弟子を取る・弟子になる
今回は少し長めです。
私はこんなに幸せで、いいのかな。
初めての孤児院での食事を終えて割り当てられた部屋に来て布団に潜り、ぽつりとそう零す。
あの時村から逃げ出した理由を盗賊から逃げるためだと言っていたけれど、本当の所はもっと違う理由だ。
単純に。
お父さんとお母さんの思い出があるところから逃げたかったのだ。
盗賊に襲われている時に助けることが出来なかった。助けを呼ぶことすら出来なかった。
そんな後悔の念が、家でお父さんとお母さんの名残を、思い出を、思い出すたびに私のことを責めてくる。
両親が私を攻めているような気さえしていた。
私が一人で過ごしていたのはそんな私に対する当然の罰だと思っていた。
商人ギルドによってばらまかれた嫌な噂によって迫害されるのも慣れてきた頃だった。
篠芽悠真が現れたのは。
フェンリルによって私が殺されそうになったとき、私はどこか納得していた部分があった。
私は生きるべきじゃないと、人にも、世界にも嫌われているんだなとそう思っていた。
人に嫌われているのは平気だと思っていたけれど、フェンリルに殺されそうになった時に感じた絶望感は、やっぱり平気じゃなかったんだと私に自覚させた。まるで見えない鎖が私を雁字搦めにしているような、そんな気分だった。鎖の先についていた刃が、私の首を撥ねる。
そんな、イメージ。
しかしそのイメージは篠芽悠真によって払拭された。
当然誰も助けてくれないと思っていた時に、コツン、と自分の足元にフェンリルから跳ね返った石が落ちた。
何かの気のせいだと思った。
あまりにも生きたいから幻覚を見たのだと。
或いはもう死んでいてこれはもう夢なのだと思った。
けれどもそれは違った。
獰猛なフェンリルを相手に、尖った石ころだけで立ち向かう人が、そこには居た。
「なん…で…」
真っ先に出てきた言葉は疑問の言葉だった。
あの時、私は彼の事をヒーローのように思えた。
次に彼が目を覚ました時は、彼の境遇に驚いた。
記憶を失って、数週間一人で過ごしていたらしい。
それだけでも驚いてばかりなのに、何より一番驚いたのがそんな状況で命をかけて人を助けようと思った事だ。
自分が次の日を生きる体力も保証されていない中他人を命がけで助けるなんてそうそうできる事じゃない。少なくとも私はそれが出来なかったから、彼の事を素直に尊敬した。
そんな彼が私に言葉を教えてほしいと助けを求めた。
是非もない。
それを切っ掛けに彼は私の命を狙う人間を退治してくれたり、何かとうまく立ちまわって今はこんな所に寝ることができている。
久しぶりに沢山の人と食卓を囲んだのは嬉しかった。
幸せだった。
私はこんなに幸せでいいのかな、と思うほどに。
こんなことを彼に言ったら、恐らく彼はこう言うだろう。
「今自分が幸せならそれを疑うことは馬鹿らしいよ。笑って生きていればいいんだよ」
なんて、こんな具合に。
やっぱり、私は彼に頭が上がらないな。
****
翌日、私が目を覚ますと孤児院の子供たちが朝食の準備をしていた。
これでも料理の腕には少し自信がある方なので手伝おうと申し出ると、丁重に断られた。どうも彼らにも仕事が割り振られていて、数少ない仕事を他人に取られては敵わないというような感じらしい。
それもそうだな、と思い直して自分の馬車のところに言って不具合がないかどうかを確かめる。
あまり詳しくは見れないが、少なくとも車輪が割れていることはなさそうだ。
形だけのメンテナンスに少し満足して幌の中にある荷物を外に出して、ボロ布で金属を拭いていく。
見るたびに父親のことを思い出して嫌な気分になったものだけれど、今となっては珍品を見た時の可笑しさぐらいしか浮かんでこない。
大量にある荷物の半分くらいのメンテナンスを終えた頃に、一人の女の子が私のことを呼びに来た。
彼女はリンと言って、この孤児院で最も最年長の十四歳。子どもたちのリーダー役をやってくれている、とカーライアムが誇らしげに言っていたのを思い出す。
「あの、リーニャさん。ご飯が出来ました」
「うん、今行くね」
そう言って出してたものを簡単に木箱に閉まってボロ布を置くと、リンが興味深げに荷物を見ているのに気付く。
「気になる?」
