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異世界の歩き方  作者: レルミア
旅編
83/104

battle

 残滓。

 これは強力な魔法、または多数の魔法が行使された後にその場に残った魔力のことを言う。それと同様に、漂う魔力が死体に入り込んだ結果出来る操り人形のような死体たちも残滓と呼ばれる…まぁコチラはどちらかと言うと魔物と分類されるものだ。

 最近の大戦によって多量の残滓が確認されているのは分かる。


「だが問題はこれか――」


 青の魔法使いの家から帰ったジブリールは、自分の部屋で一枚の書類に目を落とす。

 これは数カ月前に起きた城をまるごと消し去った魔法を目撃した人間の証言だ。

 

『強大な魔力を感じ…そして黒い球体が出現したかと思えばその中に城が吸い込まれていった。そして残ったのは一人の少年。そしてその周りを灰色のローブに身を包んだ人間が囲み、魔法で攻撃をしようとした。しかしそれを何者かによって阻まれ、そのまま離脱した』


 これはつまり城内部の人間全てが死んでいる事になるし、それこそ城をまるごとひとつ吸い込む…いや、圧し潰すといったほうが正しいだろうか…ほどの魔力が行使されたのに、ここでは残滓が確認されていないのは何故なのか。

 今この城跡地の中心には城に仕えていた人間達の名前が刻まれた石碑が置かれているという。

 ううむ。

 よく分からん。

 もし仮に残滓が存在したとして、それはおそらくかなり強力なものになっていると考えられる。

 確認されていないということはつまり数が少ない、または隠れるのが上手いという意味でもあるのだから、それだけ知性があるということは強力という言葉と同等だ。

 それに、一気になりを潜めた灰鴉のことも気になる。

 ファームの一件以降、灰鴉の目撃情報すらも無い。

 資料を持ち去られたということは彼らは独自にホルンプロジェクトを進めているのかもしれないので素早く根城を突き止めてやりたいところだが…しかしどうしたものか。青の魔法使いからも大した情報は得られなかったし、特にこれといった収穫はなかった。

 定期的にパトロールに行かせているチェイサーズの人間も持ち帰ってくれる情報は少ない。

 

「くそ、闇に紛れるのは得意ということか…烏風情が」


 大きくため息を吐いてそう言って頭を抱える。

 こんなことならもっと政治的手腕を高めておけばよかった――と心底そう思いながら、ある人間に便りを綴る。

 おそらく今現在自分の周りの人間で政治的手腕が巧みであろう人物――。


「ヴィーザルには頼りたくねーんだがなぁ」


 そう言いながら、彼女は三度ため息を吐く。

 そのままペンを持って文字を走らせようとするのと同時に、部屋のドアが叩かれる。


「誰だ?」

 

 彼女の問いに答える声はなく、ただドアが開かれる。


「誰だ――と聞かれたならばそうだな。答えるなら一つだ」


 そうして現れた人影は、口を開きながら姿を陽の光に晒した。


「灰鴉の構成員の一人――貴様達の言うスィクスの一人だ」


 日光にさらされ、赤い髪が目に眩しい。

 短い髪とひげを携えたその男性は五十代前半だろうか。戦士にしてはかなり壮年と言っていいだろうが、しかしスィクスとなれば話は別だ。


「何の用だ?」


 ダガーを太もものホルダーから引き抜きながら立ち上がり、ジブリールはいつ攻撃をされてもいいように準備する。


「何、ちょっとした挨拶をしろとの命令が下ってな。この建物の兵士にはとりあえず全員眠ってもらったよ」


 スィクス相手ならば精鋭のはずのチェイサーズも型なしか…!

