#2 ファースト・コーナー #ビーチの勝負~帰路
ノイジー・エナジー #2 ファースト・コーナー
#ビーチの勝負
おなかが一杯になると、アタシと夏子はさっきから近くにあるビーチバレーのコートが気になって仕方がない。
「アレ使っていいのかな?」
「ボールはどうするの?」
「ビーチボール持ってきたよ。」
「行ってみようか。」
ちょうど誰も使っていないので、アタシと夏子は二人でビーチボールで遊び始めた。
「おい、オレ達も入れてくれ。」
先輩二人と先生も興味をそそられたのか、コートにやってきた。
「じゃあ、試合します?」
「お?いいねえ。晴海、ちょっと背が高いからっていい気になるなよ。二輪女子会の牛若丸と呼ばれた私に勝てるかな?」
一番背が低い吉野先輩の鼻息が荒い。ぐーぱーでチームを決めて、早速ゲーム開始だ。
最初はミカリン&ミクリンVSちえり&夏子!
吉野先輩のサービスから始まった。
「やあやあ、音にも聞け!我こそは…。」
「口上が長い!」
「ちぇっ。そ~れっ!」
吉野先輩のヘナチョコサーブを夏子がレシーブ。熟練したボール捌きで絶妙な高さに上げると、アタシはジャンプ一番、右腕をムチのようにしならせ、思いっきりアタック!
バフッ!
アタシの打ったボールは御厨先輩に命中!ビーチボールだから、怪我することはないと思うが、顔面で受けるとけっこう痛い。
「ちえり、ナイスアタック!」
そう、アタシと夏子は中学時代にバレー部だったのだ。アタシがアタッカーで夏子がセッター。絶妙なコンビネーションである。
「ひえ~、痛そ…。」
吉野先輩はアタシのアタックから逃げ回り、果敢にもレシーブを試みる御厨先輩の腕は真っ赤になって、試合はアタシ達バリボーペアの完勝。
「強いな。しかし、男子ペアに勝てるかな?」
審判をしていた天崎先生の闘志に火が付いたみたいだ。
試合が始まると、男子ペアはアタシのアタックから逃げることなく、健気にボールを拾っていたが、攻守にバランスの取れたバリボーペアには敵わなかった。
「お前ら、分かれろ!つまらん!」
御厨先輩の一言でバリボーペアは解散、ミックスペアの結成となった。ペアはやはりぐーぱーで、ミクリン&夏子VS先生&アタシ。夏子とアタシはパートナーが逆だったらよかったのにと微妙に残念だが、戦力的には拮抗するのかな。
さて、試合は果たして一進一退の息詰まる攻防となった。アタシのアタックを夏子が止めると御厨先輩がヘナチョコアタック!天崎先生のレシーブが乱れてもアタシがとにかく相手に返す。
男子のミスを女子がカバーするという、情けないというか、アタシ達が凛々しいというしかない。微妙な熱戦にギャラリーも賑わってきた。
「姉ちゃんかっこいいぞ!」
「イケメンくんしっかりして!」
観客の声援に、アタシ達の戦いはヒートアップ!全員本気モードで持てるチカラをボールにぶつけた!試合は平行線のまま終盤へ。
平行カウントで迎えた夏子のサービス。天崎先生が頑張っていい感じでレシーブし、ネット前に上がると待ってましたとばかりにアタシはアタック!
バシッ!
ボールは夏子がタッチしたものの、無情にもコートの外へ。
「よっしゃー!」
乙女の恥じらいはどこへやら。アタシは吠えていた!燃えていた!
アタシのサービス。このポイントを取ればアタシ&先生ペアの勝ちだ。夏子には悪いけど勝たせてもらうよ。
ボムッ!
アタシのサービスは狙い通り御厨先輩の方へ。
バンッ!
しかし御厨先輩はさすがに慣れてきた。アタシのサービスを絶妙な高さに上げる。
やばい!夏子が来る!
夏子が飛び上がり、強烈なアタックを天崎先生目掛けて放つ!
パフッ。
かと思いきや、夏子の目に恐怖に歪んだ先生の顔が映りでもしたのか、アタックではなくフェイントで、ボールは空いているコートに吸い込まれ…。
ズザァッ!
