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転生龍は人と暮らす  作者: くらいさおら
第一章 幻霧の森
17/98

17.遭遇

 幻霧の森まであと一日の野営地を、ミッケルたちは引き払い、行軍を再開した。

 集団の中心に位置を定めたミッケルは、それぞれの動きを観察している。


「彼らは、不満そうだね」


 ミッケルがそばにいる騎士に話しかけた。

 いかなる時もそばから離れさせることのない、最も信を置く部下だ。


「はい。この期に及んでまだあれとは、逆に尊敬に値するかと」


 若い三人の功名心に、呆れながらも彼は感心していた。

 ここまで来れば、いっそ清々しい。

 そんな反抗心が、成長を促す特効薬になることも、彼は知っていた。


「お守りを押しつけた皆には、苦労をかけるな」


 若い騎士たちは、集団の左右両翼と後方に、それぞれついている。

 当然ミッケル子飼いのベテラン騎士たちが随伴し、さり気なくフォローに回っていた。


 小休止の度に隊列を入れ替え、彼らの緊張が切れない工夫も欠かさない。

 先頭に立ちたいという彼らの希望を、腐らせないように挫く工夫もまた欠かせなかった。


「彼の域に達することができると、君は思うかね?」


 ミッケルは、視線を集団の先頭に向けた。

 その集団の先頭には、常にケイリーたちネイピア兵が配置されている。


 疲労に負け、足を引きずるような兵は、ただのひとりもいない。

 日常的に森や山を駆け回り、ときには獲物を追って、何日も山に潜むような男たちだった。


「まぁ、今のままでは無理でしょうな。育ちが違いすぎます。無邪気に物語を読むだけの育ちと、英雄譚を現実に裏切られた者の違いでしょう。彼らも、死ぬ目に遭えば」


 ケイリーは、指示を受けるまでもなく斥候を放ち、隠れ潜んでいるかもしれない敵を探っていた。

 このあたりの気配りができて、初めて先頭に立てることを、まだ若い騎士たちは気づいていない。


「そうだな。ま、残念ながら今回はそこまでは、いかないだろう。そうなっても困るがな」


 今後彼らをケイリーの領地に預けることも、ミッケルは考えている。

 地方領主が叙爵に当たり、王都の法衣貴族の下で騎士修行を行っている。

 王都の作法を教えるだけではなく、狭い世界に閉じこもりがちな地方領主に、さまざまなコネを作らせる場でもあった。


 これとは反対に、彼らのような法衣貴族が、地方領主の下で騎士修行を行うこともあった。

 王都でふんぞり返っている若者に、地方の現実を教えるだけでなく、税のありがたみやいざというときの兵力というコネを作る場だ。


「一、二年地方で揉まれてくれば、彼らも目覚めましょう。手と足がなぜあるのか。手足の手柄は頭の手柄だと理解するには、兵とともに走らなければなりますまい」


 彼はミッケルの考えていることが、手に取るように解る。

 三人の若い騎士は、敵を最初に発見するのも、一番槍もすべて自分でなければ、手柄は他人のものと思い込んでいる。

 彼らは若さ故に、まだ物語の中の英雄譚を信じていた。


「ケイリー君には、苦労をかけることにな」


 ミッケルはケイリーを眺め、ひとりごちた。




「おまえが変に突っかかるから、森を抜ける予定が、一日増えちまったじゃねぇか。今頃はとっくに森を抜けてるはずだったのによ」


 龍平が苦々しい表情で、レフィに文句を言う。


――何よ、あなたが身の程知らずにも、この私に掴みかかってきたからじゃないの。私だって、さっさとこんな森は抜けたいわよ。あなたのお守りがあるから我慢してるってこと、忘れないでほしいわね――


