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友の誓いと反撃 キャロル15歳


 アレックス王子の名で動く前に、中立派の一部がデイエリに傾いた知らせを受けた。デイエリが戻った反旗派は勢いを強めている。


「ノエル様」


 図書室に向かう私を呼び止めたのは、アレックス王子と同じクラスのミハエルだ。彼は観察、情報分野を得意としてる。


「お呼び止めして申し訳ありません。伺いたい事があります。その……」


 周囲を見渡し、言い淀んだ先の言葉は推測できた。ここ数日、私とカミュ様が冷たくあしらわれる姿を見た者は多い。腹心と言われていた私達を遠ざける様に不信感が広がってる筈だ。


「殿下の態度を疑う声が広がっております。中立派から反旗派に移った者も出て、ディエリ様にすり寄る方が得と風評を広めてます。中には殿下が乱心されていると嘲る者までおります」


 驚きの表情を浮かべて見せると、ミハエルの口元がわずかに緩む。分かりやすいと内心で嘆息する。

 アレックス王子を守れるのは私達だけだから、手の上で踊らせると決めた。その為にわざと人の多い所で殿下やクロードに数日は接触してきた。


「ミハエルはどうされるのですか?」


 その目を見つめて立場を問う。感情の動きは一切見逃さない。目の動きも口元も指先も駆け引きには大事な要素だ。

 尋ねられたミハエルは、目に喜色を称えて、指先をせわしなく動かす。


「私は殿下を信じたいと思ってるので、進言させて頂きました」


 上目遣いに見てから、胸を張って答える。試す視線と、信じたいと思っているという言葉選びに腹の底がよく見える。

 中立派を中心に、曖昧な立場の者が派閥争いの決定権を握るのは自分だと意気込むのはちゃんと掴んでる。ミハエルもそういったグループの一人で、やや期待派よりだ。


「あなたは、それだけですか?」


 くすりと笑ってから、冷たい笑顔を浮かべて問う。ミハエルは彼の勝手な予想を裏切る空気に怪訝な表情を浮かべた。貴族の子は小さい頃、隠される所為か捉える世界が狭い傾向がある。


「君に限らず、学園内は表面に踊らされる者が多いてすね。見応えがありませんよ」


 溜め息と共に落とした批判にミハエルの顔から表情が消える。


「改革初期に登ってこれるのは国で一握り程度です。選ぶのに、開始の合図は必要ない」


 選ぶのはアレックス王子を含むこちらで、選ばれる彼らの世界は学園だけじゃないと釘をさす。


「共に殿下を支えるのに、無能も奸臣も不要です」


 嘲るように言った私の言葉に固まる。

 続けてミハエルの家柄や成績、すり寄るいくつかの派閥、掴んだすべての情報を淡々と口にしていく。

 掴んだ情報は実力の差だ。ミハエルの指先がせわしなくなって、みるみる顔色が青くなった。感情の制御が拙い。これでは、全然使えないと内心で苦笑する。


「学園は社交の演習に丁度良い。あの方は本当に聡明で勇敢です」

 

 今の言動が振るい分ける為の虚動だと仄めかす。

 ミハエルが拳を握ってこちらを伺う。動いてもらう為に、拾い上げる。


「私に進言した気概に機会を。求める先を読みなさい。本当の君の能力を見せて下さい」


 繋いだ勝機に獲物を捕らえようとミハエルの瞳が光る。他より先んじた確信は彼を動かすだろう。

 艷やかに笑ってみせると、僅かにミハエルの頬が紅潮した。アレックス王子の腹心としての私を、うっとりと見つめる眼差しに背を向ける。

 いつか戻るアレックス王子の立つ場所。今は空のその場所の隣で私は待ちながら戦う、使える者を育てる。

 ミハエル以上の者はいくらでも眠ってる。手駒が動けば変節に匂いを嗅ぎつけて、すぐに無言のレースが始まる筈だ。




 学園が秋の短い休みになって、私はヴァセラン侯爵邸を目指す。突然の来訪はマナー違反たが、時間は少ない。

 先日、ラヴェルの当主がついに入れ替わった。舞台は第二幕を迎えて、マテオ凋落の醜聞が囁かれている。次の幕である抵抗のシナリオに入れば粛清は近い。

 それまでにアレックス王子を元に戻して学園の陣頭に立ってもらう。でなければ、私とカミュ様でも立場を守りきれないかもしれない。

 ヴァセラン侯爵邸の門番に急な来訪を告げる。通された私をリーリア夫人が笑顔で出迎えてくれた。


「突然来訪の無礼をお許し下さい。近くを通りましたので、友と手合わせしたくて立ち寄ってしまいました」

 

