#3 Sカーブ #対決
ノイジー・エナジー #3 Sカーブ
#隣りのクラス
「辰巳くん!他のクラスの女子がお呼びですよ。」
「誰?」
「アタシ、B組の晴海です。」
クラスが一瞬ざわめいた。
「ハルミ…さんだって。」
アタシがとなりのクラスに入って行くと、人がすうっと下がった。どうやら夏休みを開けても例のウワサは健在らしい。
「あれがハルミさん?ウワサより可愛くないし、小さいね。」
文化祭からこっち、クラス展示のカンフー飲茶で呼び込みをしていた話と、二輪男子部ジムカーナの後葛城先輩を投げ飛ばした話と、後夜祭で屋上でハーモニカを吹いて騒いで職員室に呼び出された話が、ごっちゃになって大変な話になっていた。
曰く、文化祭で美少女カンフー使いが、口笛を吹きながら先輩を蹴り飛ばし、生徒指導室に呼び出されて停学になったそうだ。それが機械科一年B組のハルミという巨人女子だと!停学はアタシじゃなくて翔吾じゃん!
「よう、思ったより、気がつくのが早かったな。」
教室の窓側、一番後ろの席に翔吾がいた。机に付いて、ガラの悪い友達とだべっていたらしい。
夏子の話によると、文化祭前に他校の生徒とケンカがあり、辰巳翔吾という生徒が主犯格として停学になったらしい。二輪男子部にも停学になった生徒がいたなと思い出したので、部長に朝会って聞いてみたら、辰巳翔吾というやつが、停学になったらしい。まだ男子部に所属して活動しているそうだ。アタシと同時期に入部して、顔も合わせているはずだって。知らなかった。全然気が付かなかった。きっと翔吾は薄情な奴だと思っているだろう。しかし、そうならそうと、言えばいいのに!分かってて知らんぷりしている方がよっぽど酷いと思わない?
「なんでアンタがこの学校にいるの?」
「お~や、言わなかったっけか?」
アタシと翔吾は暫し睨み合った。
「なになに?」
「何の話?」
周りが騒がしい。ここで色々話すのもめんどくさい。
「…ちょっと来て。」
アタシは翔吾を廊下に連れ出そうとした。
「おおっ?大胆だねー。俺達を無視して翔吾ちゃんを連れてっちゃうのかな?…ふざけんなよ!」
ガンッ!
翔吾の目の前に座っていた、ガラの悪いヤツが机を蹴った。うわぁ、コワイコワイコワイ!こんなのとお友達なの?あんまり、付き合いたくないな。
ダンッ!
翔吾は蹴られた机を蹴り戻すと、蹴ったヤツに向かって言った。
「晴海はお前らが思ってるより全然強えぞ。あんま舐めない方がイイ。それと、お前らが周りに居ると迷惑なんだヨ。今度近寄ってきたらコロスぜ?」
翔吾はそう言うと凄い目でヤツラを睨め回した。
「…待たせたな。」
翔吾はゆっくりとアタシの方に歩いて来た。翔吾変わり過ぎだよ、アタシはため息をつきながら教室を出たが、途端にチャイムがなった。もう始業時間だ。
「ちょっと話しさせてよ。放課後屋上で待ってる。」
アタシはそれだけ伝えると教室に戻って行った。
#対決
「で?なんで呼び出した?俺はオマエに話すことなんてねえぞ。」
なんでこんなヤツになってるんだ。アタシはサクラに会いたいだけなのに。
翔吾は約束通り屋上に来てくれたけど、荒れてるっていうか、ヒネてるっていうか、元々人当たりの良い性格じゃなかったのがパワーアップしたようだ。
「まさかの告白ってワケじゃないよな?」
はぁ?バッカじゃないの?
「なんでアンタに告白するのよ!アタシは他に好きな人がいますぅ。」
っと、余計なこと言った。そ、それは置いといて…。
「説明してよ!二輪男子部にもいるらしいじゃない!なんで黙ってたのよ?」
「お前がバイトばっかりで不真面目だったからだろ。どうせすぐにやめちまうと思ってたさ!」
「アタシは整備じゃなくて、走りたいの!アンタは違うの?」
「…俺か?…そうだな、俺は…。」
急に黙られると、なんて言っていいか困る。翔吾はなに考えてんの?アタシの頭の中を白いレーシングスーツの小さな後ろ姿が通り過ぎた気がした。
「よう…。御両人、久々の再会で、いきなり痴話喧嘩ですか?」
5人ほどの生徒が屋上に上がって来た。翔吾のクラスの人相の悪いヤツラだ。
「ちょっとケンカで停学喰らったくらいでいい気になりやがって。オレらを舐めると承知しねぇぞ!」
え~っ!なんでこうなるの!ちょっと、いやかなり怖いんですけど!