 昨日の喧嘩の原因など、きっかけが多すぎてなんだか判らなくなっていた。

 龍平がひと言文句を言えば、レフィから罵倒が機関銃のように返ってくる。

 楽しそうですね、君たち。


「もう、どうでもいいや。そういやぁ、レフィはどうやってこの森を抜けたんだ?」


 たしか、セリスが言うには、結界があったはずだ。

 セリスが記憶する限り、一五〇年あらゆる生物の侵入を阻んでいた。


 ワーズパイトが幻霧の森を終の住処に選んだ理由も、この結界が存在していたからだ。

 レフィが来たときにもあったのではないかと、龍平は考えていた。


――力ずくよ、力ずく。ティランのおかげね――


 我がことのように胸を反らすレフィ。

 フンスという鼻息でも聞こえてきそうだ。


「そんなちっこい身体でよくやるよ。ま、さすがティランってとこだな」


 ティランの力とレフィの勘違いに、龍平は呆れたような表情を飛び回る赤い龍に向けた。


――あら、言ってなかったかしら? この身体、本当の姿は、だいたい二〇倍はあるんだから。その身体が全力でぶつかれば、ねぇ――


 質量や運動エネルギーなどの概念はまだ確立されていないが、バリスタなどの攻城兵器は存在する。

 重い物体をぶつければ、丈夫な城壁も壊せるという認識は既にあった。


「脳筋め……」


 龍平はぼそりと呟くが、レフィは意味を解せず首を傾げている。

 そして次の瞬間、レフィは龍平の脳天に尻尾の一撃を食らわした。


「ぎゃんっ! てめぇっ! ってぇなっ!」


――意味は分からないけど、莫迦にされ気がする――


 この時代、脳が思考を司っていることは、まだあやふやだった。

 脳味噌まで筋肉の意味は、伝わらないはずだった。

 だが、レフィは本能で、龍平の呟きの意味を悟っていた。


「ったく……。こういうときだけ、さっしがいいなぁ、てめぇは」


――あら、そんなにほめなくて、よろしくてよ――


 龍平の皮肉か嫌味もどこ吹く風。

 以心伝心ですね、君たち。




「……ん。……不安……」


 ワーズパイトの館で独り留守を守るセリスは、そこはかとなく背筋が寒くなっていた。

 あなたの直感は間違ってません、さすがセリスさんです。




「……」


 館を発って、二日目の夜。

 龍平は、初めて外の世界を見ていた。


――どうしたの、リューヘー? 黙っちゃって。何か言いなさいよ――


 ふたつの月を見上げ、言葉もなく立ち尽くす龍平に、レフィは声をかけた。


「あ、あぁ。こうして見ると。あの家にいるときも見てたけどさ。改めて見上げてみるとさ。やっぱりここは、地球じゃないんだって、な」


 僅かに鼻にかかる声で、龍平は答えた。

 何度も突きつけられた、地球ではない証拠。


 なぜか今夜は、心に沁みた。

 その声は、鼻にかかるだけではなく、レフィに解らないくらい小さく、震えていたのかもしれない。


――チキュー? あなたの世界? ……どんなところ、なんだろうな――


 普段とあまりにも違った龍平の雰囲気に、レフィはそっと肩に止まって髪を撫でる。

 龍平はレフィの気遣いが気恥ずかしいのか、黙ったまま成すがままにされていた。


――森を抜けられたことだし、寝られるところを探しましょう――


 龍平が落ち着いたことを確認し、レフィがそっと飛び立つ。

 龍平は、黙って後をついて行った。



「ここら辺りでどうだい? やっぱり乾いた地面はいいなぁ」


 風を避けられそうな巨石の影に、龍平は腰を下ろし、毛布を広げた。

 やはり、まだ引きずっているのか、言葉の端々がわざとらしい。


――無理しちゃって。男の子なのね、リューヘーも――


 いつもの悪態がないと調子が出ないのか、レフィがさり気なくあおりを入れた。


「そうだよ。男の子だよ。まだガキだよ。高校生だし。学校、もう一回行きてぇなぁ」


 レフィの挑発に、龍平はさらにへこんでいった。


――ちょっと、待ってなさい。ここは固いから――


 ティランの身体のおかげか、元々の才能か、四属性をまんべんなく行使できるようになっていたレフィが、土属性の魔法を使う。

 地面が魔法を受けて、毛布を敷いて寝るには、ちょうどよいい柔らかさに変成された。


「すげぇな、レフィは。俺は四属性使えねぇし……」


 改めて自分の能力のなさを見せつけられた気がして、龍平はネガティブな思考に陥っていく。


――ねぇ、私、異世界の話聞いてみたいんだけど、いかがかしら。ティランの世界も聞きたかったけど、その前に寝ちゃって、まだ起きてこないし。リューヘーの世界のこと、聞かせていただけないかしら――


