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Noisy Energy ノイジー・エナジー  作者: 小鳥乃きいろ
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#3 Sカーブ #晩秋サーキット

ノイジー・エナジー  #3 Sカーブ


#晩秋サーキット


 十一月!中間テストも無事に終わり、サーキット走行会に出かける。吉野先輩は修学旅行直前だし、スクーターじゃサーキットなんか走れないし、行きたくない。と、部長抜きで行く事になった。


 今回のメンバーは翔吾と夏子とアタシ。サクラはお留守番。翔吾はFZR400、夏子はゼファー、アタシはNSRだ。アタシと夏子はサーキット用の装備は全てレンタル。フルフェイスのヘルメットも、ツナギとグローブとブーツも借りちゃいます。

 そろそろ晩秋、暖かいカッコが必要です。今年は冬のバーゲンセールで冬装備を整えたいな。でも、今回は着ぶくれ覚悟の重ね着でしのぎます。


 今日の目的地は東北道の那須インター近くのサーキット。東名から首都高を抜けて行く。首都高用賀料金所を通過して、大橋ジャンクションから中央環状線に入ると、地下の環状線は思いのほか暖かい。翔吾の話によると夏はバイクだと地獄のような暑さらしく、冷却のためにミストを散布しているそうだ。池袋を抜け、荒川沿いを少し走ると川口ジャンクション。浦和料金所から東北道に入った。


 アタシ達は飛ばしたがる翔吾をなだめながらのんびり走っていたのだが、途中で二台のCBRに抜かれた。ん?新旧二台のCBR?しかも旧車のカウルにはシールがいっぱい貼ってある。向こうも気づいたようで振り返ったが、先を急ぐようでどんどん行ってしまった。

 アタシ達は途中のサービスエリアで一休みして、那須インターを降りた。インター近くのスタンドで、念の為ガソリンを補給してサーキットに向かった。秋の那須高原は紅葉も盛りを過ぎていて、やっぱり少し寒いかも。


 現地に着くと、翔吾がどこかで見たことのあるおじさんに紹介してくれた。今回の走行会を主催しているショップの店長さんらしい。あれ?

「晴海さん、佐藤さん、久しぶりだねぇ。大きくなったね。…あ、女の子には失礼だったかな?」

 たしかにアタシは大きくなったけど、誰だっけ?夏子も分からないみたい。

「小学生の時に翔吾くんと一緒に来ていたお目付役ですよ。」

 ああ!そういえば、翔吾の家で見た写真にも写っていた。え~と、渡辺さん?翔吾が、お目付役はないだろ、と文句を言った。

「ご無沙汰してます。あの時の方が渡辺さんだったんですね。今日はよろしくお願いします。」

 夏子はしっかりしている。アタシも、こんちはと挨拶した。

 今日の渡辺さんは翔吾の保護者も兼ねているらしい。アタシと夏子は走行会の参加費と保護者の承諾書を渡辺さんに手渡した。未成年は何かと面倒くさい。母さんは渋々だけど署名してくれたからよかった。


 早速走ろう!初めてのコース、久しぶりのサーキットはドキドキする。しかし、そこは走行会のため、ブリーフィングから始まった。コースの説明、フラッグなど一般的なサーキットのルールの説明、ラップ計測など、一通りの説明を聞いていたら眠くなる。

「ちえり!ツナギ借りに行くよ!」

 夏子がアタシの耳元で呼んだ。ヤバい、本当に寝てたらしい…。


「女の子用のスーツもあってよかったね。」

 アタシ達は更衣室で着替えると、マシンの準備を始めた。ヘッドライトやウィンカー、ブレーキランプを転倒などで破損した時に飛散しないようにビニールテープで保護する。夏子はミラーを外し、アタシのNSRや翔吾のFZRは固定されているのでミラーにテープを貼った。サーキットによってはナンバープレートを外せとか、いや外したらダメとかあるみたい。ラップ計測器をタンデムシートの上にテープで固定すると車検だ。一応騒音が基準値を超えていないかも測定する。特に問題は無く車検を通過した。


 ラップ計測は毎周回分のプリントアウトが貰えるはずだったが、夏の落雷で装置が壊れたらしく、ファステスト・ラップのみ手書きで教えてくれるらしい。吉野先輩を引きずってでも連れてくればよかった。あの人ならきっと、ちょちょいのちょいで直してくれただろうに。惜しいことをした。


 そろそろ、慣熟走行の開始時刻だ。アタシ達は陣取っていたピットからピットロードにぞろぞろと移動した。全部で二十台もいないんじゃないだろうか?先頭に先導するバイクがついて何周か回る。その後、十分間の休み時間を挟んで二十分間のスポーツ走行。二十分休んで二十分のスポーツ走行を繰り返す。スポーツ走行を全部で三本走れるらしい。リハビリには充分じゃないの?


