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転生龍は人と暮らす  作者: くらいさおら
第二章 セルニアン辺境伯領
26/98

26.交渉もしくは妥協

 バーラムの執務室は、緊迫した空気に包まれていた。

 来客用のテーブルを挟み、バーラムとジョエルに、ミッケルとレフィが対峙している。



 昨夜の宴席は、極めて和やかに終わっていた。

 せいぜい血の気の多い連中が、挑発に挑発を返して殴り合いになった程度だった。


 たいして珍しいことではない。

 地方領主麾下の領地持ち陪臣は、王都の直臣下級法衣貴族などとは比べものにならないほどの収入がある。


 国王直臣とはいえ、役付きでもなければ支給される年金はそれほど多くない。

 ほとんどの下級騎士は、年金だけでは食っていくのがやっとだった。


 いきおい、報奨金目当てで今回のような動員に、我先へと飛びつくことになる。

 それが領地持ち陪臣から見れば、滑稽このうえない。


 経済力に格段の差があるとはいえ、地方領主も下級法衣貴族も国王の直臣であることにおいては同格だ。

 その格下の家臣に貧乏を嘲笑されるなど、それが事実であっても国王直臣のプライドが許さない。


 対して地方領主の陪臣たちは、立場上直臣の騎士を立ててはいる。

 だが、プライドばかりが肥大し、領地を治める苦労も知らずに尊大な態度を取る者たちに、いい感情を抱くはずがない。


 お互い蔑み合っている者同士が顔を合わせ、酒が入ればただでは済まない。

 殴り合い程度、毎回のことだった。


 毎回恒例となっている怪我人の始末も、今朝までにあらかた済んでいる。

 それを受けて、今回の事後処理の交渉が始まろうとしていた。



「まずは、水の宝珠を渡してもらおう。話はそれからだ」


 バーラムから爆弾が投下された。

 もちろん、ミッケルは龍平が口を滑らせたことを、昨夜の内に承知している。


「そうですか。では、幻霧の森は王家への割譲でよろしいですね」


 ミッケルも爆弾を投下する。

 水の宝珠は、幻霧の森を攻略するためには、絶対に欠かせないものだ。

 ミッケルは、その意義をいきなり取り上げた。


「男爵。ふざけているのか?」


 地鳴りのような声が、執務室に響く。

 領主の土地への執着は、尋常なものではない。


 それをいきなり割譲しろと言われ、ハイそうですかと答える領主などいない。

 ことによっては、王家との一戦も辞さない覚悟を、バーラムは持っている。


「水の宝珠を何にお使いに?」


 涼しい顔でミッケルは受け流し、白々しくバーラムに問い返す。

 もちろん、その返答は聞くまでもなく判っている。


「決まっておる。幻霧の森を開発する。我が領内の土地だ。俺がどうしようと、貴様らに文句を言われる筋合いなどない。くだらないことを聞くな」


 バーラムにしてみれば、これは当然のことだ。

 幻霧の森はセルニアンにとって、喉に刺さったトゲだった。


 代々の領主が開発に挑み、敢えなく弾き返されてきた過去がある。

 ここを開発することは、ワーデビット家の悲願であり意地であった。


「水の宝珠は渡せませんし、現段階で幻霧の森を攻撃させるわけにはいきません。あまりにも酷い余計なお世話だと承知しておりますが、どうしてもこのふたつは譲れません」


 ミッケルも水の宝珠に関してはともかく、理由も言わずに幻霧の森をよこせなどとは、虫がよすぎると理解している。

 だが、バーラムには幻霧の森を平和的に開発する気など、欠片もない。


 それは領主にしてみれば当たり前の話だが、セリスやそこに住まう幻獣たちの反発が必至だ。

 下手をすれば手痛い反撃を受けるだけでは済まず、レフィまで荷担してセルニアンを滅ぼしかねない。


 さすがにカナルロクへの抑えがなくなるのは、ガルジオンの国益に反する。

 かといって、王家の強権だけでは、セルニアンの離反を招くだけだ。


「ずいぶんと勝手な言いぐさだな。まあ、貴様もそれは解っているようだが。それだけのものがあの森にはあるってことだ。ならば、解っているだろう?」


 何が何でも幻霧の森を開発する。

 バーラムはその気迫を込めて、ミッケルとレフィをねめつけた。


「我々が還らなければ、どうなるかお判りですよね、閣下」


 ハッタリ半分、本気半分だ。

 まさか、いきなりガルジア王家も、戦をふっかけることはない。


 だが、報告書を携えた腹心の騎士を、昨日のうちに王都へと帰していた。

 その情報が伝われば、万が一ミッケルたちがこの地に来なかったことにされたら、王家は間違いなく立つ。


