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悪役と演習 キャロル14歳

 通路に出ると人だかりができ初めていた。何があったか近くの者に尋ねれば、道をあけてくれる。中ほどまで来ると人だかりの先に、困惑した表情のルナが見えた。


「同じ貴族の令嬢として貴方の振る舞いを恥ずかしく思っております」


 凛とした声が響く。大きな声を出している訳ではないのだが、声と同時に周囲が静まり返った為よく響く。


「私、わざとじゃないんです」


 答えるルナの声は弱い。快活な彼女には珍しい反応だと思う。


「何度も注意させていただきました。それでも、直さずそのような発言をされるのですか?」


 更に進み出れば、ルナと対峙しているカリーナが見えた。ルナの側にはディエリとドニがいる。ドニの方は困った顔を浮かべて、ディエリの方はつまらなそうな顔を浮かべている。


「あのね、ルナはわざとじゃないし。今度は気を付けるからね」


 ドニがとりなすように言って、ディエリにも救援を求める視線を向ける。


「つまらん。令嬢同士の話に男が関わるのはルール違反だ」


 そう言ってディエリはあっさりとその場を立ち去る。それでも、ドニが庇うように前に出ようとしたのを、ルナが袖を引いて止める。


「カリーナ様は私の事がお嫌いなんですよね」


 先ほどの弱々しさが嘘のように、挑むような色を浮かべてルナが対峙する。その瞳の奥に僅かに喜色が浮かんだ気がした。


「勘違いなさらないで下さいませ。好き、嫌いで申している訳ではありません。行いに対してのみ意見を申し上げているのです」


 おっ、と声をあげた方を見れば二人ほど挟んだ場所にラザールを見つける。人を避けてラザールの腕をひく。


「何があって、こうなってるんですか?」


「やあ、ノエル。ルナが気安すぎるとカリーナ嬢が注意しただけだ。ルナは少し目に余るから、間違っていないと思うぞ。ところで、カリーナ嬢はいいな。ノエルに思いを寄せてなければ攫ってしまいたいぐらい好みだ」


 ラザールはなんだか、ご満悦で細い目を綻ばせる。真面目で誇り高いカリーナと商魂たくましいラザール、爵位は釣り合うけども、性格的にはラザールの一方通行に終わりそうだ。


「攫いたいなら、ここでいい所を見せたらよいでしょう?」


「ディエリ殿も言っただろ、令嬢の話し合いに男が口出しするのはルール違反だ」


 その言葉に唇を噛む。どちらの肩を持っても角が立つから、令嬢の話し合いに男が入るのは嫌われる。既視感のある場面は予想通りの展開を迎える。


「何度も申し上げておりますわ。ルナ様、令嬢として節度のない態度はいかがなのかしら?」


 一語一句たがわぬ台詞。アレックス王子とルナの再会のイベントだ。悪役令嬢の位置にキャロルの代わりにカリーナが納まってシナリオが動き出す。


「私はただ普通にしているだけです。だって友達なんですのもの。学園内は平等なのでしょう?」


 鈴のなる声を張り上げて、ルナが主張する。騒めきと沈黙が交錯する。騒めく声の半分は期待、半分は避難。学園内が平等といっても、殆どの者がが相応の礼と節度をもって接している。それでも、ルナが平等を口にすれば、その響きに惹かれる者はいる。でも、今の平等という言葉はまやかしだ。カリーナが諭そうとしているのは令嬢としての振舞いの筈だ。


「良き関係は節度を持っても築けます。令嬢として度を超すのは品位がありません」


 まやかしを一蹴するように、厳しい声でカリーナが断じる。ルナが誰かを待つように視線を彷徨わせた。


「なにをしている?」


 透明感のある強い声に人垣が割れてアレックス王子が現れる。対峙する二人の令嬢を交互に見て眉を顰めると、鈴のなる声が駆け寄る。


「ああ。アレックス王子! 心配をかけて申し訳ありません。カリーナ様が私を皆の前で品位がないと……私の出が……」


 そう言って、ルナが目を落とす。その発言は狡い。身分の事は言っていないし、品位も行いに対してだ。サラザン男爵令嬢の出自を気にかけたアレックス王子を、誘導するかのような行動に不信感を覚える。

