誰が、どれが、敵?
次の日の朝。
仮設された拠点に朝日が差し込んできたのを合図にDクラスの面々が目を覚ます。やはり少し寝ていたとはいえ、夜を徹して生きていくのは少し無茶がすぎるということで結局数時間だが寝ることになったのだ。だけれどもそれは正解だと思っていたし、事実起きてみてかなり頭がスッキリしているのでやはり睡眠は必要だった。
「今日の作業はいくつかのグループに分かれて行ってもらう」
三食だけ配給された物のうち一食分を食べながら、アリーヤの話を聞く。
どうやらこれから五人で一グループを三つ作成し、それぞれの作業に充てるということらしい。
グループは索敵、食料確保、拠点作成の3つだ。
食料確保はシンプルにそれだけだが、索敵は周囲の地形の把握、動植物の傾向などもその仕事の内ということらしい。索敵というよりは散策係といったほうが正しいだろうか。拠点作成は拠点となる家や壁を作ることはもとより罠や武器の作成も仕事に含まれる。
そのグループの人員構成はこうだ。
索敵班:メルティ、ヴァーチル、ヤン、カーム、フレデリカ、
食料確保:カガミ、アルトリア、ポーシャ、ジョセ、チェルシー
拠点作成:アリーヤ、マミ、デイジー、リオ、ヴァーム
と言った具合だ。それぞれリーダーがメルティ、カガミ、アリーヤとなっている。最初はメルティがリーダーになるということでヤンが少し異議申し立てをしていたが、アリーヤの説明により彼女は納得するほかなかった。メルティを索敵班のリーダーにしたのは加速魔法を得意としているからであり、いざというときにはメルティだけ逃して敵の戦力報告を拠点にしてもらうということらしい。要するにメルティ他四人は殿として撤退しながら時間を稼ぐ役割になるということだ。
「あとカガミ達食料班は索敵班の後ろを行くようにしてほしい。船の中で伝えた記号を見逃さないように索敵班の後ろをついていくんだ。そうすれば敵のしかけた罠にも引っかかりにくいし、もし他のクラスの敵と接敵した時には索敵班と合流もしやすいからな」
「なるほどりょーかいしたぜ」
カガミがそう言って答えると、アリーヤは納得したように頷く。拠点作成はどうやら彼らが独自にやるようで、とりあえず行動を開始してしまおうということになった。
「んじゃ俺たちもいくかね」
索敵班が先に出発したのを確認したカガミはそう言って腰を上げた。
かなり密集した森のなか、腐葉土を踏みしめていく。冬にしては気温は暖かく、生徒全員に配られる耐寒ローブを羽織るだけでほとんど寒さは感じなくなるほどだ。この分なら雪はふらなそうだな、と少し安心しながらも周りを見渡す。
食べられるもの、と言ってまず思い浮かぶのが魚と獣と木の実だが、冬に木の実はあまり期待できないだろう。
「魚とりに行くか?」
三十分程歩いて、カガミがうんざりしたようにそういうがチェルシーは笑って否定した。
「今更ルート変更は無理でしょ、索敵班との距離も結構離れたみたいだしね。多分今回のメインは索敵で、私達食料班はおまけみたいなもんでしょ」
「…なんでそう思うんだ?」
「一日分は配給されてるからね。そもそも私達は川のそばに拠点を設置したんだよ?今朝飲水を取りに行く時に魚があることをアリーヤが確認してたし、夜に釣りでもすれば食料はある程度食いつなげると思ってもいいかもしれないと推測したアリーヤは食料確保よりも戦力減衰のリスクを消したかったってことでしょ」
思えば、この班分けもある程度戦力が均等に分けられているようにも思える。
拠点組が少し劣っているように見えるが、まぁ拠点組は罠も設置できるしある程度弱くても、ということだろう。
「これはクラス単位のサバイバルなの。最期まで一人でも生き残っていれば勝ちってことは均等に戦力を分けたほうが万が一の事を考えても楽ということでしょ」
「それは…ある程度なら仲間は見捨てる…ってことですか?」
少し不安げにポーシャがそうつぶやくと、チェルシーが笑ってポーシャの頭をグチャグチャにかき混ぜるように荒く撫でた。
「大丈夫よ。少なくとも私とそこの馬鹿はあんたを見捨てたりはしないって」
そう言ってチェルシーが僕のことを指さしてきたので、思わず頷いて肯定する。いやうん、ポーシャを見捨てるぐらいなら身代わりになる所存ですけどね。はい。
「あ、あの…わたし、も、ポーシャちゃんをがんばって、まもる、ね」
赤い髪を自信なさげにいじりながらそう言ったジョセを見て、思わずポーシャが微笑んで頷いた。
「ありがとうございます。私も皆を守れるように頑張りますね」
「う、うんっ!」
なんと微笑ましきかな。
二人の仲の良いところを見ながら笑って、周りを見渡すとふと木々の間を動く影が視界の中に飛び込んできたのに気付いた。
シッ、と息を吐く音だけで全員を静止させてその影を注視してみれば、そこに居たのは鹿だった。
どうする、と言う一瞬の逡巡の間にチェルシーは長さ一メートルほど、そして腕ほどの太さの木の筒を手に持っていた。中が空洞のそれに先の尖った木の枝を差し込み、ゆっくりと確実に鹿に合わせて照準を合わせる。