「やって、みるか、若造?」


 半分の本気を感じ取ったか、バーラムが静かに言い返した。

 ここで王家の言いなりに引っ込んでは、地方領主の雄としてメンツが立たない。


――もう、そこまでになさいよ、ふたりとも――


 突然、レフィの念話が割り込んできた。

 そろそろ妥協案を出して、まともな交渉をする必要がある。


「なんだ? ……貴様か? ドラゴンの分際で、人間のやることに口出しする気か?」


 バーラムが怒りに濁った目で、レフィをにらみつける。


「申し訳ございません、殿下。ご存じの通り、地方領主とはこういった生き物ですので」


 ミッケルの言葉に、バーラムが目を剥いた。

 何を言っているのか、さっぱり解らない。


「どういうことだ、ミッケル。俺にも解るように説明しろ」


 とりあえず、一時休戦。

 龍の正体を確かめる必要がある。


「私からではなく、殿下直々にご説明いただきましょうか。よろしいですね?」


 飄々とした表情で、ミッケルはふたりに言った。


――仕方ないわね。バーラム・デ・ワーデビット殿。ご挨拶が遅くなった失礼をご容赦ください。私は、元ガルジオン王国ノンマルト公爵家が長女アレフィキュール・ラ・ノンマルトにございます。わけあってこのドラゴンの身体を借り受け、二〇〇年の眠りについておりました――


 淡々と自己紹介するレフィ。

 胡散臭そうに聞くバーラム。


 当たり前だ。

 そんなことを素直に信じるようでは、地方領主など務まらない。


――あなたの八代前のご先祖様であるヴィンジャンス様が王都にご滞在の折りには、ずいぶんと遊んでいただいたわ。次代のバーフラー様にはお目にかかる前に私はドラゴンに転生して眠りについてしまったのだけど――


 レフィはバーラムの思惑を知った上で、昔語りに興じている。


「待て。俺も悲劇の魔法姫の話は知っている。バーフラー様が王都に駆けつけたときには、ノンマルトの屋敷が消し飛んでいたと伝え聞いている。だからといって、貴様をアレフィキュール殿下と信じろと? 仮にそうだとして、この俺が二〇〇年前の、それも小娘の亡霊を恐れるとでも思ったか?」


 レフィの昔語りを食いちぎり、バーラムが食いついた。

 そんなこと、少しでも下調べをすれば、いくらでも語ることは可能だ。


――信じてなんて言わないわ。それはそうでしょう、私だって他の人がそんなことを言っても、到底信じられないもの。私が言いたいのは、そろそろ実りある話をされたらいかがってことかしら――


 ここでレフィの素性を信じさせようとしても、それは無駄なことだ。

 ただ話を進めさせるために、レフィは介入しただけだった。


「確かにその通りだ、ドラゴン殿下。フォルシティ卿、ただで幻霧の森をよこせというわけではなかろう? 話を聞かせてもらおうか」


 確かに言われてみれば、その通りだ。

 主張すべきは主張し、妥協できるところは妥協する。


 何もカナルロク相手の国境争いではない。

 仮にも主君と推戴する相手からの使者だ。


 この地に封じられた恩もある。

 隙あらば領地を掠め取ろうとする隣国や周辺領主に対する後ろ盾を、そうそう蔑ろにしているわけにはいかなかった。



「ゼライム直轄領もしくはバラメント直轄領の譲渡でよろしいでしょうか」


 岩塩の産地か泥炭の産地を餌に、幻霧の森を一本釣りする腹だ。

 飄々とした表情で、ミッケルはふたりに言った。


「……。ずいぶんと豪気なものだな。飲むかどうかは別にして、そこまでするわけを話せ。どうせ話さずにはおけまい?」


 着地点は見えた。

 あとは、素直に着地するか、もうひと声捻り出させるかだ。


――ワーズパイト様はご存じかしら?――


 しばしの沈黙のあと、レフィから念話が飛んだ。

 バーラムは所謂脳筋の部類に入るが、それでもワーズパイトの偉業は承知している。


「ずいぶんと莫迦にされたものだ。しかし、これはまた、とんでもない名前が出てきたな。あの森に、彼の大賢者が住んでいるとでもいうのか、ドラゴン殿下」


 なるほど、それは一領主の手に負える事態ではない。

 国を挙げて迎え入れなければ、他国に掠め取られかねない。


 それどころか、これまでは国境紛争で済んでいたカナルロクが、本腰を入れて宣戦布告してきてもおかしくない。

 それほどのことだった。


――当たらずとも遠からず、ね。ワーズパイト様は一五〇年ほど前に、お亡くなりになっているわ。でも、彼の書き残した著書すべてを、彼の館で家憑き妖精が守り続けているわ――


