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異世界の歩き方  作者: レルミア
旅編
89/104

he is

「逃げろ」


 支部に入ってきたリーダーは初めて俺たちに素顔を見せると、ディルクの手袋を投げながらそう言った。

 いつも何を考えているかわからないような声色の彼だが、この時だけは彼のその声に悲しみの色が混じっているのに気付いてしまった。


「この支部が襲われる理由が分かりません」


 エマがリーダーの口から次いで出てこようとする言葉を遮るようにそういうと、リーダーはイヴを一瞥してエマに視線を戻した。

 はっきりとその理由を言わないのはおそらくはリーダーの心遣いであろう。

 しかしエマとクロエの二人にははっきりと理由がわかってしまった。

 イヴが原因だとリーダーは視線だけで二人に訴えたのだ。

 何故イヴが原因なのか、という疑問がないわけではないが今それは重要ではない。何らかの組織がイヴを狙ってここに攻めてきたということはおそらく俺達が孤児院に行った時には既に取引は成立しており…そしてこの子には兵を犠牲にしてでも取り返したい程の”何か”が存在するということだ。

 つまりそれは。

 イヴを殺せなかったエマの甘さがこの状況を招いたと言っても過言ではなく、そして同時にそのせいでディルクが死んだと言うことも意味する。

 そこまで思考が行き着いたエマは口を手で覆って膝から崩れ落ちた。そしてぽろぽろとエマの目から流れ出る涙を見たイヴがエマに抱き、キッとリーダーを睨みつける。


「お母さんに何をした!!!!」

「…お前、歳は幾つだ?」


 リーダーが、ふとイヴにそう尋ねた。


「今年で、11だけど、それがなに?」

「そうか…もうそろそろ大人として扱ってもいい時期だと思うんだが、どう思う?」


 リーダーはそう言って、俺に向かって視線を投げてきた。

 まぁ、確かに十を超えれば剣を持つ子供もいるし魔法を手にする子供も居ると聞く。そういう意味では大人として扱ってもいい時期だとは思うのだが、イヴの教育方針として争いの力は手に入れさせたくないというものがあった。

 だが今その意思表示を彼女が出来るとは思えない。

 彼女の選択によって親しい人間が一人死んだ。

 その直後に彼女が再び自分の選択肢を選べるとは、思えない。


「時期的には問題ないと思います――が、こいつにはそういう話はあまりしない方向で行くと決めているので」


 故に、俺がそう選択をする。

 

「敵の戦力を教えてください」

「敵は二方向から迫っている。一方からは一人だけだが…元十席第二席…青魔法を使いこなす強者だ。もし出迎えるのならば俺がこちらの相手をしよう。おそらく奴も俺と戦いたがっているだろうしな。もう片方は具体的な戦力は不明だが数は七――戦うのならば殺すことは必須となるが、良いのか?」


 品定めをするように、リーダーは俺の目を見据えてくる。


 ――確かに人を傷つけるのは嫌いだ。正直言って今もまだ迷ってる。


 でも。

 俺は守りたいと思った。

 そして俺には守れる力がある。

 それならば。

 

「守るためなら。殺ります―――――――殺れます」

「良いだろう。行くぞクロエ」


 そう言って灰色のマントを翻して建物を出て行くリーダーの後について外に出ようとすると、エマに引き止められる。

 半身になって振り返ると、何かを懇願するような顔でエマが口を開いた。


「待って!ディルクさんに続いて――いや、クロエさんを失ったら私は――!」

「大丈夫だって」


 その先の言葉を遮るようにして言った。


「俺はきっと戻る。イヴ、お母さんを頼んだぞ。もし危なくなったらお母さんを連れて逃げろ。そして誰かに助けてもらえ。良いな?」

「うん――分かったよ。お父さん」

「あはは、何言ってんだよ」


 今まで芯のない子だとばかり思って居たが、今の彼女の目を見てその考えを改めた。

 あの子はなかなかどうして芯の強い子だ。

 

