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異世界の歩き方  作者: レルミア
旅編
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root

 ジリ、と毛先が殺気によって疼くのをはっきりと感じる。両者の間に流れる空気は痛みすら伴うものとなっていた。

 強者同士の戦い特有のソレはいつ味わっても――


「吐き気がする」

「嬉しいものだな」


 隔絶した両者の意識。

 まず最初に動き出したのはブルクハルトだった。

 彼我の距離数十メートルを一歩で詰めより、そしてディルクの腹部を思い切り蹴りあげた。

 かろうじて両腕をクロスさせてその攻撃を防いだが、ディルクは勢いを殺しきれずに大きく後方に吹き飛ばされてしまう。

 

(瞬間移動…まさかそんなことが出来るのかッ)


 点と点を行き来するように移動して肉薄してきたブルクハルトに対して思わず内心悪態をついて着地する。

 咄嗟に剣を構えて防御姿勢をとるが、彼はディルクに一撃入れた後に追撃をする様子はなくただ立ち尽くしてニヤついているだけだった。

 ソレは驕りか――はたまた。

 一撃入れてみろ、という煽りか。

 その両方か。

 

「望み通りにしてやるよ――――」


 ふぅ、と大きく息を吐いて姿勢を低くしクラウチングスタートの時と同じレベルまで上半身を寝かせた姿勢を取る。

 それは空気抵抗を軽減するための姿勢であり、突きを得意とする人間が好んで選ぶ姿勢だ。

 自らの右目の横で鈍く光る刃に自分の顔を写し、ディルクは小さく呟く。


「喰い抉るぞ――”蛇突”」


 ディルクが呟くと同時に、彼の膝の力が抜けたように折れ曲がる。

 その瞬間にディルクはすさまじい勢いを持ってしてブルクハルトに肉薄し、その刃を胸に突き立てた。

 だがその一撃はあっさりとブルクハルトに防がれた――その光景は確かに視界に飛び込んだ。だがしかしディルクの剣がブルクハルトの刃によって阻まれていることはなく。ディルクの剣はブルクハルトの胸板を浅く傷つけていた。

 刹那。

 ブルクハルトの胸元から夥しい量の血が噴水のように吹き出した。

 

「ははっ!やはりお前は強いではないか!ここに来てあいつ以外にここまで強い奴が居るとは思わなかったぞ――青年ッ!」


 そう言って彼が体に力を込めた瞬間に瞬く間に彼の傷はふさがってしまった。

 

「この筋肉ダルマが――ッ!」

 

 思わず悪態をついて振るわれる拳を足場にして大きく後退する。

 転がって落下と後退の勢いを殺して立ち上がる。十数メートルは後退したかと思ったがしかし立ったディルクの視界に飛び込んできたのは先ほどまでブルクハルトが居たすぐ正面――すなわち。ディルク自身は”全く移動していなかった”

 再び襲い掛かるブルクハルトの豪腕を冷や汗をかきながらしゃがむことによって躱し、思い切り地面を蹴って大きく後退しようとした、が。

 ただ飛び上がるだけでディルクの体が後ろに下がることはなかった。


「――ッ!?」

 

 はたから見ればなんともマヌケな行動だが、しかしディルクは至って真剣だった。

 後退――――すなわち逃げることが出来ない。

 それは戦闘において、尚且つディルクの取る戦法においては彼の持ちうる戦いの技術の大部分を制限されてしまうことになる。だがそれはあくまでも制限されるだけであって――詰みではない。

 下がることが出来ないのならば――と、着地を狙って振るわれたブルクハルトの腕をかいくぐって更に一歩、前へ踏み出した。

 

「ゼロ距離なら!」

 

 剣を振るう時間すら惜しんだディルクは刃物と同じ程度の切れ味を持つ手刀を逆袈裟に振るった――が、しかし彼の手刀がブルクハルトを傷つけることはなかった。

 気付けば彼は数メートル後退していて、ディルクの手刀はあっさりと空を切る結果に終わった。

 まるで化かされてる気分だ、とディルクが本気でため息を吐く。

 そして同時に彼はブルクハルトの強さを再認識させられた。原理が分からないが、彼は彼我の距離を自由に設定することが出来る。そしてそれはこちらの意向に全く関係なく行使が可能だということだ。加えて言うならばブルクハルトは筋肉ダルマそのもので彼の攻撃は尋常じゃない威力を持っている。

 まぁなんにしろ…だ。

 認知出来なければ、魔法は行使できない事に変わりはない。

 タン、と一歩を踏み出すと同時にブルクハルトの前後左右から同じ音が響く。

 そしてもう一歩、一歩。

 音が反響する音楽ホールの中にいるかのような錯覚に陥ったブルクハルトは目の前にディルクが居るにもかかわらず本当にディルクがそこにいるのかどうか確信が持てなくなってしまっていた。

 この各所から聞こえる足音のどれか一つにいるのではないか。目の前の人間は幻ではないのか。

 そんな疑問が沸き上がってくる。

 だがこの全ての現象も目の前の人間を殺してしまえば終わる。

 そう思って目の前のディルクを”破壊”する。

 触れること無く魔法を行使した事によって事切れたディルク――だった崩れ落ちていくものは肉片のそれではなく――土の塊だった。


「ッ!?」


 ここへ来て初めてブルクハルトの表情に変化が発生した。

 いつ。

 いつ実体と土人形が入れ替わったのか。

 悪魔的な所業だとすら思えてしまうほどのスムーズさと素早さで実体と土人形を入れ替えたディルクの技量に感動すら覚えながら咄嗟に前転し、崩れ落ちた土人形の瓦礫の手前で立ち上がって自分が居た所に目を向けるがそこには誰も居なかった。