 唇をかみながら、更に警戒心を強める。

 

「さぁ少し遊んでもらおうか…若造」


 重い声が部屋に響いた次の瞬間。

 腹部に重い衝撃がズシリと届いた。

 声すらも上がらない程の衝撃に吹き飛ばされたジブリールは背後にある椅子を砕き、更に壁に激突してその勢いをゼロにする。瞬間敵に歪んだ視界に煌めくものを見たジブリールは体が痛みに悲鳴をあげているのもそのままに横に転がる。

 ジブリールを切るはずだった大剣が執務室の壁を大きく削り取ると、噴煙を上げながら男は大剣を肩に担いだ。


「若い魔術師にしてはやるな、お前」

「生憎私は分業以前の戦場を知っている人間の弟子なものでね…」

「ほう…では楽しませてもらおうか!」


 叫びと共にすさまじい速度で迫る初撃を何とかかわし、追撃の剣の刀身に足の裏をついて勢いを活かしながら扉へ飛翔して扉を蹴り壊してとりあえず部屋を抜け出す。

 

(剣士と狭いところで戦ってられるか…ッ!)


 転げまわりながら体勢を立て直し、必死に入口に向かって駆けようと立ち上がった瞬間。

 壁の向こうで微かな魔力の波動を感じた。


「まさかあの野郎――ッ!」


 一瞬で靴に仕込んだ加速魔法を発動させてその場を離脱すると、ジブリールが居たところが壁ごとえぐられていた。

 壁など障害にならない。

 そう言いたげな彼の一撃はジブリールの体を芯から竦み上がらせるのに十二分だった。あのレベルの微量な魔力は詠唱以前のものであり、つまり”多少力を込めた”程度の一撃ということになる。だというのにあの威力。


「化け物か!」


 必死に駆けながら、背後から飛来してくる木の破片を手にまとった火炎弾で弾き通し、更にはジャンプなどでかわしていく。

 やがて扉が視界に入り、火炎弾を放って扉を破壊して外に飛び出す。

 玄関前の大広間で体勢を立て直し、自分の手のひらに火球を召喚する。

 見敵必殺。

 見た瞬間に殺す。

 土煙の中の向こう側に僅かな影が見えた瞬間に青魔法の炎弾を放つが、その犠牲になったのは守衛の1人だった。

 飛散する守衛の死体に顔をしかめたが、彼女にそんなことをしている暇など無い。血しぶきの中から現れた男は嫌な笑みを浮かべながら、ジブリールに大剣を振り下ろした。

 所詮は研究職の人間。

 弟子入りしたと言ってもたかが知れているな。

 灰鴉の襲撃者は心のなかでそう思って刀身がジブリールの首筋に突き刺さるのを見ていたが、どうもその手応えがおかしい。

 軽すぎる。

 そう疑問に思って地面に足をついた瞬間に後退しようとしたが、どろりと溶けたジブリールの体は男の脚を絡めとって地面にたたきつけた。

 

「私は――」


 その液体とは別のところから、ジブリールの声が響く。

 素早く体勢を立てなおしてから反転し、ジブリールの姿をみると彼女は執政室に居た時のワイシャツとは別の格好をしていた。

 かぼちゃの描かれた大きなスカートに、腰にフリルの付いて、襟が立っており胸元が大きく開いている薄紫のノースリープのドレス。そして先のネジ曲がった真っ黒な魔女帽子。ステレオタイプな魔女の格好をしたジブリールの深紅の髪がその黒い衣装に眩しい。

 

「魔法の天才、と呼ばれていてね」

 

 唯一その格好にそぐわないタバコに火を点けながら、目の据わったジブリールは口を開く。


「場所が整っているのならば…私にも勝機があるのではないかと思っている」

「はん…お前程度が俺に勝ち目があるほどの条件なんざそうそう――」


 そう言いながら男が立ち上がろうとすると、地面に巨大な魔法陣が浮かび上がった。

 それは石段の中に仕組まれていたもので、普段は乱雑な石の置き方だと思われるようなものだが、魔力を通して描く隙間を選べば、様々な魔法陣が浮かび上がるようになっている。

 

「ここは私の拠点だぞ――?」


 大きく息を吸って、煙を吐き出して呟いた。


「条件は”揃えて”居るに決まっているだろうが」


 彼女がそう呟いた瞬間、男が踏み出した一歩は凄まじく重かった。

 

