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転生龍は人と暮らす  作者: くらいさおら
第一章 幻霧の森
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9.鍛錬

 春がきた。

 龍平がこの世界に転移してから、まもなく一年になろうとしている。


 冬の間、四属性魔法の知識研鑽に努めていた龍平は、試行錯誤の果てに修得を諦めていた。

 魔力量に問題はないらしい。

 そして、魔力の発現にも問題はないらしい。


 他の術者同様、体内の魔力を両手に集束するまではできている。

 それどころか、常識ではあり得ないほどの魔力を集束させていた。


 熟達した魔法使いが渾身の魔法を放つ際、両手に淡い光が発現することがある。

 それは戦略級の大魔法に限られた現象だ。


 そんな魔法を行使した後は、ほとんどの者が年単位で使い物にならなくなるのが常識だった。

 それを龍平は軽々と行っていた。


 だが、それに自然に存在する四属性の魔力を練り合わせ、魔法として発現させることができない。

 体内に存在する魔力がトリガーで、自然に存在する四属性魔力が撃鉄もしくは弾丸と思えば良い。


 つまり、龍平の場合にはトリガーを引いても撃鉄が落ちない、または弾が出ないようなものだった。

 龍平は自身の体内魔力は、四属性のどれでもないという仮説を立てた。


 仮に無属性として、それがこの世界の四属性魔法を使えない原因だとする。

 異世界人であることが、体内魔力が無属性であるそもそもの原因ではないかと、龍平は考えていた。



 しかし、魔法が使えないままというのは面白くない。

 自身がこの世界に転移したこともあって、独自の理論で空間移転魔法を開発しようとしていた。


 龍平を転移させた召喚魔法は、もともと風属性の魔法だった。

 風の揺らぎを極大まで増幅し、それをごく小さな一点に集束させる。


 その相反する力で時空を引き裂き、偶然つながった世界から手近にある物を吸い込む。

 考えてみれば、かなり乱暴な魔法だ。


 龍平は四属性に頼らず、自身が持つ膨大な魔力量を頼りに、力業で時空間にトンネルをつなげられないか実験を繰り返した。

 イメージが第一。


 化学や物理の理は無視。

 それを念頭に、何もない空間に魔力を注ぎ込んだ。


 具体的には、離れた場所から何かを目の前に移転させる。

 または、目の前から任意の場所に何かを移転させる。


 それを目指すことにしていた。

 終局的には自身の移転だ。

 いつか日本に帰るために。


 なぜ、魔法がない世界に育った自分に、妖精が驚くほどの膨大な魔力量があるのか、龍平には解らない。

 だが、せっかくあるのだからと、これ幸いとばかりに魔力を使い続けた。


 それが良かったのか、何かのいたずらなのか、龍平の魔力は鍛えられ、さらに保有量が増えていった。

 何ひとつ魔法は使えないのに。



「……ん」


 そんな春のある日、いつものように無口なままのセリスが、龍平に短剣と弓を渡してきた。


「……え?」


 いきなりのことに、呆気にとられる龍平。

 これまではどんなに頼んでも、狩りはおろか岩塩の採取すら連れていってはもらえなかった。

 それがいきなりだ。


「……ん」


 念話での説明すら不要とばかりに、セリスは愛用の弓を持って館を出ていってしまった。


「あ、おい! 置いてくなよ!」


 龍平は慌ててセリスを追って館を出る。

 セリスは館の庭で龍平を待っていた。


 狩りに出るわけではなさそうだった。

 そして、龍平の姿を見るなり、背を向け弓をつがえる。

 そして、庭のあちこちに立てられた杭の上に置かれた木彫りの鳥を、狙い過たず弾き飛ばしていく。


「……ん」


 木彫りの鳥をいくつか撃ち落とすと、セリスは弓を置き剣を構える。

 龍平に見せつけるように素振りを始め、一〇〇を数えたところで剣を鞘に戻した。


「……ん」


 そして、龍平に向かって腕を差しだし、掌を上に向けて指を二回折り曲げた。

 かかってこい。

 そのサインだった。


「……! ……よし、解った。一〇秒だ。一〇秒あれば充分だ。いや一〇秒もしないうちにセリス、おまえは血塗れになる。俺の返り血でなぁっ! けぶっ!」


 二秒だった。

