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異世界の歩き方  作者: レルミア
旅編
87/104

make up one's mind

 グーデルバイト帝国の都市はドーム型というその特性故に湿気がこもりやすい構造になっている。

 故に建物の中の石畳は湿っていることが多い。

 そんな建物全体が湿っているかのような所で、五人の男が座っていた。

 灰色のローブに身を包んだ彼らは何を言うでもなくただ己の武器を磨いていた。

 彼らの間に信頼関係というものはなく。

 彼らの間に絆というものはなく。

 存在する共通点といえばただ敵を殺すという憎しみの心だけだった。

 何故、というのならば彼らは単純に親しい者が死んでいるからという簡単な理由だった。この世界にありふれているが苦しすぎるそんな理由。

 自分たちは使い捨て、そんなことは彼ら自身誰よりも分かっていたがそれでも尚ここへ来てウビーツァという暗殺組織と敵対したのには理由があった。

 ”奇跡”

 その二文字を信じての事だった。

 灰鴉をの頭首であるローゼンクロイツは幼くしてその魔術の才を発揮し、動物を生き返す事ができる。

 それはまごうことなき事実であり…現に彼らもその現場を見ていたのだからそれは疑うに値しない事だ。だからこそ――彼らはローゼンクロイツに…そしてジル・ド・レェに従っている。幹部にすれば何でも一つ失った生物を生き返らせる…そう口約束をして。

 その約束が果たされるかどうかは既に彼らにとって重要ではなかった。

 ただ単純に、彼らは怒りを向ける矛先が必要だった。向けた先が悪いわけでも憎いわけでもないが、兵士だった彼らは暴力をふるうことによって怒りを発散することが必要だった。その大義名分となるのが死者蘇生だった、というそれだけのことだ。

 この街に来た人間は十数人。

 その中の一人は青魔法まで行使できる強者だ。

 彼だけは唯一しっかりとした目的を持ってこの街に来ていた。

 ある人間を殺す。

 ただそれだけのために、彼は動いていた。

 そんな彼は今ここには居ない。

 そのためにゆっくりと開いた扉の向こうに居るのはここにいる五人以外の十人の誰かかと思って全員が顔を上げたが――そこに居たのは見知らぬ男だった。

 クロのニット帽、そして異様に音のしない歩行。

 一目見た瞬間にその場に居た男達は頭にある人物が思い浮かんだ。

 兵士であれば誰しもが聞いたことがあるその男の名はディルク。

 かつて要人暗殺を請け負うフリーの殺し屋だった人間だ。それもその仕事ぶりといえば要人を殺すだけでなく――その護衛全員全てを殺していた。それが意味するのはつまり彼が行っていた行動は暗殺ではなくもはや”襲撃”だということだ。

 そんな化け物がこんなところに居るとは聞いていなかった灰鴉の男たちは一瞬呆気にとられたが、次の瞬間に全身の血が沸騰するのを感じた。

 自分より強い人間と戦える。

 それは兵士冥利に尽きる物だった。

 たとえ一合交えることもなく――殺されたとしても、だ。


****


「――だから嫌なんだよ、このたぐいの男ってのは」


 手のひらについた返り血を振り払って吐き捨てるようにそう言う。

 ディルクはこういった戦闘狂が嫌いだった。

 逃げればいいのに立ち向かう。それも何かを守るためではなく自分を殺すために立ち向かう様な人間が大嫌いだった。

 何が楽しいのか本当に理解し難い。

 部屋一面真っ赤に染まった地下室を後にして階段を登り、一階に登ると灰鴉の一員であろう女性がそこに待ち構えていた。

 

