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異世界の歩き方  作者: レルミア
旅編
79/104

pray

 出発から一日が経過した日の夜、篠芽とフェンリルは馬を引きながら松明を持って歩いていた。


「しくったな…」

「そうじゃのう…」


 ズブズブと沈んでいく脚に気をつけながら歩いて行く。

 どうやらここでは最近雪が降ったらしく、それが溶けたために地面がぬかるんでいるようで野宿は出来なかったのだ。

 よって松明をつけて気をつけて歩いているというところだ。

 

「底なし沼とか、ないよな?」

「さぁのう…なんせ一面土じゃし見分けはつかんよ」

「うへぇ」


 サバイバル術は分かってもこういった旅のいろはは分からない。

 フェンリルも知らないようだし、リーニャでも連れてくればよかったなと思い始めた頃合いだった。


「あの…」


 フェンリルでも篠芽でもない声がその場に響いた。

 瞬間的に剣を引き抜いたが、声の主がどこに居るのかは分からない。


「あ、あの、敵意はないんです…その…助けて欲しくて」


 ある程度長い言葉を話されてようやく声の主の方向が分かり、そこに向けて松明を向けてみると大きな何かが沼に嵌っており、それを引っ張り上げようとする女性が居た。


「えっと?」


 事態がよく飲み込めずに女性にそう言うと、女性は困ったように笑う。


「これ結構重くて…良かったら引き上げるの手伝って欲しいな…なんて」

「ああ…まぁいいですけど」


 そう言いながらフェンリルに目配せをする。

 手伝ってる後ろから襲われたんじゃたまらないからな。

 近くに歩み寄ってみてようやく彼女の顔をはっきり見ることが出来て思ったのは、美人だなと言う印象だけだ。

 っていうかこの世界は美人が多い。

 金色のロングヘアーに修道女のような帽子をかぶっている様子から、彼女は神職系のそれに類する人間だと思われる。

 そんな彼女が1人で旅…ねぇ。

 そう思いながらも近寄ってみると、なかなかどうして大きな荷物だった。

 正方形の何かを袋で包み、ヒモで口を閉じてそれを引っ張っているのだが半分以上が埋まってしまったこの状態では確かに女性の力では持ちあげられないだろう。

 試しに少し引っ張ってみたが、重さに引っ張られて脚が沈んでいってしまう。

 しょうがない、と地面をばれない程度に固まらせてそこに足をつく。

 足場が完成したことによって踏ん張りが聞くようになり、持ち上げる事は容易に出来た…が、このまま引きずっていくのであれば再び沈んでしまうだろう。

 どうしたもんかな。


「あの…ありがとうございました。旅の邪魔をして申し訳ありません」

「ああいえ別にこれを持ち上げるぐらいどうってことないんです…が、これこのまま持って行ってもまた沈みますよね」

「う」


 痛いところを突かれた、と思ったのか彼女は少し気まずそうに目を伏せた。

 

「どこに向かってるんですか?」

「ヴァルハラに…この銅像を届ける必要がありまして…」


 そう言って彼女が指さしたのは先ほど持ち上げた荷物だ。

 これ銅像だったのか。

 

「ヴァルハラなら道はいいんじゃないかのう」

「そうだな…良かったら一緒に行きますか?せっかく助けたのにまた行き詰まって死んじゃったなんて話になったら目覚めも悪いですし」

「本当ですか!?」

「ええ」

「ありがとうございます…私はセラと申します…今後共よろしくお願いします」

「ああ。よろしく。俺が篠芽でこいつがフェンリルだ」


 願わくば、旅のいろはを知っていることを期待して…と思ったのだがここで銅像を嵌らせている人がたびに詳しいとは思えないな。うん。


「そうと決まれば…どーすんだこれ、どうやって運ぶ?」

「儂が道を作っていこう。儂の後をついてこい」

「りょーかい」


 そう言いながら、フェンリルは歩いた所の土を魔力で固めていく。

 その後ろを自分たちが列になって歩いて行くと言う方法だ。

 そうして一時間ほど歩くと、ようやく泥濘が終わったためにそこに野営地を設置して寝泊まりすることにした。

 熱い粉末ココアをお湯に溶かしてコップに注ぎ、近くの岩場に座る。

 ほう、と吐いた息が白くなる。

 この世界の夜の空はとても綺麗だ。日本に居た頃では考えられない程の星が見える。俺はこんな日には空を見上げて星を数えるのが少し好きになってきた。血なまぐさい事や、面倒な事を忘れられるようなそんな気がするから。

 そんなことを思っていると、隣にセラが座ってきた。

 

「今日は本当にありがとうございました」

「道が同じですから、まぁついでってやつですよ」

「そうですか」


 あはは、と少し笑ってそう言うと彼女も微笑んだ。

 

「こんなご時世女性の一人旅なんて危ないと思うんですけど、どんな事情何ですか?」

「ああ…私は見て分かるかもしれませんが修道女でして。まぁ神を信仰しているのですよ」

「神を…ですか」


 そういや一応フェンリルも神に属するタイプだよな。もともと魔族だけど。

 そう思いながら、彼女の言葉に耳を傾ける。


「私の故郷は…リュドミーラの第三都市なのですが、あそこは先日貴族が崩御されて…かなり市民が混乱しているのです」


 あー…それ心当たりあるなぁ。多分犯人は黒髪のやつだなぁ。


「城内部での虐殺…しかし王様は生き残ったためにそこまで最悪の事態には陥っていないのですが、最強とうたわれていた近衛騎士や第一部隊が全て殺されていたと言う事実に市民は戸惑いを隠せませんでした。そこで市民は縋る先を探したのです…」

