#3 Sカーブ #火傷
ノイジー・エナジー #3 Sカーブ
#火傷
サーキット走行会の後、アタシは何度かサクラに会いに行っていた。夏子と一緒に。
翔吾はめんどくさそうだったけれど、サクラが楽しそうなので断れなかったのだろう。
冬になり、寒い中バイクに乗るのはかなりの気合いが必要だし、タイヤはなかなか温まらないし、山間部では雪が積もっていたり、路面が凍ってブラックアイスになっていたりして、かなり危険だ。しかも、バイトでバイクの寒さが身にしみているので、ちょっと、いや、かなり後ろ向きになってしまっている、今日この頃です。
「辰巳くんはいますか?」
アタシは今週末にサクラに会いに行こうかと、翔吾の都合を聞きに隣のクラスに来ている。
「辰巳?え~と、アンタは?」
ちょうど教室から出てきた男子に聞いてみると、名前を聞かれた。あんまり、言いたくないんだけど…。
「…晴海です。」
はっ!と、相手が息を呑むのがわかった。
アタシのと言うか、巨大女子ハルミさんの武勇伝は更にエスカレートしていた。
気に入らない男子十名を屋上に呼び出して、片っ端から、投げ飛ばし、屋上のネットフェンスに叩きつけたらしい。ネットフェンスに残る窪みはその時に付いたものだそうだ。
いや、呼び出してないし、投げ飛ばしたのは三人だし、ネットフェンスは前から窪んでたじゃん!ウワサって怖い。
ハルミさんだ。え、あれが?
クラスをさざ波のようにウワサが広がっていく。この光景も、もう慣れた。
「辰巳と晴海って、付き合ってるの?だってお互いに名前呼びじゃない?」
コソコソとウワサする声が聞こえる。だから、この名字はいやなんだ。勘違いされやすい。
「ハルミさん?翔吾なんだけど、昨日から休んでるって。なんか事件に巻き込まれたらしいよ?」
そうなんだ。事件に巻き込まれたってのはウワサだから当てにはならない。
「ありがとう。じゃあいいです。」
アタシはウワサがウワサを呼ぶ教室を後にした。
「そりゃあ、気になるねぇ。」
今日は夏子と一緒に翔吾の家にお見舞いにいく。翔吾んちに電話したところ、家政婦の渡辺さんにいろいろ話が聞けた。バイクが盗まれて、その時に怪我させられたらしい。翔吾は普通に動けるから大丈夫みたいだけど、サクラも怪我したというので、そっちの方が気になる。
「大したことがなければいいんだけど…。」
アタシ達は翔吾の家にお邪魔した。門を入っても、いつもは駆け寄ってくるサクラの姿がない。犬小屋もいつもの車庫前にはない。
玄関に翔吾の姿が見えた。なんだ。翔吾は大丈夫そうじゃん。翔吾は、よう、と陰気に挨拶した。
「悪いな、心配掛けちまったな。」
いや、アタシ達は別にアンタの心配はしてないし。とはいえ、家からお見舞いの品を持ってきてはいたので渡した。
「ハイお見舞い。…ねぇ、なんで泣きそうなの?」
翔吾が感激して目をうるうるさせているのが、ちょっとキモイ。
「俺、お見舞いになんかもらったのなんて初めてだ!」
もう、勘弁してよ!変なフラグ立てないでよね。
「で、どうしたの?」
アタシがお見舞いに持ってきた、はるみ屋特製豚まんを、渡辺さんが温めてくれた。翔吾は早くも三つ目にかぶりついたが、アタシと夏子はまだ一つ目を半分ってところだ。
翔吾はバイクが盗まれた状況を説明してくれた。翔吾が言うには、夕暮れ時に公園でサクラと遊んだ後、帰ろうとしたらバイクになにかしている怪しい人影があったから、声をかけたらしい。
怪しいなと思ったところ、脇腹に凄い痛みが走り、そのまま動けなくなったそうだ。
やられた脇腹を見せてくれたが、赤く腫れて、ミミズばれになっていた。少し火傷もしているみたいだ。
「バイク屋のツナギを着てた気がするんだよ。なんて言ったっけ、有名なやつ。」
アタシはなんだか、やな予感がしてきた。
「…バイクの玉子様?」
翔吾がパチンと指を鳴らした。止めなって似合わないから。
「ねぇ、金髪のお兄さんじゃなかった?」
翔吾はふむと考えたが、いや金髪の兄ちゃんは見てないと言う。
「ねぇ、サクラはどうなったの?」
アタシは一番心配な事を聞いた。
「怪我は大したことないんだけどな…。」
翔吾はそれ以上は話そうとせず、車庫に続く障子と窓をあけた。サクラの犬小屋は車庫の中にあった。
「…サクラ?」
アタシが呼んでも返事は無い。アタシはイヤな予感がして、車庫に降りると、犬小屋に近づいた。
ウゥ~…。
人の近づく気配にサクラは唸り声を上げた。
「サクラ?アタシだよ?ちえりだよ?」
少しづつ近づくけど、唸り声は止まない。犬小屋の入り口に近づくと、ワンと吠えた。威嚇する吠え方だ。
「…翔吾、サクラはどうしちゃったの?」
翔吾はアタシに手を見せてくれた。サクラの噛んだ跡がついていて、絆創膏を貼っている。
「ちえりも噛まれるぞ。気をつけてな。」
アタシが犬小屋を覗くとサクラは鼻に皺を寄せて唸っている。よく見ると背中の毛が一部短くなっていて、火傷があるみたい。覗いたアタシが誰かも分からないみたいだ。アタシは噛まれるのを覚悟でゆっくりと手を犬小屋に入れていった。
ワンッ!
一声吠えると、アタシの手に噛み付いた。痛い!甘噛みではない、食いちぎってやろうという噛み方だ。噛み付いて首をふり、しっかりと牙を刺そうとする。
「ちえり!大丈夫!」
夏子が心配している。
アタシがしばらく我慢していると、やがて大人しくなった。噛むのをやめてアタシの手を舐めている。中を覗くとまた、鼻に皺を寄せて唸り始めた。今日はここまでかな。
「サクラ。また来る。待っててね。」
アタシは犬小屋を離れた。犬小屋から唸り声は消え、静かになっていた。
「お前も無茶するな。指を食いちぎられてたかもしれないぜ?」
翔吾が呆れている。家政婦の渡辺さんが救急箱から出した消毒薬を塗ってくれたが、凄いしみる!
「サクラがあんなに怯えるなんて…。ちえり、手、痛いよね。」
夏子も心配している。
「…うぅ、まぁね。」
とりあえず、血は止まったので、絆創膏を貼った。サクラも怯えていただけで、本気で食いちぎる気はなかったようだ。
「それにしても、酷いことするね。翔吾はともかく、サクラが可哀想。」
翔吾がなにか考え始めた。
「なんか、盗難届けは出してるけど、多分、凄く時間が掛かる気がするんだよ。なんとかなんねぇかな。」
アタシもそう思っていた。しかも、サクラの心に傷を付けたことの代償は取り返せないだろう。
アタシと翔吾の目が合った。多分考えていることは同じなんだろう。
「「やっつけよう!」」
ハモった。