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転生龍は人と暮らす  作者: くらいさおら
序章
4/98

4.龍と少女

 大爆発に巻き込まれたレフィは、即死したはずだった。

 あれほどの爆発に巻き込まれて生き延びられるような者がいるなら、是非見てみたいものだ。

 そう思いながら、自身に意識があることに、レフィは驚いていた。


 だが、身体の自由が利くわけではない。

 かといって、苦痛を感じているわけでもない。

 ただ、そこに存在しているだけだ。


 そこでレフィは気づいた。

 私はなんで私の身体を見てるの?



 公爵家の屋敷を噴き飛ばした爆発は、魔力の暴走によるものだった。

 そして、暴走した魔力は時空を引き裂き、レフィの肉体と魂を次元の狭間へと弾き飛ばしていた。


 もちろん、レフィが時空の狭間の存在など、知っているはずもない。

 ただ、瀕死の状態で夢を見ているのかもしれないと、無理矢理思い込もうとしていた。


――う~ん、これは死んだ、わね、私――


 客観的に見て、レフィの身体は爆風と爆圧でズタズタになっている。

 魔力が暴発した左手は、ことさら酷いありさまだった。


 右腕と右脚は、おかしな方向に向いていた。

 おそらく間接がねじ曲げられたか、ちぎれかけているかだ。


 幸いにも残った衣服のおかげで、傷口を直接目にしなくて済んでいた。

 だが、どんな腕のいい治癒師であっても、命をつなぎ止めることなどできないほどの状態であることは、レフィの目にも明らかだった。


 かつて社交界で男たちの視線を集めた美貌も、劣情を催させた肉体も、見る影もなく傷ついている。

 四肢の欠損や首が飛んでないことが、せめてもの救いか。

 さすがにそんなことになった自身は見たくなかった。


――どーしよ。どーしよーもないかー、これは――


 現状が理解できず、痺れたような頭でレフィは考える。

 楽天的な性格というわけでは、決してない。

 だが、あまりにも信じがたい状況に、どこか他人事のように思えてしまう。


――死んでるのよね、私。で、ここはどこ? これからどうなるの? 永遠にこれは、さすがに勘弁してほしいわね――


 教会で聞いた説法では、人は死後に裁きを受けてから天国か地獄へ連れて行かれ、そこで過ごすという。

 天国であれば、好きな年齢の姿になったうえで、永遠の命が得られるらしい。


 地獄であれば、生前に犯した罪に応じた時間を責め苦に費やされる。

 そして、償い終えた後には煉獄へと移され、そこで魂の修行を終えれば天国へといざなわれるらしい。


――でも、ここは裁きの場でも、天国でも地獄でもないみたいね。天国に直行できるような聖人だったというほど自惚れてはいないし、地獄直葬な悪事はまだ働いてないし……?――