天崎先生が横っ飛び!スライディングレシーブでボールを上げた。
「ナイス、先生!」
アタシはボールに向けて走る!
「もらったぁ!」
ギリギリの高さに上がったボールにアタシは食らいつく!飛ぶ!
「うぉぉぉっ!」
唸りを上げて繰り出す腕が渾身の力を込めた一撃を放つ!
バァァァーン!
「いやぁ、凄い試合だったな。」
「まさに手に汗握るいい試合でしたね。」
「最後が凄かったよね!」
「まさかの幕切れだよね?」
「結局どっちの勝ちなの?」
「落ちたのが自分のコートだから引き分けだろう。」
「試合続行出来ないしね。」
「まさか割れちゃうなんてね?」
「凄かったよね!『うおー』って!」
「怪力だよね。怪力女!」
勝手に言ってくれ!無責任なギャラリーの言葉はアタシの心をズタズタに引き裂いていた。
最後のプレイ、振り下ろした腕は、強烈なチカラをボールに伝えた。
ボールは耐え切れず破裂。破片はアタシチームのコートに落ちた。
「まぁ、百均のボールだしさ、あんだけ遊んであげたらボール冥利に尽きるよ。」
夏子は慰めてくれてるのか、単にボールにお悔やみを言っているのか、よく分からない。
「怪力だって…。」
「ぷぷぷ…。」
天崎先生と御厨先輩は酷い。アタシが傷付いているというのに、アタシを笑いものにしている。
「アレ?吉野先輩は?」
そう言えば、審判をやっていたはずだが、最後の試合はなぜかギャラリーの人が審判をしていた。パラソルに戻ってきたが、吉野先輩の姿は無い。浮き輪はあるから、海に入ってはいないだろう。
「ん~?私の砂遊びセットが無いなあ。」
夏子が持ってきたシャベルと小さなバケツが無い。吉野先輩が持って行ったのかな?
「オレ、ちょっと探してくる。」
御厨先輩が海の方へ駆け出した。アタシも行こうとすると、夏子が手を取って引き止めた。
「ちえり、そっとしておきなよ、二人のことは。」
夏子の話によると春休み前に御厨先輩は吉野先輩に告白したらしいが、吉野先輩は断ってしまったそうなのだ。奥多摩ツーリングでの内緒話で聞いたことのひとつだそうだ。
アタシは夏子の手を振り払っていた。
「イヤよ!アタシも好きなんだもん!」
え?そうなのか。思いがけない自分の言葉にアタシの方が驚いた。アタシ、御厨先輩が好きなんだ?
「ゴメン、夏子。」
心配そうな顔になった夏子に謝ると、アタシは御厨先輩の後を追いかけ、走り始めた。
「行ってくるね。」
波打ち際に吉野先輩が砂の城を作っていた。周りを城壁で囲って、波で城が崩れないように守っている。御厨先輩は横にしゃがんで吉野先輩になにか話しかけていた。御厨先輩はアタシに気づくと、こっちの方を指差して、吉野先輩に誰かが来た事を知らせた。吉野先輩はこちらを振り返ると、ニッコリして手を振った。アタシはゆっくりと二人に近づいて行った。
「お邪魔しちゃいましたかねぇ。」
「そんなことないよ。ゴメンね、晴海。心配させたよね。…ちょっとスネちゃった。」
吉野先輩がバツが悪そうに言った。珍しく素直だ。御厨先輩は沖合いの船でも見るようだが、きっと耳はダンボになっているに違いない。アタシは御厨先輩とは反対側にしゃがんだ。
「アタシも試合に夢中になって先輩の様子に気がつかなかったんです。ごめんなさい。」
寄せる波は少しづつ城壁を壊して、やがて城にまで到達した。アタシも吉野先輩もその様子をじっと見守っていた。
「さてと。」
御厨先輩が立ち上がった。
「そろそろ帰ろうか。疲れ切る前に出発しないと、帰り道もあるんだからな。」
そう言うと御厨先輩はパラソルに戻るべく歩き始めた。
吉野先輩も立ち上がると、身体についた砂を払った。
「よし行こう、晴海。」
吉野先輩はアタシに手を差し伸べる。
アタシはその手を取らなかった。一人で立ち上がり、吉野先輩の目をじっと見た。
「勝負です、先輩。」
吉野先輩はハッと息を呑んだ。何の勝負か分かったようだ。
「先輩、御厨先輩から逃げないでくださいね。アタシも追いかけますから。」
吉野先輩はアタシを見返すと、ニヤリと笑った。
「逃げないよ。今度はね。」
#帰路
まだまだお日様は高いけど、帰り着くまでがツーリングです。無事におうちに着くために、早めに遊びは切り上げます。次はぜひお泊まり会にしよう。なんだか遊び足りないや。
というわけで、アタシ達はおやつの時間前にシャワーを使って、帰路に着きました。実家に帰る天崎先生はここでお別れです。夏子は泣きそうでした。