「あ、いえ、すみません」
「いいのよ。私もこんな変なのおいてあったら目が釘付けだと思うもの」
笑ってそう言うと、リンも笑って応えてくれる。
「それ、ここで売るんですか?」
「そうよ。朝ごはん食べたらまず市場に下見しに行って相場を見たりして、午後に販売かな」
「へぇー…すごいですね」
「いやいや。まだまだ駆け出しだから全然だよ。リンちゃんも商人に興味あるの?」
「ええ、家事の合間を見て勉強はしているんですけれど…やっぱり難しくて」
あはは、と照れて笑っている彼女に親近感を覚える。
思えば言葉を覚えたばっかりのアイツに算数でアッと言わされたのは苦い思い出だ。
「もし時間が合えば一緒に行ってみる?私も地元に詳しい人の案内とかあると助かるし」
大広間に向かいながら私がそう言うと、リンは少し考えこむ。
「んー…行きたいのはやまやまなんですけれど…家事がたくさんありまして…」
と、残念そうにそういうので、しかたがないなと返事をしようとすると背後から声がかかる。
「なんだ、行ってくるといい。私は今日非番だから私が家事やら何やらやろう。たまには母親みたいなところを見せてやらんとな」
現れたのは寝巻き姿のカーライアムだった。
上着の裾から手を突っ込んでお腹を搔いているあたり彼女は女を捨てているように思える。いや、特に含みがあるわけじゃないですよ。
「ほ、ほんとですか?」
おずおずといった様子でリンが聞き返すと、カーライアムがしっかりと頷く。
「やった!」
ガッツポーズを作って飛び跳ねるリンは可愛いな、と思う。
恐らくカーライアムとしても彼女が商人になってくれるのならそれが一番嬉しいのだろう。
この孤児院の子どもたちが第三師団に行ってしまう事は、かなり彼女の中で後悔しているようだし。
まぁ憧れて入るのならばまだいいが、第3師団にしか行き先がないというのが彼女の中での後悔の要因の最たるものだと思う。
言っては悪いがここの子どもたちの知識は皆無に等しい。
言葉はかろうじて読めるものの算数や何やらは全てできないそうだ。
とか言っている私も篠芽にいろいろ教えてもらったからかろうじて四則演算が出来るぐらいだ。
だからこそ、頭をあまり必要とせずに、そして保護されている第3師団に行く他ない。
つまりそういうことだろう。
ふむ。
と、思いついたことがある。
私と篠芽は差し当たって仕事が無い。
さっきのように手伝おうにも仕事を取られては敵わないという子どもたちによって阻害されてしまうからやることもないのだ。
じゃあここでの需要は他にないのかと言われるとそれは違う。
ここでの需要は、知識。
そしてそれを供給出来る人がいる。
ならそれをやろうではないか。
「うん、そうしよう」
一人でそうつぶやくと、話していたカーライアムとリンが不思議そうにこっちを見てくる。
けれどまだ言う訳にはいかない。
何も決まってないし、変な期待をさせてもダメだろう。
****
「おお、いいかもねそれ」
「やってくれるというのなら是非もなく頼みたいな」
朝食の席でリーニャが言ってきたのは俺とリーニャによる授業をやってみようという提案だった。
仕事がなくて手持ち無沙汰な時が多かったし、剣技と魔法を教わりながら同時並行出来る範囲ならかなりいい話だ。
カーライアムもこの話には乗り気で、俺とリーニャの二人の邪魔にならない程度にやってくれ、との話だった。
とりあえず朝食が終わったら俺はホルンに魔法を教わる予定だし、リーニャも相場を見に行く予定だということなので、とりあえず授業は夕方にしようということになった。
そのほうが家事やってる子供も少ないしね。
希望制とは銘打っているものの、朝食のテーブルで言ってみると予想外に参加してみようという子どもたちが居た。
…うん、普通に学校に行っていたから日々の授業とかだるいものでしかなかったけど、案外そういうもんでもないのかもな。
まぁ、頑張りますか。
とカーライアムにこの世界での計算やらなにやらを聞いてみると、どうやら貴族にしか入れない学校ですら掛け算が精一杯らしい。ちなみにカーライアムは足し算が限度らしい。恥ずかしがる三十路の女の人も可愛いものですね、はい。
と、すると、だ。
俺ってすっげー賢いことになるんじゃね?