 ちょこんと座った小さな赤い龍が、龍平を見上げて首を傾げる。


「……あぁ、いいぜ。……そうだな、俺の世界は、――」


 龍平は知る限りの知識を総動員して、地球の概略から話し始めた。




 地球が球体であること。

 二〇〇を超える国があり、それ以上の言語か存在すること。


 いくつもの政治形態があり、それを巡って血なまぐさい歴史があったこと。

 もちろん、高校一年生レベルの知識で、いろいろ穴があることは承知のうえだ。


 レフィは、目を見開いて聞いている。

 そして、龍平が答えに窮しない程度に、質問を挟んでいった。


 日本の話に移る。

 世界でも珍しいほど、治安が安定してること。


 政治や経済、世界各国との関係。

 戦争のこと。


 セリスにも話したことがある、義務教育や学校のシステム。

 レフィの中の常識が邪魔をして、つい否定的な見解を言いそうになるが、そこは我慢して龍平の話を飲み込んでいく。


 そして、身の回りの話になっていく。

 両親のこと。


 小学校や中学校の思い出。

 高校での毎日。


 気の置けない友達と繰り広げた、馬鹿話や無謀ないたずらの数々。

 宝石のようにきらめいた思い出。

 レフィは口を挟むことなく、黙って聞いていた。




「――それでさ、あいつが川に落ちて、警察まで来る大騒ぎだったよ」


 しゃべり続けた龍平が、ふっとひと息入れた。


――あ~、おかしい。楽しそうな世界ね。あなたの話聞くだけで、それが解るわ。あなたも話すのが、とっても楽しそう。それで、リューヘー、ひとついいかしら?――


 レフィは笑いすぎたのだろうか、にじんだ涙を指で拭いながら尋ねる。


「ん? なんだい?」


 涙をこぼすほど笑ってくれたのかと、龍平は弾んだ声で聞き返す。


――あなた、なんで泣いてるの?――


 笑顔を浮かべた龍平の頬を、涙が滂沱と流れていた。


「泣いてなんか……ぐずっ……え? ねぇし……えぐっ……あれ? え? ……俺、うくっ……え? な゛ん゛で?」


 言われるまで気づかなかった。

 龍平は自分が泣いていることに、レフィに言われて初めて気づいた。


 気づいてしまえば、もうとめられない。

 龍平の喉から、嗚咽が漏れ始めた。


――泣きたいときは我慢しないで。寂しいんでしょう? いいのよ?――


 ふわりとレフィが龍平の顔を抱いた。

 優しく、柔らかく。


 まるで、姉のように。

 その夜、龍平は泣き疲れて眠るまで、レフィに抱かれたままだった。




 翌朝。


――いつまで寝てるのよっ! もう、とっとと起きない!――


 昨夜、盛大に泣いたせいですっきりしたのか、龍平は夢の世界から帰ってこない。

 レフィがいれば、獣は寄ってこないし、盗賊など鎧袖一触だと聞かされ安心しきっていたせいもあった。


 最初はレフィも気を使い、優しく起こそうとしていた。

 しかし、揺すろうが、軽く叩こうが、龍平が起きる気配はない。

 既に陽が昇ってから、かなりの時間が経過していた。


――今夜は、まぁ、いいとして……。もう、これじゃ村に着くのが、明日の夜に間に合わなくなるわね――


 業を煮やしたレフィは、そっと龍平の顔に近づく。

 そして、鼻を摘み、口にしなやかな翼を被せる。


「……ん、……んん~。……っ! ぶぁぁぁっ! 何しやがるっ! てめぇっ! 殺す気かぁっ!」


 苦悶の表情でレフィの手と翼を払いのけ、飛び起きた龍平がそのまま掴みかかる

 かなり高くなった太陽が、絡み合う二人の影を濃く映していた。




「あれはなんだ? ちょっと見てみろ。人間が魔獣か幻獣に襲われてるんじゃないか?」


 ブッシュに身を潜めた男が、ささやくように言った。

 人の怒声が聞こえた気がして、数人の仲間とともに様子を見に来ていたのだった。


「なんだか判らねぇが、間違ぇねぇ。大丈夫なのか、あれ?」


 そばに来た男が、目を凝らして様子を窺う。