 レフィが淡々と話す。

 あとは言わなくても解るでしょう、と言葉を切った。


 ほしい。

 ワーズパイトの著書ならば、すべてを独占したい。


 しかし、持っているだけでは、本に価値はない。

 利用してこそ、本や知識には価値がある。


 だが、この辺境の地でワーズパイトの著書を独占しても、すべてを解き明かすことなど夢のまた夢だ。

 売り払うか、知者を呼び込むか。


 そうなれば、事実はあっという間に広まる。

 そして、ワーデビット家はワーズパイトを冒涜した者として、大陸中から非難されるだろう。


「解った。領地の交換を飲もう。ただし、ゼイラムとバラメントのどちらかではなく、両方だ」


 長い沈黙のあと、バーラムは答えた。

 決して欲を掻いたわけではなく、まだ話の続きがあるからだった。


「さすが、閣下。話の分かるお方だと思っていましたよ。あとはリューヘー君のことですね? あ、水の宝珠は忘れてください。あれがないと、リューヘー君がワーズパイト様の館に帰れなくなりますから」


 ミッケルはあっさりと了承した。

 ここまでくれば、話は九割方できあがったようなものだ。


 ここからは、情報を小出しにして譲歩を求めるのではなく、共犯者に引きずり込むだけだ。

 バーラムには龍平の後見人になってもらわなければならない。


 ミッケル、ひいては王家とブーレイ神殿だけでは、国外へはともかく国内向けの後ろ盾としては、少々足りない。

 国境を踏み越えて幻霧の森を攻めることは、もう戦争でしかない。


 それ相応の覚悟と準備が必要であり、宣戦布告なしに国境を越えることは許されない。

 奇襲により幻霧の森を落としても、全大陸から非難を浴びるだけだ。


 だが、近隣の領主にしてみれば、単なる領地争いで済んでしまう。

 バーラムがその後の利益を折半することで、領内での軍事行動を黙認すればそれまでだ。


 しかし、バーラムが後見人となれば、幻霧の森を直接衝くことは、事実上不可能だ。

 正式に後見人となった以上、領内での軍事行動はバーラムへの宣戦布告と見なされる。


 王国がそれを許すとは、思えない。

 なによりも、バーラムがそれを許さない。


「そうだ。なぜ、そうまでしてあの少年に拘泥する? おまえさんなら、いなかったことにもできただろうに」


 ワーズパイトの遺産を確保したならば、龍平を亡き者にしても問題なかったはずだ。

 魔力探知で生存が確認されているとはいえ、いつどこで事故は起きるか解らない。


「ええ。彼はこの世界の人間ではないからです」


 ミッケルは軽くレフィに視線を走らせ、あっさりと龍平の正体を明かした。

 そして、もう逃がさないと、バーラムを見据える。


「この世の者じゃない? 死人か? 亡霊とでも言うのか? 害すれば、呪いがあるとでも?」


 莫迦莫迦しいという、呆れたような表情で、バーラムは吐き捨てる。

 そのケイリーと同じ反応に、ミッケルは何とも言えない、げんなりとした顔になった。


「違います。この世界とは違う、恐ろしく文明が進んだ世界から、召喚の儀で連れ去ってしまった人間と言うことです」


 ミッケルは龍平が持つ知識をバーラムに話した。

 それは決して今すぐこの世界を発展させるものではないが、いずれ飛躍的な進歩をもたらすと、熱心に説いていた。


 知識とは積み重ねだ。

 ひとつひとつは小さくとも、いくつも積み上げれば、それぞれが有機的に絡み合い、ある一点を超えると急激な進化を遂げることがある。


 ひとりが独占していいものではない。

 魔法高科学院だけではなく、全大陸の知識人すべてで学び取り、研究する価値がある。


 そのためには、幻霧の森を学問の聖域化し、全大陸から知識の探求者が集う環境を整えなければならないと、ミッケルは説いていた。

 そして、セルニアン領がそのひとびとがもたらす知と金で潤うことも、当然説いている。


「よし、理解した。そういうことならば、ゼイラムとバラメントはなんとしてももらわなければ、な」


 バーラムは泣く泣く幻霧の森を手放す。

 ガルジオン王国はゼイラムとバラメントを、文字通り身を切るような思いで手放す。


 幻霧の森を国の管理下に移すには、この台本が必要だった。

 セルニアンを知の都に整備するための資金として、前渡しするためでもあった。


「では、すぐにではないでしょうが、リューヘー君を騎士爵に叙爵するでしょうから、後見人をよろしくお願いします。私は一度王都に戻りますので、お迎えにあがるまで彼の面倒もお願いしますね」


