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転生龍は人と暮らす  作者: くらいさおら
序章
5/98

5.融合転生

 ――せめてものお詫びに、ボクの身体をお姉ちゃんに譲り渡すためだよ。そうすれば、お姉ちゃんの世界に帰れるから――


 レフィの問いに、赤龍からとんでもない答えが返される。

 レフィは混乱した。


 龍の身体に自身の魂が融合する。

 龍への転生だ。


 そのうえで元の世界に帰る。

 そんなことがあるわけない。

 そんなことがあっていいわけない。


 龍とは天災だ。

 もし、レフィが龍の身体で帰還しようものなら、即座に討伐の対象になるだろう。

 人間に対して友好的な龍もいた、という伝承はあるにはある。


 だが、人間に害を与える気がないことを、そう簡単に信じてもらえるとも思えない。

 自身がレフィであることを、他の誰かに信じてもらえるとは思えない。

 

 それに、もう二度と殺されたくはない。

 もし、降りかかる火の粉を払おうとして、人を殺めてしまったら。

 もう平穏な日々は夢のまた夢だ。


 それ以前に、人としての平穏な暮らしを、龍の姿でできるとも思えない。

 見せ物小屋に閉じこめられるか、人里離れた山奥に隠遁するか。


 お家騒動の結末を見てみたい気もあるが、人の世に混乱を巻き起こしたくはない。

 どうしたらいいか、レフィには答えが見つからなかった。


――あなたは帰らなくていいの?――


 とりあえず答えを先送りして、レフィは赤龍に尋ねた。

 赤龍がその世界に帰れるのなら、そちらが優先されてしかるべきだ。


 赤龍がこの空間に現れたとき、魂と肉体の乖離はなかった。

 であれば、元の世界への帰還は、できないことではないはずだ。


――ボクは……あの世界に帰りたくないし、ボクがあの世界に帰っちゃダメなんだ。ボクは……、世界を壊そうとしてたから――


 少し言いよどんでから、赤龍はきっぱりと答えた。

 怒りに狂って、世界のほぼすべてを破壊してきた。


 今さら帰ったところで、生き残ったひとびとや白龍に合わせる顔などない。

 もし帰ったとしても、あの世界が赤龍を許すとは思えない。

 許すはずがない。



――私も、あの世界には帰りたくないわ。もしあなたが人に害をなさないなら、私の代わりに私の世界で生きていかない?――


 レフィにも未練がないわけではなかったが、殺された世界に帰りたくはない。

 もし、レフィの身体で帰ったとしても、再度暗殺者が送り込まれてくるのがオチだ。


 闘争に明け暮れ、公爵家を手中に収めるか、王位を簒奪するかしなければ安穏とした日々がないのであれば、もう帰りたくはなかった。

 それならば、この優しい龍が転生してくれるなら、この身が滅びても諦めがつく。


――ありがとう、お姉ちゃん。嬉しいな、こんなボクにそう言ってくれるなんて。でもだめなんだ。ボクだけじゃ異世界の壁は越えられない。お姉ちゃんの魂がなければ無理なんだ――


 最初は嬉しそうに、途中かは申し訳なさそうに赤龍が答えを返した。

 どうあっても、龍の姿で帰らなければならないらしい。


 ならば、山奥にでも隠遁するか。

 レフィはそう考え始めた。


――なら、ありがたくその申し出、お受けするわ。ただ、どうしても聞かせてほしいことがあるのだけれど、いいかしら。私があなたの身体をもらった後、あなたの魂はどうなるの?――


 もし、レフィの想像通りであるならば、絶対に妥協できない点がある。

 そのときには何が何でも説得して、赤龍を元の世界に送り出す。

 そんな決意を乗せて、レフィは赤龍に問いかけた。


――うん、お姉ちゃんに身体を譲り渡したら、ボクの魂は消滅させるよ。世界を壊そうとした龍なんて、もういちゃいけないよ。もし、一緒に行って、ボクが暴れるようなことがあったら大変だもん。だから、すっきり消えるんだ。だから、心配しない――


――だめよ、そんなことっ! あなたが消える? そんなこと私が許さない! あなたから身体を譲り渡されて、私だけのうのうと生きてるなんて、私が許せるはずないでしょっ! そんな莫迦なマネをするくらいなら、私を放って帰りなさい。生き恥晒してでも、帰りなさい。帰って償いなさいっ!――


