第一回:間篠葵と微笑みの紳士
誰しもが人生で一度は願うのではないだろうか。
『一位になりたい。』
もちろんワーストではなくベストで。
私だってもちろんその一人だ。
例えば、『お洒落』『可愛げ』『スタイル』
そんな類題で『彼女が一位だ』なんて言われたら天を仰いで感謝するだろう。
高校なんてそれこそ、日常的にランキングが潜む空間だと思う。
だがしかし、今年の春に高校二年生上がった私に(密かに)担ぎ上げられたその勲章の表題は、おぞましいものだった。
偶然にも掃除のゴミ捨て当番だった私は、好奇心から一番上にあった紙を見てしまった。
その時は『あ、なんかかいてある』位の認識だったはずだ。
好奇心に駆られてしまった事は下校中の現在も悔やんでいる。
それを見なければ、私の心は周りの景色と同様に爛漫とした春の心地に浸されていたのに...。
内容はなんだったのか、と問われれば先に述べた話題と同じくランキングだった。
『腹パンしてマジで泣かせたい女子ランキング』という、作った者の精神状態が狂ってるとしか思えないものだ。
一位の名前にはこの私、間篠葵の名がデカデカと記されており御丁寧に投票数が添えられていた。
その数18票、クラスの男子18名で行った選挙であるのなら、私は全票獲得という偉業を成し遂げた事になる。
「腹...腹パン...なんで...?新学期が始まって一週間なのに、私嫌なことしちゃったのかな?」
ブツブツと唱えながら帰る私をすれ違う人々は見なかった振りをする。
「お腹が痛い...。」
衝撃的な、半ば予告的なランキング結果に心と腹部を痛めた私は曲がり角に注意を払わなかった。
これが...私の高校生活を決定付ける失敗となる。
「ああ!!遅刻遅刻ー!」
「キャアッ!」
ドーン
パリーン!
「ああ!せっかく集めた高純度エキスが!!」
食パンを咥えて走ってきた奇抜な装い少女とぶつかってしまった。
その衝撃で彼女が抱えていた大きな瓶が落下、溜まった液体は漏れるとすぐに揮発性が高いのか無くなった。
「あ、ごめんなさい...ちょっと考え事してて...。」
相手の謝るものだと思って、私は形式的ではあるが謝罪を口にした。
「謝ってすむわけないでしょ!?ああ...どうしよう!あの液体がなくなったら...ああ!!」
少女は頭を抱え込むと、私をキッと睨み付ける。
「あなた謝ったんだからさ、責任とってよ!!」
「え、ええ...責任って...何すれば良いんですか?」
「吐いて。」
「え?」
「吐いて。」
「あれはね!世界中の108人の女の子から抽出した胃液エキスなの!」
煩悩の数かな?
「やっと108集まって...これで苦難が晴れると思ったのに、あなたが壊したのよ!」
無茶苦茶だったが、私の精神状態が前述の出来事によって磨り減っていたため、強く否定することができなかった。
「だから!あなたが108人分のゲ○を用意するの!!当然でしょ?」
「いや、でも吐けって言われて吐けるわけないですよ。それこそ」
腹パンでもされない限り。
だが、少女の表情は少し明るかった。
「ん?咄嗟に拒絶しないってことは、108人分補填する意思があるのね!良し、これならなんとかなるわ!!」
会話が成立していない事も良く分かった。
「オゲ・トシャ・パン・ゴンザレス!エキス収集の紳士よ、姿を表しなさい!」
呪文のような言葉を発っした途端、いつの間にか少女の後ろには人影があった。
「身長210cm,体重120kg。自由の国が生んだ微笑みの紳士、ゴンザレスよ!」
おい嘘だろ。
白い歯を見せる笑顔に殺気が混じってる。
こいつ...さては二,三人手にかけてるな。
「海軍兵のアーミーズキャンプで六年間過ごした上、ボクシングの世界王者から指南を受けた天性の格闘家よ。」
ヤバい、体が震えてる...こっから逃げろって、心が叫んでる。
「彼があなたの贖罪を手伝ってくれるわ!ね?ゴンザレス、優しくしてあげてね!!」
とうとう瓶を割ったことへの補填が『贖罪』と言い表された。
言葉が強すぎる。
「Oh, two days taste carefully the pain be laid up for a long time(ああ、二日は寝込む痛みをじっくり味あわせて殺るぜ。)」
なんて言ったかわからないけれど、ゴンザレスの目が獲物を狩る虎のものだった。
「はい、と言うわけで今から葵ちゃんにはゴンザレス先輩からの優しい折檻を受けてもらいます!」
「暴力じゃん!って...なんで葵って名前。」
「まあいいじゃん。とりあえずゴンザレス先輩、アップ始めて。」
「God is not given is not trial that get over to humans(神は人間に乗り越えられない試練は与えない)」
ああ、怖い。
ゴンザレス先輩が意味深な言葉と共にアップ(腹部への攻撃を想定した右ストレート)を始めてる。
「ね、ねえ!!冗談ならやめて!先輩の右ストレート食らったら私死んじゃう!」
「大丈夫!108集めるまでは絶対死なさねえから。」
冗談じゃないんだな、と諦めると共に恐怖感が体を取り巻く。
「腹パンでしょ?ねえ、犯罪だよ!?お腹に穴が開いたら人って死んじゃうんだよ!?」
「安心して、あなたの体には防護をかけとくから。強烈な吐き気と...チクッとした痛みが襲うけど、内臓やその他身体に傷害は一切ないから。」
「ね?ゴンザレス?」
「ダイジョウブデス。」
日本語話せんのかよ、ふざけやがって。
こっちは軍人の腹パン食らう覚悟決めないといけねえんだぞ。
普通であれば逃げるが吉だが、罪悪に苛まれた私は震えながらも覚悟を決めた。
そもそもた身長210cm,体重120kgの化け物から帰宅部の私が逃げ切れる気がしない。
「ああ、怖いよお!怖いよお!いいいい!!なんで瓶を割った位で軍人の本気パンチ食らうのよお!!」
これも全部あのランキングのせいだ。
きっと18人の歪んだ性癖が、この悲劇を現実に変えたんだ。
「うむ、その心意気や良し!!じゃあ冥土かもしれない土産に一つ良いことを教えてあげるわ。」
とんでもないことをこの少女は言う。
だが、恐怖にうち震えた体から一瞬緊張が解けた。
「ゴンザレスってかなり強烈なキ○○○教原理主義者だから気を付けてね。」
「は?」
この言葉のせいで、私は体どころか腹部への力みが完全に無くなった。
「That woman says that humans evolved from monkeys(あの女、人間は猿から進化したって言ってる。)」
少女が何かを唆した途端、温かかったはずのゴンザレス先輩の瞳は完全に人を仕留める目に切り替わった。
「俺たちは神が土からお作りになったんだよ!!」
ふざけんなクッソ、カタコトもミスリードかよ!
普通に日本語話してるじゃん!
ゴンザレスの流暢な日本語と共に、お腹に大きな穴が開いたかと勘違いするほどの激痛が腹部に広がる。
食道を駆け昇るあの嫌な液体を必死に押さえつけるが無意味だとわかっている。
毛頭とする意識の中で、頬を暖める胃酸の匂いと激昂したゴンザレスをあやす少女を視界に捉えた。
ああ、もう少し良いものたべときゃ良かったなあ...などという叶わぬ願いを胸に、私は瞼を閉じた。