そして魔術を行使して尖った木の枝の尻側に圧縮した空気を溜める。
「空気砲(仮)ってところかしら――ね」
ほとんどささやくようにそういったチェルシーが舌打ちをするような動作をするのと同時に弾がすさまじい速度で射出された。
甲高い風切り音を響かせて飛んでいった巨大な木針は鹿の体を跳ね飛ばしたがそのまま鹿はどこかへと消えてしまった。
「チッ。殺傷力が低すぎるわね」
そう言って木の筒を腰に戻すと全員に小さく謝った。
「悪かったわね、勝手に動いて」
「いや、下手に時間をかけてたらバレるし、そもそも索敵班とあまり離れちゃいけないからな。その点ではチェルシーの取った行動は最適だったと思うぜ」
「う、うん…私も、そう、思う」
「…ありがと」
そう言ったチェルシーは少し照れくさそうだったので、何照れてんの失敗してんじゃん、と言ってやったら小突かれた。痛い。
そんなこんなで歩いていれば少ないなりにも果実やら何やらは意外にもあるものだった。驚いたことにイチゴが成っていた時はポーシャなんかはジョセと跳ね上がって喜んでいたものだ。確かに美味しいイチゴだったが、しかしふと疑問に思った。
「…普通、野になっているイチゴって酸っぱいんじゃないの?」
チェルシーのこぼしたその疑問はアルトリアの頭にも浮かんでいたものだったし、おそらくはポーシャも喜びながらもそう思っていたんだろう。イチゴを始め、リュドミーラの作物は基本的に魔術の影響でとても甘くなっていたりしているもので、それが評価されているというのもあるのだ。
しかしここは無人島のはずだ。なのに何故甘いイチゴが存在しているのか。
「イチゴを甘くする時ってどんな魔術使ってるか分かる?」
僕が尋ねると、チェルシーは静かに首を振って否定する。
「わ、わたし、シッてます」
「ほんと?」
「は、い。リュドミーラ、は特別な、魔法を使っているんじゃなく、て。イチゴ、と術者、を。み、密閉空間にとじこめ、術者が魔法、を行使すれば、いいんです。そ、そうすると、残滓流入現象が、起きて、イチゴがま、魔力を帯びるんです。そ、して、繁殖のため、たくさん食べられるようにって、甘くなる、んだそうです」
「へぇ…よく知ってるな」
「わ、たし、本読むの、好き、です」
「ちょっとカガミ、ジョセちゃんビビっちゃってるじゃん、もうちょっと愛想よく出来ないの?」
「うるせぇっ」
チェルシーに言われて少しふてくされたカガミを見ながら少し笑って、しかしジョセの言うとおりならばそう言った魔法が行使された訳ではないんだなということが分かったことになる。それならば何故なのか。芳醇な土壌だけでは説明できないほどに美味しいこれを一体どうやって説明するのか。その答えはジョセが自ら続きを口にすることによって得られた。
「アル、トリアさんの思ってる、ことは、多分、解決できます。え、えっと。残滓流入現象で作物を作ることを、アドミニスター農法って、い、いうんです。それを、すると、ま、まれに次の世代も強化されるときが、あるんです。そ、それをレリックと、よ、よぶんです。た、たぶん、戦いがおおい、この、島で。それが自然に起きた、んだと、思います」
なるほど。
確かにジョセのいうことが事実なら納得できるし、まぁ何にせよこのイチゴがあるのはかなり助かる。美味しいモノというのはいつだって人の機嫌を良くするものだしね。
それにしても、残滓流入現象か。教科書に書いてあったから知っていたけど実際目の当たりにすると少し得体のしれない気持ち悪さが込み上げてくる。
残滓流入現象とは、ある一定の空間内に一定上の魔力…つまりは残滓が存在する時、魔力は何かに入ろうとする現象、もしくは入る現象の事を指す。過去に一度これによって魔物が生まれたという記録があるが、それが事実かどうかは定かではない。残滓流入現象は人間に起こることもまれにあり、自分のはなった魔力が自分に入るのならばいざしらず、空間に充満した他者の魔力が自らに流入してしまえば体が毒に侵されたような状態に陥り、動きの鈍化、意識レベルの低下、更には心肺機能の低下という症状が発現し、自分の魔力量が全体の三割未満の状態で残滓流入現象が発生すると死に至るとされている。逆に魔法を使っていなければ残滓流入現象は発生しない。故に密閉空間での魔力行使は忌避されているのだ。――――教科書引用。
らしい。
よく覚えてるな僕。
そんなことを考えながら、木を組み合わせて作った即席のカゴにイチゴを放り込んでいく。もちろん潰れないようにそこには枯れ葉を敷いているゾ。
そんな平和な時間――。
この時に気付いておくべきだった。
いや、ソレよりも前――もっと言うのならば昨日の夜に、気付いておくべきだったのだ。
植物に残滓流入現象が起きているのならば。
動物にもまた――起きているという可能性を。
そしてレリックは動物にもまた起こりうるという事を。
「うそ…でしょ…?」
ドサリと、後生大事に抱えていたいちごの入ったカゴを落としたポーシャの視線の先には。
巨大なカマキリが居た。
僕達の三倍はあろうかという体躯に伸びているその鎌は――血に濡れていた。