「通常の十倍の鈍さだ。お前にはきつすぎたか?」


 加速魔法があるのならば――減速魔法もある。

 他人に行使する魔法のために凄まじく複雑な術式を編む必要がるために通常数人の魔術師が行使するものだが、そこはやはり天才と呼ばれるジブリール。一人で行使することが可能だ。


「一応お前の名前を聞いておこうか?」

「良いだろう…私もお前を敵と認めよう…我が名はアヒムだ」

「そうか。ありがとう、と言っておくよ」


 そう言って地面を蹴りあげ、ダガーを引きぬきざまにアヒムの首筋にあてるが、アヒムの対物魔法によって阻まれる。


「流石にその程度の魔法は行使できるということか」

「そういう貴様はその程度の攻撃しかできないのか…?やはりいくら魔法の天才と言えど減速魔法を使ってしまえば他の魔法は使えないということかね?」

「これで十分だ、とそういう意味でもあるがね。その強がりがいつまで続くかな…?」


 そう言うが否や、ジブリールはすさまじい速度でアヒムの体にナイフを当てていく。

 数十、数百とその数が増えていくにつれて次第に表情が疲弊していくアヒムを見ながら、そろそろだと思った瞬間。

 目の前に鈍く光る何かが出現した。


「――ッ!」

 

 慌てて身を捻って躱そうとするが、その切っ先からかわし切ることが出来ずに右肩を浅く引き裂かれる。

 そのまま着地をして少し距離を取ってアヒムを見るが、彼に術中から抜け出せた様子はない。


「手品師だとは思わなかったよ」


 右肩の傷を軽くなでて、手についた血を払う。

 

「なに、余りに攻撃が単純だったものでな。その直線上に剣を置くだけで突っ込んできてくれるから楽だぞ」


 余裕の表情でそう言う彼に、全て誘われていたと言う事を察して思わず舌打ちをする。

 やはり近接戦に置いては分が悪いか…と心のなかで毒づいて自分の周囲に光球を浮遊させる。

 

「死ね…ッ!」


 短い言葉を皮切りに射出された野球ボール大の光球は弧を描いてアヒムの体に突き刺さるかと思いきや。

 アヒムは気付けば目の前にいた。


「断る」


 振り上げられた刃をぎりぎりのところでかわし、更に大きく後ろにステップして追撃をかわす。

 その速度は。


「全く変わってないじゃないか狸が…ッ!」


 更に追撃の斬撃を杖で受けながら背後に大きく飛翔する。


「貴様も止めの一撃のつもりにしてはやけに対応が早いじゃないか」


 カツン、とヒールを鳴らして着地すると、大きく息を吐いたジブリールは口を開く。


「スィクスをこの程度の策で倒せるとは思ってないさ…」


 原理は分かる。

 あいつはもともとのあの程度の力は普段の十分の一すらも出していなかった、ただそれだけの事だ。

 想定内だが想像以上の実力を目の当たりにして、ジブリールは自分の無力さを呪った。

 

「光栄だな」


 そう言いながら歩み寄る灰鴉のスィクス、アイムの圧倒的な威圧感に気圧されながらもジブリールは次策に移る。


「さぁ、第二ラウンドといこう」


 その言葉と共に踏み出された一歩はアイムを瞬間的な加速に導き、大剣が真っ直ぐにジブリールの喉元を引き裂かんとして接近した。

 この大剣で突きを放つという馬鹿げた筋力に思わず顔をひきつらせながら、ぎりぎりのところで大剣の切っ先をナイフで下から叩き上げる。そのまま刀身を滑るようにしてアイムの懐へ飛び込み、左手に作った魔法剣をアイムの腹部に突き立てようとしたが、鋭く飛んでくる膝がそれを阻止する。

