼が体を戻しながら言うであろう「ごめんごめん」という言葉を待っていたんだけれど、様子がちょっと変だ。薄く瞼を開けて顔をそっと左に向けてみると、なんと岩崎くんは私の肩に体を預けたままで──要するに、完全に寝入ってしまっていた。


 私の目の間近に、岩崎くんの顔がある。


 柔らかそうな髪の毛、形の良い耳、血色の良い唇。睫毛の一本一本までくっきりと見え、呼吸の音までがはっきりと聞こえるような至近距離。


 もし岩崎くんが起きているなら、触れ合った身体越しに私の鼓動が伝わってしまうんじゃないかと思うくらいに、心臓が早く、強く脈動している。


 どうしよう。


 私が先にバスを降りるんだから、降りる前に彼の体を戻して、肩のあたりを突っついて目を覚ましてもらって、そして「またね」って挨拶をして……というのが正しいよね。そうすべきだよね。でも。


 寝ているのをいいことに、ズルしてごめんなさい。


 心のなかで岩崎くんと由希に謝ってから、軽く目を閉じ、私も自分の体重を岩崎くんに預けた。


 私は乗り過ごして戻ることになっちゃうけど、彼が降りるときに「古川さん、寝過ごしてる!」って起こしてもらって、一緒に降りよう。それまでしばらくの間、こうして……。


 身体的に触れ合うことが不安を癒してくれることを、私はこの時初めて知った。それはあくまで刹那の癒しであって、抱えている問題はなにも解決されはしないのだけれど。




 結局のところ他力本願はうまくいかず、寄り添ったまま眠り込んでしまった私たちは、終点の福島駅で目を覚ますこととなった(正確には、車内アナウンスでも起きなかった私たちは、運転手さんに起こされる羽目になった)。


 恥ずかしいやらみっともないやら、おまけに駅前にはクラスメイトらしき人影までいたような気がする。


「なんか、ごめん」


 とりあえずバス停から離れてから、照れ隠しなのかバツの悪そうに視線を外して、岩崎くんが私に謝る。


「私も、その……。ごめんなさい」


 恥ずかしくて、岩崎くんの顔をまともに見れない。


「先に降りるはずの私が、寝ちゃったらダメだよね。降りる時に起こしてあげられれば良かったのに」


 とにかく寄り添って眠ってしまっていたことについては、お互い触れないように会話を続ける。なんというか、そのまま封印すべき悪しき記憶とでもいうような感じ。


 態度も少しよそよそしくて、二人の間の物理的な距離も、いつもより気持ち遠いような気がする。


 それでも、と私は願う。このささやかな出来事が人生のなかでも良い思い出として、今日の私の姿とともに、ずっと彼の記憶に残りますように。


「ところで古川さんさ」


 そんな私の気持ちが伝わったのか、打って変わったような優しげな声で、彼が切り出す。


「昨日の途中から、時々元気なかったみたいで少し心配してたんだけど。とりあえずは元気になったみたいで、安心したよ」


 岩崎くんは由希だけじゃなくて、私のこともちゃんと見てくれていた。


 強い鼓動とともに、周囲の風景が急に鮮やかになったような気がする。自然に湧き上がってくる温かい気持ちそのままに、満面の笑みで私は答える。


「ありがと。もう大丈夫だよ」

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