もはや賢人と言って差し支えないんじゃなかろうか。
ふふふ。
と天狗になりかけたところで慌てて自制する。
俺は多分今から苦労するだろうし。
朝食の食器を片付け終えると、調度良くホルンが孤児院へやって来た。
子どもたちになつかれているのか、飛びかかられたりしているのを笑いながらさばいている様はなかなか達人めいたものを感じる。
「こんにちは。魔法を覚えたいとのことでしたね」
「はい。まず知識を詳しく教えてもらえると嬉しいです」
「そうですね、では外へ行きましょうか」
「外?」
「外でやれば砂をいじって絵を描けますからね、やはりイメージで伝えたほうがわかりやすい時がありますので」
「なるほど」
一理ある、と思ってついていくと、中庭の隅っこに大きく広がる砂場があった。
「ホントはライムが子どもたちに授業を受けさせたいと言って考えついた方法なんですけどね、残念ながら土魔法を使える人達に勉強を教えられる程の教養もなくて」
あはは、と笑いながらそういうホルン。
カーライアムのことをライムと言っているあたり良いのだろうが、どれくらいの付き合いなのだろうか。
そう思って尋ねてみると、予想外の答えが帰ってきた。
「私はここの孤児院で保護された第一号ですよ」
「ああ…そうなんですか」
「はい。だから第三師団も家族の延長線みたいな感じで楽しいですよ」
そうは言っているものの、やはり彼女の表情には影が差している。
家族の延長線ということは師団の仲間が死ぬときも家族が死んだ時のように悲しいのだろう。それなのに次の日にはこうやって笑っていられるなんて…すごいと思う。
「ありがとう、ございます」
色んな意味を込めて感謝の言葉を言うと、ホルンはただ笑って頷く。
「じゃあ、授業をやりましょうか」
「はい。お願いします」
「では…そうですね、属性魔法と不属性魔法の2つについての概要は説明しましたね。では今回はその発動の仕方…を教えましょうか。基本的に魔法を発動する方法は二つです。一つは魔法陣を用いての発動、もう一つは口で詠唱しての発動。どちらもメリット・デメリットはあります。魔法陣を用いての発動は単純に発動時間がほとんどノータイムなので便利ですが、応用性が殆ど無いために戦況が変わりやすい魔術師同士の戦いではあまり使えませんね。そしてメリットとデメリットを逆にしたのが口頭詠唱です。発動は遅いですが状況対応力はなかなかのものです。以上で質問はありますか?」
魔法については分かった。
しかし一つ、気になる言葉がある。
「魔法師、ではなく魔術師と言うんですね」
「え?ああそういえばそうですね」
「何故か分かります?」
「いや…少し分かりませんね。地方によって変わる誤差…とかですかね?」
「そうですかね、話の腰を折ってすみません」
「いえ、私も少し興味が湧いてきたので後で調べてみます。では続きと行きまして…やっぱり一番篠芽さんが気になってるであろうその右腕について、私が知っている事をお話しましょう。と言っても元から知っていた知識と昨日城で調べたことぐらいしか分かりませんので、たいした情報量ではありませんが」
「いえ、助かります」