 面倒な話を蒸し返される前に、ミッケルは話を打ち切ろうとした。

 だが、バーラムはそれを許さない。


「まあ、待て。まだ話はある。その前に、もし俺がこの話を蹴ったらどうするつもりだったか、聞かせろ」


 バーラムは席を立つと、ドアを開けて酒の支度を命じた。

 もう、このあと揉める気はないらしい。


「聞きたいですか? まあ、切り札はありますよ。殿下が握っておいでですが、聞きますか?」


 すっかりいつもの調子を取り戻したミッケルが、もったいぶるように聞いた。

 王宮で小賢しげな法衣貴族どもを煙に巻く、いつもの顔に戻っていた。


「嫌な言い方だな。それではまるで最初から俺に勝ち目などないかのようだな」


 鼻白んだようにバーラムは答える。

 どうせ、何を言いたいかは判っていた。


「ラーニー様に泣きつかれたら、それで私の勝ちです。娘に泣きつかれた日には、私なら無条件降伏ですよ」


 ミッケルはあっさりと言い放った。

 バーラムがラーニーを溺愛していることは、周知の事実だ。


 もちろん、そんなことでバーラムが折れるなどとは、誰も考えていない。

 貴族同士の闘争に、肉親の情など介在しないからだ。


 家督争いであれば、実の親子兄弟姉妹まで手にかけるのが、貴族という生物だ。

 いくら溺愛するラーニーが泣きつこうが、家に利がないと判断すれば冷淡に切り捨てるくらい当たり前にやる。


 だからこそ、ミッケルは切り札として見せた。

 本物の切り札とは、気づかれていても切るときまでは見せないものだ。


「まあ、いい。今回は譲ってやる。今回は、な。というわけで」


 そこまで言って、バーラムは言葉を切った。

 やられっぱなしでいるのは、やはり気分が悪い。


 もっとも、ミッケルは相変わらず飄々としている。

 何を言われるか、もう判っているようだ。


「ネイピア卿はもらうぞ。アミアが首っ丈のようだからな。ジョエル、嫁入りは早い方がいい。こいつが帰ってくる前に話をまとめてくれ。彼の少年の叙爵の際に、陛下にまとめて報告だ。ミッケル、根回しは頼んだぞ」


 想定の範囲内だ。

 昨年、目を付けられた時点で、こうなることは予想済みだった。


「承知しました。お任せください。式はブーレイ神殿でよろしいですね。披露宴はいかがしますか? セルニアン辺境伯二の姫のお輿入れとあっては、王都でやらないわけにはいかないでしょう。私の屋敷をお貸ししましょう」


 バーラムの予想通り、ミッケルは当たり前のように承諾した。

 それどころか、バーラムとの縁を誇示するように、自身の屋敷を提供するとまで言い出した。


「ちっ。予想済みの上に、そこまでやるか。相変わらず食えない奴め」


 完全に肩すかしを食ったバーラムだが、腹を立ててはいなかった。

 何も利益を独占するために交渉に臨んだわけではないのであれば、互いに利があるほうが望ましいことだ。


「そう誉められると、あとが怖いですな」


 そうと決まれば話は早い。

 王都で余計なお節介が入り込む前に、あらかた決めておく必要がある。


 挙式はブーレイ神殿しか選択肢はない。

 披露宴は、王都、セルニアン、そしてネイピアでやる必要がある。


 誰をどこに呼ぶか。

 格付けに関わってくる以上、下手を打つといつ敵に回るか判らない。


 今回のような格式張ってもいない宴席でも、誰がどの順番で挨拶したかで揉めるのが貴族だ。

 それも、毎回決まった順序があるわけではない。


 主催は誰か。主役は誰か。主賓は誰か。何を名目としているか。

 主催者や主役、主賓と、その名目における関係者の序列や貢献度と、ありとあらゆる要素が絡み合う。


 爵位だけで判断できない要素が、多すぎる。

 その日の主役を立てて一歩引いてる上位の者に、爵位だけで判断して先に挨拶などしては、主役だけでなく上位の者からも怒りを買う。


 主催者の労苦も、並大抵ではない。

 席次は言うに及ばず、招待する順番も気にしなければならない。


 郵便など発達していない、この世界、この時代においては、現代日本のような往復葉書による出欠確認などあるはずもない。

 主催者の関係者が、格に応じた手分けをして、直に確認しなければならなかった。


 この辺りは、力関係に敏感な法衣貴族に任せるべきだ。

 地方領主に仕切らせると、ろくなことにはならない。


 当分忙しくなると、ミッケルは覚悟を決める。

 だが、その表情は楽しげに微笑んでいた。

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