#3 Sカーブ #体育祭
ノイジー・エナジー #3 Sカーブ
#体育祭
秋と言えばスポーツの秋だ。スポーツをして爽やかな汗をかこう。神奈北工にも体育祭の時期がやって来ました。体育祭の花形競技といえばリレーです。
「ミカリン!」
「ハイ!」
ダダダダダッ…。
「晴海!」
「ハイ!」
ダダダダダッ…。
アタシは吉野先輩と、引退してから久しぶりの御厨先輩でバトンパスの練習をしている。
「大分慣れてきたな。これなら本番も大丈夫だろう。」
なんでこんなことをしているかと言うと、部活対抗リレーに出場するためだ。
このリレーが嫌が上にも盛り上がるのは、来年度の部活動予算に影響するというウワサがあるからだ。生徒会の予算には部活動を支援する名目で各部に配分される資金がある。通常は部員数や活動実績に基づいて配分されるのだが、体育祭のこの競技の結果が予算配分に影響するという根強いウワサが消えない。勝てば予算配分アップ、負けるとダウンとなれば部を上げて応援しない訳にはいかない。この競技のために足の速いヤツを部長にするという部もあるらしい。
「よう!やってるな。」
二輪男子部の連中がやって来た。当日は同じ組で走ることが決まっている。予算配分を賭けたライバルだ。
「女の子ばかりじゃ、俺達の勝ちは決まったようなモンだな。」
石田部長だ。しょうがないじゃん、女子会なんだから。あ、葛城先輩もいた!気まずいが、挨拶しておこう。
「葛城先輩、お久しぶりです。いつぞやはすみませんでした。」
葛城先輩は別に気にするでも無く、ニコヤカに答えてくれた。
「おお、晴海さん、久しぶり。別に気にしなくていいから。お互い頑張ろうね!」
葛城先輩と同学年の吉野先輩がアタシの耳にコソリと囁く。
「葛城ッチ、最近彼女が出来たらしいよ。だから余裕があるんじゃない?」
いや、別にそんな情報いらないから。
「よう、また会ったな。」
翔吾だ。
「ちょっと!サクラとはいつ会わせてくれるの?」
「また、その話かよ。」
チョイチョイと吉野先輩が突っつく。
「誰?」
あ~、コイツの話をするのはめんどくさい。
「アタシのペットの、サクラって犬なんですけど、飼育係です!」
「はあああ?ふざけんな!誰が飼育係だ!」
「だってそうでしょう!サクラはアタシが拾ったのよ。アンタに預けてるだけよ!」
「育てたのは俺だ。オマエにサクラの飼い主を名乗る資格は無い!」
ガルルルル…と、睨み合う。
「あはは。面白~い。何だか、子供の親権を主張し合う夫婦みたいだねぇ。」
吉野先輩が要らぬちゃちゃを入れる。
「「違う!」」
ハモった。
そして、体育祭当日がやって来ました。学年縦割りの組別チームで争います。アタシは御厨先輩と石田先輩と同じチーム。先輩ふたりはクラスメートだったのね!葛城先輩と翔吾が同じチーム。まぁ、勝手にやってください。
当然、科が違うのでクラスも異なる夏子や吉野先輩も別チームになった。吉野先輩は恐らく志願したのだろう、チアガールをやってる。夏子は何故か応援団なのだが、学ラン姿が凛々しい!いいオンナは男装しても、かっこいいのか。ちなみに幽霊部員の鈴木さんと関山くんは、文化祭と一緒でクラスのお世話で忙しい。
体育祭が始まると、アタシは100メートル走に出場した。スターターは天崎先生だったのだが、火薬の準備を嬉しそうにやっている。いつの間にか夏子が傍に寄って内緒話を始めた。怪しい…。火薬は大丈夫なのだろうか?とりあえず、夏子はメガネを掛けなかったから、大丈夫だろう。いつもよりピストルの音が大きいのは多分気のせいだ。ちなみにアタシは一等賞でした。よかったよかった。
競技で盛り上がるのは、学年合同騎馬戦で、全学年の男子がバトルロイヤル形式で騎馬戦を行う。荒くれ者の工業男子の勝負はグラウンド一杯に広がった。葛城先輩と翔吾は三年の先輩達にボコボコにされていた。アタシ達女子は非常に残念ながら、参加出来ないので体力温存だ。
お待ちかね。部活対抗リレーだ。二輪女子会、二輪男子部、自転車部、四輪部の勝負。自転車部は日頃から足腰を鍛えているから、恐らく敵わないだろう。しかし、何があるかは分からない。頑張ろう!
