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Noisy Energy ノイジー・エナジー  作者: 小鳥乃きいろ
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#3 Sカーブ #翔吾のフラット

ノイジー・エナジー  #3 Sカーブ


#翔吾のフラット


 体育祭の翌日は振替休日で、アタシと夏子は一緒に、翔吾が教えてくれた住所に向かった。

「ねぇ…本当にココでいいの?」

 そうだねぇ。屋根の付いた和風の門のところには『辰巳』という表札がかかっている。住宅地の表通りから少し入った、閑静な住宅街。そのなかでも比較的広い敷地に古民家風の平屋建てが建っていた。

 道路や隣の家との境界は塀と生垣で仕切られている。庭の様子はあまり良く分からないが、生垣が綺麗に刈られている様子からはきちんと手入れされているのだろう。


「インターホンがあるよ。鳴らしてみよ。」

 アタシはカメラの付いたインターホンのボタンを押した。しばらく間のあった後、落ち着いた女性の声が答えた。

「はい。」

 ちょっと待ったが、それ以上の応えは無い。

「あの、アタシは晴海ちえりといいまして、翔吾くんの同級生です。今日は犬のサクラを見に来ました。翔吾くんはご在宅でしょうか?」

 慣れない言葉使いをすると疲れる。

「晴海さんですね。少々お待ちください?」

 女性は一度インターホンを保留すると、翔吾を呼んでいるようだ。家の方から声がする。

「…坊ちゃん!お友達ですよ!」

 ぶふっ、坊ちゃんだって。そんな柄じゃ無いけど。あれ?お母さんじゃないのかな?

「お待たせしました。どうぞお入りください。」

 インターホンからさっきの女の人の声がして、カチャリと解錠された音がした。

「門を開けて、お入りください。」

 

 門の中に入ると、広い庭の奥に平屋建ての家屋が建っている。正面に和風の玄関があり、丸い飛び石が門から玄関まで続いている。

 左手は掃き出し窓が続いていて、庭にむけて一段低いウッドデッキ?がついている。

 右手は車庫なのか、前面はコンクリが打ちっぱなしになっていて、引き戸を全開にすればクルマが入りそうだ。


 車庫?の前に小さな小屋があり、犬が顔を出した。

「サクラ!」

 ワン!

 アタシが、呼ぶとサクラが走ってきた。先日の路上での再会から、随分会っていない気がする。アタシがしゃがむと飛び込んで来てアタシの顔を舐めまくる。

「ちょっとサクラ、あんまり舐めないで。ドウドウ!」

 もう!しょうがないな。なんとか落ち着かせようとなだめる。

「うわぁ、サクラおっきくなったね。そりゃそうか、あれから五年以上経つもんね。」

 夏子も感慨深いようで、サクラの頭を撫でる。

「そうだね、もうそんなになるんだね…。」


 サクラをなだめながら、飛び石を伝って玄関にいくと、お姉さん?が引き戸を開けてくれた。

「どうぞ、お入りください。」

 お母さんにしては若い。けど、お姉さんにしては歳上っぽい。アラサーの女の人だった。はて?

「通いで家政婦をしているんです。渡辺といいます。」

 そんなアタシの考えを読み取ったのか、女の人はニッコリ微笑むと言った


 家政婦さんは玄関から入るように言ってくれたけど、サクラが脚にじゃれついて離してくれない。

「あ~、でもサクラが離してくれないんで、落ち着くまで外に居ていいですか。」

 家政婦さんはサクラの様子を見ると、くすくすと微笑んだ。

「まぁ、サクラったら、よっぽど嬉しいのね。分かりました。庭の方へ回って下さい。今、縁側の方を開けますね。」

 そうか、ウッドデッキじゃなくて縁側か。アタシ達は庭に入って、窓の下にある縁側に腰掛けた。


 家政婦の渡辺さんがすぐに窓を開けてくれた。窓の内側には短い廊下があり、さらに内側に障子がある。その中が居間になっている。右手の、廊下の突き当りには玄関があるのが見える。居間の障子は開けられていて、和風で囲炉裏がある。あ、小さな仏壇がある。ウチにも父さんの仏壇があるから、目に入ってしまった。