 ――お父さん、か。


 悪くない。


 悪くないな。

 

 そうするとエマがお母さんだから俺エマと結婚してることになるな。


 うーーーーーん。



 悪くない。


****


 暗殺の定石として、ディルクに教わったのは敵が複数いるときにはあまり襲い掛かるなということだった。

 人が多ければ多いだけその分視野が広がるのだから、極力人が少ない時に暗殺を実行するべきだと言っていた。そして同時に、散らばらせるにしてもある程度敵を管理することが出来るようにするべきだとも言っていた。理想ならば襲われていることに気付かれない程度に陽動をし、そして誰も仲間の死体を見ること無くいつの間にか全滅していた、というのがいいらしい。

 

「――。」


 天井から見下ろすと、大通りには七人の魔術師らしき人間がひし形のような陣形を作り、人の波をかき分けるようにして歩いていた。

 或いは、人が彼らを避けているのだろうか。

 まぁどうでもいいか、とスルスルと自分の右手のグローブからうごめく糸を出す。

 ほとんど見ることが敵わないほどに細い糸を伸ばしていき、最後尾の魔術師へと偲び寄せる。魔力感知出来るタイプが居ると厄介だとは思ったが、どうやらそういうタイプは居ないらしい。

 助かった、と思いながら彼らの歩みに合わせて糸を彼らの首に巻き付けていく。

 彼らの体に触れないように、尚且つ通行人に触れないように彼らの首の周りに円を作るのはかなりの集中力が必要だ。

 七人全員は殺り切る確信が無かったために、三人の首まわりに設置をした後にその糸を思い切り引く。

 すると釣り上げられるようにして彼らの首が締まる――と、そう思った次の瞬間。

 糸は肉を締めること無くただローブを引きちぎるだけに終わった。


「なッ――」


 バレていた!

 思わず体を硬直させ、すぐさま逃げようと体を反転させた――その先に、三人の男が立っていた。


「お前、本当に暗殺者か?」


 コキ、と首を鳴らす先頭の男は少し不思議そうに言った。


「殺気が漏れまくりだぞ」

「――――そういう、作戦さ」


 俺がそういうと、ぴたりと彼らの足が止まった。

 念の為に不自然なほどに目立つ傷を地面につけておいたのが功を奏したのか、全く見えない何かが彼らのローブを引きちぎったという事実もあって彼らの歩みを止めることになった。

 更に言えば、こと表情、仕草に関してはエキスパートのクロエにとってその知識を逆手に取る事は不可能ではなかった。隠し切れない微表情を覆い隠して余りあるほどの”自信”の仕草で、クロエは精神的に一瞬で彼らの優位に立った。

 人間と言うのは意識しないまでも他人の仕草によって表情、感情を読み取ることをしている――つまり、演技であっても忠実にこなすことができれば、他人をだますことは容易だ。

 

「貴様、ウビーツァ、だよな?」


 なおも怪訝そうに、彼はそう訪ねてくる。

 

「何だ自信無くなったのか?」


 自信満々、といった様子で返すと先頭の男は嘲笑を浮かべた。


「ああ、信じられなくなったさ――ウビーツァのレベルの低さにな」


 そう言って突き出された彼の人差し指から、素早く炎弾が射出された。

 咄嗟に体を捻って後ろに飛ぶと――そこに地面は無い。


「まぁ――想定はしていたさ」


 口角が少し上がっていたから何も動揺していないことぐらい、読んでいた。

 眉を顰めていたから攻撃してくることも、読んでいた。

 故に。


「死ね」


 これも罠だ。

 先頭の男の足回りに張っていた糸を引っ張って彼を建物の天井の隅に引きずり込むと、もう片方の手で張っておいた糸で彼の首を跳ね飛ばす。

 そして彼の抵抗によって落下の速度が一度ゼロになったため、何の痛みも無く地面に降りることが出来た。

 顔を上げれば目の前に居るのは四人の灰鴉。

 血の雨と落下してくる頭と胴体から逃げ惑う住人の中、四人と一人は対峙した。

 