――もう、償う友達も、謝る人たちもいないんだっ! もう、ボクには……帰る場所なんて……ないんだよぉ……。だから、このまま……消えさせ……て――


 消え入るような声で赤龍は答え、また泣き始めた。

 その姿にレフィは説得を諦め、決意を固めた。


 赤龍の魂を連れて行く。

 共に生きて、この優しい龍が人と共存できることを、我が身を以て証明する。


 そして、自分の寿命が尽きたら、赤龍に身体を返す。

 そう決めた。


 それは恐ろしく困難な道に違いない。

 どんなに言葉を尽くしても、信用してもらえないかもしれない。

 どんなに態度で現しても、信頼を得ることはできないかもしれない。


 手酷い裏切りが待っているかもしれない。

 龍の不死性すら脅かす、命の危険があるかもしれない。

 それでもレフィは諦めない。


 この空間に飛ばされたのは、この龍を救うためだったと、レフィは解釈した。

 魂と肉体の乖離も、肉体が消え失せたことも、すべてがここにつながるためだ。


 私を守るため死んだノーマに、恥ずかしくないように。

 私の世界に龍を生かす。



――あなたは私と一緒に生きなさいっ!――


 叩きつけるようなレフィの言葉に、はっとした表情で赤龍が見上げてきた。


――いいの? ボクも一緒でいいの?――


 縋るような眼差しがレフィに注がれる。

 赤龍が何よりもほしかったものは、自身を包み込んでくれる赦しだったのかもしれない。


――当たり前じゃない。私があなたを守るわ。そして、あなたは私を守って。私たちは対等にいればいいのよ――


 レフィは赤龍を受け止めた。

 絶対強者として君臨し、他の三龍と共に世界のバランスを司ってきた。


 龍同士の連帯感はあっても、誰かに寄りかかることはしなかったし、できなかった。

 そんなことは、龍の誇りが許さなかった。


 守ることだけに費やしてきた長い年月は、当然赤龍の心をすり減らし、限界まで疲弊させてきた。

 弱く、守られることは、決して恥ずべきことではない。

 それは理解してきたはずだった。


 彼らが守り続けてきた者たちは、彼らより弱い者たちだった。

 しかし、赤龍も青龍も、黒龍も白龍も、彼らを弱く恥ずべき者たちだなどとは、一度も思ったことはない。


 力は弱くとも、知性があり、多くの知識と深い教養、そして意志の力を持つ尊敬すべき者たちだった。

 レフィの言葉で、赤龍は改めて理解した。


 この少女と守り守られながら生きるのも悪くない。

 もう一度、すべてをやり直してみよう、と。


――解った、ありがとう、お姉ちゃん。ボクも生きていいんだね? これからよろしくね。改めて、ボクはティラン。お姉ちゃんの名前も教えてほしいな――


 甘えたような声が、レフィに届いた。

 もう会うことのできない、弟や妹のような。そんな気がした。


――よろしくね、ティラン。それから、私にもう一度生きる機会を与えてくださって、ありがとうございます。公爵家の名誉にかけて、必ずこのご恩はお返しすることをお約束します。私はアレフィキュール・ラ・ノンマルト。長いからレフィでいいわ。――


 レフィは畏まって礼を言い、意識の上で見事な姿勢で最敬礼した後、砕けた口調に戻した。



――まずは、ボクの身体にレフィの魂を馴染ませないとね。別の生き物だから、きっと身体の動かし方も違うはずだし。レフィには羽根も尻尾もないでしょ? 人間は火を吐けないから、扱い方も分かんないだろうし、ね。魂が馴染めば自然と分かるはずだよ。ボクだって誰かほかの龍に教えてもらったわけじゃないから――


 すっかり落ち着きを取り戻したティランが、さし当たっての方針を示す。

 もちろんレフィに嫌はない。


 ティランの言うとおり、慣れていない身体で事故を起こしたら、他人を巻き込んでの大惨事が起きること間違いなしだ。

 万が一、どこかの王城にでも突っ込んだら、その国が滅びる。


 いくらティランが身体の大きさを変えてくれるとはいえ、レフィのミスひとつでどうなるか解ったものではない。

 町への墜落もさることながら、魔力の暴走も怖かった。


 なにせ、世界を破壊し尽くそうとした暴龍だ。

 くしゃみひとつで町を消し飛ばしかねない。


 言われるまでもなく、身体も龍特有の能力も使いこなせなければ人とは暮らせない。

 それくらいのことは、レフィも充分理解していた。



――そうね。で、私の魂があなたの身体に馴染むには、どれくらい時間が必要なのかしら? それから、その期間はどう過ごせばいいのかしら? まさか、何も食べないってわけにはいかないでしょう?――


 身体を自由に扱えるようになるまで、どこでどう過ごすかがレフィは気になった。


――とりあえず、二〇〇年くらい休眠かな。その間は動けなくなるから、どっか深い洞窟とかあるといいんだけど。もちろん、その間は何も食べなくて平気。なんたって、眠ってるんだからさ。レフィも眠ってる間になんか食べたりはしないでしょ――