 慣熟走行が始まった。ピットロードからの合流は第一コーナー出口の先、バックストレートの途中だ。ストレートの先はS字コーナー。右に左に曲がったあとは、右のヘアピンで出口は少しRが緩くなる。ここから左の中高速コーナー。その出口は右の中低速コーナーだが、行く手に左ヘアピンが待っている。ピットに入る場合はこの辺りから右側を走ることになっている。ヘアピンを立ち上がると、更に左へ右へとS字を切り返してRのきつい最終コーナーへ。ホームストレートを立ち上がるとほぼ直角の第一コーナーだ。慣熟走行は二周目から少しペースを上げて、タイヤもカラダも暖かくなった頃終了した。


「久しぶりにサーキットを走るのは楽しいねぇ。」

 おや、夏子がそんな事を言うなんて!

「歩行者も対向車も四輪もいないから、本当に走り易いよ!公道もこうだったらいいのに。このまま、慣熟走行でもいいね。」

 そっちか…。まぁ、公道の話は分からなくもないけど…。

「アタシはちゃんと自分のペースで走りたいな。誰かさんに突っかかられるのはごめんだよ。」

 ちらっと翔吾を見ると、これから始まるバトルの予感にニヤニヤ笑いが止まらないらしい。あっちのバイクは速そうだとか、こっちは大したことないなとか、勝手な事を呟いている。コイツは放っておいた方がいいな。


「それでは間もなくスポーツ走行一本目のスタート時刻になります。用意の出来た方からピットロードに並んでください。シグナルブルーでスタートになります。」

 お知らせに従って、みんなぞろぞろとピットロードに出てくる。アタシと翔吾は急いで前の方に並んだ。一周でも多く走って、元を取らなくちゃ!

 まだ、皆さんが並ぼうとしているが、やがてシグナルはブルーに変わり、スポーツ走行のスタートだ。

 ビィン!ビィ~ン。

 フォン!フォ~ン。

 ドルン!ドルルル。

 様々なエンジン音を立てて、バイクが走り始めた。タイヤの暖まる三周くらいまで、加減速をしっかり行ってタイヤを揉む。今日は天気もいいから、路面温度もいい感じで上がるだろう。


 二周目の途中頃から、速度を上げ始める人もいるが、アタシはじっくりとタイヤを暖めていた。大事なバイクをコカすのは絶対いやだ。

 三周目の第二コーナーを回ると翔吾がペースアップして先に行った。じゃあなと言うように振り返る。どうぞ、ご自由に行って下さい。アタシはヘアピン手前の右コーナーと左ヘアピンでタイヤのグリップを確かめると、最終コーナーでは立ち上がり重視のラインでアクセルを開けた。進路もクリア。当面の邪魔なマシンはいない。

 パァーン!パァーン!

 メインストレートをフルスロットルで加速する!翔吾を追撃だ!


 あれ?もう終わり?あっという間に一本目のスポーツ走行が終了した。ペースを上げつつ、自分のライン取りを模索しているうちに終了してしまった。結局、翔吾のFZRには追いつくどころか、背中すら見えなかった。初めて走るコースだし、おっかなびっくりだったかもしれない。途中、のんびり走っている夏子のゼファーは追い抜いたけど。

「おい、のんびり走ってんなよ。つまんねえ。バトルしようぜ。」

 翔吾の話では、終了直前の周回でバックストレートでアタシの背中が見えたらしい。マジで?

「それでは、ラップ計測結果を配ります。」

 配られたメモを翔吾と比べたら、三秒も遅い!くっそー、追いつけないワケだ。

「ちょっと翔吾、次は前走ってよ。次は抜くから。」

「へへん!ついて来れるもんか。」

 にゃにおう!