 膝を折って、リーリア夫人の手の甲にキスを落とす。

 エドガー侯爵と父が似たような理由で往き来しているので、私も同じ理由を告げる。キスを落としたリーリア夫人の手が私の頭を撫でて、訪問は快く受け入れて貰えたようだ。


「ようこそ、ノエル。また大人びましたわね。今、クロードは庭の演習場の方に出ております。一人で行けるかしら?」


「はい。任せて下さい!」


 ヴァセラン邸は広大で剣の演習場から乗馬の演習場まで有する。何度も訪れている私はどこでも自分の家のように行き来できた。笑顔で答えた私の手に、リーリア夫人が大きな籠を差し出す。 


「秋だからマロネの実を拾ってきてくれると嬉しいわ」


 練習場の近くにはマロネという栗に似た木があって、秋はいつも二人で鍛練の後に拾って帰る。

 微笑むリーリア夫人の瞳が懐かしさ湛えながら揺れるのは、クロードの変化に何か感じるものがあるのかもしれない。


「承ります。いつもみたいにクロードと拾ってきます」


「お願いね。友として貴方に気にかけて貰えたら嬉しいわ」


 籠を渡す手が私の手を包む。渡された思いに頷いて私はクロードのいる演習場に向かった。


 剣を一心に振るう背中は変わらない。なのに、私の姿を認めるとクロードが顔を顰める。


「こんにちは。突然ですが、久しぶりに手合わせしませんか?」


「……遠慮する。もう、帰るところだ」


 あの型の素振りなら鍛錬はまだ中盤の筈だ。私を避けるために鍛錬を中断するのだと察して、剣を鞘に納めたその手に籠を突きつける。


「リーリア夫人から二人でマロネを拾うように言いつかりました。行きしょう」


 押し付けられた籠に逡巡した後、演習場のすぐ裏のマロネに向かってクロードが歩き出す。振り返らない背中が拒絶を訴える。

 その背中に古式の術式を書いて魔力を乗せた。

 消費した魔力によろめいて、ジルに支えられて回復薬を口に含む。私の変調に気付かず、離れていく背中が失敗を突きつける。これで、すべての解術式が失敗した。

 唇を噛んで、手首を二度回して素早く伝達魔法を発動する。


「解術式の全てが失敗しました」


 飛び立つツーガルの一つは離宮のカミュ様、一つはワンデリアにいるユーグに向かって飛び去る。


 私と距離を開けてクロードがマロネを拾う。

 まだ、他の道は見つかっていない。手がかりが少なくて糸口が掴めないとユーグが言っていた。いつまで続く? 絶望に繋がりそうな気持ちが怖い。

 頭の上に、一つマロネが私を叱るように落ちる。

 毎年、仲良く二人で拾ってたけど、一度だけ投げ合いから取っ組み合いの大喧嘩になった事があった。

 力で敵わなくて地面に押さえつけられた時、向き合った顔はお互いおでこにマロネが当たった赤い跡をつけて枯れ葉まみれだった。互いに吹き出して笑って、初めての大喧嘩は終わった。