帰り道は来た道を引き返すことにしたけど、国道135号は北へ進むごとに混んできた。行きに寄れなかった公園のショップでお土産を買って、ようやく伊豆スカイラインに乗ると、だいぶスイスイと行けて、途中からは富士山が見えた。行きは濃霧で見えなかったけど、帰り道は綺麗な富士山が見れるなんてラッキーです。熱海峠から箱根峠までが少し混んでいたのだけれども、そこはバイクなので、スルスルとすり抜けてしまいました。
箱根新道は下り坂をほとんどアクセルを開けることなく、エンジンブレーキをフル活用して下っていった。吉野先輩のベスパはスクーターなのでエンジンブレーキが弱くて、例によってきゃあきゃあ文句を言いながら、坂を駆け下りていた。
小田原厚木道路も順調に流れていた。大磯のパーキングで一休みして厚木を目指したが、東名高速が大和近辺で事故のため復旧まで通行止めで、横浜町田インターまでは大渋滞で相当混んでいるらしい。アタシ達は東名は使わずに厚木からは246で帰ることにした。
国道246号は東名渋滞の影響で混んでいたが、ここもやはりスルスルと進む。しかし、さすがに疲れたためか信号待ちで発進する時に、あろう事かエンストしてしまった。NSRはキックスタートなのでキックペダルで始動しなければならないが、久しぶりのエンストに慌ててワタワタしてしまった。
ビィー!ビビィー!
後ろにいるクルマがクラクションを鳴らして早く行けと急かす。しょうがないな。とにかくハザードを付けてバイクを左に寄せた。クルマがビュンビュン通るので、キックペダルを出すのがちょっと怖い。
『ちえり、どうしたの?』
インカムから夏子の心配そうな声がした。
『夏子、ゴメン。エンストしたから、先に行って。すぐ追いつくから。』
『了解。のんびり走ってるよ。先輩達にも言っとく。』
モタモタしているうちに信号が変わってしまった。クルマが止まったので、とりあえずペダルを出してエンジンをかける。
ストトト…ビィーン!ビィーン!
さすがにさっきまで動いていたエンジンは、キック一発で始動した。
よかった。早く追いつかないとね。アタシはホッとして、スルスルとバイクをクルマの間に進めて行った。
信号が変わりクルマが動き出す。走行車線のアタシは左折するクルマのために、動き出しが遅かった。すると…。
先に流れ始めた追い越し車線から、スクーターが追い越して行った。白いローダウンの中型スクーターで、ドレスアップしたのだろう、LEDのイルミネーションを点けて路面を青い光で彩っている。車載のスピーカーからは低音の効いたヒップホップが流れている。今どき、それはそんなに目を引くようなモノではない。普段ならアタシも、ちょっとウルサイなと、眉をひそめるくらいで気にも留めないのだけど、その時はちょっと違ったんだ。
スクーターのタンデムシートには犬が乗っていた。しかも背もたれがあったり、犬用にお座りしても落ちないようになっているワケでもない。フラットなタンデムシートに犬が四本足で立っていたのだ。凄いな…。
ビィーン!ビィィィー!。
なんだか犬が気になるアタシはスピードを上げて後を追った。真後ろを追走していると、犬がどうしてタンデムに乗っていられるのか、分かってきた。
犬は横向きにタンデムシートに立っているが、運転している飼い主の背中にカラダを預けてぺったりとくっついているのだ。バイクが傾くと飼い主に合わせて一緒に傾く。ブレーキを掛けても飼い主の背中に寄りかかるだけだ。加速する時も恐らく飼い主の背中に強くもたれて離れないようにしているのだろう。飼い主も犬が耐えられないような無茶な加速や運転を控えているようだ。
犬はそれなりに楽しんでいるのか、尻尾を上げてクルリと巻いている。怖がっている時、犬は尻尾を下げて後ろ足の間に挟むようにするものだ。
そのうちに行く手の信号が赤になり、アタシはスクーターの後ろで止まった。犬は止まったからといって降りてしまったりはしない。
「おい、すげえな。犬がバイク乗ってるよ!」
走行車線に止まったアタシの横で、追い越し車線にいる二人乗りのライダーが話している。周りを見ると、クルマの中からスマホで撮っている人もいる。アタシもこんなの初めて見た。お利口さんだな。成犬みたいだけど、サクラもこれくらいになったかな?