「いえいえ。命の恩人でもありますからね。まずその右腕…フェンリルに呪われた人のことを一般に”魔憑き”と呼ぶそうです。まぁこんな呼び方なのはつい最近、それも十数年程度らしいのですが、その前は神着と呼ばれたらしいですね。神着の方はどちらかと言うといい意味で使われていたようです。過去に神着と呼ばれた人は地域に豊穣をもたらしたりしていたようですね。後驚いたことに、秦野国の秦野白狐という五賢人の一人も神着だったようです。何の神か魔物か…が憑いていたのかははっきり分かっていないようですが。まぁそんな良いことだと思われていた神着が魔憑きと呼ばれるようになったのは、十八年前のある事件がきっかけになっています。魔物の第一発見者のいた村が魔憑きによって滅ぼされたのです」
「魔物の第一発見者?」
「ええ、五賢人が魔物を払ってから十八年前にヴォルゴード王国のジェルネ村というところで発見されるまでは魔物は存在しなかったのです。そんな中ヴォルゴード王国のジェルネ村の衛兵がジェルネ村から命からがら魔物が現れたとヴォルゴード王国の第四都市ヴァリアントに向かって援軍を要請、第三都市の第一師団がジェルネ村に行った所、”神着”の…後に連合軍にルシファーと名付けられた少年によって第一師団は全滅。ただ一人生き残った兵士の言葉によって伝えられたその有り様はまさに悪魔が憑いたようだ、ということで”魔憑き”と呼称されるようになったようです」
「なるほど…それでその後、魔憑きの少年はどうなったんですか?」
「その後は消息不明になっています。周囲にある第三都市の村も第四都市の村も襲われていません…が、それ以降ですね。魔物がチラホラと見るようになったのは」
「なるほど…」
「あと、過去に確認された魔憑きは三つあります…が、その三つともすべて悲惨な事例ですが、聞きますか?」
「はい。お願いします」
「一つは十五年前に確認された”魔憑き”ベルフェゴール。その少年はシュトゥルムガットの第四都市ツェルケを破滅させ、その数日後に”魔憑き”となった少年の腹部が爆発したような状態で発見されたとのことです」
「なかなかすごいですね…」
「そうですね…二つ目は十年前、”魔憑き”ベルゼブブ。彼女はリュドミーラの第四都市オーシャンの村ハールを食い尽くした後にうなじの部分に大穴が開いて死亡。近辺の人間の体も”食い散らかされていた”そうです」
「…ふむ」
「三つ目は三年前。”魔憑き”レヴィアタン。グーデルバイト帝国にて確認…ですがグーデルバイト帝国の情報規制によって詳しいことは分かっていません。噂程度ならば流れていますが、真偽の程は保証しかねます」
「…毒、ですか?」
少し間を置いてレヴィアタンの暴れた方法を言ってみせると、ホルンは驚いたように目を丸くした。
「驚いた。貴方知ってたんですか?」
「いえ…少し似たものを知っていたものでして」
「良ければ教えてもらってもよろしいですか?」
「ええ、ルシファーにベルゼブブ、レヴィアタン…そしてレヴィアタンが食い散らかす、と来ればこれは確実に――――「そこまでだ。ったく知識が豊富すぎるな、お前は」」
聞いたことのある伝承を口にしようとすると、俺の右腕から飛び出すようにフェンリルが飛び出してきた。
驚いてホルンが魔法を唱えようとするが、手に魔法陣が生成されそうになったところですぐに霧散してしまう。
「落ち着け女。私はここにいる人間を攻撃する気はない。それに今は幽体だしな。攻撃しようと思ってもすり抜けるだけだ」
「足はしっかりあるんだな。幽霊って言っても」
「足のない狼は毛のついた芋虫に犬の頭が着いたようなもんじゃないか。気持ち悪いぞそんなのは」
「狼が喋ってるのもなかなか気持ち悪いと思うけどなぁ」
「…ほう、そこまで言うのならちょっと待っておれ」
そう言ってフェンリルが木の裏へと行くと、ホルンが口をパクパクさせてこっちに視線を飛ばしてくるのが目に入る。