 懐かしい日々。あの時のように笑って元に戻らない。マロネをつかんだ手を握りしめる。


「クロードおぼえてますか? 昔ケンカをしました」


「……」


「同じタイミングで一緒に笑い出したクロードを見た時、生涯友でいられると思ったんです」


 振り返った友の目から表情は消えていた。ルナの支配は終わらない。マロネを拳が白くなる程握りしめて、うな垂れる。

 思い出の場所で私は永遠に失うかもしれない事実を突きつけられる。諦めたら駄目だ。笑った友の顔を瞼の裏に思い出す。


「私には大切な友達で、変わらないんです。あの日のように元に戻れないままでも、私は変えるつもりはありません!」


「……やめろ。……違う」


 落ち葉を振り払うような音がして、落ちた否定の言葉に傷つく。それすら許してもらえないのかと。


「ダメなんて嫌です!」


「違う!!!」


 クロードの咆哮に顔をあげる。肩で息をして苦しそうに私を見る顔は私の友だった。落ち葉を踏んで、這うように駆け寄る。


「クロード!!」


「違うんだ! お前は俺の生涯友だ!! くそっ! なんで!!」


 瞬く度に、感情が消えた瞳と友の瞳が入れ替わり続ける。大切な友が必死に抗っていた。

 苦しげに唸ると左手で僅かに剣を抜き、右手の甲を刃に当てて引く。クロードの赤い血が一筋の傷から落ちる。


「大切な気持ちが覆われても、俺の本心はここだ!!」


 その行動の意味を理解して、同じように私も右手の甲に剣で傷をつける。そして、傷を重ねる。戦う騎士の友情の誓い。


「「永遠の友と誓う。戦場で離れたとしても、互いに困難に立ち向かい、いつかまた並びあおう!!」」


 重ねた傷の血が交じり合う。これは互いをその身に認める事だ。誓いを刻んだ手を握り合ってから、自分の胸を叩く。永遠の友はいつも胸にいる。


「ノエル……すまない」


 謝罪の呟きを残して、クロードの瞳から表情が消えた。

 無言でマロネの入った籠を掴んで友が歩き出す。

 振り返らない背をみても、残された甲の傷が友の本心を私に伝える。負けない。諦めない。悲しみはもう襲わない。


 マロネを拾った籠を渡す私たちの手をみたリーリア夫人が微笑んだ。ごめんなさい、友はまだ帰らない。でも、いつか必ずとその微笑みに笑い返していとまを告げる。




 休み明けの学園は目論見通りミハエルが動く。敏い者が訝しむように様子を伺う姿にほくそ笑む。情勢が変わる空気を感じながら、王族控室に向かった。


「失礼します」


 中に入ると、カミュ様が窓辺に寄り掛かっていた。ようこその言葉と共に指した方を眺めれば、東屋でルナといるアレックス王子が見えた。


「私を避けてアレックスとルナは寄り付きもしません。心置きなくここを作戦本部に致しましょう」


 挨拶もなく扉が開いて、大きなカバンを抱えた従者と共にユーグが駆け込んでくる。ソファーに座るとすぐに何かを読み出す。読んでいるのかと疑う速度で捲られる本の表紙は古式文字だ。


「ああ! 何の手掛かりもない!」


 ユーグには珍しい大声を上げて、苛立たし気に爪を噛む。次の古式文字で書かれた文献を手にとる。新しい術式が見つからなければ、ルナが術式を作った可能性も出る。そうなれば、状況はより厳しい。


「ノエルが情勢の楔を打って下さりましたが、解術できなければ終わりです。ユーグ、貴女が頼りです」


「分かってる。あれは心を制している状態なのに魔法じゃないのか?! シーナの隣の古式文字もどの文献にも存在しない!」

 

 苛々と荒れるユーグは珍しい。書類束をまき散らして、何枚かを破り捨てる。散らばる足元の書類を見つめてまた思考に沈む。


「ノエル、その傷はどうしました?」


「クロードと友の誓いを結びました。戻すことはできませんでしたが、抗ってくれました」


「ほら! その症状!! あー、どう見ても心の制御なんだよ!!」


 ユーグが頭を抱えて、書類の束に身を伏せる。

 傷を優しく撫でてから嬉しいですね、とカミュ様が微笑む。倒れるユーグには悪いけど、僅かな希望に笑い返す。


 ドアをノックする音が響く。素早く見た窓の外にアレックス王子とルナはまだいた。誰かと訝しむように目を合わせた私たちの前で扉が開いて、カミュ様の護衛騎士がドアを開ける。