その時、犬が首を巡らせて後ろを見た。白と薄茶色の何となく見覚えのあるような色合いの毛並み。クリっと丸い愛嬌のある目がコチラを見ている。あれ?まさか…。
「サクラ?!」
アタシはシールドをはね上げて、大きな声で呼んでいた!一瞬びっくりした犬は、明らかにアタシの声に反応した!
「ワン!」
一声吠えると、バイクを飛び降りてアタシの方に駆けてきた。
「おい、サクラ!」
飼い主が慌てて呼ぶとその場にピタリと止まって振り返った。やっぱりサクラだったんだ。アタシは泣きそうになった。いや、視界はすでに滲んでいるから、もう泣いてるんだ。
ビィー!ビビビビィー!
後ろのクルマが盛大にクラクションを鳴らし始めた。信号が青になったんだ。
「え、待って、ちょっと待ってよ。」
ボッボッボルルル…。
アタシがどうしていいか分からずにいると、スクーターが左の歩道に上がって行った。犬も付いて行く。
ビィーン!ビビビ…。
動揺していたアタシも、とにかくスクーターに付いて歩道に上がって行った。
ボッボッボッボッ…カチッ!
スクーターのライダーがスタンドを出してエンジンを切った。アタシもNSRを降りてエンジンを切った。
お日様は傾き、夕暮れのオレンジ色が空を染め始めている。
夕陽に照らし出されたスクーターのライダーはヘルメットを取ってアタシを見た。犬は大人しく、スクーターの前でお座りしている。アタシもヘルメットを取ってライダーを見た。
ライダーが口を開いた。
「久しぶりだな。…晴海さんだよな?」
小学生の声しか知らないから、ちょっと低い、初めて聞いた声だった。
「久しぶり、翔…えと…鷹宮くんだっけ?」
ヘルメットを取った顔は、そう言えば面影がある。背の高さはアタシと同じくらいか?
「翔吾でいいよ。それに今は鷹宮じゃなくて、辰巳っていうんだ。」
そうなんだ。悪いこと聞いちゃったかな。
「サクラ、久しぶりだろう。撫でてやってくれ。」
「いいの?!ふふっ。」
アタシは嬉しくて、思わず笑ってしまった。しゃがんで片膝をつき、手を差し伸べる。
「サクラ、カモン!」
「ワン!」
サクラは立ち上がり、一声吠える。そして「いいの?」と確認するように翔吾を見た。
「GO!」
短い一言がためらいを断ち切ると、サクラはアタシの腕に飛び込んだ。
「サクラ!サクラ!」
アタシの顔は涙と、舐めるサクラのヨダレであっという間にベトベトになった。抱きしめると、もう昔のように仔犬のモフモフ感はないが、短い毛並みがサラサラで心地よい。アタシは目の前にいる翔吾のことも忘れて、懐かしい再会の喜びを噛みしめていた。
第一コーナーに飛び込むと、スタート直後の混乱は一段落して当面の位置取りが見えてくる。思わぬ伏兵が目の前に現れることもしばしばある。しかし、レースはまだ始まったばかりなのだ。
「#2ファースト・コーナー」終了です。
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