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異世界の歩き方  作者: レルミア
旅編
82/104

Past

「なぜ俺を狙ったのか、聞かせてもらえないか?」


 燦めいたナイフは窓から差し込む太陽の光を浴びて輝きを放ちながら、篠芽の喉の近くで静止していた。

 トマトを突き刺したフォークの間に刺さったナイフの刀身はぴくりとも動くことはなく、逆に篠芽の持っていたナイフがセラの喉元に突きつけられていた。

 ゴクリと喉を鳴らしたセラは、今までの温和な表情ではなく殺意を込めた瞳を篠芽に向けている。


「…私は。人の苦悩を聞くのが…主な仕事です。私は、あの日の城に従事していました。下っ端で協会長にお使いを頼まれ…そして帰る頃にはもう城はなかった。私はあなたのことを知っていたのですよ。あなたがやったことだとは疑っていました。それ自体は別にどうでも…いいのです。問題はあなたのことを恨む人間が多すぎたことです。あなたは多すぎる人間の恨みを買った。私に心の中を吐露する人は決まってあなたへの恨み言から始まるのです。直接的、間接的問わずあなたは多すぎる人間の恨みを買い…そして彼らは神に天罰を祈った」

「祈れば叶う…それをお前の手で叶えようとした、って所か?」

「――その、通りです」

「それは神ではなくお前がやったことだろう」

「神がいる事を信じなければいけない人もいるの!あなたみたいに皆が強いわけじゃない!」


 俺は強くない、口から付いてでそうになった言葉を抑えこみ、なんと言おうと迷っていると隣で飯を食べ続けていたフェンリルが口を開いた。


「神なら居るぞ」

「どこに居るのかしら」

「儂がそうだと言っておこうかのう」

「どう証明するの?」

「指一振りで都市一つを消せば信じるか?神のような所業であることには違いないじゃろう。じゃがお主らが求めるのはそうではない。お主らが求めるのはただの英雄じゃ。お主はその望みに則って動いているだけであって…お主がやろうとしているのは街の人間のかたきを討つというヒロイックな行動でしかないぞ。神を示すための行動が英雄になることとは…なかなか皮肉じゃのう」

「神に啓示を受けた人間は…時として勇者と呼ばれるわ。そしてそれは神と同じく…崇められる」

「お前は勇者になりたいのか?」

「彼らが望むのであれば、それもありだと思うわ、篠芽悠真」

「正義の味方、か」

「その通り、よ」

「他人に正義の理由を求めるなよ…と言ったのは誰だったかな。あの時は意味がわからなかったが今なら理由が分かる。他人を正義の理由にして暴力を振るう人間が勇者になれるとでも思ったのか。求められたから、願われたから。そんな理由でやっていけるほど勇者ってのは楽なもんじゃねぇと思うがね」

「でもやらなければ!私はもうあの人達の悲痛な叫び声を聞いていられない!」

「だったら自分でやらせろよ!俺はいつでも相手になってやるから、剣を持っていつでも来いと伝えろ。丁寧にその心を叩き折って家に突き返してやるってな」


 篠芽がそう言うと、セラは一層顔を険しくして篠芽を睨みつける。

 そんな二人の間に突如置かれた温かい大きなスープの器。

 中に入っているのは色と匂いからしてコーンスープだろうか。

 何事かと思って置いた主を見てみれば、助けたウェイターのお姉さんだった。


「まぁ、とりあえず食べなさいな。ちょっと聞いただけでも結構時間が必要な問題っぽいしね」


 店員としてではなく、個人として話しかけてきてくれているんだなという態度で、彼女はその場に立ちながら頭を下げる。


「まずはありがとう。おかげで助かったわ。そしてこれからよろしく。私の名前はエヴァ。あなたの名前は…篠芽悠真ね?」

「ああ。どういたしまして」


 篠芽の言葉を聞くと、エヴァは少し納得したような様子を見せてその場の椅子に腰掛けた。

 