 仰向けに倒れた鼻血まみれの龍平と、その鼻血まみれになった拳を、セリスは呆れ顔で交互に見ていた。


 つい、やってしまった。

 日本にいた頃、友達とふざけてプロレスごっこに興じる際の決め台詞を、つい口走ってしまった。


 セリスのポーズにつられ、どうしても我慢できなかった。

 だいたい、喧嘩が大嫌いで殴り合いなど逃げて回っていたくせに、こんなシチュエーションでは格好を付けたがる。

 へたれのくせに。



 龍平が目を覚まし、念話によるセリスのお説教がひと段落して、ふたりは本格的な鍛錬の前にハーブティを嗜んでいた。

 龍平もふざけた自分が悪いことは充分理解しているので、セリスに対して含むところはない。


 セリスも言うべきことは言ったので、これ以上どうこう言う気もない。

 今はとりあえず、仕切り直しだ。


 セリスは龍平が森を出る出ないにかかわらず、生きる術を教えようとしていた。

 弓は獲物を狩るため。

 短剣と体術は自身を守るため。


 これは、決して龍平が魔法を使えないからではない。

 セリスは龍平が魔法を使えるようになると、確信している。


 確かに四属性との相性は、良くないかもしれない。

 だが、考えてみれば、龍平は異世界人だ。


 この世界の常識に囚われた四属性魔法にこだわる必要はない。

 しっかりと世界で起こる現象の理を学んでいるならば、その理論に基づいた魔法を作ってしまえば良い。

 セリスは、そう考えていた。



 しかし、いくら魔法が使えたとしても、呪文の詠唱が完成する前に懐に潜られたらそれまでだ。

 魔法を発現させる前に、敵の手に掛かって殺される。

 大賢者ワーズパイトも、魔法に頼り切っていたわけではない。


 超一流の剣士やモンク相手に、剣や体術で勝とうというのではない。

 せめて、魔法を封じられた状況から脱出できるだけの技術を、その身につけさせようということだ。


 もちろん、弓や剣、体術の修得が一朝一夕に済むなどと、セリスは考えていない。

 魔法の修得と合わせて、今のうちからやっておく必要がある。


 現実的な問題として、龍平は弱い。

 それは当たり前だ。

 殺し合いは、潜った修羅場の場数がものをいう。


 現代日本で、そのような経験を積めるはずもない。

 どうがんばっても、物心ついた頃から剣の鍛錬を義務づけられている騎士などの戦闘職や、腕っ節に己の命を懸ける無頼漢に、今からの付け焼き刃で勝てるとは思えない。


 まずは弓や剣、体術に慣れさせる。

 合わせて魔法の鍛錬も続ける。

 今はそれでいい。



「あれを撃ち落としていけばいいんだな?」


 改めて弓を構え、木彫りの鳥を狙いながら龍平は確認した。

 当たる気がしないが、とりあえずやってみないことには話にもならない。


「……ん」


 セリスは軽く頷く。

 まずは射させてみる。

 修正はそれからだ。


 第一射。

 ハズレ。

 当たり前だ。

 いきなり弓を持った者が、当てられるはずもない。


「……ん」


 セリスが首を軽く振る。

 当てられる距離まで近寄れ、ということらしい。


 指示されたとおり、半分の距離まで近づく。

 そして、第二射。

 やはり当たらない。


「……ん」


 今度は一歩ずつ近寄れ、ということらしい。


 一歩前へ出てから、第三射。

 結局、木彫りの鳥から二歩の距離まで近づいて、やっと当てることができた。


 とにかく、数を撃つことだ。

 セリスにしても弓も剣も体術も、理論を教えられるわけではない。


 身体に染み着いた技術は、理屈ではない。

 何度も繰り返し、無意識のうちに動けるようにならなくては、とっさのときの役には立たない。

 その繰り返しの中で変な癖がつきそうになったら、そのときに修正していけば良い。



「……ん」


 一発当てられたところで、セリスが顎で剣を指す。

 次は素振りらしい。

 言われたとおり、龍平は素振りを始める。


 初めて持つ金属製の短剣は、ずっしりと重かった。

 これを使えばひとを殺せると考えると、背筋に寒いものが走る。

 鋳造の安物だが、それは現代日本とは無縁の、明らかな武器だった。


 何も考えなしに振り下ろせば、その勢いで身体が持って行かれてしまう。

 中学の体育でやらされた剣道を思い出し、剣を止めることを意識して振り下ろす。

 だが、重力も加わって勢いのついた剣は、簡単には止まらない。


