promise
「そういえばさっきの話じゃがの」
少し休憩をさせてくれるというのでお言葉に甘え、部屋を借りて二人になると同時に唐突にフェンリルは口を開いた。
「さっきの?」
「うむ。あの小娘が言っておった不死を求め彷徨う騎士の話じゃよ。姫の宿命を――と言うあれじゃ」
「ああ、それがどうかしたのか?」
「いやなに、お主の耳に入れて置かなければな…と思っただけのことじゃよ」
「どういう意味だ?」
「まぁ聞け。この世界には極稀に――最大で五人。人の身にして神の座に近づく人間が現れるんじゃ。それをこの世界の人間は魔法使いと呼んだ。五色の、魔法使いじゃ」
「五色の――。緑青赤黒白の五色か。聞いたことがあるな、確か青の魔法使いは確認されているんだろ?」
「うむ。そもそも青の魔法使い等、そう言った人間の判断基準は紋様がでているか出ていないかに因るんじゃ。そういう意味で青の魔法使いは代々青の紋様が受け継がれている。まぁ青の特性は巡廻でな。その特性故に代々受け継ぐことができている――有り体に言えば生まれ変わる事ができているということでもあるのじゃ」
「そうなのか」
「そして紋様――つまり魔法使いに選ばれた人間はその紋様の力を親しい人間に分ける事ができるのじゃ。眷属とでも言おうかのう。そして青の魔法使いは件の逸話の姫であり――そして不死を求めて彷徨う騎士がその眷属なのじゃよ。そして逸話の結果じゃが…判明していないとあの小娘は言っておったがのう、結果だけ言うのなら不死を探すことには”成功している”んじゃよ」
「――本当か?」
「うむ。騎士は既に不死となっている事が確認された。そして同時にその弟である人間も不死になっている。騎士は役目を放り出した時に弟を姫のお傍人として置いておいて探し、そして不死の術を手に入れた騎士は立ち戻り、弟にその術をかけ、そして弟を役目から放ち、姫と生活を共にした…というのが儂らが知っている最後じゃ。それ以降は世界に靄がかかってしまって分からない。儂らは彼ら一族を便宜的に不死族と呼んでおってな。その姫…つまり青の継承者を”純血種”と呼んでおる。いずれお主も相対することがあるだろうから一応伝えておこうと思ってな」
「なんで今更になって?」
「まぁ思い出したというのも大きいが、どうも青の魔法使いの力が弱まっているらしくてな。紋様が現れた人間は儂ら神族からすればかなりわかりやすくてな、どこにいてもある程度の位置の方向が分かるんじゃが…最近それが薄い。不死であるはずの青の魔法使いが死のうとしているということはつまり代替わりが存在するということでもある…そして共に生きるために不死にまでなった騎士が何のアクションも起こさないとは思えない…そういう理由じゃ」
「なるほど。一応心構えはしておく。と言うかそこまでわかってるなら教えてくれないか?青の魔法使いの役目ってなんだ?穢れをその身に引き受けるって言っていたよな」
「ああ。穢れと言うのはつまり魔力じゃよ。魔法を行使した後…または人が死んだ後に放出される魔力は残滓と呼ばれるものになりこの世界を漂うことになる。そしてその残滓が行く先は死体。残滓が十分に溜まってしまえばそれは死んだ傀儡となり”魔物”となる。貯蔵した魔力の量によって知力なども変わってくるんじゃ。故にこの世界に漂う魔力をその身に引き受けることによってこの世界から残滓を無くし、魔物の発生を抑える――それが青の魔法使いの役目じゃ」
「それが弱まっている…って結構やばいんじゃねーか」
「うむ。かなりやばいと言うべきじゃのう。次代の青の魔法使いが早々に現れてくれるのを期待するしか、無いんじゃがな」
「そうか――」
篠芽が呟いた言葉は、部屋の隅の闇に吸い込まれていった。
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「話には聞いていたが…ここまで強いとはな」
ゲフ、と少しだけ血を吐き出してジブリールは目前に立つ戦士とは言いがたいモノを見据える。