 カリーナは固い表情で一切の声をあげない。アレックス王子を見ないのは、これは女性の問題であるという彼女の令嬢としての矜持だ。

 ゲームでは再会の為だけのシーン。現実でアレックス王子が大勢の前でカリーナの行いを責め、ルナを憐れめばどうなる? 僅かに喜色を浮かべたルナの瞳を思い出す。

 ルナは先の言葉を待つようにアレックス王子を見つめ、カリーナは答えを待つようにルナを見つめる。アレックス王子に駆け寄ったことで空気はルナに傾き始めた。

 いつもカリーナは私を見つけて嬉しそうに笑う、話すと時々小声で赤くなる。今は令嬢の理想として前に立つ者の顔だ。努力してその位置に立つ彼女にゲームの展開を迎えさせるべきじゃない。


「カリーナ」


 劣勢のカリーナの側に歩み寄って、その腰に手を回す。私がこちらに立てば空気は均等を取り戻す。アレックス王子と目があう。何も言わなくても、アレックス王子なら私が進み出て均衡を保った意味が分かるはずだ。アレックス王子は僅かに目を細めて開きかけた口を閉じる。機を悟ったカリーナが動く。


「殿下、ノエル様、このような場で周囲の目を集めた行いをお詫び申し上げます。これは令嬢同士での話となります。殿方のお手を煩わせるべきことではございません。口出し無用にございます」


 カリーナがいつもの艶やかな笑みを浮かべて宣言すると、私の手を腰から外してルナの前に進み出る。はっきりその瞳を見つめて、今度は配慮のある声で語りかける。


「ルナ様、私は貴方の立場に対して申し上げることは一つもございません。貴方のお噂を聞くこともございますが、今はサラザン男爵ご令嬢だと存じております。同じ貴族の子女として学園にいる以上、私も貴方もこの国を支える殿方の伴侶となるべき教育を今、受けているのです。それに相応しい振る舞いを私も周囲の令嬢も望んでおります。どうかお聞き分け下さいませ」


 そう言って、ため息がでる程優雅に一礼する。更に周囲に向かっても、謝意を示すように美しい礼をとった。圧倒的な貴族の令嬢としての在り方に周囲が感嘆の吐息をもらす。今ので、ラザールのライバルが絶対に増えた。ルナも唇を噛んで、周囲に謝意を示すように令嬢の礼をとった。

 よく透る声を快活に響かせて殿下が終わりを告げる。


「令嬢同士の話に水を差したようだ、私もお詫びしよう。カリーナ嬢、貴殿が伴侶となる男性は幸せだな。サラザン男爵令嬢、助力が必要ならいつでも願い出るといい。ノエル、来い」


 いい対応だと思う。笑顔でカリーナを称賛しながら、ルナに後ろ盾を示した。カリーナを名で呼んで、ルナを家名で呼ぶのもいい配分だ。周囲もその対応に穏やかに解散し始める。でも、最後に私を呼ぶところは嫌な予感しかしない。

 アレックス王子の背中を追おうとすると、ドニが私の腕を引く。


「僕はルナに何もできなかった。友達の歌も恋の歌も歌えないよ」


 落ち込むドニの頭を一度くしゃりと撫でる。ドニはルナを確かに想い始めてる。窓辺から遥か遠くを眺めるルナは一体、何を思っているのだろう。

 進むアレックス王子の背中を追う。王族控室まで戻ると講義に間に合わないと思っていたら、急に振り向いて頬を掴まれる。後ずさる様に壁に背中を預けると、上から覗き込むように紺碧の瞳が楽しそうに緩んで、声を潜める。


「戻る時間がなくなりそうだから、ここでいいな。君を私が叱っているようにみえるかい?」


 人のいない廊下で、私が頬を掴まれて壁に押し付けられる様はかなり近寄りがたいだろう。叱っているよりいじめられているように見えると思う。一応、アングラード家の体面もあるので配慮してほしい。


「サラザン男爵令嬢の動きを君はどう思う?」


 慌てて首を傾げる。抑えられているせいで、大変動かしにくいし、頬をぷにぷに押されるのは気が散る。

 ルナは他の令嬢と違って自由な振る舞いが目に付く。騒がしいと感じる者はいるかもしれない。

 

「ルナがバスティア家のディエリに近づこうとしていると進言する者がいる。ラヴェル、シュレッサー、ヴァセラン、それから君にも接触して親しくしているはずだ。女の本能でここまで権勢を返せる家ばかり狙うのか?」


 権勢を返すという着眼は私になかった。ゲームを重ねて見れば、ルナの動きはただシナリオに近いだけだ。でも、現実で家名を並べられるられると有力な貴族ばかり選ばれている事にはなる。


「彼女は私たち王族には接触しようとしない」


「ひょ、ん、ひょ、ですか? 殿下とカミュ様には全然接触がなかったんですか?」

 

 ようやく手を放してもらえて、普通に会話できるようになる。その手の熱が離れるの瞬間はいつも寂しい。


「私は今日が二度目、カミュはまだ一度も彼女にあった事がない」


 少ないとは思っていたが、私が接触を追いきれていないだけだと思っていた。まさか本当に接触がなかったなんて驚きだ。あれ程シナリオを再現するような動きを取っているのに、なぜ王族二人に近づかないのか? 