「どうぞ、よかったら上がってお座りになって下さい。」

 家政婦さんが座布団を勧めてくれた。サクラと遊ぶからジーパンで来てよかった。でもサクラがまだ離してくれないから、縁側に釘付けだ。

「今、お茶を入れますね。」

 家政婦さんが台所と思しき奥に下がって行く。

「あ、お構いなく。」

 そこに翔吾が襖を開けて、廊下の奥の部屋から出てきた。


「よう、来たな。」

 そのまま縁側に出ると座り込んだ。

「お邪魔してます。ねぇ、御家族はお留守なの?」

 アタシは気になったので聞いてみた。

「いないよ。サクラと二人暮しさ。家政婦の渡辺さんが、身の回りの世話をしてくれるから困る事もない。」

 そうなんだ。翔吾が出てきて、サクラが少し落ち着いてきたので、靴を脱ぎ、縁側から中に入った。


「雰囲気のあるいいおうちだね。フローリングも綺麗だし。」

 アタシは率直な感想を言った。

「和風だからフローリングじゃなくて板の間な。」

 どっちだって大して変わらないじゃないの。

「俺の母方の婆さんの家だそうだ。古民家風だけど、水周りとか、セキュリティとか、見えないところは手が入ってる。囲炉裏は偽物で電子調理機器になってる。鍋も出来るぜ?」

 ふ~ん。釈然としないが、夏子がアタシも気になっている事を聞いてくれた。

「ねぇ、翔吾くんって、いいとこのおぼっちゃまなの?」

 翔吾はさして面白くもなさそうに言った。

「さぁ?一応親父は社長してるけどな。」

 なんだよ、やっぱりボンボンじゃないの。


「でも、俺のお袋は所謂お妾さんだったから、根っからのボンボンって訳じゃない。そのお袋も死んじまってな。その後は親父が俺の面倒を見てくれてる。」

 そんなことをサラッと話しちゃってどういうつもり?

「え、ごめん。重い話なんだけど、アタシ達なんかに話しちゃっていいの?」

「お前らが話さなきゃ大丈夫さ。」

 信用してくれるのは有難いけど、小学生以来交流も無いのになんで?

「ねぇ、私達に何か頼みたいことがあるんじゃないの?」

 夏子が言うと、翔吾はビンゴと指を鳴らした。ハッキリ言って似合わない。


「さすが、夏子さん。出来るオンナは違う。おい、ちえり、お前も見習え!」

 はあ!好き勝手言ってくれちゃって!

「実はお袋のアルバムとか諸々のデータをパソコンに入れてたんだけど、故障しちまってな。うんともすんとも動かねえ。女子会の新部長がそういうのが得意だって聞いてさ、修理をお願いしたいんだ。」