 二本目がスタートした。三周目で翔吾が振り返り、行くぞと合図する。

 フォン!フォーン!

 パァン!パァーン!

 アクセルを開け、ホームストレートを突っ走る。あれれー?立ち上がりのスピードのノリが明らかに違う。

 カーンッ!

 パァーン!

 スリップについて、懸命についていく。第一コーナーをフルブレーキング!

 フォン!グググッ。スパッ!

 体重移動してブレーキをリリースすると、マシンはペタリとフルバンク。

 ザリッ。

 インをかすめて一瞬のヒザ擦り!

 フォァーン!

 パォァーン!

 やはりコーナーの脱出速度が翔吾の方が速い。なんで?バイクの腕も錆び付いてしまったかも…。トホホ…。

 いや、弱気に呑まれてちゃいけない。何としてもついていくんだ!


 バックストレートではパワーに勝るFZRに最後のひと伸びで離される。アタシはタコメーターの針がレッドゾーンに入ってるのを気が付くのが遅れ、危うくオーバーレブでエンジンを痛めてしまうところだった。危ない、危ない。

 第二コーナーからのS字カーブは軽さに勝るNSRでひょいひょいと通過。ストレートで付けられた差を少し取り戻すが、緩い左コーナーのスピード勝負では再び差を付けられる。

 そしてハードブレーキからの右ブラインドコーナー、左ヘアピンでは、アタシのNSRはリアがズルズルと滑りかけているが、翔吾のFZRは安定したコーナリングでスルスルと差を拡げていく。

 キツいRの最終コーナーでフロントタイヤをリフトアップして立ち上がるFZRを見てなんとなく分かった。翔吾め!

 二本目の走行はその後、なんとか追いかけるアタシを翔吾がどんどん引き離して終わった。


 アタシはピットに戻ると、FZRのタイヤを確認した。のっぺりして、全く溝のない表面は、路面との摩擦熱で溶けている。サイドに刻まれているメーカーブランドと製品名を見て予感が裏付けられた。

「翔吾!レーシングスリックタイヤ履いてるじゃん!レース用なんて反則…じゃないかもだけど、酷くない?」

 ちなみにNSRのタイヤはショップで安く買ったが、一応一昔前の公道用のハイグリップタイヤだ。そんなに悪くはないが、今どきのタイヤに比べたら、グリップ力はやはり劣る。ましてやスリックタイヤなんて、かなうワケがない。アタシ達がツナギに着替える間にタイヤ交換をしていたらしい。

 翔吾は笑うでもなく、悪びれるでもなく言った。

「それだ!反則じゃなければいいのさ。今回の走行会は普通のレースのようなレギュレーションは無い。俺に勝ちたければ速いマシン、高性能のパーツを付ければいい。それがバトルってもんだ。」

 この金持ちのボンボンが!あったま来た!

「なによ!アタシみたいな貧乏人がモータースポーツをやるのがちゃんちゃらおかしいってワケ!」

 アタシは瞬間湯沸かし器のようにあっという間にヒートアップした。

「…そうは言ってない。頑張る方向を見誤るなって言ってんだ!落ち着け。な?」

 コレが落ち着いていられるか!

「最後の一本。アンタの自慢のマシンをねじ伏せてやる!」

 アタシは湯気を立てたままその場を立ち去ると、最後の一本の前にNSRを入念にチェックした。

 ちなみに二本目のタイムはアタシが三秒、翔吾が二秒縮めて、差は二秒に縮まっていた。


 本日のラストバトル。絶対に抜く!またはラップで最速を出す!久しぶりに気合いが入るシチュエーションだ。二本目辺りから、アタシと翔吾のバトルは走行会の目玉になっていて、アタシ達を遠巻きにしつつも、目が離せないようだ。

「ボンボン頑張れえ。」

「姉ちゃん、負けんな。」

 なんだかな…?どうもアタシの周りはバトルが絶えない気がする。もしかして、アタシがバトルの発生源なの?

「先行させてやる。俺から逃げてみろ!」

 ふん!翔吾に言われなくても抜かせやしない。


 スポーツ走行の三本目が始まった。アタシは先を走る。翔吾は後追いだ。まだタイヤを温めているだけだが、翔吾の闘気をビリビリと背中に感じる。

 タイヤも暖まった。翔吾はさっきから早く行けと煽ってくる。じゃあ行くよ。アタシが後ろを振り返ると、翔吾はとっとと行けと顎をしゃくって急かす。アタシは前を向き、アクセルを開けた。

 パァーン!