「子狸は親狸から最近の中央の動きは聞いていないのか?」


 我が家もだしヴァセラン家も、あまり仕事のことは家に持ち込まない事を伝える。家族とは言え情報漏洩には厳しいのだ。


「なるほど、レオナールに脇が甘いと怒鳴られるわけだ。父上は後学の為といって、よく私に話してくる」


 ついに父上は国王に怒鳴ったか。頼むからバカとか直接的な暴言だけは控えて欲しい。とりあえず、私からアレックス王子に謝っておく。


「謝る必要はない。先王である祖父はこれまで国の決まりに手を付けてこなかったが、父上は自分の治世で撤廃や改革を希望している。良くも悪くもまっすぐ行動する人なんだよ」


 本人は他人事のように話しているけど、それならばアレックス王子によく似ているのだと思う。


「レオナールはよく父を諫めながらやってくれてる。周到に根回しをして動かしていくようだが、既得権益をめぐるきな臭い動きは間違いなく起こる。多分中心地はバスティア侯爵になるだろう。父を手助けしたいし、私たちにとってもいい経験になる。クロードと共に学園内の交友関係には注視して報告せよ」

 

 アレックス王子は最近、どんどん大人になって進んでいく。隣を歩くつもりが気が付けば、その背を追いかける様になってしまいそうだ。その紺碧の瞳をしっかり見つめて、頷く。追い越されない。歩くなら隣がいい!


「お引き受けいたします」


 満足そうに微笑むと、頬に手が伸びる。優しくなでるようになぞって、また捕まえられる。


「ひゃ、に、ひゅ、りゅ、ん、でゅ、しゅ?」


 肩にも伸びた大きな手に私の肩はすっぽり収まってしまう。戸惑うような優しい笑顔で鼻先が触れそうなぐらい近づくのは、私の紫の瞳を覗きこみたいからなのを知ってる。

 私を通してキャロルを見つめる時の目。身代わりが嬉しいのに寂しいのは私がキャロルであってキャロルじゃないから。ノエルでいる限り私の思いは絶対アレックス王子に届かない。本当の私を愛しいと見てもらえることはない。届かない恋をするのは苦しい。


「君が……にね? ……頬が柔らかすぎて、肩も細い! 鍛錬不足だ。クロードみたいにならないと、……食べたくなるよ」


 途中の言葉が飲み込まれて聞き取れない。意地悪そうな目で頬に噛みつく真似をする。頬にかかる吐息に、食べてとは言えない。顔には出さないけど、どきどきして目眩がしそうだ。

 鐘がなって、行くぞと手を離す。あっさり向けられたその背が、決して私のモノにならないことを告げる。無造作にそこにある手を握ることができたなら、どんなに幸せだろうと胸はただ痛くなる。




 アレックス王子の指示で学園の人間関係を観察しながら、大きな変化を捉える事無く秋が過ぎて、冬が過ぎる。魔法にもなれて、講義は上級魔法に入っていた。


「そろそろ、ワンデリアに皆で歪の探索にいかない?」


 危険地帯へ誘うユーグを皆で宥めるのが日課になる程、上位クラスの者は大きな魔法が発動できるレベルになっていた。

 ルナと私たちの関係に進展はない。ディエリは時々しか講義に来ないし、ユーグは魔法を伸ばすことに夢中でルナに興味を示さない。カミュ様には一度も接触がないし、アレックス王子はルナを避けてる。クロードと私は級友として彼女と過ごすが、深入りはしない。ドニだけが彼女の側に寄り添う。