「あー…おれの右腕に憑いているんです。あの日暴走を止めるのに苦労しましたよ」
アハハ、と言って笑うと、ホルンが少し肩を落として俺の隣に座る。
「まったく、魔憑きの噂が本当だとは思えませんね。先の4件の報告も文献だけですし、少し疑いたくなってしまいますよ」
いや、多分それは本当だと言いかけたところで、木の裏からフェンリルがホルンに声をかけながら出てきた。
「いや、その報告はほとんど合っているぞ。多分だがな」
出てきた、のだが。
その姿は銀髪を肩甲骨の下ほどにまで伸ばし、頭には耳のような形のくせっけがある。
瞳は金色を少し混ぜたような銀で、透き通るような肌によく映えている。
「誰だお前!?」
「フェンリルじゃよ!?」
「嘘つけぇ!?」
「嘘じゃないわ!!貴様が狼の姿だとキモいとか言うからナウい格好してきてやったんだろうが!」
「古いわ!!」
「なんじゃと!?」
おどけて体をのけぞらすフェンリルは思ったより美人だった。
灰色のパーカーに黒いスカートのようなものを履いていてあの高圧的な態度がこんな美少女から出るわけがないとすら思えるが、同時にこんな美少女を組み伏せていたとかんがえると少し罪悪感が芽生えてくる。
「…本題にはいろうか。フレキの魔力を吸って少し元気になったし…このタイミングで喋っておくのがよかろうと思うしの」
「お前そんな口調だったっけ?」
「ロリババアは需要あるのじゃよ」
「しらねーよ…いや知ってるけど…」
「まぁ黙っておれ、そこの女も特別に聞くことを許そう。と入ってもあまり食い込んだところは話せんのだがな。まぁひとつ言えることはそこのホルンとやらが言っていた魔法は魔法ではない」
「ええっ!?」
「うむ、いいリアクションじゃ。そういうのは好きじゃぞ。ホルンとやら、お主は儂に魔術核があると思うか?」
フェンリルにそう言われてホルンが目を凝らしてフェンリルの全身をくまなくみるが、ホルンは諦めて首を振る。
「そうじゃろ、じゃが儂はこのように魔法が使える」
そう言って手のひらに小さい火球を浮かばせる。が、それはただの火球ではない。
「え…それって太陽…ですか?」
ホルンが呆気にとられてそう尋ねると、フェンリルが自慢気に頷く。
「お主らの魔法では最上級の…なんと言ったっかの?」
「白の魔法…ですか」
「そうそう、それじゃ。まぁそれに値するものじゃ。これが並大抵の魔力では発動出来ないことは知っておるな?篠芽はしらんだろうがそういうもんだと思っておけ」
「お、おう」
「でも、魔術核もないのに何故…?」
「それは、これが魔法だからじゃよ」
「えっと…?」
意味が分からない、と言った具合に首をひねっていたホルンだったが、すぐに何かを思いついたのか手を叩いて口を開く。
「魔術核に、魔術師…私達が使っていたのは魔術だった、そういう事ですか?」
「うむ。お主は頭の回転が早いな」
「いえ…というか魔法…いえ、魔術のことを殆ど知らないのに魔術と魔法のことばの違いが引っかかった篠芽さんのほうが…」
「ああそいつは元から知っていたんじゃ、論外じゃの」
「うっせーぞ」
「お?やるのか?儂今か弱い美少女じゃぞ?お主はそんな下衆い人間じゃったか?」
「ぐ、ぐぬぬ…」
言わせておけばこの犬…いや女…しかし俺は触らなくてもいくらでも女性に嫌がらせをすることは出来る!!なぜなら薄い本を沢山読んだからだ!!!あ、でもみんなは十八歳になってから読もうね!!!!
