望む者は少ないでしょう
俺が謎の全身鎧の何者かになって三日経った。
その間、特に何かやった事は無く、草の上に寝転んでボーっと空を見続けていることが殆どだった。
それで解った事だが、この森の上空を飛行機が通ることは無く、代わりに巨大な鳥らしき生物が空を支配していた。
ドラゴン。恐らくは、幻想で無く現実にそれが存在している事からこの森が異世界だと考える一端である。
もう一つ解った事がある。俺はその間、全く寝食を取らなかったが、その事について身体からの訴えは無かった。
つまり、全く眠気を覚えず、腹も空かないという事だ。・・・頭はすっぽり鎧に覆われ外すことすら不可能だから、食べ物が有っても食えないのだが。
そう言えば、身に纏わされた鎧の着脱の可否を調べた結果、俺の持てる全力の力では外すのはおろかずらす事すら出来なかった。
流石に三日もこんな何も無い場所に居ては飽きる。
そう思った俺は起き上がり、違和感を覚えながら立ち上がると森の木々の間を抜けていくように歩き始めた。
森、と表現していたが地面の隆起が激しい事からひょっとしたらここは山なのかもしれない。
そう考えていた頃だった。
半径数十メートルものポッカリと空いた巨大な洞窟を見つけた俺は理由もなくそこで洞窟探検と意気込んだ。
最初は適当に行き止まりまで進み、行き止まりに辿り着いたらそこで、なんだつまらないと吐き捨て引き返す予定であった。
洞窟内を進み始めると、すぐに何かの気配を感じた。
気配と言っても第六感的なものでは無い。
というのもこの洞窟自体が自然に出来た物にしてはやけに壁の凹凸もなく滑らかなのだ。
まるで何者かによって研磨されたように。
そう考えながら歩いていると何かを蹴ってカンッという金属特有の音が響いた。
音の主を拾い上げるとそれは柄と刃が金に輝く趣味の悪い剣であった。
金の鑑定など素人にては全く出来ないが、ずっしりとした重みはそれっぽいので金ということに仮定しておこう。
異変はその剣を持った時に起こった。
しっくり来るのだ。何故か剣を持つ・・・いや構えた瞬間身体が妙に軽くなった。
今なら何であろうと斬れる。そんな気すらしてきた。
その時だった。
洞窟の最奥に、光が灯った。
光はどんどん大きくなり熱を伴う――――否、あの光は点でなく線。
即ち空気を燃やしながらもこちらに疾走するアレは光線―――――!!
考えるよりも先に腕は剣を振っていた。
次の瞬間、光線は二股に裂かれていた。
だが、斬撃はそこで収まらず洞窟に剣で斬りつけた様な切れ目を刻みながら最奥に進んで見えなくなった。
暫くして、激しく空気を震わす絶叫が聴こえてきた。
あの光線を放った主の者だろうか。
だとしたら不幸な奴だ。
反撃は腕が反射的に繰り出したもので、俺の行動理念からは真逆の行為。
此処は巨大な何者かの巣穴なのだろう。
それなら合点がいく。
虚しさを抱きながら洞窟の奥に進む。
進み続けると、洞窟の奥だというのに明かりが見てきた。
一瞬、先程と同等の光線かと身構えたがあの攻撃的な光とは強みが違った。
明かりの正体は山のように高く積まれた金銀財宝の類いであった。
金、銀、宝石、白金、陶器、磁器、武器、酒、諸々。
ありとあらゆる財宝を閉じ込めた宝物庫。
それらはまるで物語の英雄達が邪悪を倒してその手に渡るのを待っているかのような圧倒的な光景であった。
そんな光景に夢中にさせられ、財宝の虜になり掛けていたのだろう。
『――――ァ、アあ・・・」
その呻き声は俺の居る場所から少し離れた所に横たわる4~5メール大の首長竜と翼竜を併せたデザインの、所謂ドラゴンのものであった。
ドラゴンは左半身を完全に消失し、負傷部位から流れ出た血液は地面に薄く広がり水溜りのようになっており、残った身体も白かったと思われる鱗の殆どが血に濡れている。
本来なら真っ先に気付くものに、財宝に見蕩れていた為に全く目に入らなかったという事実。
俺は俺自身に心底絶望した。
さんざん死にたがっていたはずの俺の信念はこんなにも脆いのかと。
「・・・―――だ、――――して―――さい。」
呻き声は、少しずつ俺の知っている言葉に近づいている。
あと少しで、聞き取れそうだ。
「嫌・・・だ」
再びドラゴンが言葉を紡ぐ。
最初は何かを拒絶するもの。
「死にたく・・・無い!見逃して・・・下さい!!」
それは死を拒絶する言葉であった。
恐らくこのドラゴンはかなりの実力を保持している。
細かくは分からない。
しかし光線を切り裂いたあの一瞬、この光線は人の街など軽く蒸発させる事も可能なはずだと確信させられた。
そんな存在が、死を畏れ拒絶する。
その事実は、数多の生きとし生けるものにとって赦し難いものだろう。
勇ましき者が聞けば、
ふざけるな、貴様にその恐怖は分不相応だ邪竜め死ね。
と返して心臓を一突きに貫くだろう。
慈悲深い者が聞けば、
何と悲しい事だ、せめて安らかに眠りなさい。
と返して首を一太刀に跳ねるだろう。
なんだ?この思考は―――――何を考えているんだ俺は。
俺はこんな事を考える人間では無い。
思考の混乱が解けない。
言い知れない恐怖と不快感に襲われる。
まるで、頭の中に潜んでいた俺以外の何かが、暴れ回っているみたいだ。
頭が痛い。
いたい。
―――――
手から力が抜け黄金の剣がすり落ちる。
カンッという金属特有の音が響いた。
俺の意識はそこで途絶えた。