「一応恩人だから最初に怒るようなことはしないけれど、そろそろそのナイフとフォークを下ろさないと怒るわよ」


 有無を言わせぬ彼女の言葉に、篠芽とセラはお互いに向けていた刃を下ろす。


「あんた達に貸したそのナイフは食事をたべる様のものなの。間違っても人に向けるものじゃありません。そんなことも知らないの、あんた達は」

「…すみません」

「悪かった」

「そうじゃそうじゃ、せっかくの飯が台無しじゃまったく」


 お前は何を便乗してやがる犬っころ。

 そう言いたいのを我慢して、篠芽はエヴァの意図がわからずに彼女に向けて視線を投げる。


「さ、食べた食べた。これメニューにないコーンスープなのよ。家でしか出さないんだけど、まぁ食べてみなさいよ」


 言われて、差し出されたスプーンを手にして大きな皿から三人で一口づつコーンスープを掬って飲む。

 口に入れた瞬間にトウモロコシがかなりこい事がわかり、少し効いた塩が甘さを引き出している。


「どう、美味しいでしょ?あんまり人気になると嫌だって言って私の弟が出させてくれないのよ」


 クスクスと笑ってそういうエヴァの言うとおりに、確かにこのコーンスープは美味しい。鳥の蒸し焼きと一緒に食べたらもう最高だろう。

 どういったものかと迷っていると、ふと彼女は表情に影が差したような顔をする。


「あんた達兵士はいつもそう…手が早過ぎるのよ。せっかちすぎるともいうわね。いっつもそう。もっと話しあえば分かり合えたかもしれないのに…すぐに剣を手にとって相手の首を跳ね飛ばそうとする。物騒よね。ご飯を食べて一緒にテーブルを囲めばだれだって仲良くなれるっていうのに。お腹が空いているならちょっと何か口に入れて。それから飲み物を飲むの。お酒でもいいわね。それでメインディッシュを食べながら雑多な会話に花を咲かせる。皆そうすればきっと仲良くなれるし…そっちのほうが最高だと思うんだけどね」


 エヴァがそう言うと、セラが口を開いて反抗しようとするが彼女はそれを制する。


「確かに親を殺された、身内を殺された恨みっていうのはそう簡単に消えやしないわ。私達だってそうだったもの。でもさ、私達は先立っていった人達が知らない事を知っているのよ。残される側の辛さを知っているの。だというのに、その辛さを他人に味合わせるかもしれないというのに、あなた達は剣を手に取る。私はそれが分からないの」


 遠い日の誰かを思い起こしているように、彼女は空中に視線を彷徨わせて悲しげに呟く。


「あなた、優しいのね」


 ふと、エヴァはセラにそういった。


「なぜ、そう思うのですか」

「あなたは私が詰め寄られていた時に立ち上がろうとしてくれていたし…それに、ナイフを振りかぶった時、本当に悲しそうな顔をしていたもの」

「それだけ、ですよね」

「それだけ、優しいのよ。こんな世界だもの。人を傷つけるのに抵抗のない人なんてたくさん居る。余りに戦いすぎて…その感覚が狂ってしまった人だっている。私は過去にそんな人を見たことがあるわ。一つの目的のためだけに生きて、そのために死ぬ。騎士だったから…それが本望だとか言っていたけれど…でも、あの人の目はあまりにも悲しそうだった。何をしても手遅れなんだと分かってしまうのに、そう時間はいらなかったわ。彼は既に死んでいたんでしょうね」


 おそらく、彼女はその人間を前にした時もこんなふうに慰めようとしたのだろう。

 だが、手遅れだった。

 感覚が一度壊れてしまえば、それが治ることはない。

 そんなことは、一番分かっている。

 自分の手のひらに視線を落としながら、篠芽は自分にそう言った。


「誰かのために自分を犠牲にするなんて言うのはやめてちょうだい。誰かを傷つけるぐらいなら自分が傷つこうなんてやめてちょうだい。あなたのことを大事に思っている人だっているのよ。私だってもう…あなた達の事が大事なの」


 こらえきれなくなったように泣き始めたエヴァにも、抱えるものがあるのだろう。

 

「余計なおせっかいかもしれないけれど…まだ間に合うの。お願い。お願いだからそういうのはやめて…他人のために自分を犠牲にする人なんてもう…見ていられないの」


 そう言った彼女に、セラは何かを言おうとして、再び口を閉じる。


「すみま…せん」


 それっきり、沈黙してしまった店内の静寂を破ったのはフェンリルの言葉だった。


「お主、神は居ないと言うようなことを言っておったな」

「…ええ。だから私が」

「神ならおるよ。本当じゃ」


 何気なく、機密であるはずの情報を、フェンリルは口にする。


「お主らが神と呼ぶものと、儂らが神と呼ぶものは若干違うが…まぁ実在することは確かじゃ。その届け物を終えた後に探してみるといい。人間の恨みつらみを聞くよりはよっぽどそっちのほうが聖職者らしいというものじゃよ」

「本当に…居るんですか?」

「ああ、居るよ。約束する。多分いまどっかの家で金髪のイケメンとイチャついてんじゃねぇかな」


 はぁ爆発しろ。

 そう思いながらそう言うと、ケラケラとセラが笑う。


「神様も恋愛なんてするんですね。しかも金髪のイケメンって、そんな俗っぽい」

「まぁ、あの人はかなり俗っぽいな」

「好物はウィンナーにカレーじゃしのう。俗っぽい事極まりないわ」


 あはは。

 そう言って、セラは笑ってみせた。

 そんな彼女をみて、篠芽も内心ホッとしている部分があった。

 殺し合いをせずにすんだ――と。

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