「クロード様がお見えです」


 室内に入るとクロードが困ったような笑顔を浮かべる。傷口見せて胸に当てて頭を下げる。


「すまない。心配をかけた」


 目を瞬いてユーグが唖然とする。カミュ様が間違いない友の姿に綻ぶように笑う。私は頭を上げた友の胸に飛び込む。驚いた後の少しはにかんだ顔に確信して、帰る場所で待った私たちが声をあげた。


「「「おかえり、クロード」」」


「ただいま」


 絶望の中に灯った希望の先で、心強い一番の友が帰還した。


 互いにに抱き合って喜びあった後、書類束に沈んだソファーに座る。帰還の訳を聞くために、その言葉に耳を傾ける。


「昨日、ノエルが帰った後から、自分に戻る感覚があった。記憶が飛ぶことがどんどん減って、意識も自由になった。今朝、目が覚めた時には、何の陰りもなかった。本当にすまない」


 改めて、クロードが頭を下げる。何度も言葉の度に謝罪を繰り返すのは友らしい。


「謝るのはいいよ! 古式術の後はすぐに効果はなかったんだよね?」


 クロードが頷く。魔法であれば解術は一瞬だ。私が解術した時に変化はなかった。それに、クロードの変化は緩やかだった。


「なんだ? 何が効を奏した? クロード、いつ、どんな風にルナに心を制された? それを教えて!!」


 乗り出したユーグがクロードの顔をまじかに覗き込む。顔を引きつらせて身を引くクロードの様子はよく知る友の反応で嬉しくて笑いが込み上げてくる。


「帰郷の季節に入る最終日に、ノエルを待つ俺にルナが話があると声を掛けてきた。人がいない場所が良いと連れ回されて、最終的に中庭に落ち着いた。話した事はたいしたことじゃない。誰と過ごすのか、何が大切なのか、他愛もない話だった。切り上げようとしたら、手を見たいと言われた。差し出した手の指に小さな傷みが走って、その……」


 クロードが言い淀む。令嬢らしからぬルナの行動を伝えて良いか迷ってるのだろう。口を開きかけた私より先にカミュ様の声が響く。


「ノエルから聞いてます。ルナがクロードの指を口に含んだで宜しいですね? 恥じなくて結構です!」


 カミュ様が一喝すると、クロードが姿勢を正す。咳ばらいをしてから、気持ちを入れ替えて話しを再会する。


「ルナの口元にも血が滲んでいたのを覚えてる。すぐに粟立つように体の中に悪寒が走って、そこからは記憶が曖昧だ。ルナが一番大切で彼女の望み以外は記憶が消えた気がする」


 あの日見た光景を思い出す。クロードの心が変わる一瞬に術式はなかった。ユーグが小さな声でつぶやく。


「魔法じゃないんだ……血、呪い……ありえない……古式文字……何故だ?」


 鞄を漁ると一冊の本を取り出す。こめかみを抑えて何度も同じページを往復する。


「外にまだ、ルナとアレックス王子はいる? ドニを呼ぼう。試したい事がある」


 ルナとアレックス王子がまだ東屋にいるのを確認すると、ラヴェル家の情勢を聞くためと理由を付けて伝達魔法をとばした。

 クロードやアレックス王子に比べると、ドニは記憶が曖昧な様子は殆どなかった。効き方に違いがあるのか、元々ルナをドニが好きだからなのか。

 ユーグは従者に幾つかの道具を用意するように指示を始める。その隣で考え込んでいたカミュ様が顔をあげた。


「クロード、貴方の心の変化にルナは気づいていますか?」


「知られぬ方が良いと思い、優しく接するように心がけました。機会も少なかったので怪しまれた様子はないです」


 満足そうにカミュ様が頷いて、クロードの前に立つ。


「貴方に処分を言い渡します」


「当然です。無礼を働きました」


 膝を折ろうとしたクロードを慌ててカミュ様が止める。本当に貴方は真面目ですね、と笑ってその背を優しく叩く。


「ルナの接触を断つ為です。私の手を払って軽い怪我を負わせたことに致しましょう。王族として貴方に十日の自宅謹慎を申し付けます。堪えて受けて頂けますか?」


 見つめるカミュ様に、クロードが騎士としての立礼をとる。王族に怪我を負わせた処分としては軽いが、残る事実はヴァセラン侯爵家の嫡男として大きな失点となるだろう。

 

