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異世界の歩き方  作者: レルミア
旅編
81/104

avenger

 瀟、と綺麗な音を響かせてヴィーザルを引き抜く。

 まだ日もあまり昇りきっていない空の下、俺は手にしっくりと来る剣の重みを感じていた。

 くるりと手首を返してヴィーザルを一回転させると、小さく出てきた太陽の光が反射してヴィーザルが眩しく光る。

 この剣はかなりの戦いを繰り返してきたにも関わらず、傷という傷も刃こぼれという刃こぼれも見当たらなかった。あまり手入れを本格的にできていないためにもっと酷いことになるかと思ったが、この剣を譲り受けた時のカーライアムの言葉は信用に足るものだったらしい。

 太陽の光に受けて輝くヴィーザルを見ながら、やっぱ剣ってかっこいいよな、なんてことを考えているといつの間にか起きていたセラが口を開いた。


「あなたは、戦士なんですね」

「…ただの旅人だよ」

「ただの旅人は、そんな顔をして剣を持ちません」


 彼女のいう言葉がどういう意味を持つのかを把握しかねて、首を傾げる。


「私は仕事柄いろんな人の話を聞きますが、剣に対して尊敬を抱くのは戦士の人たちです」

「旅人だって、自分の身を守る剣には尊敬を抱くだろ?」

「その尊敬と兵士の持つ尊敬は同じようで居て全く別なもの…だと思っています。とにかくあなた達兵士はその手に持っている剣の切っ先を敵に向けてるのか、それとも自分に向けてるのかがわからなくなる時があります。あなたは…どっちですか?」

「もちろん、敵さ」

「敵って、誰ですか?」

「俺に剣を向けるやつは皆敵だ」

「それがたとえあなた自身だとしても?」

「哲学的だな、生憎そんな状況は存在しない」

「そうとも、限りません。この世界は奇跡で満ちているのですから」

「俺は奇跡は信じてないよ。残念だけど。そろそろ出発しよう。日も昇った。早く移動しないと暮れるのはすぐだ」


 そう言ってセラの返事を待たずにキャンプ地へ戻ると、フェンリルが馬にもたれかかりながらこちらを見ているのに気付く。

 なんだよ、と言おうとした俺より先にフェンリルは口を開いた。


「旅人か兵士か、とは面白いことを聞かれたもんじゃのう。お主」

「そうか?」

「お主はお主じゃ。別に型に当てはめることはないじゃろう。そう背負うな。儂もお主と運命共同体なんじゃからな」


 片目を瞑って悪戯げに笑ってそう言ったフェンリルに少しだけ笑って、荷物をまとめる。

 すぐに出発できるようにしておいたので荷物をまとめるのにそう時間はかからなかった。すぐに馬に乗って出発すると、やがて太陽がその姿を全て晒した。

 冬独特の澄んだ空気を通って直接体に浴びせられる陽の光に思わずあくびをしながら馬で走ること数時間。

 第三都市の境を超え、ヴァルハラ寄りの第二都市の領域内へと入った一行は中規模の村に辿り着いた。

 

「昼飯と食料の補給…あと水編みでもできれば最高じゃな」


 馬を厩舎に停めてとりあえずの予定を考えてみるとフェンリルが最初にそう言った。

 まぁ確かに食料もそろそろ尽きるし、ちゃんとした料理人の作る美味しい料理が食べたくもある。出発してから実はもう一週間経っているし、そろそろ豪華に行ってもリーニャは怒らないはずだ。

 

「贅沢は敵ですよ?」

「…まぁ、儂らは生憎とお主と宗派が同じなわけではないのでな。悪いがこっちに付き合ってもらいたいのじゃが」


 少したしなめるように口を開いたセラに、少し考える素振りを見せてからフェンリルがそう言うと、セラもなんだかんだと一緒にご飯を食べに行くことになった。

 まぁ、美味しい料理をたべるのは幸せだしな。しょうがないな。

 少しくやしがるような素振りもあったからそれなりの葛藤があったのだろうが、銅像を運んでいるという重労働をしているのだから少しくらいは…とかなんとか言ってた。それぐだぐだと崩れていくやつだと思うんですがよろしいのでしょうかおねーさん。