 そういう訳か、おかしいと思ったんだ。

 夏子が吉野先輩にメッセージを送ると間もなく返信が来た。

「今日、これから来てくれるって。お礼は高いよ、とか言ってるよ。」

 ヌヌヌ、吉野先輩たら抜け目ない。

「まぁ、しゃあないか?じゃあしばらく待ちだな。サクラと遊んで待ってくれ。」


 しばらく、サクラと遊んでいたが、さすがに疲れた。お茶を頂いてひと休みした頃、いいことを思いついた。

「ねぇ、バイクあるんじゃないの。見せてくれない?」

 翔吾はちょっと鼻をひくつかせた。

「へへっ、そうこなくちゃ。」

 翔吾は立ち上がると車庫に面した障子を開けて、灯りを点けた。


 車庫にはサクラと再会した時に翔吾が乗っていたスクーターのマグザムと、古いレーサーレプリカのFZR400が並んでいた。

「翔吾ならTZRだと思ってた。」

 アタシが言うと、翔吾がウンと頷いて言った。

「この間、ピストンが焼き付いてお釈迦になっちまったんだ。仕方ないから今度はコイツにしたんだ。FZRも良く回って面白いぜ。」

 もしかして、翔吾は未だにサーキットを走っているのかな。

「ねぇ、最近はサーキットとか行かないの?」

 翔吾はそういえばと言うように指折り数え出した。

「…もう、一年は行ってないな。お前はどうなんだ?まだパパに連れてって貰ってるのか?お嬢ちゃん?」

「ちょっと、翔吾くん。ちえりのお父さんは…。」

「夏子、大丈夫。アタシ、話せるから。」

 夏子が言うのを制して、アタシは話し始めた。


 アタシの父さんが亡くなったこと。形見のNSRで走り始めたこと。これからサーキットに戻りたいということ。

 アタシは翔吾に話して聞かせたけど、アタシもアタマの中をゆっくりと整理していたんだ。ちゃんと言葉にしたのは初めてだった。

 なんで翔吾にこんな話を聞かせているんだろう?翔吾がお母さんのことを話してくれたからかもしれない。翔吾もきっと辛い思いをして来たんだろうな。


「そうか、親父さんが亡くなったのも知らずに酷いこと言ったな。すまない、悪かった。…でも、ちえりからバイクを取ったら何も残らないからな。」

 本当に酷い奴だわ、翔吾の奴!

 と、そこへ、ピンポーン。門のチャイムが鳴った。

「おっ!女子会会長のお出ましだな。」


「やっほー!ミカリンです。よろしくにゃん!」

 うわぁ、凄いテンションだよ?なんかあった?

「ちわす!男子部の辰巳です。よろしくお願いします。」

 翔吾はなんか体育会系のノリだよね。


 じゃあ早速と、吉野先輩はお茶をすするのもそこそこに、翔吾が仏壇の引き出しから取り出したノートパソコンを受け取っていじり始めた。

「電源入れても全然だねぇ。」

 やがて背負ってきたバックパックから自分のパソコンと七つ道具を取り出すと、自分のパソコンの画面を見ながら翔吾のパソコンを分解し始めた。

 何をしているのか分からない翔吾とアタシは心配になり始めた。

「夏子、先輩は治してるの?壊してるの?」

 夏子は落ち着いて吉野先輩の作業を見ては感心している。

「HDDを取り出して先輩のパソコンで読めるか調べるんだよ。それにしても手際がいいね。惚れぼれするよ。」

 ふうん。よくわかんないや。翔吾もオロオロ、ハラハラしていて、見てられないみたい。

「夏子ちゃん、ちょっとココ押さえてくんない?」

 夏子も作業に加わって、アタシと翔吾は手持ち無沙汰になってしまった。


 アタシはふと仏壇に飾ってある写真を見た。綺麗な女の人が微笑んでいる。

「お袋だ。子供の俺から見ても綺麗な人だった。」

 翔吾が説明してくれた。何枚か置いてある写真の中に懐かしい一枚を見つけた。小さなアタシと夏子も写っている、あの夏休み最後の耐久レースの集合写真だった。本当に懐かしいな。そういえば、あの時のおじさんも写っている。

「これはお父さん?」

 アタシが聞いてみたが、翔吾はポリポリと頭をかくと、違うんだと言った。

「…この人は家政婦の渡辺さんの旦那さんだよ。この頃から、夫婦で俺の面倒を見てたんだ。」

 そうなんだ。なんか複雑な家庭事情があるんだな。


 アタシはそれ以上は聞かず、話題を変えた。

「そういえば、一年前はサーキットを走ってたんだよね。どこ走ってたの?」

 翔吾はまたもやふふんと鼻を鳴らした。

「筑波とか、もてぎとか、ああ、富士も本コースを走ってきた。富士は道幅が広いから、最初はどこがレコードラインか分からなかったな。」

 羨ましい。

「…アタシも走りたいな。」

 ポツリと本音が口をついた。

「走りゃいいじゃねぇか?ライセンス取ればいくらでも走れるぞ。」

 翔吾は分かってない。

「だってお金かかるじゃない?翔吾の家は裕福だから、そんな心配は要らないかもしれないけど。…だから、アタシはバイトして、お金を貯めて、いつかサーキットを走るんだ。」