「お受けします。友として皆の役に立たせてください」


 笑ってクロードが部屋を後にする。その背を見送ったカミュ様が、友に着て頂いた汚名は必ず私が雪がせますと呟いた。


 そして、しばらくしてドニが部屋にやってくる。いつも通りの笑顔は変わらない。


「どうしたのかなー?」


 若草の色の瞳が微笑んで、跳ねるように座る。そのドニの側にユーグがにじり寄る。


「ドニ、血をちょうだい」


「え? いやだよー」


 ユーグの出し抜けの唐突な問いかけに、ドニが首を振る。探求に入ったユーグは説明が足りない。フォローする私とカミュ様は大変だ。


「後で使うんです! 大きな騒動が起きた時に使うんです」


「そうですね! ドニはマテオの息子ですから身を挺して王族を守った証になるかもしれません」


 ドニが唇を突き出して不満を表明する。痛いのは嫌だーと駄々をこねる。ドニは変わらない。特定のルナに関すること以外は意識が自由で、一変したクロードとアレックス王子と全然様子が違う。


「痛くないですから! ね?!」


「痛くありません! 頑張りましょう!!」


 私とカミュ様がソファーの両脇から抱えるようにドニを抑えると、ユーグがにやりと笑う。従者が素早く腕を抑えてシャツの袖を上げた。


「え?! ちょっと待って! 僕、心の準備ができてないってば!!」


 大騒ぎの末にユーグがドニから血を抜き取る。ドニの僅かな傷口に、ユーグが自分の指先に作った傷を重ねた。その後は、私とカミュ様、果ては従者や護衛騎士まで血を取られることになった。

 

「酷いよ。痛いよ。最後の方はユーグの趣味だと思う。でも、これで守れる?」


 私を見上げたドニに果実水を渡す。ドニはいつも笑顔に辛いことを隠す。魔法具から聞こえた苦しみの期間、私は笑顔のドニしか知らない。


「無理してませんか? 辛いですか?」


「ジルベール伯父様が厳しくて色々難しい。昔から問題児だったけど、悪い人じゃなかったらしいよ。夢や理想が強過ぎて、破れた未来に壊れてしまった、ってお父様が泣いてた」


 シルベールは謎が多い。ドニの父に代わって伯爵の座についても、その姿を堂々と社交場に見せることはない。影でひたすら、バスティア公爵と共謀して反旗派を纏める動きを見せてる。


「伯父様は身分に無頓着で、誰とでも仲良くしてた。愛した人も貴族じゃない。なのに今は全然違う事をしようとしてる。でも、貴族の身分を守りたい訳じゃないんんだ。何をしたいのか分からないから怖い。お父様とお兄様と僕で助けを求めた親族は守ってるけど限界に近いよ」


 ドニの頭を撫でる。寄り添う肩に頭を預けてきたドニの横顔が少しだけ痩せた事に気づく。

 ドニだけが自由なのは、ルナの配慮なのかもしれない。駆け寄るドニにいつもくしゃりと笑うルナは本物の彼女だった。


「ルナに恋の歌は歌えましたか?」


「まだ。歌ってあげたいけど、歌おうとすると心が消えちゃう。それに、ルナの心を煩わせたくないんだ。彼女もとても苦しそうだから。何が苦しいのか分からないけど、いつも凄く悩んでる」


 ドニの声が歌を紡ぎ始める。それは歌劇で使われる歌だ。

 全ての人に苦難があり、望むことがある。立ち止まることを辞めない人々。重ならない未来の悲喜劇。

 お互い抗い続ける私たちの未来も決して重ならないのか。

 美しい歌声を聞きながら閉じた瞼に浮かんだのは、ルナの顔だった。


 ドニの血を採取した二日後に再び王族の控室に私とカミュ様とユーグが集まっていた。集まる前に私はドニにルナとアレックス王子をどう思うかを尋ねて、ドニの瞳から感情が消えた事を確認していた。