 そんなことを考えながらも、木で出来た通路を歩きながら村の中心へと歩いて行く。

 木造建築が基本で、どちらかと言えば中世寄りの建物が多いこの村を歩いていると未だに現実感がなくなる感覚に陥る。

 そんなことをいいながらも、適当な食べ物屋を見つけて中に入るとそんなことは忘れてしまう。少し薄暗い店の中にはあまり客は居なかったが、数人のおっさんが酒を飲んで居るのが視界に入った。こんな真っ昼間から酒を飲んで酔っ払ってるという光景は景気がかなり良い時か、それともかなり悪い時かの二つの場合が多いと聞いた。可もなく不可もなしということはあまりないらしい。

 まぁどうせなら景気がかなり良いって場合がいいよなぁと思いながら六人がけの四角テーブルに余裕を持って座ると、店員がメニューを持ってきた。

 なかなかどうして美人な店員でした。はい。思わず見とれているとフェンリルに諌められるように蹴られたすねが痛いことを除けば幸せでした。

 

「なかなかメニューは豊富じゃのう…。やはり他の国ではこれは見れんのう」


 言われてみれば確かに魚に牛に豚に鳥に山菜に、と様々なメニューが有るのはリュドミーラ独特のものだという事が最近になって分かった。

 ヴォルゴード王国に居た時は大体スパイスの効いた保存の出来るものばかりが出てきたし、シュトゥルムガッドは魚料理が目立っていた。ここまで肉と野菜が豊富な国は他にはない。秦野国がここを狙ったのも分かるな。と思いながらとりあえずは鳥の蒸し焼きを頼む。

 

「お待たせいたしました」


 その言葉と一緒に届けられた鳥の蒸し焼きはハーブと塩がかかっていてとても美味しそうなものだった。

 三人全員の食事が揃い、いざ食べようとフォークとナイフを手に持った瞬間。

 バダン!

 ととても来客とは思えないような乱暴な音を立てて何者かが入ってきた。

 常識のねぇ奴だと思って出来る限り顔を向けずに入り口を見ると、そこにはリュドミーラの正式部隊の鎧に身を包んだ男二人を脇に抱えた黒いスーツ姿の男が立っていた。

 …ふむ。なんだろう。

 この店が何かやったのだろうかと思って聞き耳を立てようと思ったが、しかし聞き耳を立てるほど静かな話し声ではなかった。


「いい加減に立ち退いてもらわないと困る!」


 ダァンッとカウンターを叩いてカウンターの向こう側に居るウェイターのお姉さんを威圧する。

 

「君たちに貸した金を返す気がないのなら早く店を明け渡し給えと言っているだろう?」

「す、すみません…もう少しで返せますので…」

「ほぅ、金20枚をもう少しで貯められると言うのか。なかなかこの店も繁盛しているようだしなぁ?」


 そう言って周りを見渡す男の視界にはあまり客が居ないことが分かりきっているので、考えるまでもなく陰湿な皮肉だ。

 まぁそんな金を借りた方が悪いわな。

 そう思いながら蒸し焼きを口に入れると、思ったよりも美味しい。っていうか元の世界の料理に比べてもかなり美味しい部類に入る物だった。

 こんな美味しい店に、こんな昼時、しかも村で一つしかないような食事処なのに客が来ない訳がない。

 …ふむ。

 

「す、すみません…」


 考えて込んでいると、萎縮したウェイターのお姉さんを威圧するように更に男が言葉を重ねる。


「良いだろう、そんなに返せる自信があるというのなら期限を一日たりとも過ぎたら貴様の身を持って借金の返済としてもらおう」

 

 その言葉は、明白な罵りだった。


「わかり…ました」


 そしてその言葉に苦悶の表情を浮かべながらも、ウェイターのお姉さんは頷いてみせる。

 …うん。

 もう一口食べた蒸し焼きはとてもじゃないけれど。

 美味しくはない。

 