 ちょっとイヤな言い方になっちゃったかな?翔吾は少しムッとしたみたいだけど、なんだか優しげな表情を見せた。

「…オマエ、そんな事してたら、アッという間に婆さんになっちまうぞ?」


 翔吾は車庫側の壁に移動すると、壁にはクローゼットがあった。翔吾がソコを開けると、中には数着のレーシングスーツが吊るされていた。

「俺と勝負するなら、この中から好きなスーツを貸してやっていってもいいぜ。」

 出たよ、バトル好きな奴!

「やだよ、翔吾の着たのなんて。なんか匂いそう…。」

 翔吾は微妙にイヤな顔をしたが、とりあえず話を進めることにしたようだ。玄関に行くと、ガサガサと郵便物を漁りだした。

「あった、あった。」

 やがて、一枚のハガキを手に、戻ってきた。

「走行会に行くぞ。」

 なによ急に。

「馴染みのショップ主催の走行会があってな。バイク用のサーキットを借り切って走れるんだ。ツナギもレンタル出来るぜ?」

 アタシは迷わず手を挙げた。

「行く!」


「翔吾くん、お忙しいところ悪いんだけど。」

 夏子が翔吾に声をかけた。吉野先輩達の作業が一区切りついたようだ。ケーブルに繋がった小さな箱がカリカリと音を立てている。

「私のサルベージソフトで、いくつかのファイルは取り出せたんだけど、ディスクが壊れてて、これ以上はHDDの修理をしないとムリだね。」

 吉野先輩が説明してくれる。パソコンにはファイルがいくつか表示されている。画像ファイルのいくつかは仏壇にあった写真の女の人だった。翔吾のお母さんだ。

「いえ、有難いです!HDDの修理は時間がかかってもお願いしたいっす。」

「じゃあ、HDD修理代が必要だよ。私じゃ出来ない。その道のプロに依頼するから、あっちの言い値になる。後で連絡するから、金額を聞いてから考えて。」

 翔吾は分かったと言う。そうなんだ。一体いくらするんだろう。


「ところで、それとは別に今日の報酬のことなんだけど…。HDDにこんな画像も見つけてね。」

 と、言うと自分のパソコン画面を翔吾にしか見えない様にして、操作した。

「…え?…あう!いや、これは­…ひっ!」

 なんだろう?画面を見る翔吾が赤くなったり、青くなったりしている。そんな翔吾の反応が面白いのか、吉野先輩はニヤニヤしている。

「まぁ、翔吾くんも男の子なんだねぇ。くすくす。」

 吉野先輩はパタンとパソコンを閉じると、カバンからなにやら紙とペンを取り出した。

「はい、それじゃあ、ここにご署名をお願いしま~す。」

 顔色が悪くなった翔吾は言われるがままに紙に名前を書いた。アタシが横から覗き見ると、なんと!二輪女子会の入部届ではないか!

「謀ったな!吉野先輩!」

 アタシはギリギリと歯噛みした。アタシと翔吾をなんとかしてくっつける作戦だな?ここに来た時のテンションの高さは、この企みを思いついたからか?

「ふふふ…。もう遅いわ!コレでミクリンは私のモノよ!お~ほほほほ…。」

 吉野先輩は、パソコンと七つ道具をバックパックに放り込むと、嵐のように去って行った。


 後には放心状態の翔吾と、やられた感いっぱいのアタシが残された。

「結構なお手前で…。」

 その横では、夏子が家政婦の渡辺さんにお茶のおかわりを頂いていた。


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