憎悪から出た害悪
兄様が処刑されました。
王家の人間は滅多に公に顔を出す事はありません。
裏切ったのが宰相でなければきっと兄様が処刑されることは無かったはずです。
逃げ道の行く先とこの隠れ家の存在を宰相は知らされてません。
ですが、考え無しに外に出ればすぐに反乱した兵士達に捕らえられてしまうでしょう。
お父様は疲れた顔を隠そうとする気力すら、ここ数日間で使い切ってしまいました。
きっとわたくしも同じような顔をしているのでしょう。
ろくに眠れず癒えない体の疲れは日に日に蓄積して行きます。
このままいつか体が石のように硬く動かせなくなってお母様の後を追うのでしょうか。
なんだか、それもいい気がしてきました。
そうです。
このままひっそりと命を絶って長く国を混乱させ反逆者達を困らせてあげましょうか。
ふふ、ふふふふふふふふ。・・・久しぶりになんだか元気が出てきました。
「お父さ――――――」
わたくしが軽やかに口を開きかけて、気付きました。
とっくにお父様は息を引き取っていた事に。
ああ、そうですよね。
待っていて下さい、今そちらに。お母様も、兄様も、お父様も愚図な娘を許して下さるでしょうか。
・・・あら、お父様いいものを持っていますわね。
まるで大切な宝物みたいに抱きしめて、本当に大事そう。
小さくてとっても綺麗な飾りの付いたナイフ。
せっかくなので、使わせて頂きますね。
ソレを躊躇わず胸に突き刺す。
ああ、恨めしい。こんなくだらない。
こんな事なら、
反逆者達など、
民など、
国など、
人など、
世界など、
ぜんぶぜんぶ、消えてなくなってしまえばいいのに。
「―――――――――『赦』――――――――――――――――――――『せね』―――――『無い無い』―――――――『みんな』―――――『消えたい』」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
城塞国家改め解放国家となったこの国の現状はあまり良いとは言い難い。
良くも悪くも王家というものの影響は絶大だ。その王家の人間は確認出来る限りでは、国王と王女のみとなった。
だが、決して油断は出来ない。
未だ王国の復活を諦めていない輩は貴族のみに留まらない。
庶民ですら、王を助ければ貴族・・・うまくいけば王族にすらなれる、と言った甘言を聞いて反乱の中で反乱を起こされないとは限らない。
その為、目がいいだけの自分に与えられた任務は、この国で1番高い場所である城壁に作られた見張り塔で国内外を監視するという皮肉にも反乱前とほとんど同じ内容のものであった。
今日もここから見る国の景色は人々が混乱しているにも関わらず一切表情を変えない。
ここに居ると、なんでも小さな事に見えてしまう。
だからこそ、ソイツは異様だった。
なんの前触れもなく突然、普段あまり目に付かない住宅街から繊維状の肌色の物体が湧き上がるように出現した。
それらが一つに集まり形を作っていく。
顔だ。肌色一色の顔。
どう見たって異常な光景に我を忘れかけた所で目端の紐を引く。
紐は塔の下に屯在している仲間達の元にまで続いている。紐の先には木札が吊るされており紐を引っ張る事で木札が鳴る仕組みだ。木札を鳴らした回数で事態の深刻さを分ける。
1回、2回、と紐を引く。
3回目に入ろうとした瞬間、ギロり、と顔がこちらを睨みつけて来た。
体に違和感を感じる。
何かが体の内側に蠢き、暴れ回る。
違和感は次第に強まり痛みを伴い始める。
ぼこぼこと肌が盛り上がり、皮膚を突き破ってそれは出てきた。
それは腕だった。
腹から腕が生えている。
腹からだけではない、足からも、背中からも、今この時も次々と生えてくる。
腕は目からも生えて来たのか視界は真っ暗になってしまった。
私は誰だ?
『私』―――――『俺』――――『僕』―――『あたし』――『我』
そうだった。
『全部』――――『を』―『消え』―――『無くさなくちゃ』
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ん?なんじゃ臭うのう」
鼻をひくつかせながら突然ドラ子はそう言い放った。
あー確かに最近風呂入って無いな。
でもその言葉はシンプルに人の心を抉るからやめて。
「―――湯浴みを求めるか―――」
「やはりガランドウだな。臭いは妾からではなく外からじゃ」
とナチュラルに俺を罵倒してくれながらもドラ子は自らの匂いを嗅ぐ。
「うっ・・・少しきついのう。まあ頃合かのう。邪竜光線小剣型!」
ドラ子がそう叫ぶと右手の指先から小さな例のビームが出現した。
今回は飛ばさず右手の指先に留めている。器用なビームだな。もしかしてミノフスキ関連ですか?コジマは・・・まずいか。
ビームは易々と牢屋の柵を切り裂き、俺でも余裕で通れるようになった。
だが、この先には――――
「では、水浴びに赴くついでに脱獄と洒落込むかのう」
「水浴びかぁ、じゃあ俺も同行させて貰うぜ」
道の角から配給係が現れる。やはり居たか。
「都合良く席を外してはくれんか」
「まっこれも仕事の内なんでね」
ドラ子の爬虫類のような金色の瞳が凶暴に輝く。
仕掛けるつもりらしい。
「ならば喰らえ!邪竜光――――」
「ストップストップ!!早まんなって!?」
配給係は両手を上に掲げて無害である事を訴える。
そのジェスチャーはここでも通用するのか。
「話し聞けよ!同行するって言ってるだろ!?」
「それはそれで貞操の危機を感じるので邪竜光――――」
「ごめンッなさい!!そんな貧相な体見たくありませんでした!!」
失言が祟っている配給係はとうとう土下座まで披露する。
なんであるんだよ土下座。
「・・・そうなのか?」
「そうです!!」
「そうか・・・顔を上げるのじゃ」
ほっとして顔を上げる配給係。
そこにドラ子はにっこりと微笑みながら例のビームを配給係の顔面すれすれにぶっぱなした。
「慎ましくて上品な御体。復唱」
「慎ましくて上品な御体。慎ましくて上品な御体。慎ましくて上品な・・・・・・」
ところで、何時になったら外に出られるのだろうか。
『オンツドゥーイ』
おんつどぅーい。
一見ただの小型のナイフにしか見えないが、その実態は協会によって破壊が指定された『儀神器』(神秘を保有している道具の中でも人の手によって不完全ながらも再現が可能なもの。再現不可能なものを『神器』と呼ぶ)。
作り方は、無実の罪で死んだ人間の血で満たされた箱に小型のナイフを一年間浸した後、ナイフを作った職人の心臓をペースト状になるまで潰した物をナイフに満遍なく塗り込む事から始まる。
それからは半径約60000コム(6km)の範囲に存在する怨念を恒久的に取り込み続ける。
使用出来るのは最低でも10年物から。
使用にはまず使用者がこれを使って致命傷を受ける必要がある。また、発動にも素質が必要である。
それらの条件をクリアして始めて効果が発揮する。
この儀神器は使用者した者を高次の悪霊に繰り上げさせる。
尚、効果は取り込んだ怨念の量と質によって強力なものとなる。