 フォーン!

 翔吾も追随し、バトルが始まった。


 メインストレートに向くと、エンジン全開!

 パァーンッ!パァーン!

 めいっぱい引っ張って第一コーナーに突っ込む。体重移動しながらフルブレーキ!シフトダウン!ブレーキをリリースし、アクセルオン。そして全開!

 パゥン!パゥァ~ン。パァーン!

 アゥン!ボゥォ~ン。ファーン!

 ツーストの乾いた排気音と400マルチのハーモニックな排気音が相次いで第一コーナーを通過する。

 長いバックストレートはパワーに勝るFZRの抜きどころだが、翔吾は仕掛けて来ない?一周目は様子見?

 すぐにストレートエンド。第二コーナーが迫る!

 ギュワッ!グググッ!

 パゥン!ビィ~。

 ゥオン!コォ~。

 フルブレーキ!翔吾は仕掛けて来ない。続くS字コーナーに備え、目線は切り返しの先をにらむ。

 ザリッ!ビュンッ!ビィン!ブンッ!

 一瞬の右膝擦りの後、素早く左に切り返し。アクセルを開けつつ、再度右へ!

 パァーン!

 フォーン!

 ブラインドコーナーの向こうは左高速コーナーが待つ。切り返し、シフトアップして増速する!

 パァーン!パァーン!

 コォーン!カーンッ!

 カーブの出口はブラインドの右コーナー。左ヘアピンへと続く。

 翔吾はココで仕掛けて来た。

 高速コーナー出口のハードブレーキング!からの倒し込み!

 グワーッ!フォン!スパッ!

 素早くインを取った翔吾は高性能タイヤの威力で速いコーナリング速度で旋回…するハズだったのだが?

 えっ!翔吾のマシンはアタシを抜くとアウトに膨らみ、アタシのラインを塞いだ。

 ククッ。

 アタシは寸前で目の前の危険に反応し、スピードを緩めた。

「あっぶな…。翔吾?」

 続くヘアピンでもFZRは二本目のようなスピードがない。

「アタシにも、運が廻ってきたね。」

 乾いた唇をぺろりと湿すと、S字を抜け、最終コーナーへのアプローチを開始した。


 レーシングスリックは抜群のグリップ力を誇るが、その分減りが早い。恐らく今日下ろしたての新品ではなかったのだろう。アタシのタイヤはグリップ力は劣るが、寿命は長い。

 パァーン!

 フォーン!

 とにかく、ストレートで離されないように、スリップストリームをめいっぱい使って食いつく。勝負は第二コーナー後のS字から始まるコーナー群だ。その後、数周は膠着状態が続いたが、タイヤの劣化が進んだのか、翔吾のペースは落ちていった。コーナリング中に意図しないスライドをしたりして、不安定になっている。そろそろいけそー!アタシは付け入るスキを探していた。


 そろそろ三本目も終了する頃、翔吾のマシンが不安定さを増した。アタシはこの周回に賭ける。

 パァーンッ!パァーン!

 第一コーナーを抜け、バックストレートをスリップに隠れて食らいつく。

 ギャウッ!パンッ!ギュワァッ!

 第二コーナーでブレーキング競争を仕掛け、プレッシャーをかける。さすがにここでも翔吾は譲らない。しかし、S字への、アプローチがラインを外し、アタシはココぞと並びかける。

 フォン!オォ~ン!

 パゥァ!パゥ~ン!

 左コーナーの外に並んで切り返し、右コーナーでインを取った!

 パァーン!パァーー!

 フォーン!ファ~ン!

 NSRの前輪が前に出る!そのままシフトアップ!増速!続く左高速コーナーの入り口で完全に前に出た。

「よし!」

 パァーーンッ!

 高速コーナーを全開で駆け抜ける!翔吾のタイヤは並びかける余裕もなさそうだ。しかし、右ブラインドコーナーで翔吾はブレーキング勝負をかけてきた。

 ギャギャッ!アン!オォン!