「ドニは、まだ心の制御はとけてません」


「やっぱりね。クロードは僕が昨日会ってきたけど大丈夫だよ。頬に大きな青あざが出来ていたけどね」


 カミュ様のとりなしの書状が届く前にエドガー侯爵が帰宅して、一発殴られたと笑っていたそうだ。


 ユーグが一冊の本を開く。古式文字が並ぶ本はほぼ解読不能。黒に塗りつぶされた人影の絵が不気味だった。


「まず、ワンデリアで報告があった赤い異形の話は二人とも知ってるよね。そっちの調査で使ってる文献がこれなんだけど、中に魔物の王の呪いって言うのがある」


 かつてワンデリアで対峙した赤い異形の男を思い出すと、背中に冷たいものが走る。あれが、魔物の王なのだろうか。


「大規模崩落で解放されて魔物を生み出すと同時に人の心を支配する呪いをかけるんだって。魔物と人の戦いと並行して、人と人の戦いが起きる事に呪いが関わる可能性かあるか、シュレッサーで論じてる。この文献では人の心を支配する方法に、魔物の血が混じるっていう一説があるんだ」


「では、ルナは魔物なのですか?」


「どうかな? だってルナの魔力はトップクラスだけど人の範疇だ。それに魔物に光の属性は存在しないよ。可能性なら他にもあるけど、現時点ではルナを判じることはできない」


 対峙したから分かる。ルナと異形の男は全然違う。私を見たユーグに頷いてみせる。


「精霊の子も血を介して魔力をやり取りする。それは血には魔力が乗るからだ。体液なら経口でも出来るけど乗る量が全然違うらしい。今回、ドニの血から僅かに光の魔力が検出できた。呪いと断定はしないけと、血に魔力を乗せる方法で心を制御をしているのは間違いないと思う」


 クロードに会ったのも血を確認するためで、水の魔力しか検出されなかったと言う。私とカミュ様が安堵の息を漏らす。


「血で人の心が制御できるのは危険ではありませんか?」


 カミュ様の疑問にユーグは首を振る。誰でもできる訳じゃないのか、何かの方法が必要なのか分からない。あらゆる方法を試して成功しなかったと告げる。


「ルナの呪いは僕の血も、こないだ採った皆の血も反応しなかった。うちの探求者の闇属性の血でも試したけど、変化はない。今はノエルの血だけが打ち消す事ができる。何か心当たりはある?」


 首を捻る。ルナと私だけの接点はない。呪いを解くための条件は一体何なのか。


「とにかく、ノエルの血が効果があるのは実証できた。魔力は空気に触れると弱まるから、直接投与が望ましいと思う。さあ、ドニと殿下を助けて、ルナに色々問い詰めさせてよ!」


 嬉々としながらユーグが叫んだ。ようやく、私達は反撃の糸口を掴む。


 カミュ様に別れを告げて馬車寄せに向かう道で、ユーグが一枚の紙を差し出した。書かれている術式は古式文字だ。


「何の術式ですか? 見た事ない組み合わせです」


「精霊の子の治療術式。魔物を生む術式からできてる。精霊の子の溶けやすい魔力を固定化する術式だよ」


 嬉しそうな顔で紙をひらひらと振る。精霊の子の治療はユーグがなくなった母から引き継いだ目標だった。


「すごいです! どんな感じですか? どのくらい治りますか?」


 前のめりになって矢継ぎ早に質問を浴びせると、幸せそうに唇を湿らす。


「やっぱり、君はいいね。二人の希望者に治験してる。安定してて経過を観察中だよ。もう少し様子をみて問題ないなら、希望者の治験を増やすと思う。でも、しばらくデータを取りが必要だから、治療術式として発行するには時間がかかるよ」


 私の手にその紙を握らせる。紙を手にした瞬間、ディエリを思い出した。最近は安定しているのか、学園内の情勢から無理をしているのか、その姿をよく見る。

 

「君に渡しておくよ。必要な時は使って構わない。初期だから完治の保証はまだないけど、経過は良好。万が一の時は君の名でシュレッサーに連絡があれば、出来るだけ僕が動く」