「何かトリップしておるが…まぁそういうことじゃ。こいつはこの世界の人間では到底知り得ない事を知っておる。その逆もしかりじゃがの」
「たとえば…さっきのベルゼブブとかのこと…ですか。っていうか篠芽さんって異世界の人だったんですね」
「おう、バレてしまっては仕方がないの」
ちっとも残念そうじゃねーじゃねぇかお前何人の言葉遮っておいてポロッと言ってんだよハゲ。
「まぁまぁ良いではないか。後儂は禿げてないぞ。眼科行け?な?」
「考えてることを勝手に読むんじゃねぇ!」
それ以降適当に色々と探りを入れてみたが、どうやらこれ以上の発言は許されず、かと言って教えるつもりもないようだ。
だが、それはそれで答えの近くに行くことが出来る。
つまり、俺の考えていることはほぼ正解だということだ。
****
「すごい!!!すごいすごいすごい!!」
孤児院にホルンがやってきたのと同時刻。
商品の値段を頭に叩き込んでいくリーニャの隣でリンがはしゃいでいるのをみて、思わず笑みが溢れる。
そういえば、お父さんに初めて市場に連れて行ってもらった時もこんな感じだったなぁと昔の思い出が浮かんでくる。
ここは身分証明書がないと入れないファーストマーケットと呼ばれるところで、誰でも入れる市場とは置かれている商品も値段も全然違う。
普通の市場でも良かったのだが、治安が悪いだけに万引きされるであろう分の値段も盛ってあるし、用心棒代や土地代なんかもかなり加算されてくるので素材そのものの値段の把握は難しくなっていってしまうのだ。
しかしファーストマーケットはすべての商品に10%の税はかかるが、土地代は無料、しかも保証がないと入れないために基本的に治安がいい上に国が衛兵を派遣してくれているおかげで更に治安が良いと来ている。10%分の値段上乗せがあるために原価から値段は多少上がるが、商品から10%引けばとりあえずはその素材の値段になる。
リュドミーラの第三都市といえば山と海の食材が豊富だから、それらが一番原価に近いものになる。
遠くから来ている金属系のものは必然的に高くなっていってしまうのだ。足代がかかってしまうからね。
と、ここらへんを知るのに私はかなりの日数を必要とした上に、知っていたとしてもあやふやなもので正確に分かっていたわけじゃない。そこで、いろんな事を篠芽に聞いたわけだ。10%だなんだという計算は正直無理だし、ここの商人もほとんどができていないだろう。
けれども地元の商人、つまり食材を主に扱っている商人はここにいて長いから、感覚的に分かっていて上乗せしている値段も正確だろうという予測をして、八百屋にやってきたわけだ。
「すっごい安いですね!!こんな美味しそうなのが…!!」
そう言ってりんごを手にとって笑うリンをみて、少し微笑ましく思える。
値段を見てみれば、りんご一つが銅金一枚に黒金一枚。
普通なら銅金三枚は取られるような嗜好品だから、ここではかなり抑えられているのが分かる。それに値段だけではなく、普通の市場、俗にセカンドマーケットと呼ばれる所ならば傷だらけで見た目もよくないのに、今眼の前に並んでいるのは艶もあって大きくて臭いもいい。
このレベルのものをセカンドマーケットで売ろうと思えば銅金八枚は必要になるだろう。
それが、ここならば銅金一枚に黒金一枚。
安すぎるだろ。
「景気いいですね、何かあったんですか?」
さすがにベタベタ触ってしまったのを買わないのも気がひけるので、リンが持っている分をとりあえず払ってから主人に尋ねると、人が良さそうな主人は笑って答えてくれた。
「いやぁ、最近奴隷商がここに来てな。安くしてると多々買いをしてくれるんで安くしてるんだよ」
「なるほど、生物は売ってしまったほうがいいですもんね」
「そーいうことだ!質が落ちてセカンドに流れちまうより損害がでかいからな!!」
なるほど。
ありがとうございます、と言ってリンを引き連れて休憩所へ行く。
「え、えっと、りんご持ってきちゃいましたけど、返してきますね!」
「待って待って。それ買ったやつだから。食べちゃいましょ」
「ええっ…でも悪いですよ、こんな高いもの…」
「大丈夫よ。今ちょっとお金持ちだから私」
「でも…」