「…あんたも、灰鴉か」

「…ええ。私のこの顔に見覚えは無い?」


 そう言って彼女はフードを取って自分の顔を露わにしたが、別に美人ってわけでもないし彼女に対して何かアピールをした覚えもない。

 色恋沙汰じゃねーよなとどこか的はずれなことを考えながら首をふると、彼女は拳を強く握りしめた。


「あなた、ウビーツァに入る前の二つ名は”スネーク”、よね」

「…懐かしいけど聞きたくない名前だな、それは」

「…そう。そうよね。やっぱりそうよね…。今から私はあなたを、殺します」


 彼女がつぶやくようにそう言った次の瞬間。

 パンッと空気が破裂する音を響かせながらディルクの懐へと潜り込んでいた。

 咄嗟に後退するが更に彼女が追いすがる。

 慌てて地面を蹴って方向転換するが彼女もそれに見事についてくるためにテーブルを彼女に叩きつけて進路妨害をして窓から裏路地に飛び出す。

 ガラスが体に刺さらないように気をつけながら地面を転がり立ち上がって彼女に対する評価を大幅に上方修正する。

 魔法に因るすさまじい加速――それも確かに驚くべき点なのだがそれ以上にすごいのは彼女はその速度に振り回されることはないということだ。

 つまり彼女の動体視力や筋力があの速度に付いてきているということになるのだから彼女自身の身体能力がかなり高い位置にあることは確かだ。


「厄介だな――」


 あの手のゴリゴリの戦士は正面切ってぶつかるよりも背中を突き刺した方が良い。

 そう判断して一気に高く飛翔して壁に剣を突き刺して張り付く。

 その工程全ての音が完全な無音。

 これこそがディルクが”スネーク”と呼ばれるようになった所以の一つだ。

 魔力の波によって音の波を相殺する。かなり繊細な能力ゆえに混戦中に使うのは集中力を要するがこのように少し距離を取った所で使うのならば別に大した集中力は必要じゃない。

 そしてそこで待つこと数秒、怒りを露わに窓から飛び出してきた灰鴉が自分の下まで来るのを待っていたが、彼女は窓から外に出たまま動く気配がない。

 跳びかかってもいいがその分殺気が漏れるから成功率は低い。

 どうするべきか――と迷っていると彼女は手を大きく叩いた。

 その次の瞬間。

 ぐるり――と。

 彼女の視線が真っ直ぐにディルクをとらえた。


「――ッ!」

 

 警鐘を鳴らす本能に従ってその場から飛び退くと、ディルクが張り付いていた壁が内側から破裂するように破壊された。

 どういった攻撃か理解が追いつかずに焦りながらも地面に着地し、すぐさまその場から離脱しようとするが彼女には追撃の意思が無いように見えたディルクは後退するのをやめてその場に直立した。


「あなたは人を殺す時に、何を考えていますか?」


 茶色の髪の毛をした彼女は怒気をはらんだ瞳をこちらに向けながら静かにそう尋ねた。


「さぁな。何も考えてねぇ時もあるしその日の夕飯を考えてる時もある」

「それだけ気軽に何故人を殺せるのですか?私はこの力を手に入れて人を殺すことが出来るようになった…。でも私は人を殺せなかった。兵士としてそれは失格。だから私はあなたを殺し…そして自殺する。それほどまでに憎くもない相手を殺せる精神が理解できないの。あなたは何故…人を殺せるの?あなたは相手が背負った物語を想像したことがないの?」


 相手が背負った物語。

 それは過去であったり家族であったり…そして未来のことだろう。


「したさ。想像なんて嫌ってほどにしたさ。その上で俺は人を殺している。だからこそあんたのように復讐に来る人間が居ることも、そしてそう言った人間に恨みつらみを言われることもわかっている。要するに覚悟ってやつさ。やっていることは人殺し…最低の極みのようなもんさ。でもそれにだって…いや、それだからこそ覚悟が必要なんだ。この殺し合いの場に覚悟がない奴は死ぬだけだ。甘えるなよ、この世界は厳しいぞ」

「覚悟…ですか。あなたにはあなたなりの矜持を持っているようですね。それほどのものを持っているのに何故人を殺すなどという最低な事が出来るのです」

「全員が全員、人を殺さないで生きていけるほど幸せな人生を歩めていると思っているのか…?」


 この会話でディルクは相手に対しての評価を下した。

 こいつは殺し合いをするステージにまで立てていない。何らかの理由で俺を憎んでいるのは十分に伝わったが彼女にそれを実行するすべは無い。だというのに灰鴉という組織に入ってしまった。彼女は人生の選択を間違えたのだ。人を殺す必要のない幸せな人生だったのに彼女はその道を自分から踏み外して人の生き死にが関わる道へとドロップアウトしてしまった。

 だがそれをディルクが咎めることも嗤うこともできるはずもなかった。なぜなら彼女はほぼ確実にディルクが殺した人間と親しい間柄であっただろうし、そしてそれが理由で復讐を決意し灰鴉に入ってまで復讐を果たすための力を手にしたのだから。