 瞬時に地面についた脚で方向転換をしてアイムの懐を飛び出し、振り向きざまに魔法剣を放り投げる。

 飛来した剣を見て大剣を振りかぶったアイムだが、何か違和感を感じた彼はその剣を振り下ろすこと無く大きく後ろに跳んだ。

 刹那。

 剣が地面に着地した瞬間に巨大な爆発を引き起こし、結界内におびただしい量の光球が放たれた。

 壁に当たればバウンドすると同時に分裂し、結界内を暴れまわる。

 ジブリールの魔力によってある程度軌道が制御された光球は、次第にアイムの逃げ場を埋め尽くしていくように狭まっていく。

 物理的にアイムが抜け出るのが不可能なほどに網目が細くなるのを確認すると、ジブリールは懐からスクロールを一枚取り出した。


「青魔法――”神喰い”!!」


 ジブリールが小さくそう呟くと、宙を浮遊していたスクロールから直径二メートルほどの巨大な赤い蛇のような魔力の塊が射出された。

 距離にして50メートルほどもあるジブリールとアイムの間の距離を一瞬で詰める程の速度で放たれたそれはしかしアイムを食らうことはなかった。

 着弾寸前に光球を喰らう覚悟でその場を離脱したアイムは空中で剣を振りかぶろうとしたが、その剣が、いや体が今まで以上に重いことに気付いた。


「あの光球、攻撃ではなくデバフ系か――ッ!」


 青魔法”神喰い”

 決戦において最終兵器になるほどの魔法を彼女はただの囮として使ったのだ。

 彼女の貯蔵する魔力量に驚きながら、重くなった顔を上げてジブリールを見ると、彼女は槍を構えるような姿勢で杖を持っていた。

 仄かに赤い何かが杖を取り巻くのを見て、アイムの本能はけたたましく警鐘を鳴らす。

 地面に落とされていた彼女の視線がこちらへ向き。目と目があったその瞬間。

 ジブリールがわずかに微笑んだ。


「さぁ、躱してみせろよ化け物――!”ゲイ・ボルグ”!!」


 放たれた槍は真っ直ぐにアイムへと襲いかかる。

 真っ向からその槍を迎え撃とうと重い剣を振り下ろしたその直後、槍は三十にも分裂した。突然の出来事に反応できず、アイムの体は三十もの槍によって突き刺され、その体は地面に墜落した。


「ようやくまともな攻撃が当たったな」


 ふぅ、と大きく深呼吸をしてジブリールはそう呟いた。

 擬似魔法、とよんだジブリールのみが使える魔法によって放たれたゲイボルク。本物とまでは行かないがその性能は七割ほどを確保していると推測している。しかし全てを再現出来ているわけではないので必殺にまでは至らないことは彼女自身がよく知っていた。

 それにしても、と目の前のスィクスの圧倒的な強さにジブリールは思わず苦笑する。

 十分の一の運動性能に加え、更に光球で動きを遅くしたにもかかわらず、彼は致命傷になる攻撃は全て弾いていた。しかも何かの制約かと思いたくなるぐらいに彼は魔力を行使するのを避けているのに、ここまで強いのだ。スィクスと言うのはやはり常軌を逸しているな。

 そう感想を漏らしている間にも、アイムは剣を支えにしながら立ち上がる。


「…何故、追撃をしない」

「待ってやってるんだよ」

「油断か?」

「いいやこれは――」


 ジブリールの言葉の途中で襲いかかったアイムの攻撃を難なくかわし、ジブリールは言葉の続きを口にした。


「余裕というものだよ」


 ジブリールがそう言った瞬間。

 アイムは大きく舌打ちをした。


「貴様ごときに本気を出さなければならないとはな――そこまで侮辱されて貴様を殺さないわけにもいくまい」


 そう言って。

 彼は宣告した。


「今から貴様を、殺そう」


 どろり、と。

 彼の体から黒い液体が溢れでた。

 そしてそれは彼を包み込み、やがて染みこんでいくように消えた。

 その中から現れたのは流線型の漆黒の鎧に身を包んだアイムと、三メートルほどもある真っ黒な剣。

 

「そうかお前は――」


 ジブリールは彼の姿を見てある人間を思い浮かべる。


「不死族の騎士の弟か」


 そう言ったが、ジブリールの声に答えるはずのアイムはすでに人としての理性は失っていた。

 吼えたアイムの兜の奥に光る赤い目。

 人はかつてあれを、悪魔と呼んだ。

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