普通のリレーの場合、一年生から上級生にバトンが渡されるが、このリレーでは逆となる。バトンは上級生から下級生へ、部長から次期部長へそして未来を担う一年生へ渡される。そして渡す時に一言云うのが伝統だそうだ。
御厨元部長、吉野新部長、アタシが入場門で並んでいると、当然だが二輪男子部員と居合わせる。石田元部長、葛城新部長、翔吾の三人が現れた。葛城先輩には何故かケバいお姉さんがくっ付いている。
「アレが葛城ッチの彼女だよ。気に入らない?」
アタシは別に関係ないです。
「葛城もオンナの趣味が悪いよ。昨年も変なオンナに引っ掛かったらしいよ。何だか葛城の女子評価基準はおかしくないかな?」
え、じゃアタシは?その人に一瞬でも言い寄られたアタシって、どうなのかな?
アタシが一人難しい顔をしていたのだろう。石田先輩が話しかけて来た。
「どうだ晴海、NSRは?調子いいか?」
NSRの話ならいくらでも!パァーっと目の前が明るくなった。
「最高です!エンジンの掛かりもいいですし、いい音出ますよ!」
一通り話したあと、石田部長は従姉から聞いたというバイク泥棒の話をしてくれた。最近はスタンガンも使うなど、凶悪になっているらしい。
「晴海のNSRは人気があって、高く売れるから狙われるぞ。気をつけろよ。」
石田部長と話が終わったら、翔吾が睨みつけている。勝負に燃えているのだろう。このバトル依存性め!
「ちょっと!アンタに勝ったら、サクラに会わせなさいよ!」
「いいぜ?俺達に勝てたらな。」
むむむ、頑張らねば。
御厨先輩は期待できる。運動神経がいいし、長い脚を活かして走るのも速い。体力のある石田先輩と御厨先輩はいい勝負だろう。御厨先輩が二輪男子部にいて、二輪女子会に行かなかったら、部長になっていたかもしれない。
葛城先輩と吉野先輩じゃあ、どう考えても葛城先輩が速いだろう。アタシはチラリと吉野先輩を見た。アタシの考えが伝わったのか、ニヤリと笑う。そして、コソリとアタシの耳に囁いた。
「任しといて、葛城ちゃんに負けない秘策があるから。」
ケバいお姉さんがいなくなると、吉野先輩は葛城先輩に近寄って、なにやらこそこそ話しかけ始めたんだ。葛城先輩はだんだん顔色が悪くなってきた。吉野先輩は何を話したんだろう?
さあ!いよいよ生徒会予算カップ部活対抗リレーの幕開けです!
アタシ達の組は終わりの方だから、各部の走りを間近で観戦したのだが、各部の意気込みというか、気合いの入れ方がハンパない!お金のかかった勝負は血みどろの戦いだった。
敵に対してはスタートで睨みつけて威嚇する。走っていても足やヒジを引っ掛ける。バトンで殴る。隠した凶器もあるようだ。
試合の後も、負けたチームと勝ったチームのケンカもさることながら、負けたチームが仲間割れして、取っ組み合いや引っ掻き合いのケンカになる。
審判へのクレームも凄い勢いだが、審判は関わり合いにならないように、見て見ぬふりをする。
人間のお金への執着は凄まじいと改めて思う。アタシはああはならないようにしよう。
ようやくアタシ達の番だ。
「二輪女子会!ファイトォ!」
「「ファイトォ!」」
ランナー三人が、円陣を組んで気合いを入れると、第一走者の御厨先輩がトラックに入った。四輪部の走者は盛んに周りを威嚇していたが、石田先輩のひと睨みで大人しくなった。自転車部は余裕しゃくしゃくだったが、コレも石田先輩がポキリと指を鳴らして睨むと、青くなって下を向いてしまった。
「お互い頑張ろう。」
御厨先輩が爽やかに石田先輩に手を差し伸べる。
「おう!勝負だ。御厨!」
石田先輩がガッチリと握手した。
「位置について。…ヨーイ…。」
バンッ!
号砲一発!揃ってスタート…と、思いきや、自転車部と四輪部の二人が転倒した。石田先輩の睨みが効いて緊張したのか、勝ったらヤバいと思ってワザと転んだのかは定かでは無い。
予想通り石田先輩と御厨先輩はいい勝負だ。石田先輩がスタートダッシュを効かせて先頭。そのスグ後を御厨先輩が追いかける。
長いストライドで、少し長めの髪をなびかせて、優雅に風を切って走る姿に、校内の女子達は釘付けだ。コーナーでは御厨先輩の方が余裕がありそう。恐らく最終コーナーに掛けているのだろう。バックストレートでも抜けそうだが、あえて抜かない。
コーナーに入ったら、御厨先輩は外側からスルスルと石田先輩を抜いた。そのまま一気に差をつける。直線に入って石田先輩がラストスパートするが、御厨先輩との差は詰まらない。
そして吉野先輩と葛城先輩が待っている、メインストレート。葛城先輩はなんだかビクビクしている。何となく、アタシを見ているような、避けているような?
