後悔が出来る間に
とても、悲しいものを見た。
俺なんかの薄っぺらい悩み、葛藤、絶望など比べも出来ない程の負の感情を圧縮し、層のように重ね続けた狂気じみたもの。
嫌になる。
自分のありとあらゆる感情がこれの足元にも及ばず、嫌になると目を背ける事しか出来ない事に嫌になる。
どうしようもなく死にたい。
ああ、ああああ!!
そうだ死にたい!その感情だけが俺を最期に突き動かす動力だった!
死のう、出来なければ殺してもらおう。
それが、それだけが俺に唯一残された願いなのだから。
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微睡みから意識が浮かんで来る。
その瞬間身体の節々が金鑢で削ずられているような激痛に襲われる。
痛みから逃れようと身を捩ろうとして全身に鎖が巻かれているのに気付いた。
鎖はきつく巻かれとても解けそうにない。
その間も、痛みはどんどん強く、深いものになっていく。
弱まる気配は無く、意識を失う事も無い。ただ痛い。
収まるのかすら分からない痛みに、心から死にたいといつも以上に想った。
どれほど経った頃だろうか。
いい加減全身を襲う痛みに対する感覚も鈍くなって辺りを観察する余裕も出来て、ここがあのドラゴンの居た洞窟の奥地である事に気付いたその時だった。
「ぬおー!!イライラするのじゃああ!!」
少女のような甲高い声と共に派手な爆発音が聞こえて来た。
「なんなんじゃまじで!どいつもこいつも跡形残らず爆散しおって!!近頃の奴らは根性が足らん!!」
だが、その物言いはまるで年老いた老人の説教の様であった。
果たして俺の視界に飛び込んで来たのは白い少女であった。
何がと言えば、左手足と瞳を除くほぼ全てが真っ白なのだ。
肌も髪も纏う衣服も一点の染みなく純白。
爬虫類のように縦割れした瞳のみが光り輝いている。
また、左手足については金と黒い金属で作られた義肢になっている。
それがまた、歪に神秘性を放っている。
「おい!貴様は人間か?」
果たしてどうだろうか。不眠不休、食事無しで森を彷徨える謎の鎧の中身が人間以外であっても不思議では無い。
「―――不明、その事に関する知識は無い。但し限りなく形は人のものではある―――」
まるで冥界で朽ち果てたかのような声が勝手に説明した事に驚いた。
何やら口調も俺とは異なっている。
「まあよいか、・・・貴様これを妾の為に調理するのじゃ!」
そう言うと少女は背負っていた何かをどさりと降ろした。
それは頭の無い巨大な猪だった。
これを・・・調理する?
ひとつ待ってもらいたい。現在俺は全身を鎖で拘束され身動き出来ないのだ。
「―――不可能、我が身は未だ自由より程遠い―――」
「・・・うむ調理自体に突っ込みはないのか。まあ好都合じゃの。では、封異鎖躯を解く条件に妾への攻撃を一切しないという約束を呑んで貰おうかの。」
なるほど。この少女はかなりの世間知らずだ。
約束の内容はガバガバだし、何より反故しない理由も無い。
・・・やるつもりは無いが。
何より、初めて遭遇する現地人だ。
この手の異世界と呼ばれるものの法則や常識は所々異なるだろう。
ガイドの様なものが欲しいのもある。・・・自殺の名所とか案内して貰ったり。
つまり現状、これは相互利益が望める提案という事となる。
「―――了承、これより我は貴女との契を交わそう―――」
「うむ、では封異鎖躯解くぞ」
そう言うと少女は鎖を義手で掴むとまるで油粘土のようにあっさりとバラバラに千切ってしまった。
「これでよいな。でだ、妾にとってこちらが本題なのじゃが」
そう言って少女は仕留められた猪の方に目を向ける。
調理しろという事か。
なんの自慢にもならないが俺は料理を殆どした事は無い。文字通り穀潰しである。
「―――では―――」
取り敢えず解体から始めるか。そう考え手を触れた瞬間、猪は灰となって天に登っていった・・・。
「・・・」
「――――――」
気まずい間が訪れる。
「はい?」
少女が口を開く、灰だけにか?
「―――灰だけにか―――」
「1回黙るのじゃ、・・・妾が苦節3時間の末、猪を爆発四散させずに仕留める苦労が無駄になった今、妾の怒りをを誰が止められようか!」
気が付いた瞬間には、もう俺は少女の義腕が繰り出したアッパーを顎に受け数秒間の空中浮遊を体験していた。
「うがあーー!!」
更に次いで今度は右手から見覚えのある光線を出して撃墜してくる。
まさか、彼女の正体は・・・。
「喰らえ必殺!『邪竜光線』!!」
あの時のドラゴン――――――!!
『封異鎖躯』
ほういさく。
東方よりもたらされた強力な神秘否定属性を持つ以外は普通の鎖。
作り方は神域(空間魔力値が一定以上存在する空間)にて、反転属性の魔力を帯びた状態で鎖を制作し、鎖の完成後、反転を発動する事で出来上がる。
神秘否定属性の強弱は神域の空間魔力値に左右される。
鎖が巻かれた瞬間その効果を発揮する。また、効果が及ぶのは拘束された対象のみであり、それ以外にはただの鎖でしかない。
拘束された対象は神域を下回る魔力値での神秘及び魔力の行使が不可能となる。
この効果は神域の強化作用を反転させている為に神域の魔力値を上回る事で神秘及び魔力の行使は可能である。
主に犯罪を犯した神秘保有者と魔術師の拘束に用いられる。
尚、かの邪竜が使用した封異鎖躯は自らの住処を神域として利用する事によって人類には突破不可能な物となっている。
基本的に使い捨て。