 それにしても、こんなところに人間が独りでいるなど、怪しいことこのうえない。


 旅人ではなく、カナルロクの密偵ではないか。

 男の直感が、そう告げていた。


「いや、助けよう。ありゃぁ、間違いなく密偵なんぞじゃねぇ。誰か、ケイリー様にっ! 救援をっ!」


 最初に見つけた男が、断を下す。

 襲われている人物の身形は整っているうえ、どうみても少年だ。


 それに、こんなところで魔獣だか幻獣に襲われる間抜けに、密偵など務まるはずがない。

 男は小さく叫び、弓に矢をつがえた。


 ふたりの男たちが、本隊に向かって走り出す。

 それを確認した残るふたりの男たちが、無言のまま矢を放った。




――っ? リューヘー危ないっ!――


 男たちの殺気。

 迫り来る二本の矢。

 敏感に察知したレフィが、龍平の首に尻尾を巻き付けたまま、身を翻す。


 直後、それまでレフィがいた空間を、矢が疾り抜けていった。

 続いて二の矢、三の矢が襲いかかる。


「ちっ!」


 龍平が、思わず舌打ちをする。

 息つく暇もない、畳みかけるような攻撃だ。

 レフィが龍平を突き離し、ふたりは別々の方向に転がった。




「よしっ! 坊主っ! 今だっ! 逃げろ!」


 追撃など許さんとばかりに、男たちの弓がうなり、矢がレフィに殺到する。

 だが、レフィはしなやかで強靱な翼で、矢を弾き返してしまう。


「畜生っ! やっぱり幻獣かっ! おいっ! 早くしろっ! こっちまでやられちまうっ! 矢が足りねぇ! ケイリー様、早く来てくれぇっ!」


 矢筒の残りが心許なくなった男が、焦りの叫び声をあげた。

 次の瞬間、龍平が取った想像の埒外の行動に、男たちが凍り付いた。



「待って! 待ってくれっ! 射たないでくれぇっ!」


 龍平はレフィと男たちの間に割って入り、射線を遮った。

 そして、レフィをかばうように、男たちに向かって両腕を広げる。


「えっ?」


 ひとりは呆気に取られ、弓を構えたまま固まっている。

 背後から救援の足音が、迫ってきた。


「なんだと? しまったっ!」


 もうひとりの男は救援に気がゆるんだのか、指が滑るように矢を離してしまった。

 ふたりの男が凍りつき、龍平はとっさに顔を腕で覆う。

 次の瞬間、音もなく龍平の前に躍り出たレフィが、飛来する矢を尻尾ではたき落とした。



「そこまでだっ! 弓を降ろせ!」


 状況を素早く察知した、デイヴが叫ぶ。

 そして、保護対象の少年を見て、彼は息を飲んだ。


「ケイリー様に伝令っ! 捜索対象の少年、発見っ! 急げぇっ!」


 即座に状況を理解し、男たちに下命する。

 男たちが弾かれたように、後方に控えるケイリーの下へと走り出した。

 そして、改めてデイヴは少年と向き合った。


「何がなんだか判らないだろうが、こちらへ来てくれ。危害を加える気はない。ほら、この通りだ。ただ、その幻獣は遠ざけてくれないか?」


 弓はもちろん、腰に下げた短剣まで兵に渡し、デイヴは龍平に声をかける。

 まるで、怯えて物陰に隠れた猫を、宥めながら呼び寄せるようだ。


「……えぇ? あ……はい……でも、こいつ……」


 友好的な相手なら、願ったり叶ったりだ。

 だが、その原因が分からない。

 そして、レフィがおとなしくしているとも思えなかった。


――私は大丈夫。ちょっと離れてるから、話してきなさい――


 さすがに貴族社会で駆け引きには慣れているレフィから、一歩引く念話が届いた。


「分かりました。俺も、いろいろ聞きたいことがあります」


 龍平がデイヴに向かって一歩進む。

 その頃、伝令から話を聞いたケイリーは、既にミッケルへと報告をあげていた。

 後方からミッケル率いる街道警備隊が、砂煙を巻き上げて接近している。


 そして、莫迦はどこにでもいた。

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