「それが神…ですか」

「ええ。この銅像はかつてこの国を作ったと言われる五賢人の一人ヴィクトリーヤの銅像です。第三都市で作られたヴィクトリーヤの銅像をヴァルハラという神の園へ贈ることによって救いを求めましょう…そういうことです」

「…あなたはそんなこと信じてないって顔をしてますね」

「私はあまり…神様に物を贈れば助けてもらえるとかそういうタイプの信仰ではないので…」

「祈れば助けてもらえる、ですか」

「ええ」


 この細かなすれ違いは後々大きな禍根となるかもしれないな、と自分の世界での宗教戦争を思い返す。

 だがまぁ、そこまで関わる気にはなれなかった。

 宗教に介入してもいいことなんて言うのはほとんどないと言うのは割と身にしみて覚えがある。だが、宗教の伝える逸話と言うのは時に真実が含まれていることがあるかも知れない。こんな魔法が存在するような世界なんだ、イエスキリストのような人間がいても不思議ではない。


「宗教…ってことはそれなりに逸話と言うのはあるんですか?」

「逸話…ですか?」

「伝説、というかそういったものです」

「ああ…深淵の城とか、不死を求める騎士とか…そんなのも有りますよ。あと…神の戦争とか」


 おおう…なんというか…その…かっこいいですね…

 予想以上にそれっぽい話達に面食らいながら、一つ一つの話を聞くことにした。

 

****


 深淵の城


 深淵の城…と言うのは国土のほとんどが凍っている国にある城の事だ。

 そこの城主は、大層怠け者だったそうだ。

 勉強はせず、執政もせず、そしてやがては生きることさえも面倒だと思ったのだという。

 そんな心の隙間のあった人間に浸け込んだ魔が居たそうだ。

 魔にそそのかされた彼は、深淵を覗いてしまった。

 

『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ』


 その後、彼は部下の騎士に向かってそう言ったらしい。

 本当に恐怖に染まっていた彼の表情から騎士は何かを察したのか、一日中騎士を護衛につけることにした。

 三人の騎士で交代で護衛についていたのだが…ある日。

 

 魔が、差した。


 城主は体内に入り込んだ深淵がやがてその体を食い尽くし、人ならざる者へとその身を落としたのだ。

 そしてやってくるのは、暴走。

 護衛についていた1人の騎士を深淵に引きずり込み、そしてその場に居た全ての兵士を食い尽くした。

 他の二人の騎士は命からがら逃げ出したと言う話だが、その真偽は定かではない。


****


 不死を求める騎士

 

 その騎士は、死ぬわけにはいかなかった。

 自らの使えていた姫を助けだすまでは。

 その姫は世界の穢れをその身に引き受けるのを、代々生業としていた。

 彼はその、幼馴染だった。

 穢れの溜まる湖のほとりに住む姫の一家と、その騎士。

 代々の穢れを引き受ける姫はその生業故に大層短命だったのだが、その姫は違った。

 穢れを引き受け始めてから約十年で現れるという障りという物が体に出てこないのだ。

 そして更に十年。齢三十年にして発覚したのは、体が全く老いていないということだった。

 いつまでも十七歳の姿のままだった。

 しかし姫の愛した騎士はすでに、三十を超えていた。

 姫は老いることを望んだが、それが叶うことはなかった。

 騎士は決意する。

 姫が老いることがないのなら自らも老いる訳にはいかない、と。騎士は自らの弟子をそこに護衛として置いて旅立った。

 その結果は、知られていない。


****


 神々の戦争

 

 ラグナロク、と呼ばれるそれは黄昏の時とも言われる時がままある。

 神々の戦争が始まってしまえば人の身で抗うことは出来ず、ただ滅びることしか出来ない。

 だから私達はただ祈る。

 その時が来ないことを。

 その時が来ても、生き延びる事を。


****


 ――そう、か。

 深淵の城、あれはほぼ確実に七つの大罪の1人であり…そしてテセウスの居た城のことだろうということは分かる。

 そして、彼の抱えていた後悔も、少しだけ分かれたような気がした。

 リーニャが言うには、死にたがっていたらしい。

 そして彼は最期に死に場所を見つけたような…そんな気がしたと。

 そうか。

 彼は。

 すごい人、だったんだな。


 あまり知り合って長くなかった彼のことを識って、込み上げてくるものがあった。

 辛かった、だろう。

 守りたいものが守れず、共に死ぬことすら許されなかった。

 ああ。

 どうして世界はこうも残酷なのか。


「…大丈夫ですか?」


 篠芽の顔を覗きこんでそう言うセラ。

 

「大丈夫――だよ」


 そう言っているが、篠芽の両頬には伝うものがあった。

 ユーノとのことで被ったのか、篠芽はユーノのことを思い出していた。

 ごめん。

 護れなくて。


 滲む視界で空を見上げると、憎たらしいほどに――綺麗だった。

ベスって誰だ、読みなおして私も思いました。修正致しました。

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