 もし、身体があるなら腕を組んで、片手を顎に当てているような雰囲気で、レフィは考え続けている。


――でも……なにがどうして、こうなったのかしら。いきなりノーマが首を刎ねられて、そいつと向き合ったのは覚えているけど……――


 意識を失う前の光景を思い出し、思わず怒りに身体が震えたような気がした。


――その次に大爆発でしょ。暗殺……にしては、やることが派手ね。いったい誰なのかしら? 考えてみれば、思い当たる節がありすぎるわね――


 認めたくない現実を思い出し、悄然とした思いに囚われる。

 兄弟姉妹や、血のつながりもある王家の三兄弟との仲は、悪くなかったと思う。


 いや、かなり仲が良かった。

 だが、こうしてみると、それは幻想だったとも思えてしまう。


 仲のいい兄弟姉妹や従兄弟だったのは、表面上でしかなかったのか。

 楽しかった思い出が、すべてが色あせて見えてしまう。


――いや、考えすぎ、か……。もう、考えるのは……――


 レフィが思考を打ち切ろうとしたとき。



 突然、聞く者すべての心を、へし折るような咆哮が響いた。

 そして、目の前の空間を引き裂き、全身を血にまみれさせた傷だらけの龍が現出した。


 打ち倒すべき愛しい怨敵を失ったような、悲しみが溢れている。

 滅ぼすべき愛しい世界を失ったような、悲しみが溢れていた。

 とめどない悲しみが、その咆哮から溢れている。


 瞳からは光が失われ、切れ長の双眸から涙が溢れ出ている。

 だが、きっと龍はそれに気づいていない。


 ただでさえ赤い深紅の鱗を鮮血で朱に染めあげ、何かを求めるように泣き続けている。

 あまりにも哀しいその姿に、レフィはただ呆然とするだけだった。


 悲しい咆哮が唐突に途切れ、赤龍が大きく口を開けた。

 そして、深く息を吸い込む。


――えっ? なにっ!――


 レフィ外気を飲んだ瞬間、赤龍の口から炎が迸った。

 でたらめにぶちまかれた炎に、レフィの空身になっている肉体が飲み込まれる。

 地獄の劫火を思わせる火焔が、一瞬にしてレフィの肉体を音もなく蒸発させた。


――やめてぇっ!――


 レフィの魂が絶叫するが、肉体を失っている状態で声になるはずもない。

 赤龍は、あるはずもない天を、地を焼き払おうと、悲しみに任せて炎を吐き出していた。


 レフィは龍がなにをしたいのか、判ってしまった。

 行き場のない怒りと悲しみを叩きつける先を、龍は求めていた。



――もう、やめて……そんなことしても、どうしようもないのに……やめなさいよぉ――


 レフィは龍を止めたかった。

 ただ、哀しい。

 ただ、虚しい。

 耐えきれない悲しみに身を灼かれる龍を、レフィは止めたかった。


 人間の欲望により唐突に生を奪われたレフィは、この龍に同情してしまった。

 おそらく、この龍も自分同様に人間のせいで、悲しく理不尽な最期を遂げたのだろう。

 上から目線の憐れみではなく、まさに文字通り同じ情を感じている。


 いきなり龍と目が合った。気がした。

 悲しみに満ちた目に、みつめられたと思った。


 レフィは、龍を受け入れた。

 その瞬間、レフィの魂は龍に飲み込まれた。



――ねぇ……、ねぇ、起きてよ、お姉ちゃん。……起きてってば――


 誰かがレフィを起こそうとしていた。


――……ん? 誰?――


 真っ暗な闇から、レフィの意識が浮かび上がる。

 一瞬、これまでのすべては夢で、弟か妹に起こされたのかと思って跳ね起きる。

 そこにはいつもと変わらぬ光景が広がり、乳姉妹だったノーマが優しく微笑んでいる。はずだった。


――あぁ……――


 期待を裏切られたわけではないので、レフィはそれほどまでには落ち込まなかった。

 だが、あれは夢ではないことを思い知らされる。


 首を刎ね跳ばされ、大の字に倒れて痙攣する乳姉妹の姿が、リアルに思い出される。

 涙がひと筋、頬を伝って落ちた。気がした。



――ごめんなさい!――


 レフィの耳に、唐突な謝罪が飛び込んできた。


――誰? あなたは誰? なんで私に謝るの?――


 レフィは無意識のうちに、生前の身体で動くように辺りを見回した。

 しかし、そこには深い闇があるだけで、声の主は見あたらない。


――ボクだよ、お姉ちゃん! ここ、ここだよ!――


 レフィは声に従い、足下に視線を落とした。

 そこには体高五〇センチほどの、深紅の龍がちょこんと立っている。

 それはさっきまで炎を吐いて暴れていた赤龍に、そっくりの姿だった。


――あなたは?――


 めまぐるしい状況の変化に戸惑いながらも、レフィは赤龍に尋ねた。


――ごめんなさい! お姉ちゃんの身体、ボクが消しちゃったから! お姉ちゃん帰れなくなっちゃったから! ごめんなさい! 謝って済むことじゃないけど、ごめんなさいっ!――


 赤龍の喉元まで、嗚咽が上がってきているのが判る。

 今にも泣き出しそうになりながら、赤龍は必死に謝っていた。


――どういうこと? 帰れなくなっちゃったって、どういうこと? お姉ちゃん怒らないから、ちゃんと説明してほしいなぁ――


 いたずらをしでかした妹を問い詰めるように、レフィはこの世で最も信用できない言葉を吐く。

 それでもなんとか現状を把握しようと、レフィは宥めるようにして赤龍に尋ねた。


――ぐすっ……さっきまでのお姉ちゃんは仮死状態だったんだ。ひっく……まだ完全に死んでなくて、えぐっ……身体の治療が間に合えば……魂が戻れたんだ――


 子龍らしいぱちくりとした両眼から涙をこぼしながら、嗚咽をこらえて赤龍が説明を始める。


――でも、ここには治療できる人なんか誰もいないでしょう? それに、もし治療できる人がいたとしても、あの怪我じゃもう無理だろうし、治ったとしても、ここからどうやって帰れば……。あれ、私の身体? まさか……さっきの?――


 赤龍を宥めながらも、レフィの思考は止まらない。

 そう言われてみれば、赤龍が吐いたブレスの中で、自分の身体が消え失せていたことを思い出す。

 そして、レフィはある結論に達した。

 達してしまった。


――うん……ボクが正気なら治せたし、お姉ちゃんの世界に送り返せたと思う――


 やはりというか、一番聞きたくない答えが返ってきた。


――……なんてことを………ナンテコトヲ……ナンテコトシテクレタノヨォォォッ! コノ、アホトカゲェェェッ!――


 公爵令嬢の仮面をかなぐり捨て、レフィは素のままで絶叫した。

 元の世界に帰れたかもしれないという希望を、欠片ほど見せられたからか、瞬間的に怒りが沸騰した。


――だからあっ! ごめんなさいって! うわぁぁぁぁあああああん!――


 魂で暴れ回るレフィと、ガチ泣きするチビ龍。

 カオスな光景が展開されている。

 もう収拾がつかない。



――……はぁはぁ……。見苦しいところを見せたわね、ごめんなさい。こうなったら、なってしまったことはしかたないわ――


 一度死んだと自覚していたからか、レフィの立ち直りは早かった。

 それに、戻れたとしても、また暗殺者が送り込まれてきたら同じことになるだろう。


 そして、このような偶然がまたあるとは思えず、結局は死ぬだけだ。

 だが、別の疑問も湧いてきた。


――でも、もうひとつ聞かせてほしいの――


 しゃくりあげるチビ龍を胸に抱き、その頭を撫でながらレフィは考えながら聞く。



――なんで、私の魂を飲み込んだの?――

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