 一〇回も振るうちに、息が上がり腕か震えてくる。

 剣道の竹刀とは、まったく違っていた。 鉄パイプを振り回す感覚が近いのかと、龍平は漠然と考えていた。



 それでも必死に一〇〇回振り切る。

 終いには剣に振り回され、足下がふらふらになっていた。


 だが、何となく、力の入れ加減が解ってきたような気がした。

 セリスはそれを狙っていた。


 極限まで疲労に追い込めば、身体は勝手に最適化した動きに収斂されていく。

 まだ気づかなくてもいいが、できれば早いうちに気づいてほしい。


 これは言われてはだめなことだ。

 楽を覚えようとしてしまう。

 楽な動きと最適化された動きは、似て非なるものだった。



「……ん」


 さっきと同じように、セリスがファイティングポーズを取る。

 今度はふざけない。

 龍平もアップライトに構え、セリスの動きを見ようとした。


 セリスがなめらかに姿を消した後は、もう一方的だった。

 もちろん、セリスが魔法を使って姿を消したわけではない。

 龍平の目がついて行けなかっただけだ。


 セリスはその華奢な容姿に似合わず、大賢者ワーズパイト流格闘術を極めたグラップラーだった。

 短時間で終了したスパーリングでは、打撃こそこなかったものの、龍平は投げられ、極められ、絞められた。


「ごべっ! ここ、地面……」


 一本背負いできれいに投げられた。

 背中を大地に強打し、肺の空気が絞り出され、呼吸困難に陥る。


「だめっ! 腕そっちに曲げちゃだめぇっ!」


 投げられた腕をそのまま取られ、腕ひしぎ逆十字が鮮やかに極まる。

 自身の左手を右手で掴もうとするが、セリスの脚に身体を抑えられて届かない。


 ならばテレビで見たように身体を後転させようと脚をあげたときに、意識が腕から離れてしまった。

 肘が伸びきり、逆間接に曲げられる痛みと、腕の筋を引きちぎられるような痛みがごちゃ混ぜになって脳天まで突き抜けていく。


「肩からぁっ! 聞こえちゃいけない音っ! 聞こえてるぅっ!」


 タップする寸前にするりと身体を入れ替えられ、アームロックががっちりと極められた。

 腕が背中に回され、強烈に引き絞られる。


 肩から腕が外されそうにきしみ、肘が破裂しそうに痛む。

 胸にセリスのおっぱいが密着しているが、その感触を味わうような余裕は欠片もなかった。


「やめてぇぇぇっ! 膝はそっちに曲がんにゃあぁぁぁっ!」


 次の瞬間、膝十字が極まる。

 梃子の原理で膝を外側に捻られ、関節と靱帯がぶち切れそうな悲鳴を上げる。

 龍平は何とか逃れようとのたうち回るが、上半身しか動かせなかった。


「そこぉっ! らめぇっ! それ……曲げちゃ……いけないのぉ……ひぎぃっ! 骨ぇぇぇっ! 折れっ! 折れっ! 折れっ!」


 そのまま脚を抱え込まれ、両膝頭を脛の内側に当てられて足首を極められた。

 背中を向けているセリスの首を後ろから絞めようとしても、痛みのあまり上体を起こすことすらできない。

 頭を抱えるようにして、龍平は悲鳴を上げるだけだった。


「こひゅ……こひゅー……」


 龍平は既に声も出なくなり、両腕を投げ出して倒れ込み、虚ろな目で空を見上げていた。

 脚を解放されたと思ったら、セリスに上体を起こされる。

 両脚を投げ出し、両腕が垂れ下がったままの龍平に、セリスが背後から密着してきた。


「お……、お……? ……くひゅっ! ……」


 おっぱいの柔らかな感触が背中に押しつけられた。

 アームロックが極まっていたときと違い、今はその感触だけで痛みはない。


 きっと、スパーリングは終わりで、引き起こしてくれるんだ。

 そうだ。そうに違いない。これはご褒美だ。そうに決めた。

 幸せを感じた瞬間、セリスの腕が首に絡みつき視界が暗転した。



 投げられた衝撃と関節から響く痛みに、龍平は顔中を涙と鼻水でグシャグシャにして、最後はチョークスリーパーで為す術もなく絞め落とされた。

 ぼとりと地面に落ちた龍平の身体は、ピクリとも動かない。


――よく、ここまで耐えた。私は嬉しく思う――


 セリスの嬉しそうな念話は、残念ながら龍平には届いていない。


 だが、落ちる寸前に感じていたおっぱいの感触で、龍平は幸せそうな表情を浮かべていた。

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