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Noisy Energy ノイジー・エナジー  作者: 小鳥乃きいろ
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#3 Sカーブ #宿題

ノイジー・エナジー  #3 Sカーブ


★本作品はフィクションです。実在の人物、団体、出来事、法律などには一切関係ありません。法令を遵守し交通ルールを守りましょう。


#闇


 月の隠れた夜、裏通りの駐輪場で二人の男が静かに動いていた。どうやらトラックにバイクを載せているようだ。パーカのフードをかぶり、風邪の時にするようなマスクをしているので、顔はよく見えない。

「…おい、早くしろ。」

 その声は低く、押し殺したもので、誰かに聞かれることを恐れているようだ。

「しっ…。人が来る。…俺に任せろ。」

 一人が闇に溶けた。近づく人影はたまたま通っただけのようだが、こんな夜にバイクを積んでいるのが気になったのか声をかけた。

「おい、何して…。」

 バチッ!何かが光った。

「痛…。」

 声をかけた通行人はうずくまり倒れる。そこに追い討ちをかけるように、更に何かを押し付けられた。

 ジジジジジジ…。

「グッ…!…!…」

 声にならない呻きと痙攣のような震えがしばらく続き、再び静かな闇の時間が訪れた。


#宿題


 アタシが翔吾とサクラと再会した時の続きがある。


「サクラ、サクラ。」

 アタシがサクラとの再会を果たして、しばらく抱いたり撫でたり舐められたりしていたが、傍らでじっとその様子を見ている翔吾の存在をすっかり忘れていた。


「…と、ゴメン…辰巳くん。」

 アタシは手の甲でゴシゴシと顔を拭うと、サクラを翔吾の方に押しやって立ち上がった。

 サクラは尻尾を振って、『もういいの?』と言うようにアタシを見ていたが、アタシがバイバイと手を振ると、大人しく翔吾の方に戻って行った。


「ありがと、サクラを育ててくれて…。」

 アタシは翔吾を見た。背は小学生の頃はアタシの方が高かったと思ったが、今は同じくらいかな、目線が変わらない。

「…スクーターなんて乗ってるんだ。もうコースは走ってないの?」

 アタシは他意はなかったのだが、翔吾がちょっとイラッとしたのが分かった。

「「あのさ!」」

 ハモった。

「どうぞ。」

 アタシはそう言うと翔吾が話すのを待った。


 翔吾は困ったなと言うようにアタマを掻くと言った。

「ええと…悪いけど、急ぐんだ。…サクラ、いくぞ。」

 キュルキュル…ボルルルッ!ボッボッボッボッ…。

 翔吾はそう言うと、スクーターのエンジンをかけた。そしてスクーターに乗り込むと、サクラも後ろに飛び乗った。

「…またな!ちえり!」

 ボルルルン!ボルルル~…。

 あっという間にスクーターは、大分暗くなってライトを点け始めたクルマの群れの中に消えていった。

 アタシのポケットの中でスマホが鳴っているのに気づいたのは、もうしばらく後のことだった。


 回想終わり!


「それだけ?」

「…うん。」

 夏子の家でアタシは夏休みの宿題をやっていた。夏休みもあっという間に過ぎ、残すところあと数日だが、机の上に積まれた課題の山は、まだ半分も終わっていない。

「…ねぇ、アドレスやIDは?」

「…聞いてない…。」

「…なにやってんの?」


 夏子は化学科の課題なのか、いきなりメガネをかけて、怪しげな液体の入った小さなフラスコを氷の入った小振りのワインクーラーで冷やしながら、試験管のこれまた怪しい液体を慎重に冷やしたフラスコに注いでいる。アタシは慌てて机から離れた。

「…それは化学の課題なの?」

 アタシは恐る恐る確認した。

「まさか、宿題は最初の一週間で終わらせたよ。」

 そして、夏子は夢見るように上を見上げると、さも愛おしそうに言った。

「…あの、海辺の語らいで、先生が私に教えてくれたの!」

 ふうん。


 夏子がフラスコからスポイトで薬品を静かに吸い取ると、アタシはノートをサッと広げて防御姿勢を取った。

 ポタリ…。バンッ!

