1.
青々とした茎と葉っぱ。天辺には赤紫の小さな花弁がついている。私は右手に持った花を見つめる。一本のれんげ草は地味で在り来り、つまらない花だ。そんなことを考えながら立ち上がり辺りを見渡す。瞳には沢山の緑と紫の集まりが映った。田圃一面にれんげ草が咲いていてるのだ。上には青空が広がっていてれんげ畑が太陽に照らされ輝いていた。ふと視界の隅に人影を認める。その人影はよく知っているもので――こちらに駆けてくる。白いワンピースに麦藁帽子。私と全く同じ格好をした少女だった。
「ねえお姉ちゃん、すごく綺麗だね」
少女が話しかけてきたのでうんと頷く。小さな私にとってこの広いれんげ畑は何処までも続いている様に感じられた。
私は走り出す。どうしてもこのれんげ畑に飛び込みたくなったのだ。右足で地面を蹴ってジャンプする。空中にいる時間は変に長かった様な気もするが、でもやはり短くて体は地面にぶつかる。草花が私を受け止めようとするが勢いに耐えられることは当然なく、丸めた体でごろごろ転がりながら衝撃を和らげる。
そのまま地面に伏せてじっとしていると手足のあちこちに痛みが出てきた。昂っていた心臓の鼓動が落ち着いて、ひんやりと冷たい土と薙ぎ倒されたれんげ草たちが顔に感じられる。
「だいじょーぶ?」
急いで走ってきた可愛い妹に心配されて、手をついて上体を起こし立ち上がる。
「いきなり走り出して転ぶんだもん。びっくりしたよ」
ごめん、大丈夫だよと答えながら服や髪についた泥を払い落とす。しかし白いワンピースの汚れは落ち無さそうだ。
「そろそろ帰ろうか」
自分のその言葉に妹は素直に従う。畦道を走る彼女の後姿を追いかけながら私は何処かぼんやりとした夢見心地だった。
目が覚める。覚めたはずだ。しかし目を開けてもそこに存在するのは闇だけで……再び目を瞑り未だはっきりとしない頭で思考する。ここは何処だろうか。まだ夢を見ているのだろうか。もう一度目を開けて理解した。どうやらアイマスクをつけていたらしい。相変わらず私は抜けているなと少し笑ってしまう。しかし何でアイマスクなんか使っているのか。疑問に思いながら取り敢えず外そうと思い両手を耳の後ろに回す……回そうとしたのだが手が動かない。微かに生まれた驚きと動揺が徐々に肥大化していく。
何かが手首に食い込んでいて鈍い痛みがする。脳内は混乱状態に陥った。立ち上がろうとして足首と膝が固定されていることに気づく。一体何が起こっているのか。如何にかしてアイマスクを取り払おうと思い頭を上下左右に激しく振るもそれは完璧に張り付いたままで……
「そんなに慌てなくていいのに」
「今外してあげる」
パニックを引き起こしていた私にその声が届くことはなく、ましてやそれがよく聞きなれたものであることに気づく余地など存在するはずが無かった。