「GO!Your Way!」
御厨先輩が吉野先輩へのバトンパスと同時に叫んだ。
「ハイ!」
吉野先輩はダッシュ一番、ストレートを駆けていく。
「気合い入れろ!」
石田先輩が葛城先輩に怒鳴る!
「はヒィ!」
葛城先輩は受け取ったバトンを…。おっと~!お手玉!お手玉!バトンが手につかない!
「葛城くん!頑張って!」
あ、葛城先輩の彼女が声援を送っている。いい彼女じゃない?葛城先輩はその声を聞いたのか、なんとか気を取り直して走り出す。後ろには自転車部と、四輪部が追いすがるが、頑張っている。吉野先輩は?懸命に走っているが、リードは徐々に縮まっている。
「いいレースじゃねぇか!行くぞ、最後の決着をつけるのは、俺達だ。」
アタシと翔吾は立ち上がると、スタートラインに並んだ。
「ミカリン頑張れ!」
御厨先輩が叫ぶ。
「吉野先輩ファイトォ!」
アタシが大きく手を振ると、吉野先輩はラストスパート!直線に向くと、まだリードを保っている。
「葛城先輩抜けぇ!」
翔吾うるさい!
よし!吉野先輩は最後の気力を振り絞って走って来た。よし、先着だ。アタシはスルスルと動き出す。吉野先輩?え?泣いてる?そんなに御厨先輩の一言が嬉しかったのか!
「晴海!走れぇ!」
吉野先輩が突き出したバトンが、アタシの手にガッチリと収まった。
「ハイ!」
掛け声と共にアタシは加速する!御厨先輩と吉野先輩の思いを繋いで走る!
「ぶっ飛ばせ!」
後ろで葛城先輩の声がした。また、なんて一言を言うんだ!
「ウォッス!」
翔吾の吠えるような掛け声が響く。
ヤバい!ガシガシガシッと地面を蹴り進む翔吾の足音が近づく。後追いの時の翔吾の恐ろしさはバイクの時に身にしみている。
最初のコーナーで抜かれる程のスピード差はない。が、翔吾はガムシャラに並ぼうとする。ヌヌヌヌヌ。アタシも抜かれまいと、インで粘る!
こうなると我慢比べだ。バックストレートでも、並んだままで全力疾走!ガシガシと肩がぶつかる。コノォ~!絶対に抜かせない!
「うぉぉぉ!」
翔吾が吠える!相変わらず並んだままで、コーナーに突入する!翔吾は外側なだけ余計に走っているが、速度は落ちない。
「ちえり!頑張って!」
コーナーのところで夏子の声がした。
「晴海ぃ!負けるなぁー!」
直線を向いたら、吉野先輩が叫んでいる。
「晴海!走れ!もっと速く!」
御厨先輩の声だ。直線の横を一緒に走っている。
御厨先輩!晴海ちえり、行きます!アタシは最後のチカラを振り絞る。
「こなくそ~!」
となりで翔吾がやかましい。
行ける!行ける!まだまだまだまだ!
ゴール!
アタシの先着!二輪女子会の勝ちだ!
「やったぁ~!」
倒れるアタシを待ち構えていた吉野先輩と一緒に走ってくれた御厨先輩が支えてくれた。
「よくやった。晴海!アンタはエラい!」
ぐっすん!吉野先輩が泣きながら喜ぶ。
「晴海!頑張ったな!」
御厨先輩がイイコイイコしてくれた!凄い嬉しい。今日は埃だらけだけど、シャンプーしたくない!
「ちくしょ~!」
ばったり倒れた翔吾が泣いてる。この間の異種格闘技戦からアタシに連敗しているから、悔しさもひとしおだろう。
葛城先輩は彼女に慰められている様子。なんだ、いい彼女じゃん。葛城先輩は外見じゃなくて、内面の美しさを見ているんだ。そういう事にしておこう。
「そういえば吉野先輩、葛城先輩に何を話してたんですか?」
「ふふふ、私達を負かしたら、晴海が黙ってないよ!ってね。」
なんですって?吉野先輩ったら、なんてことを…。
「よう、なんだか負けちまったな。晴海はオンナにしておくのは惜しいな。男気がある。また、男子部に戻ってこいよ。」
石田先輩だ。真面目な顔して酷いこと言う。
そうそう、約束を果たして貰わないとね。
「辰巳くん!約束を覚えているかな?」
アタシはムクリと起き上がった翔吾に詰め寄った。
「なんだよ、『辰巳くん』て、気持ち悪い。『翔吾』でいいって。」
むう、彼氏でもないオトコを名前呼びするのは実はちょっと気に入らない。特に御厨先輩の前では…。
でも、サクラの飼育係だし。まぁ、いっか?
「…翔吾、今度こそ、サクラに会わせなさいよ!」
翔吾はふぅとため息をつくと、観念したように言った。
「わかった。いいぜ。明日でもウチに来るか?体育祭の振替休日だよな。佐藤さんとでも一緒にな。」