 …まぁ、ぶっちゃけて言えばだから何だという話だ。

 ここで俺が相手を諭してやる理由もないしあっさりと縊り殺してやっても良い。

 むしろ少し前ならこんなことを考えるよりも先に手が動いていただろうし、彼女が反撃の意思を見せないで立っていた時点で彼女の命は無かっただろう。

 だが。

 何故だろうか。

 クロエを拾った頃から少し人を殺すことに対して抵抗が生まれるようになった。

 どうしたって自分の手で人を傷つけることのないクロエはいっそ清々しさまで感じる。

 目の前で人が殺されようとするのを止めようとは思わないらしいが自分から人を攻撃することはない。

 ある種あれは彼なりの覚悟というやつなのだろう。

 決して自分は人を傷つけないという覚悟。

 歪んだ物ではあるがあれほどの覚悟はそう見ることはない。

 だからこそ俺も、あの覚悟にあやかろうと思ってしまったのだろうか。

 ――まぁ。

 つまり、だ。

 俺は柄にもなくこの眼の前の女を助けようと思ってしまっているわけだ。

 殺すこと無く。

 人の生死から離れた道へと引き戻してやろうと思ってしまっているわけだ。

 笑っちまうよな。

 今まで殺してきた人間に笑われちまいそうだ。

 今更お前が人を助けるってお笑い草だ、と。

 でもそれでも。

 悪くない。

 そう思えるのならば、そうするべきだと――覚悟した。


「悪いが問答は終わりだ――。時間がねぇから全力で行くぞ」


 先ほどの問いに彼女が答えるよりも先にディルクがそう言うと、彼女は意を決したように瞳に力を込めた。

 瞬間、彼女はディルクの目の前で短剣を振りかぶっていた。

 相も変わらず原理のわからない瞬間移動だったが――対応できないほどの速度ではない。

 振り下ろされる刃を数ミリだけ距離が出来るほどの感覚で躱し、彼女の腹部に向けて拳を突き上げたが、彼女の胴体に拳が突き刺さる寸前に彼女の体はディルクとは離れたところに存在した。

 攻撃直後の硬直を無視して無理やり動いたのか、と少し関心しかけたところで、ふと位置が変わっているのは彼女ではなく自分だということに気付いた。

 

「なるほど…な」


 口端を釣り上げて関節をを鳴らす。

 タネは割れた。

 端的に言うのならば――楽勝だ。

 

「覚悟はしなくていいぜ――”ウシペーネ”」


 加速――

 二倍の速度で打ち出された体に何とか彼女の視線は追いすがる。しかし彼我の距離が数メートルほどにまで近づいた瞬間に、更にディルクは加速する。

 

「―――”ヴトーレ”ッ!」

 

 一気に四倍の速度で加速したディルクの体にもはや彼女はついていけていなかった。

 しかしこの狭い路地で迫り来る方向の選択肢は少ない。音と勘を駆使すれば迎撃出来ないわけではない――が。

 彼女の視界から消えた瞬間にディルクは音を消し、更にもう一手間工夫を凝らした。

 音が消せるということは音と逆の波を作り出すことが出来るということであり、更に言うのならばその逆のパターンの波。つまりは音を魔力で作り出すことも可能ということになる。

 彼の真の強さはここだった。

 ダンッと勢いを殺す大きな音が彼女の背後から響いたために彼女は反射的に体を反転させて剣を構えたが、そこには誰も居ない。

 ディルクはただまっすぐ彼女へと向かっていた。


「終わりだ」


 そして、彼女の意識は暗転した。


****


 あいつは裏切った。

 俺たち十傑の中でもあいつは特異な方だった事は確かだったが、まさかあいつがアマテラスを裏切るとは思えなかった。

 アイツのせいで神降ろしが敢行サれてしまった。

 故にあの様な事件が起きた。

 そしてベルベットは死んだ。

 神降ろしが敢行サれなければ十傑が解散サれることはなく、故にベルベットがアスクレピオスに入ることはなく、更に言えば新生十傑が組織されることもなかった。

 なのに。

 アイツのせいで。

 アイツのせいで全てがくるった。

 だから俺はあいつを殺す。

 十傑第三席――――――――ミハーヴァは、絶対に殺さなければならない。


 強く剣を握り締め、情報にあったウビーツァの支部へと脚を運ぼうと道を歩いて居ると目の前に一人の男が立ちはだかるように存在しているのに気付く。

 流れ行く人の流れを無視して立ち尽くすそいつはひたすらにこちらに視線を送っていた。

 

「お前――灰鴉、だな?」


 人々の雑踏が耳から遠のき、ただこの世界に彼と自分だけが存在するかのような錯覚に陥る。

 ああ――と、思った。

 こいつは。

 俺の好敵手になりうる存在だ――と。


「ああ――。お前のリーダーであるミハーヴァを殺しに来た存在だ」

「そうだと思ったぜ」


 青年はそう言って腰から剣を引き抜いた。

 それに反応して自分もローブから大きな剣を露わにする。

 その二人の光景を見て蜘蛛の子を散らすように散らばっていく群集達。

 ああ。

 今ここに、死合のステージが出来上がった。

 いい前座だ。

 ゆっくりと剣を構えるディルクを見ながら、俺はゆっくりと宣言した。


「俺は元十席第二席――ブルクハルト。参る」


 かくして――――

 ”スネーク”ディルクと”破壊”ブルクハルトが

      ―――――激突した。 

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