漆黒の鎧に身を包み、目を赤く光らせたソレはもはや人間ではなく、魔物に近いものを感じさせた。
「悪魔と呼ばれていたのも分かるな…」
かつて一度現れた”不死族”の強さは計り知れなかったという。
青の魔法使い、彼女の愛した男の弟。
紋様を分け与えられた男が更に分け与えた弟なだけあってまだ常識の範囲内の強さではある。
が、しかしジブリールを一方的に屠るのには十分すぎた実力だった。
その証拠に、彼が”不死族”としての実力を発揮してから十数分だけで、ジブリールはすでに立ち上がることが不可能になっていた。
「呆気ないものだな」
重い声が響く。
ゆっくりと歩きながらアイムは剣を振り上げた。
一度は失くした理性を彼は取り戻し、そしてジブリールの眼の前に立つ。
「ふん…化け物が」
「貴様も人の身にしてここまでできれば十分化け物だろう」
「先代までのマギアの人間の力を借りても私一人ではお前に至らなかったのだから、化け物というには弱すぎるだろう」
「そう悲観するな。貴様は十分強かった」
「そう言ってくれるのはありがたい――が、何を勘違いしているんだ?」
ジブリールがそういうと、アイムは疑問に首を傾げる。
目の前の彼女の瞳に敗北の色はなかった。
むしろ勝利を確信しているかのような顔をしていた。先ほどまでと同じように。
「だから、私は言っただろう」
そう言って彼女は笑う。
「条件は『揃えて』いる――と」
「くだらんな」
ジブリールに大剣を振り下ろした直後。
すさまじい衝撃がアイムを吹き飛ばした。
ジブリール渾身の一撃のゲイ・ボルクさえ容易に越えるこの威力。
いったい何が起きた、と慌てて顔を上げると、ジブリールの目の前にジブリールに似た人間が立っていた。
「おいおいおいオッサンよォ――ジブちゃんをいじめていいのは師匠と姉弟子の私だけって決まってるんだぜ?」
手を銃のようにして笑う彼女は、露出の激しい魔女の格好をして居た。
髪の色さえ金だが、目や鼻はジブリールのソレと同じに見える。
「誰だ――貴様」
「んだよジブちゃんを知ってて私を知らねぇとかモグリかよ、え?悲しいねぇ」
言いながら、彼女は体に雷撃を纏う。
「私はマギアの戦闘部隊の裏に存在する組織の隊長さ。ジブちゃんが”魔法の天才”と呼ばれていることは知ってんだろ?私の異名は――”魔戦の天才”――だ。覚悟しろよ、あくまでジブちゃんは人の道の魔法使い。だが私、シヴはその道を外れているぜ」
そう言って、シヴは一歩を踏み出す。
刹那。
アイムは咄嗟に後退したが、胸当てが細切れにされるのをかわし切ることは出来なかった。
「案外良い速度じゃねぇの」
そう言って笑うシヴを見ながらアイムは悪態をつく。
彼女もまた”不死族”や”魔憑き”のように人の道を外れた力を持つ存在だということが今の一合で容易に把握できた。
要するに彼女もまたスィクスのレベルの人間だということだ。
決意新たに、アイムは大きく息を吸う。
敵は同等、それ以上。そのつもりで当たれ――と。
油断を消した。
だというのに。
「あんたさ、何のために灰鴉に入ったんだ?」
気付けば、右腕をもがれていた。
”不死族”の特性故に痛みは感じないが、右腕をもがれるほどに接近されなかったのに気づけなかったという意識がアイムの心に薄暗いものを落とした。
まるでゴミを棄てるようにシヴは右腕を棄てる。
「青の魔法使いに敵対して――あんたは何がしたかったんだ?」
「識って、どうするのだ?」
「別に何するってわけでもねぇよ、ただ単純に戦ってる相手が何故そこに立っているのか――それを知りたいだけだ。私の敵は大抵弱すぎるからな、それぐらいしか楽しみがねぇんだ」
そう言って口端を吊り上げるシヴを見た瞬間に、アイムの頭のなかにはもう使命や騎士道と言ったものは全て消え去っていた。
ただ目の前の人間を殺す。
ただそれだけのために全力の魔力を行使して音速に匹敵する速度で突きを繰り出した。
――――が。
あっけなく止められた。
「だからさぁ、弱いんだって、お前」
そして次の瞬間。
アイムの意識はシヴの右手によってかき消された。