「何故、あの子を狙う」

「人の”起源”に至るため――」

「俺達は使徒――」

「人を――次のステップへと進める――」

「そして私達は――」


「「「「魔神へとなり得ることが出来る」」」」


 まるでいつも口にしているフレーズかのように、彼らはなめらかにそう口にした。

 何を言っているのかは分からないが――。

 ただひとつわかったことがある。


「やっぱりお前たちに渡したらろくな目に合わなそうだな、あいつ」


 はぁ、とそのため息を皮切りに上の二人と前の四人から同時に魔弾が放たれる。

 それを糸で作った盾で防御して路地裏に逃げ込む。

 追いすがる灰鴉の足元や首元に罠を張りながら逃げると、次第に彼我の距離がだんだんと開いていく。

 やがて姿も見えなくなったかと思ってまず一息ついた瞬間――仄暗い裏路地で輝くものが飛来した。

 すぐに首を逸らして、風切り音を響かせるそれを躱すと、飛来物は背後の壁に突き刺さった。

 

「弓矢か――ッ!」


 思わず舌打ちをして、続けざまに飛来する二つの矢を地面に伏せることによって躱す――が、背後が不自然に輝き始めたことに疑問を覚えて見てみれば、飛来した矢が頂点となって魔法陣が壁に描かれていた。

 赤く輝くその魔法陣に得体のしれない危機感を覚えたクロエは咄嗟に天井に設置された煙突に糸を引っ掛けて素早く巻取りその場から離脱した。

 その刹那。

 轟音と爆風が吹き荒れた。


「節操のない――ッ!」


 初めてまともに見る魔法のたぐいにさっきから気圧されまくりだ、と内心舌打ちをしながら屋根に着地すると、そこには一人の灰鴉が立っていた。


「君は、何故”純血種”を守る」

「何だお前――まともに喋れるのか」

「いいから答えろ」

「別になんでって――大層な理由はねぇよ。ただ単純にお前たちにさらわれたらあいつが嫌だろうなって、それだけだ」

「それだけで命を懸けるか――或いは貴様も”正義の味方”なのだろうな」

「――あん?」


 よくわからない事を言う灰鴉は、問答はもう終わりと言わんばかりに屋根を蹴りあげて接近してきた。

 すさまじい加速での体当たりを煙突とは反対側に飛ぶことによって躱し、煙突に引っ掛けたままだった糸で彼の体を寸分する。

 体当たりの勢いのまま吹き飛んでいく肉片を苦々しい思いで見送りながら、壁を駆け上って来る灰鴉たちを数える。


「数は――三。足りねぇ。支部の方に向かいやがったか」


 まぁ普通にそうするだろうな、と舌打ちをしながら煙突を崩して彼らに投げつけて支部へと向かって屋根を駆ける。

 と言ってもそう距離があるわけでもなく、すぐに彼らへと追い着くことが出来た。

 しかし一人しか居ない。

 二人殺し、三人あそこに居たのだからここにはもう二人居るはず――。

 そう思った時。

 天井の縁に隠れていた男が剣を振り上げてクロエの右足を引き裂いた。

 

「――ッ!」


 痛みに顔を歪めながら咄嗟に糸を矢の形にして射出し、男の心臓を貫く。

 血を払いながらその糸を巻きとって地面に着地したが、切り裂かれた右足の傷が思った以上に深かったのかまともにたつことすら出来ない。

 考えてみればまともな傷を負ったのはこれが初めてだ。

 痛みに慣れているわけもなく、本や漫画の登場人物のように傷だらけになっても走り回ることなんか出来るわけがない。

 