「なぁフェンリル」

「…なんじゃ?」

「俺としては飯っていうのは大事な儀式みたいなものなんだ。サバイバルで培った価値観みたいなもんなんだけどさ」

「ほう」


 突然、こんな空気の中喋りだした空気の読めない旅人に、店の中の人間達の視線が集まる。


「折角美味い飯があるってのにそれを不味くする奴は誰であろうと許さない。それが俺の信念なわけさ」

「…そうじゃな。それは儂も同感じゃ」

「今、美味しい料理が不味くなった」

「そのとおりじゃな。なかなかこんな味を出せる店はないのう」

「――というわけで、おせっかいをします」

「まぁ、いいんじゃないかのう」


 フェンリルのお許しがでたので、とりあえずテーブルから立ち上がってカウンターに歩み寄ると、スーツ姿の男の脇に控えた鎧に身を包んだ兵士が剣を引き抜いた。

 丸腰の相手に剣を突きつけるなんてなぁ、なんて思いながらも、俺は口を開く。


「借金はいくらなんだ?」

「金20だが?君に関係ないだろう?」

「金20とはまた大金を借りたもんだなぁ。あなた達の立場ってなんなんですか?役人、とか、まぁそこの鎧を着てる二人が正規軍ならまぁ、そうなんだろうけれどさ」

「私はこの都市を預かっている貴族の右腕と呼ばれているような立場でね…色々と任されているのだよ」

「そう。まぁお前に興味はあんまり無いしどうでもいいや。お姉さん、あの料理すごい美味しいからさ、もし良かったら俺の言う値段で買い取らせてくれない?」

「えっと…?」

「まぁちょっと正規の値段に上乗せしてもらえると思ってくれればいいよ。結構そういうのってよくあると思うんだけど…ここってもしかしてそういうのは許可されない感じのお店なの?」

「い、いや…そんなことはありませんけれど…」

「じゃ、これ。あの料理の値段に加えてこれだけ払うよ。もし良かったら使って」


 そう言って袋を渡し、ウェイターのお姉さんがその中身を見て息を呑む。


「いいん、ですか?」

「もちろん」

「ありがとうございます…!」


 そう言って少し泣きそうになった彼女はもう一度表情を引き締めて、その袋をそのまま役人に渡した。


「金20枚。ちょうど有ります。お納めください」

「…ほう?」


 少し訝しげな表情でこちらを一瞥した後、そのを懐に入れた役人は兵士に目配りをした。


「普通の旅人がこんな大金を持っているわけがなかろう。直ちにこれを接収。そして彼奴らを逮捕せよ」


 役人がそう言うと、兵士は兜の下で笑って剣を構える。

 

「…。お前は数ある中で最も莫迦な選択をした」

「この状況でそこまで吠えられるとはなかなかいい度胸をしているな。盗人が」

「雑魚が二人剣を持ったところで、どうということはないさ」


 俺がそう言うと、挑発に乗った兵士二人が一斉に剣を振りかぶった。

 しかしその剣が振り下ろされることはなく、二人は地面に引き倒される。

 何をされたのかわからないと言った様子で立ち上がり、自分の手が剣の柄ごと握りつぶされていることに気付いて叫び声を上げて店から逃げていった。


「さて、俺としては別にお前をどうこうするつもりはないんだけどさ。どうする?」

「…ふん。今日は帰ってやるさ」


 苦し紛れなことを言って帰った役人の背中にため息を付いて、ウェイターのお姉さんに軽く頭を下げてとりあえず蒸しどりを食べようと思ってテーブルに座る。

 すると、目の前に座っていたセラが何かを覚悟したような表情で口を開いた。


「――――あなた。もしかしてギルド”銀狼”の…人だったり、しますか」


 セラはそう尋ねたが断られることを期待していることが容易にわかる表情をしていた。

 ここでウソを付くのは簡単だ。

 だけれども。


「その通りだぜ」

「そうですか――残念です」


 彼女が肩を落としてそう呟いた刹那。

 銀色の光が視界の中で燦めいた。

 そして視界を赤い何かが埋めていく。


「あなたを――断罪します」

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