 スポイトの液体を少し高いところからサイドテーブルのステンレスの天板に垂らすと、大きな音がしたが天板が割れるほどの爆発ではなかった。

 よかった。無事だった。夏子との付き合いも長いから、もう慣れたもんだ。


 夏子がメガネをかける時は、炎が出たり、爆発が起きる。夏子がメガネをかけるから爆発するワケではない。夏子は爆発の危険を感じると、メガネをかけるのだ。

「…もう少し派手な音が出ないかしら?」

「いや!止めて!もう充分だから!」

 アタシが恐怖を感じて実験を止めると、夏子はとても残念な顔をする。


 夏休み!この甘やかな響きの、素晴らしい日々の締めくくりが、たまりにたまった宿題なんて!

 この夏休みは非常に充実した日々だった。バイトも結構入れたけど、おかげさまでアタシの銀行口座は潤いが増した。早くサーキットで走りたい。レーシングスーツを買ったり、ライセンスを取ったり、そのための準備資金なのだ。

 二輪女子会のツーリングは楽しかったし、後日夏子と行った三浦半島もよかった。三崎のマグロ丼が美味しかった。


 持久力向上も、毎朝のランニングと筋トレを欠かさずやって、合気道も何回か春男くんに付き合ってもらった。

 何となく太ももからヒップにかけて引き締まった気がするし、ウエストもクビレがハッキリしてきたし、二の腕だってつまめる量が減った!まあ、目的はダイエットじゃないんですけど…。

 ぼんやりとそんなことを考えていたら、夏子がそんな様子を察したのだろう。

「でも、宿題はやっておかないとね?」

 一気に現実に引き戻された。分かった。分かってます。頑張ります。


 アタシがしばらく大人しく宿題に向き合っていたら、実験道具を片付けていた夏子が思い出したように聞いた。

「ねえ、ミクリンにはその後アプローチしてないの?」

 そりゃ、アタシだってもっとお近づきになりたいよ?

「だって、進学するから勉強が忙しいっていうんだもん。整備士の資格取るんだって。」

「ミカリンに、勝負だ!って、啖呵切ったんだよね?」

 その話を言われると未だに耳が熱くなる。夏子にしか言ってない。

「…あれは!…だって!」

 むにゃむにゃ…。

「うん?なんだって?ハッキリ言ってごらんなさい?」

「もう、勉強するんだから!邪魔しないで下さい。」

「ハイハイ、じゃあ頑張って。応援してるから。」


 実験道具を片付け終わった夏子はコーヒーを入れてくれた。

「でもさあ、ここに来て翔吾と再会なんてねえ。」

 アタシはサクラと再会した方が嬉しいんだけどね。

「運命だよね?」

 ぶっ。アタシはコーヒーを吹き出しそうになった。まだ、アタシをいじるんですか?

「ミクリンと翔吾。二人の間で揺れるオンナ心!右に左に振り回される様子は、まるでS字カーブのよう…。ちえりは上手にクリアできるのかしら?それとも、転倒して傷ついてしまうのかしら?」

 もう!好き放題言ってくれちゃって!

「どうなる!御厨悟VS辰巳翔吾!」

 うん?夏子があれ?って顔をしている。なんだろう。

「…あのさ…思い出したんだけど、辰巳翔吾って名前…。」


#新学期


 九月!新学期!それは楽しかった夏休みの終わりを意味する。そして、辛かった宿題の日々の終わりを意味する。悲しいような、ほっとしたような、複雑な気持ちだ。

 そしてもうひとつ、学校でしか会えなかった人達と、再会する喜びもある。

「鈴木さん、関山くん、久しぶり!元気してた?」

「晴海さん、焼けたねえ!そう言えば、夏休みのツーリングは行けなくて残念だったけど、今度は行けるかもよ?」

 鈴木さんはカバンから財布を出すと、真新しい免許証を取り出した。

「鈴木さん!凄いじゃん!原付なんだね。でもこれで二輪女子会のツーリングも参加できるね!」

「うん!楽しみだよ。」

 関山くんが羨ましそうな顔をする。

「俺は12月だからなあ。」

「じゃあ関山くんは初日の出でデビューだな。」

 などと、一通り挨拶を終わらせると、アタシは行くところがある。ガシガシと廊下に歩を進めると、隣りの教室の扉を開いた。

「機械科一年A組、辰巳翔吾はいるか?!」


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