「クソ」


 思わず悪態を付いて、両手を合わせる。

 両手の糸を合わせた量があれば――或いは。

 前を駆ける彼に届くかもしれない。

 自分の後ろで瓦を叩き割りながら駆けてくる音を聞きながら、クロエは笑った。


 こういうのが嫌だから戦わなかったんだけどなぁ。

 不思議と、悪い気分はしない。


 そうして放たれた糸で形成された矢は前を走る男の心臓を貫き、そして同時にクロエもまた――――


「やらせは、しない」


 氷の針に貫かれる、その一瞬前に。

 金色の髪が、彼の横を駆け抜けた。


「なんだよ――支部に居ろって言ったじゃないか」

「後輩を守るのは、先輩の役目です」


 そこに居たのは、微笑むエマだった。

 彼女もまた、人を殺すことを生業とする人間だった。

 

「イヴはどうしたんだ?」

「誰かに助けを求めなさい、と言って逃しました。襲撃者はあなたとリーダーで対応すると言っていたので、他にはいないだろうと思いまして」

「…なるほど。結構かっこつけたのになぁ」

「後輩に先立たれちゃ、先輩として辛いですしね」


 あはは、と笑ってそういうセラだった。

 ―――――が。

 振り返った彼女の体には複数の氷の針が突き刺さっていた。

 魔法というのは戦争において基本的に立場が弱い。

 だがそれはあくまでも”戦争”において、だ。多数を圧倒する必要がある戦争において回数制限がされている魔法はあまり役に立たないし、大規模魔法も使えても数十人で一度だ。そう考えれば立場が弱くなるのは必然なのだが、こと個人、または少人数での”戦闘”においては魔法はその効力を発揮する。

 一撃必殺。

 魔法と言うのは使いドコロによってはそれが遠距離でも可能になるのだ。

 現に彼らの魔力はもうほぼゼロに近いが、それでも新戦力の暗殺者一人を無傷で戦闘不能に陥れることが出来た。

 エマが魔法慣れしていなかったというのもその要因の一つだが、飛来する多数の氷の針を相手に背後の物を守る時取れる選択肢と言うのはそう多くない。

 全てを破壊するか、全てを受け止めるか。

 その二つ。

 エマは全てを破壊するほどの実力はなかったが故に――。


「あ、は」


 ごぽり、と口から血液を吐き出し、エマは笑いながら地面に崩れ落ちた。

 

 ―――――受け止めることしか、出来なかった。


「うそ…だろ…?」 


 手が震えた。

 なんで。

 なんで俺なんかを守るためにこの人は死にかけてるんだ。いや、なんで死のうとしてるんだ?

 夢も、未来の展望もないこんな俺なんかを――


「何故――」


 クロエが思わず漏らすと、エマは血を思い切り吐き出してもう一度笑った。


「何故――でしょうね。私はあなたのことをいつしか目で追っていた――。最初はイヴがいるから、イヴのお父さん役をしてくれているから、ただそれだけで認識しているからと思っていましたけど…どうやらこれは違うようです…」


 ゆっくりと、エマの手がクロエの頬を撫でた。


「ああ、どうやら私はあなたをイヴと同じぐらい失いたくないようです。私は――あなたが、好きでした」


 そして力なく、落ちた。

 まだ息はあるがその生命の炎が急速に燃え尽きていくのをクロエは確かに感じていた。

 目の前に炎弾が迫っていても、クロエはエマから視線を離すことができなかった。


 嗚呼。


 なんて馬鹿なんだ。

 何が悪くない、だ。

 最高じゃないか。

 俺もエマが、好きだったんだ。

 『失ってから大事なものに気付く』なんて、陳腐な言葉だと思っていたけれど――――


 歪む視界で、迫る炎弾を見つめる。


「クソ――死にたくねぇし――死なせたくなかった――」


 そうつぶやいた瞬間。


「助けに来たよ、パパ」


 確かにイヴの声が、聞こえた。

 そして、目の前の炎弾がかき消された。

 代わりに現れたのは、一組の男女。

 神々しささえ感じられる黒髪と、白髪。

 

「悪いが、ここからは俺のルールでやらせてもらう」

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