「いつかルナに恋の歌を歌えたらいいねー」


 そう言ってドニは笑うから、今は好きなのだと思う。でも、カリーナとルネが対立した時に自分が何もできなかったのが引っかかっているようだ。


「恋を歌うなら、その前に僕にも自信が欲しんだ。何かをしてあげられるっていう……」


 そう言った顔は、少し凛々しくてルナがドニとの恋愛シナリオに進むことを私は応援していた。

 ゲームで私が6人全員同時攻略を達成した時は、この時点でほぼ全員好意を寄せる状況だった。シナリオがあるのなら、ルナのシナリオは少しずつ選べる余地を失っている。

 一つの辛い区切りを迎える転換点になったその日。実力別の魔法講義で訓練場に集まったのは上位クラスの中でも最も進度の早い10人。アレックス王子、カミュ様、ディエリ、クロード、ドニ、ユーグ、ルナ、カリーナ、ラザールそして私。講師はアーロン先生とビセンテ先生が付いていた。二人とも共通学科の先生ではトップの実力の持ち主だ。

 アーロン先生が白い髭を撫でながらいつも通りの笑顔で言う。


「では、今日はこのグループで初の屋外演習に行きます。来季からの本格的な演習の前に場所を見てもらう事と、訓練をする内容の説明なので散歩のつもりで参りましょう」


 屋外演習は上級生が中心で使用するのて、今日のように上級生が不在で使えるのは珍しいそうだ。

 穏やかな笑顔の先生についていくのは訓練場の地下。ものものしい魔力認証で開閉する扉にアーロン先生が手を添える。


「エトワールの師の導きに答えよ。道よ開け」


 空気が変わって、水色の魔力が手を中心に扉全体に波状に広がる。開いた先に魔力ランプが灯り始める。

 壁の両脇に並ぶ魔力ごとのゲート。散歩どころか旅行と呼べるほど遠い場所に演習先はあるらしい。


「では、みなさん参りましょう」


 中に全員が入ると魔力認証の扉が閉じる。生徒の移動用ゲートだから全属性が並んで、それぞれの魔力が色鮮やかに波を打つ。


「これどこに繋がるのかなー?」


「ゲートだな。それなりに距離がある場所にいくのだろう」


 ドニの声に、クロードが返して、それぞれに行き先の予想を呟きだす。私の場合、ある一カ所しかゲートを見ると思い浮かばない。


「これより、ワンデリアの王族直轄領の内にある演習場へ向かいます。演習場の建物には結界もあるので安心して行動してください。ユーグは勝手に動かないように」


「歪が近くにあるといいね?」


 耳元でユーグが囁く。お願いだから、先生の言うことをちゃんと聞いて欲しい。

 アーロン先生がゲートを使ったことがあるか確認する。ルナ以外が全員経験者だった。ルナにビセンテ先生が使い方を説明する。


「では、カミュ様。同属性ですので、ルナのエスコートをお願いしても宜しいですか?」


「構いません。初めての事は不安でしょう。私がお力になれるなら幸いです」


 カミュ様がルナに微笑みかけると、ルナが慌てて首を振る。


「いりません! 一人で大丈夫です」


 拒絶の言葉にカミュ様が困惑する。その視線を避けるようにルナは横を向いて、早々に光属性のゲートに向かう。


「もう、行って構いませんよね?」


 そう言って、ルナが魔力を込め始めてすぐに、ゲートに飛び込む。慌てた様にアーロン先生が飛び込んで、ビセンテ先生が私たちにも追うように指示する。ゲートの闇に包まれて、ルナがカミュ様を拒否した理由を考える。ルナが王族に近寄らない原因はカミュ様なのか? はっきりした答えが見つからないままゲートを抜ける。

 ゲートを抜けると、アーロン先生に叱られるルナがいた。私たちが揃うと、いつものような愛らしい笑顔を浮かべて、お辞儀をする。


「皆さま、本当にすみません。ゲートを知らないのが自分だけで少し焦っていました。以後気を付けます」


 本当に? 微笑むルナの本心は分からない。カミュ様もルナを計りかねる顔で見つめているのに、ごめんなさいと言ったルナは決してカミュ様と目を合わそうとしなかった。

 小さいな駐屯所の趣の建物から外にでる。広がるのはアングラードのワンデリア領に似た光景だけど、岩の色は一般的な灰色だ。私の大好きなワンデリアの方が白くてずっと素敵な場所だと思う。


「さて、では説明しますよ。こちらが王族領内の演習場になります。場所はシュレッサー領にやや近い位置で、王族の滞在地とは少し離れておりますね。歪が近いので稀に魔物が現れるますので、自信がないものは結界に守られた建物内にすぐ避難し、そのまま学園に退避してください」


 見渡すか限り何もない大地で自由に魔法を使う事が許されると説明を受ける。訓練場では使えない大規模魔法の演習や団体戦術がここでの演習の中心になると言う。訓練場では常に魔力を抑えて発動してきたから自由に放てるときくと、なんだかうずうずしてきてしまう。


「それでは――」


 アローズ先生の話の途中に、轟音が響く。地平線の手前、地下渓谷の底から噴煙が上がる。ビセンテ先生が即座に渓谷の淵によって、赤い魔力で術式を刻んだ。エトワールの儀式でも使っていた魔力量を計測するための術式。


「中規模崩落だ!! 魔物の数が中小五百を超える規模! 生徒は直ちに学園に退避!」


 鋭い声で叫ぶ。小規模な発生エピソードが後半にはあるが、前半のこの時点聞いたことのない中規模発生に衝撃を受ける。何故?