奴らはアタシ達を囲むようにして近づいて来た。アタシと翔吾は背中合わせになって、逃げ場が無い。けど、逃げなきゃ。
後ろに立っている翔吾がコソコソと話しかけてきた。
「コイツらツルんでるけど、一人一人は大したことないぜ。頑張ってくれよ。」
「な?」
アタシを巻き込まないでよ!父さん、アタシもうヤバいかも。もうすぐ、ちえりもそちらに行きます。
「オラァ!」
アタシの目の前のヤツが、掴みかかってきた。もうイヤッ!
「止めてぇ~っ!」
囲まれた時からアタシは身体をリラックスさせて、何が起きても対応する用意が出来ていた。視野を広く保ち、周囲の気の流れに神経を研ぎ澄ませていた。相手が動き始めた時、アタシの身体はスイッチの入った自動人形のように反応したんだ。
掴みかかろうと突き出された手の手首を、アタシはしっかり掴むと、身体を回しながら引き落とす。相手はぐらりと傾くと、無防備な肩と背中をアタシに晒した。アタシはもう一方の手で肩口を掴むと、手首を引き、肩の関節をキメながら、地面に叩き付けた。
既にご存知の通り、アタシは合気道の使い手で道場でも指折りの実力者に成長しました。この夏休みは持久力向上を目的に、初心に帰って基礎を見直しました。同時に護身術としての合気道を教えたいという道場主の意向に、アタシも実戦的な稽古で教える立場で研究を重ねました。こんな形で役立てたくはなかったけど、アタシはパワーもテクニックもレベルアップしていたのです!
相手は何が起きたのか分からないまま、肩をキメられ押さえつけられている。周りの誰もが信じられないものを見たように固まっていた。相手が一人の時はこれで終わりだ。だけど、今日はあと四人もいるし、今制圧しているコイツも腕を離せば、また掛かってくるだろう。どうする?
翔吾が動いた。こうなる事が分かっていたのだろう。周りの奴らが動かないのを見て取って、アタシが押さえつけているヤツに素早く近づくと、トドメの蹴りが一閃!
「止めてぇ~っ!ぐふっ!」
というのは、動けないところを翔吾に蹴られると悟ったヤツの断末魔だ。
「キャーッ!止めて来ないで!」
そのあと、アタシはとにかく逃げ回っていた。
「待て!コラ!」
待つもんですか。
「逃げてんじゃねえぞ。」
逃げるが勝ちよ!
「オラァ!」
しまった!また手を掴まれた。しかし引かれた力を加速して相手に近づく。突き出された拳に力がこもる前に紙一重で受け流して避ける。すれ違いざま、掴まれた手にもう一方の手を添え、弧を描くように回して一歩踏み込むと、相手の身体は突き上げられて吹っ飛んだ。
そこへ、またも翔吾がトドメの一撃を見舞う。
「ぐはっ!」
これでまた一丁上り。
「痛タタタ!」
三人目はアタシの長い髪を掴んできた。オンナの命をなんだと思ってんの!
ぐいっと引かれるのに逆らわず、素直について行くと、羽交い締めにでもしようというのか、抱きとめようとする。アタシは望み通り背中から倒れ込むフリをして、最後に身体を回すとみぞおちにヒジで当て身を喰らわしてやった。
「ぐっ!」
相手の身体が前のめりになったところを、素早く体を入れ替えて腕を取り、相手の後頭部に手を添えて、前に振り出すと引かれた腕との反作用でコロリンと転がった。
そこにドスンと翔吾のパンチが炸裂する。
「ゲボッ!」
これで三人が戦闘不能だ。
残る二人は明らかに意気消沈していた。倍以上の人数で挑んだのが、あっという間にやられてしまったのだ。しかも相手の一人は可愛い女の子である。あ、可愛いっていうのはアタシの主観です。
「ちくしょう。覚えてろよ!」
ガラの悪い奴らは傷ついた仲間を放り出して逃げて行った。倒れていた奴も痛む身体を引きずるように退散した。
あとにはアタシと翔吾のふたりが残された。
#対決 第二幕
アタシは結構息が上がっていた。さんざん逃げ回って、男子相手に渡りあったのだ。しかも三人も!こんな大立ち回りをすることになるなんて。夏休みに鍛えておいてよかったぁ。
殴られはしなかったけど、掴まれた腕がじんじんする。ヤダな、アザとかにならなきゃいいけど。髪もブラッシングしたい。なんだかバサバサだ。
翔吾はというと、トドメを刺しているだけではなかったようで、顔に殴られた跡が残っているし、走り回ったかの様に肩で息をしていた。
そういえば、アタシと相手していたのは、ほぼ一人だけだった。どうやら残りの奴らは翔吾が引き付けて、アタシが投げ飛ばすまで、時間稼ぎをしていてくれたらしい。
「大丈夫か?」
しばらくして息が整った頃、翔吾が話しかけてきた。
「アタシは大丈夫。翔吾は…結構殴られてるね。」
しかし、翔吾は話を聞いていないようだ。
「オマエ、強えな!」
はぁ?