「それにそれナマモノでしょ?あんまり触ったものを棚に戻すのって良くないのよ。ということなので将来の商人さん。気をつけてくださいね?」
「あ、すみません…」
肩を落として空気を抜いたように萎んでいくリンに笑いかけて、休憩所に備え付けの台所でナイフを借りてリンゴを切り分けてしまう。
「みんなには内緒よ」
「い、いいんですかね…」
「いいのよ。将来の投資ということで。将来お金稼いだら返してもらうわ」
「が、頑張ります!」
「その意気でお願いね」
あー…
私なんで先輩面してんのかなー…
私も駆け出しなんだけどなー…
お金あるからかー…
この傾向はまずいな、と少し気を引き締めて頬を軽く叩くと、リンゴを食べ終えたリンを引き連れて目的地に向かってまっすぐ歩く。
「何処に行くんですか?」
「さっきの八百屋のご主人が奴隷商が来てるって言ってたでしょ?それを見に行くの」
私がそう言うと、少しビクリと体を震わせてリンがうつむく。
恐らく、同い年や家族と同じ年齢の人達が粗末に扱われているから見るのが嫌なのだろう。
たしかに私も奴隷制度はあまり好きじゃないが、それで助かっている人間もいる。
擁護するわけでは無いがそういう制度もある以上知っておく必要があると思う。将来何が起こるかわからないし、それに今は知りたいこともある。
この国の景気だ。
「奴隷商をみて景気が分かるんですか?」
「参考に出来る程度には、ね。奴隷商が最近来たみたいだし、売っている人数が多かったらこの国には沢山お金があるってことだし、売っている人数が少なかったらこの国にはお金がないってことなのよ。ああいう連中はお金の流れに目ざといからね。結構参考にできるのよ」
「なるほど…売りたいから沢山お金があるところに行くのは分かるんですが、なぜ少ないとお金がないと分かるんですか?」
「奴隷商が人を買うために来るからよ。人が少ないってことはつまり商品が少ないってことよね。だからそれを補充する必要がある。お金がない国、つまり景気が悪い国なら安く人から買い叩いてもあまり文句は言われないどころか、感謝さえされるでしょ。つまりそういうことなのよ」
そう言うと、更にリンが萎んでいく。
この世界で奴隷商のこういった知識を知っておけば危険回避にも役立つし、連中を金稼ぎに使うか使わないかはさておいて自分の身を守ることぐらいは出来る様になるのだ。だからこそ旅商人になるのなら知っておく必要があるし、地元にいるにもさっきの主人のように商売ができるようになるから知っておく必要がある。
そう。
危険回避。
今回はそれが大きな意味を持つ。
この国は市場の活気を見るに目に見えてお金があるし、篠芽のいう”バブル”という状態ではないことが伺えるから、そういう意味では教育以外で行く必要はない。
けれどもどうも気になる事がある。
最近どうも衛兵が慌ただしい気がする。
それに普通にものを盗まれたからといって、盗賊なんかに貴族があんなにお金を出すとは思えないのだ。
衛兵の駐屯所にはられている賞金首は多くても銀一枚だ。金貨二枚は多すぎる。
と、すると。
盗賊の裏につながる何かを知りたいから死に物狂いでお金を出していると考えてみる事に意味が出来てくる。
盗賊が盗み以外で貴族に対してする略奪行動といえば思い浮かぶのはただひとつだ。
誘拐。
恐らく娘か息子を誘拐されたのだろう。
それを売る先は身代金を要求する以外ならば奴隷商ぐらいしか無い。
この世界では直接身代金を要求するリスクを取るなら奴隷商を選ぶのが普通だ。リスクが大きすぎて身代金はやってられないというのが心情だろう。それに奴隷商も普通に人から買うよりも盗賊から買ったほうが安く済むから、違法だがそっちを選択しがちになる。
長々と言ってきたが、つまり何が言いたいのかというと。
「みてらっしゃーい!!筋肉隆々!こんな健康な男はなかなかいないよー!他にもあと五人!手持ちが少ないけどみんな見てってなー!」
手持ち奴隷が少ない奴隷商が金のある国に来るということは。
近くに誘拐を仕事にしている盗賊団がいるのとほとんど同義だということだ。
読んでくださってありがとうございます。
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