 こともなげにティランは答えた。


――えええぇぇぇっ? ちょっとぉっ! なに、それぇっ! 二〇〇年って、もっとなんとかならないの?――


 レフィの抗議は、悲鳴に近かった。

 せっかく元の世界に戻るなら、家がどうなったか確かめたかった。


 だが、二〇〇年も過ぎてしまえば、関係者が存命とは思えない。

 ほぼ間違いなく、伝承の一部になっているはずた。


 せめて、父にはことの顛末と無事を知らせてから、眠りにつきたかった。

 いや、身体を失ったのだから、まるで無事ではないが。


 そのうえ、龍に転成したなど、父の嘆きはいかほどのことか。

 いっそ、会わない方がいいのでは、と思えてきた。


――えー? 二〇〇年なんてすぐだよ、すぐ。馴染んだら自然に目が覚めるから、ちょっと寝てるだけじゃないか。――


 さすがというかなんというか、時間の尺度が違いすぎる。

 ノーマを手に掛けた者がどこの誰かを調べることは、今でもおそらく無理だろう。

 あれは、王国の暗部に生きる影の者だ。


 だが、誰が差し向けたかくらいなら、調べはつくはずだった。

 しかし、二〇〇年の歳月は事実を隠し、時の為政者に都合のいい嘘に塗り固められているはずだ。


 もしかしたら、あの事件をきっかけに、ノンマルト家が王位を簒奪しているかもしれない。

 そうなれば、その原因として事実が残されている可能性が、なきにしもあらずだ。

 レフィはそれに期待することにした。



――仕方ないようね。いろいろ諦めがたいこともあるけど、いいでしょう。いい場所があるわ。王都の西に幻霧の森ってところがあるの。そこなら洞窟くらいいくらでもあると思うの――


 レフィはうってつけの場所を、すぐに思いついた。

 幻霧の森。


 それは、レフィの世界であるヌディア大陸の西方に位置する大森林だ。

 レフィが済んでいたガルジオン王国の王都ガルジアから、はるかに離れたセルニアン辺境伯領の西域に広がっている。


 鬱蒼と茂る樹木の間には常に霧が発生し、入り込んだ者を迷わせる。

 超常の結界により上空を飛ぶ知性ある者を拒み続けているため、中心部は謎に包まれていた。


 ティランなら霧に惑わされたとしても、人が入り込めない奥地にたどり着くくらい何とかするだろう。

 もしかしたら、ティランの能力を持ってすれば、超常結界の突破も可能かもしれない。

 そこでレフィが龍の身体に慣れるまで、隠遁生活を送ればいい。



――じゃあ、そこに行こう。ひと眠りして目が覚めたら、この身体は自由に使えるようになってるからね――


 ティランから、承諾の声が返された。

 そして、小さなティランが消失し、視界は闇に閉ざされる。


――じゃあ、これから視界をレフィと共有するよ。それからブレスで時空を切るけど、ちょっと熱いけど我慢してね――


 ティランの声が脳裏に響く。

 身体を共有し、龍の視線で闇を見ていることは理解できた。


 胸一杯に息が吸い込まれていくのが判る。

 レフィ自身は、まだ身体に馴染んでいないせいで、ティランのなすがままだ。


 それはいい。事前に判っていたことだ。

 だが、熱いって何?


――え? あ、待って。熱いって何?――


 思わずあげられたレフィの抗議には耳を貸さず、ティランはブレスを撃つ態勢に入る。

 口腔内に魔力が充満し、高温の炎が溢れ始めた。

 赤い炎が魔力に加熱され、蒼白く輝きを変えていく。


――何これっ? 熱っ! 熱いっ! 熱いってば!――


 できたてのシチューをはるかに超えた熱さに、赤龍の目から涙がこぼれる。

 今に比べれば、口腔内を火傷したときの痛みなど、ものの数ではない。


 今ならどんなものでも食べられる。

 レフィは現実逃避を始めた。



――こぼれてる。炎がこぼれてるよ、レフィ。もうちょっと我慢して。――


――嫌ぁっ! もう我慢できないっ! 出ちゃうよっ! ティランっ! なんか出ちゃうよっ! もうらめぇぇぇっ! たひゅけてぇぇぇっ!――


 口から蒼白い炎を溢れさせ、赤龍がのたうち回る。


――はひっ……はひゅっ……。私、もう……らめぇ……死んじゃう……。もう……好きに、して……――


――もういいかな……。撃つよ~――


 のたうち回わる余裕もなくなり、小さく痙攣し始めた赤龍が、バネ仕掛けの玩具のようにいきなり直立した。

 直後、大きく口を開くと、引き絞った矢を放つように、一条の光線が闇を裂く。



 蒼い炎が時空を切り裂くと、青空が待っていた。

 太陽の角度を確認したティランは、雄大な翼を広げる。

 赤い龍が真一文字に蒼穹を駈け抜けた。


 その先には、人を寄せ付けない大樹海が広がっていた。

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