「おいおいおい、どこ見てるんだ?」


 ふと自分の首の真後ろでそんな声が聞こえて弾かれるように振り向くが、そこにも誰も居なかった。

 音を操作していると気づくのにはそう時間はかからなかった。

 そんな相手に姿を見失ってしまえばほとんど詰み。その状況を打破する策を持っている人間は普通そういない。だがこのブルクハルトという男は”普通”の枠内には入る人間ではなかった。

 実力で言えばスィクスクラスに相当する元十傑の三本の指の一つの第二席にして、現灰鴉。

 彼は音が不利だと気付けば迷うこと無く自らの鼓膜を”破壊”した。

 その刹那、音によって幻惑されていた感覚が一気に自らのものへと引き戻されて振るわれるディルクの右腕が視界の端に飛び込んだ。


「甘いッ!」


 咄嗟にその右腕を”破壊”、ねじ切ることに成功したブルクハルトは痛みに顔を歪めたディルクの右半分の顔面に刀身を叩きつけ、骨ごと眼球を轢き潰した。

 

「がぁっ!」


 うめき声を上げながら吹き飛んだディルクの着地地点に炎弾スクロールを放り投げて起爆して追撃を仕掛け、ディルクを壁に叩きつける。

 壁にヒビが走るほどに強烈な勢いで叩きつけられたディルクはそのままズルズルと地面に崩れ落ちていき、その頭を垂れた。

 終わったか――とブルクハルトが剣をしまったが、しかし彼の体の中には未だ炎が燻っているように思えてならなかった。

 立ち去るのはもったいない。

 何故かブルクハルトの心の中でそう叫ぶものが居た。 

 

****


 足が、早い。

 ディルクが最も最初に他人との差を見出したのは自身の足の早さだった。

 これだけには自信があった。

 だがディルクの住む村は神降ろしの影響に因る”障り”という現象によって破壊の限りを尽くされた。その結果としてディルクは暗殺者へとその身を貶した。

 初めて剣を握ったのは十だったが、その時は父親に憧れて悪ふざけで握っただけだった。

 しかし次に剣を握ったのは十六の時だ。

 これは悪ふざけではなく、自衛のためだった。

 何も命のやりとりというわけではない。ただ、食っていくためにという意味の自衛だ。自分が生きるために他人を殺す。その矛盾に多少の葛藤を抱えながらも、ディルクは「そうしなければ生きられない」という意思を持って生きていた。

 ディルクは決して剣技は強くなく、そして魔法も強い方ではなかった。

 そんな彼を助けたのはいつだって彼の足の早さだった。

 それは状況判断の早さと言い換えてもいいのかもしれない。撤退と強行。その適切な判断は彼の持ち味であった。

 故に一対一でも負けることはなく、多対一でも死ぬことはなかった。決して無理をすること無く敵を殺し、そして任務を達成する。そんなことが可能になったのは二十歳を回った頃だった。

 その頃からだろうか、彼が”スネーク”と呼ばれ始めたのは。

 足の早さの次に身につけたのはその隠密性。

 これは生き方によって技術を取得する後天的なものだ。

 つまりは”根源”ではない――。

 突き詰めれば人間というものはやはり”根源”…言い換えるならば”才能”を開花させるのが最も適しているのは確かだ。

 果たして――俺はそれができていただろうか。

 自分の”根源”を認めていただろうか。

 おそらく先日までの自分ならば自分を認めることなど出来なかっただろう。現にクロエ達の隣で笑える気はしない。

 この汚れた両手でイヴを抱きしめてやれる気がしない。

 だ、けれども。

 今ならば。

 灰鴉を全員殺すことによって、人を一人救う事が出来るかもしれない今ならば。

 殺しによってだが、自分ではなく他人を活かすことが出来るかもしれない今ならば。

 認められるかもしれない。

 俺は、人間だと。

 蛇ではなく、人だと。

 

「ああ――何を血迷っていたんだろうな、俺は」


 ふと、ドームの天井が崩れて空の青さがかいま見えた気がした。

 それ程にディルクは清々しい気分だった。

 ああ。

 やっぱりこの世界は、楽しい。


「――ブルクハルト、って言ったよな」

「ああ」


 ゆっくりと、立ち上がる。

 体の節々は引きちぎれそうに痛い。

 片目は焼き潰されたように痛く、見えない。

 爆風をまともに浴びたせいで耳もほとんど聞こえていない。

 左腕に至っては捻れている。

 嗚呼。

 しかしこれでも俺ははっきりと言える。

 ベストコンディションだ。


「俺の渾身の一撃、喰らってみろよ」


 人は――生きるのに他人を殺す必要がある。 

 それはどうしようもない事実。

 だが人は――生きるためでもないのに人を助けることが出来る。

 これもまたどうしようもない事実だ。

 

「――かかって、来い」


 ブルクハルトの言葉に頷いて、ディルクは右腕を真っ直ぐ前に突き出して引きぬいた剣の切っ先をブルクハルトの胸元に向ける。

 

「俺は――さ、足が速いんだ――」


 ゆっくりと、一歩。

 倒れこむようにディルクが踏み出した。

 その、次の瞬間。

 何の詠唱もなく、ただディルクは加速した。

 ソニックウェーブを発生させるほどの速さ…つまりは音速で。

 線のように流れる景色を見ながらディルクは笑う。


「はえーだろ――なぁ…」


 そしてディルクのつきだした剣は――――――――

 


 

 ブルクハルトに届くことは、なかった。

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