 右コーナーの入り口で翔吾はインに入ってブレーキをギリギリまで遅らせてきた。アタシはそれを予想して、一旦は翔吾に先行させてラインをクロスさせ、オーバースピードで窮屈なラインになった翔吾を、ヘアピンで再度ラインをクロスさせて抜き去った。

 パァン!パァーー!

 翔吾のFZRはまだムリな突っ込みの負債を払っていて、中々アクセルを全開に出来ない。

 アタシはレコードラインに乗って、スムーズに最終コーナーを立ち上がってコントロールラインを通過。これは結構いいタイムが出たんじゃないかな?

 その後、翔吾はタイヤを使い果たしたのか、ペースを落としてピットロードに入っていった。アタシは更に三周程走って、いい感触を掴んで走行会を終えた。


「いやぁ、楽しかったねぇ。また来たいねぇ。」

 夏子はマイペースで楽しく走り、休憩時間は社会人のお兄さんやおじさんと仲良しになったらしい。主にバトルしている二人のバトル解説や、情報提供をしていたらしい。夏子、変なこと話してないだろうか?

 三本目の勝負は、最初に翔吾がアタシを抜いたけど、アタシが抜き返したから引き分け。アタシは勝ったと思ってるんだけどな。

 タイム計測はアタシが一秒半縮めて、

翔吾が二本目より一秒遅くて、コンマ五秒差でアタシの勝ち!

「なんだよ。最速は俺が二本目に出したタイムだろうが!俺の勝ちだ。」

「三本目はアタシの勝ちでしょ!認めなさいよ!」

 渡辺さんと、夏子は苦り切った顔をしている。


「それじゃ、走行会もそろそろお開きなんで、支度をして下さい。本日は事故も怪我も無く、非常に良い走行会でした。またのお越しをお待ちしてます。」

 もう、終わりか。アタシは楽しかった走行会が終わってしまうのは、かなりさみしい。

「もっと走りたかったな。」

 夏子もぽつりと呟いた。

「また耐久レースとかも走りてぇな。最後は俺とちえりのバトルになるけどな。」

 そういえば、あのお嬢さんはどうなったんだろう。

「翔吾、小学生の時の可愛い外人の女の子はどうなったの?」

 明らかに動揺した翔吾はなんだか赤くなりながら、知るか!と言って横を向いてしまった。

「あぁ、振られちゃったんだ?」

 翔吾はガクリとうなだれてしまった。ヤバ、図星なの?

「…アイツの話はするな。」

 ふぅん。可哀想に、アタシはハーモニカをポケットから取り出すとバラードを奏で始めた。今日も勝たしてもらったし、少しくらい慰めてあげてもいいよね。

 翔吾はふと思いついたようにその辺に生えている葉っぱを取ると、唇に当て歌うように草笛を吹き始めた。

「え、翔吾くん、凄いじゃん。草笛吹けるの?」

 夏子が驚いている。アタシも驚いた。

 翔吾とアタシの奏でる調べは、晩秋の少し肌寒い空気に乗って静かなサーキットに響いていた。


「今年のシーズンもそろそろ終わりだな。だいぶ冷えるようになってきた。」

 笛を吹き終わると、翔吾が呟いた。

「アタシ、また連れて行って欲しい。」

 素直な気持ちだった。

「全くだ、弱っちい奴は鍛え直す必要があるからな。」

 コイツは一言余計だ。

「ちえりが言うように、筑波のライセンスでも取って走り込むか?もてぎにするか。ちょっと遠いけどな。」

「そうだね。考えておくよ。」

 アタシ達はサーキットを離れ、家路についた。


#CBRライダー


 東北道のサービスエリアの二輪車駐車場に新旧二台のCBRが停っている。近くのベンチには二人のライダーらしき女の子が、ここで買った食べ物を食べている。

「今日のいろは坂は混んでて、なんだか走った気がしないね。」

「あんだけ四輪が多いとね。」

「紅葉も時期が過ぎちゃったね。」

「路肩に葉っぱが溜まってたから危なかったな。」

「そういえば東北道でNSR抜いたよね。箱根で見かけたNSRだったかも。」

「あぁ、それっぽかったね。」

「ところでサキ、餃子食べ過ぎじゃない?ちょっとニンニク臭い。」

「ミズキこそ、五家宝食べ過ぎだよ。口の周りにきな粉と砂糖がいっぱい。アリがたかるよ。」

「「いいの!好きなんだから!」」

 ハモった。


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