弁財天緊急来日!2
「パパ―!いるでしょ?」
「え、エビス!?」
畳に机が置いてある部屋でエビスによく似た黒髪の青年が驚いて叫んだ。
青い着物の袖と肩先で切りそろえられた髪をなびかせながら青年はエビスの元まで歩いてきた。知らずの内に青年の顔は驚いた顔から呆れた顔へと変わっていた。
「ノックをしなさい。それから電話中だ。お前がいきなり入ってくるからパパびっくりして電話切っちゃったじゃないか。」
彼の顔つきはとても若いが彼はエビスの父である。神々に歳はあまり関係ない。
エビスの父、蛭子は慌てて空間をタッチするとアンドロイド画面を出した。先程かけていた番号に電話をかける。
「あ!ちょっと待って!その電話の先にいるのって弁財天じゃない?」
エビスは蛭子の手を掴むとにこりと笑った。
「『弁財天さん』だ。さんをつけなさい。やはりその件で来たのか。レール殿のスケジュール帳を見てきたのだろう?」
「そうそう!私とレールを竜宮城へ連れてってよ。いいでしょ?ねえ?」
エビスは蛭子に拝むポーズをとりながらお願いした。
「ダメだ。これは七福神の会合だ。お前を連れて行ってぐちゃぐちゃにしたくないんだよ。」
「ケチ。ケチ―!いいじゃない。一緒について行くくらい。」
「それよりもエビス……パパに言う事があるんじゃないかな?」
蛭子が突然怖い顔でエビスを睨んだ。
「うっ……え?な、何の事?」
「とぼけても無駄だ。外の掃除はどうした?今日はお前が当番だったはずだ。見る限りでは朝から放置されているように見えるのだが……。」
「あ、なんだ、そっちか……。」
「そっちかって何だ?もしや、パパに内緒でまたいけない事をやっているんじゃないか?悪い事はパパ許さないぞ!……言いなさい!エビス!」
「ひぃ!」
どんどん声が鋭く、大きくなっていく蛭子にエビスは顔面蒼白で後ずさりした。優しそうに見えてエビスの父はとても怖かったりする。
周りで仕事をしている神々は「またか。」とほほ笑みながらこちらを見ていた。
エビスは蛭子の鋭い声、怖い顔でいつも泣いてしまう。そして今日も例外ではなくエビスはワンワン泣き始めた。
父親の前ではエビスはまるで子供だった。
「ごめんなしゃああい……。」
「ま、待て待て……あやまる事は良い事だとパパは思うが何をしたのか言ってほしい。だいたいお前がすることはいつも事が大きい……。パパは心配で心配でいつも頭がおかしくなりそうだ。」
「うう……うう……。」
エビスはしくしく泣きながらその場にぺたんと座り込んだ。蛭子は言い過ぎたかとなぜか心を痛め、エビスの頭を優しく撫でた。まったくダメな父親である。
「社長さ~ん。大丈夫ですよ~。エビちゃんがやった事って~来客用のお菓子を食べちゃっただけだから~。」
気が付くと後ろにレールがいた。レールは二神のやりとりに笑いを堪えながら障子戸にもたれかかっていた。
「なんだと!それは来客用じゃない!弁財天殿に差し上げるお菓子だ。紙が貼ってあっただろう……。」
「いっぱい入ってて一個なら気づかないと思ったんだもん……。おいしそうだったし……。でも食べ始めたらとまんなくなっちゃって。全部食べちゃった。あれ、すごくおいしかったよ!パパ。」
「エビス……。やっぱりちょっとこっちに来なさい。」
蛭子の顔が再び怖くなる。エビスは小鹿のようにまたプルプルと震えだした。
「あ~……社長さん……。お、お菓子ならこれからエビちゃんと買ってきま~す。ちゃんとおいしいの買ってきますから~許してあげてくださ~い。」
レールが間に割って入り、蛭子に手を合わせてぺこりと頭を下げた。
「……う、うーん……。レール殿には本当に迷惑ばかりおかけする……。私はまだ仕事が残っているからこれからお菓子を買いにいけないんだ。レール殿、すまないが同じものを買ってきてほしい。あれは弁財天殿がとても好きなお菓子なんだ。
……それからエビス!レール殿にちゃんとあやまって、一緒に買ってきなさい!パパはとっても今怒っているんだ!わかるね?自分のお金で買う事!わかったね?」
「ふ、ふあい!」
厳しい蛭子の声にエビスはめそめそ泣きながら辛うじて返事をした。
こうしてエビスとレールは弁財天が好きなお菓子を買いに行く事になった。