「いやぁ、まさかこんなに強いとは思わなかったな。てっきり俺に泣きついてくるかと思ったのに…。」
アンタって…やっぱサイテー!
「…ちょっと、俺とやんねえ?」
「ハァァァ?!やるって何を?」
翔吾はファイティングポーズを取ると、アタシに向かって拳を繰り出した。
「実はオマエに投げ飛ばされた後、少林寺拳法を始めたんだ。」
シュッ!シュッ!と、繰り出す拳は鋭く、恐らくマトモに喰らえば骨をも砕くだろう。
「オマエだけが、武術をやっていると思うなよ。」
ニタリと笑う翔吾は、本当にバカで単純なヤツだった。
いきなり翔吾の蹴りが飛んで来た。アタシは飛び退って辛うじてよけたが、夏服のシャツのボタンがひとつ飛んで行った。
「ちょっと!本気なの?やめようよ。こういうの。」
答えの代わりに鉄拳が飛んで来た。アタシはクビを振って避けたが、耳に鋭い痛みが走った。
「ねぇ!女の子相手に打撃系の武術ってどういうこと?顔に傷でも付いたら責任取ってくれんの?」
アタマに来たアタシは翔吾の腕を掴んだが、強い力に引き戻された。
「そんなの、知ったこっちゃねぇよ。」
翔吾の腕は動かそうにもピクリとも動かない。
「フン。男の力を舐めんなよ。」
咄嗟に、アタシは翔吾の指を掴んでいた。薬指か中指か人差し指かはどうでもいい!そして掴んだ指をねじ上げた。
「イテテテッ!」
翔吾が痛がり出すが、知ったこっちゃない!アタシは痛がって力の抜けた翔吾の腕を抱え込み、引き落とした。
ドサリと翔吾をうつ伏せに倒すと、抱え込んだ腕の肩から肘をキメて捻りあげ、身体を預けて押さえつけた。
「痛い!痛い!痛い!」
翔吾は脚をばたつかせるが、ガッチリ決められた腕は外れることはなく、捻られた関節に負担をかけるだけだった。
「情けないわね!男の力を見せてくれるんじゃなかったの?」
アタシは更に体重をかけた。
「ぎゃあああ!痛い!痛い!ギブ!ギブ!って言うか、胸!胸が当たってる!胸が!」
え?確かに腕を抱え込んだから、当たってしまうかも知れないが?
ゲゲゲッ!アタシのラブリーな胸は翔吾の手のひらに押し付けられていた。
「キャ~~~ッ!」
#対話
「…Bカップ。」
「黙れ!」
翔吾を押さえつけていたアタシは、ついでに胸を押し付けていた事を指摘されると慌ててはね起きた。そして、激しく落ち込んだのだった。
「…キスもまだなのに…。」
翔吾は翔吾でアタシに投げられた後の数年間の鍛錬は何だったのかと、落ち込んでいるのだろう。アタシが押さえつけていた姿勢のまま、動こうとしない。さっきまで鼻をすする音が聞こえていた。泣きたいのはアタシだよ!
下校時刻を知らせる音楽放送が鳴り響く、九月頭のこの時間はそろそろ夕暮れ時が来ようかという頃で、空は徐々にオレンジ色に染まりかけている。
「ねぇ、なんで停学喰らったの?」
答えてくれるかどうかは知らないが、何か話したかった。
「俺か?俺の中学の奴らと揉めてケンカになったんだ。中高一貫の進学校でな、ちょっと俺には合わなかった。で、俺もバイクが好きだから、親父に頼み込んで高校はココに進学したんだ。それを馬鹿にする奴がいて、わざわざ俺に言いに来るんだぜ?」
よっぽど嫌われてたんだな。でも、好きな事をやって何が悪い?それをバカにする奴がいたら、アタシだってアタマに来るよ。
「人は人、翔吾は翔吾だよ。アタシもおんなじ。バイクで走りたいからココに来たんだけど、二輪男子部はもうレースしてないから、がっかりしちゃった。」
翔吾はゆっくりと身体を起こした。アタシが押さえつけたから、胸から腹から砂と埃で灰色だ。
「あ~、ごめんね。制服汚しちゃったね。」
アタシはポンポンと埃を払ってやった。翔吾は迷惑そうに後ろを向いてしまった。
「…もういいから、自分でやる。」
そう言う翔吾は何だか照れているようにも見えた。
「ねぇ、またサクラに会わせてよ。アタシのサクラなんだから。」
翔吾はちょっと考えていたが、めんどくさそうに言う。
「そのうちにな。」