 受け取った精霊の子の治療術式は、一枚の紙の中心にたった一行だ。この一行が、誰かの命の為に立ち止まらず躊躇せず、進んだ探求者が命をかけて繋いだ成果。未来まで多くの命を救い続ける。


「ありがとうございます。全ての探求者に感謝を」


 紙の空白を見つめて言うと、ユーグがおでこを重ねた。


「君の感謝を探求者を代表して受け取るよ」


 真っ白で無垢な空白は表に出ることのない探求者そのものだ。知られる事のないたくさんの名と戦いが、そこにある事を今の私は知っている。


 馬車寄せに出るとユーグが夕闇の空を指す。一番星が空に瞬いていた。

三章は残り二話(予定)。

次回、漸くアレックス王子奪還「終幕と唇(仮)」です。


< 小さな設定 >

クロードの屋敷の敷地には、色々な果物や木の実がなる木が生えています。

鍛錬の後に、とって食べたり、拾って帰ってくるのが小さな楽しみです。



< 小話 >


――マロネの実を拾う午後


 一体どうしてこうなった。木の陰から銀の髪が覗いたと思ったら、マロネの実が投げつけられた。

 応戦して俺も投げると、痛いって聞こえて慌てて顔を覗かせたら俺の額にもマロネの硬い実が当たった。


「卑怯だぞ!」


「卑怯なのはそっちです!」


 紫色の瞳がまっすぐ睨みつけてくる。真っ赤な顔で怒っている顔は初めて見た。


「お前が先にやったんだろ?!」


「そっちです!」


 声と同時にまとめて十個ぐらいのマロネの実が飛んできた。この勝負じゃあスピードのある、あいつの方が有利だ。マロネの実の中を駆け抜けて飛びつく。既に三つはおでこに当たった。

 細い友の腕を掴んで倒そうとした瞬間、足を払われる。女みたいな細い腕のくせに本当にこいつは厄介だ。腕を放さないで、友も一緒に道連れにする。

 倒れ込んだ後は葉の中で取っ組み合いのケンカだ。腕力は俺の方があるから今度は俺が有利で、両手を捕まえて上から覗き込む。

 友の額の真ん中がマロネで赤くなっていて、いつも綺麗にしてる銀の髪は枯葉だらけだ。


「ははっ! ノエル、酷いな!」


「ふっふふ。クロード、酷いです!」


 二人そろって吹き出す。手を放して枯葉の上にあおむけに転がって二人で笑い続ける。

 ずっと笑い続けていた俺たちの上に、マロネの木から実が降ってきた。なんだ、そうゆう事か。

 横を向いたら友が同じような顔でこちらを見ていて、また二人で笑いだす。

 俺たちは似てないけど、よく似てる。笑いたい事とか怒りだしたい事がよく似てるんだ。


 仲直りしたけど、ノエルは足をひねってた。


「すまない」


「お互い様です」


「乗れ」


 背中を向けると友の体重がかかった。何を食べているのかと思うほどに軽い。負ぶったまま後ろにマロネを入れた籠を掴む。流石にちょっときつい体勢だ。見えない籠からマロネが零れ落ちないか心配で、ゆっくりしか進めない。


「クロード、籠は私が持ちます」


「ダメだ。俺が持つ」


「ダメです! 歩けない私をクロードが運んでくれてるなら、クロードが持ちにくい物は私が持ちます。私が手でクロードが足、互いに出来ることをするのは当然です!」


 なんだか胸が熱い。籠を友に渡す。体の前で友の細腕がしっかりと籠を掴んだ。


「走ってもいいか?」


「いいです! 籠は任せて下さい!」


 心配だったマロネの籠を友に渡せば、俺はなんの心配もなく駆けだせる。

 駆けだせば、籠をしっかり握りしめて友が楽しそうに声を上げる。


 手と足。ノエルと俺。一人より二人だからずっといい。

 笑い声を上げながら全力で走る。マロネは一つも籠から落ちない。


 もっと、もっと、もっと! こいつとなら、何があっても大丈夫だ!


 最初の大喧嘩で俺は生涯の友を手に入れた。


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