 でも、今はそれどころじゃない。中規模崩落なら、中隊規模の騎士団が出動してもいい規模だ。ビセンテ先生とアーロン先生が避難を支持するのをアレックス王子が鋭く制する。


「まて、数日前にオーリックとベッケルに問題が起きてワンデリアに駐留している騎士の大半がそちらに出払っている! 明日にはベッケルの中隊がもどるが、今は直轄地に滞在している正騎士は小隊のみだ」


 戦力を把握している護衛の近衛騎士が息を飲む。中規模発生を抑え損ねれば近隣の民への甚大な被害につながることになる。


「魔物が近隣の村に近づくのに一日は要さない。もっとも魔物を叩きやすいのは渓谷を登るまでの間だ」


 そう言って、アレックス王子が手首を回すように術式を書くと、白い体に金のくちばしを持つ鳥が姿を現す。この世界で最も早い鳥であるハルシヤは王家のみが使う伝達魔法だ。


「マールブランシュ王立学園のワンデリア演習地にて魔物が中規模発生した。これより滞在しているもので水際で応戦する。一刻以内に軍備を整えて向かえ!」


 ハルシヤがアレックス王子の意志を乗せて空を舞う。一直線に向かう先はワンデリアにある騎士団の駐留地。崖を登るまでは魔物の攻撃手段は限ら得る。登られて軍勢になる前に叩くのは最も良い方法だ。


「カミュ、ノエル、クロード、ユーグは共に残れ! 他の者は強要せぬ。自信のないものは速やかに学園に戻れ。残る意志がある者は我が命に従いこれより、魔物の中規模発生に対処せよ!」


 私たちがその場で膝をつくと、それに習うように全員が膝を折る。生徒十名、教師二名、付き従う従者十名と護衛騎士が五名。

 厳しい状況は目に見えている。それでもここで僅かでも魔物の数を削がなければいけない。

 シナリオにない世界の動きは、新しい流れへの反旗なのか。


< 小さい設定 >

シュレッサー伯爵もお兄さんも大変距離の近いコミュニケーションが好き



< 小話 >


――とある日の学園内


「エルヴェ、お前も話してて直ぐ抱きつくけど……弟君は更に近すぎない?」


 研究棟の仲間の言葉に様子を見に行くために、1年の校舎に向かう。弟の口から最近友達の名前を聞く。

ノエル、クロード、カミュ様、アレックス王子、友達と呼ぶには恐れ多いが、弟が楽しそうに語るのなら、それでいい。

 

 母を失った時、ユーグはまだ片言でしゃべれるぐらいだった。

 シュレッサーは探求者の死を悔やまない。だから、悲しくても私も父も母を誇った。


――母様、偉いの。


 真似をして涙も流さない幼子には無理があった。程なく、毎晩叫ぶように起きて母を求めて泣くようになった。


――母様、いない。母様、どこ?


 父と一緒に子供の心理学や育児の研究を慌ててした。育児に答えはないらしい。

 私たちで母の穴を埋めよう。そう結論を出して、日に何度も何かある度に抱き締めた。

 夜、弟を抱き締めて寝るミルクの臭いと温かい体温は気づけば自分の穴を埋めていた。守っているのか、守られているのか。私も父も抱き締めて育て続けた。

 遠くに友達を抱き締めている弟を見つける。


「ユーグ! 抱き締めて話すのは、ダメです!」


 やり過ぎたかな? 気づけば私も父も人に距離が近いと言われるようになってしまったが、弟のあれはちょっと近すぎる。

 でも、笑う弟が満足げなら、それでいい。


「この方が落ち着くんだよね」


「ユーグ、耳を噛むのはなしです!!」


「えっ?だってお願い聞いてもらいやすくなるし?」


 それは、兄さん教えてないぞ! 誰だ、弟に変な事を教えたのは?!

 それでいい、とは兄さんは言えないぞ!


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