意思の残し方
「全く…やり過ぎですよ」
すべてが終わり、生徒たちを送り届けた後にホルンは篠芽をたしなめた。
「すみません、でも必要だったんです」
「まぁ言わんとすることは分かりますけど…運が良かったですね、一人も死なないで」
「そうですね」
最初から助けに入る気ではいたが正直あそこまで歯がたたないとは思わなかった。
本来の実力を発揮すればもう少し善戦はできただろうが、やはり初めての命のやりとりという事実が彼らの脚の動きを止まらせたのだろう。
増長して取り返しの付かない事をする前で良かったと思いつつも、こんなことを手伝わせてしまったホルンに少し申し訳なくなって謝る。
「別に謝る必要はありませんよ。私も必要なことだとは思います」
「そう言っていただけると助かります」
そのままホルンと別れ、とりあえず街をぶらつくことにした。
何故救出にあそこまで時間がかかったのか…と言う疑問には答えることが出来る。
ウビーツァと言う組織からの接触があったからだ。
あれは自分たちの獲物だから手を出すな、と言う旨の内容の手紙を渡してそのまま消えていった。
そしてそのまま実行するのであれば終わった後にここに来い、と言う内容も書かれていた。
その集合場所が…この酒場だ。
中央市場に存在し、夜のはじめは仕事終わりの男たちで騒ぎ始める酒場の一角にその男は居た。
「よぉ」
そう言って席についてとりあえず串焼きを頼む。
目深にローブを着た男は返事もせずにビールに口を付けて喉を潤してから喋りだした。
「別にあいつを殺した事はどうでもいい…だが俺たちの組織がアウトソーシングをしたのかもしれない…それも素人同然の学生なんぞに、だ。それが問題なんだ」
「最終的に俺と同僚が殺したんだから良いんじゃないのか?」
「アウトソーシング自体が問題だと言うんだよ。俺の組織に依頼したということは俺の組織が仕事をすることを望んでいるわけだ…そんな所がいきなり違う組織に依頼したとなれば信頼の失墜は免れない」
「…じゃあどうすんだ?」
「過ぎたことは仕方がない…だがそれ相応の損失を被ったことをお前に知ってほしいわけだ」
「要するにその損失を補填する依頼をしたい、と?」
「察しが速くて助かるよ。お前は確か学園で教鞭をとっているんだろ?」
「ああ」
「あそこは確かそろそろサバイバル演習のために一ヶ月近く生徒がいなくなるはずだ。その間にお前には商人としてある所に潜入して欲しい」
「…グーデルバイト帝国、か?」
「お前は察しがいいな。その通りだ。グーデルバイト帝国にある第三都市の支部に行って欲しい」
「行って何するんだ?」
「スティールサーカスという盗賊ギルドからの情報があってな…どうやらグーデルバイト帝国の内部で不穏な話があるらしい。恨みを買う心当たりがありすぎる人間達が連合を組んで私兵を雇い、ウビーツァを殲滅しようという話だ。それまでに戦力を整えたいということさ」
「殺し屋を助けろと?」
「まぁそういうことになるな」
「…釣り合いが取れないな、論外だ。信頼の損失と組織の立ち行きが行かなくなるレベルの事件、この二つが同じ重さだと思うのか?」
「そう言うと思ったからお前には少し利益がある話を持ってきた…これを見てくれ」
ローブの男が懐から出した羊皮紙にかかれていたのは図面だった。
それも、ひどく懐かしい物の図面…それはリボルバー型の銃の物だ。
「これはアスクレピオスっつー組織のある人間が使っていた武器の図面だ。スティールサーカスからいらないもんだと言われてもらったもんだ。これを使うには相当量な魔力が必要だから並大抵の人間には扱えない。だがお前なら或いは…だろ?」
「…良くそこまで調べてるな、だがこんな物もらったところで作れる技師に頼むのも材料も金が要る。取引材料にはならねぇぞ?」
「それもセットでに決まっているだろう。更に言うなら魔具の素材をやろう」
「そんなに大事な支部なのか」
「グーデルバイト帝国に支部をもう一度用意するのとお前に報酬を渡すのと…どちらが損が少ないかと言うだけさ」
「なるほどな。まぁ良いや引き受けよう」
「契約成立。よろしく頼むぜ」
「ああ」
そう言って詳しい段取りを決めてその場を後にする。
そもそも。
俺が着く前に襲撃を受けた場合はどうなるのかという疑問についてだが、既に前払金を受け取っているし全滅していたらしていたでどんな様子かを見てきてくれれば良いということだった。
…あまりにも、話が旨すぎる。
だが魔具はそろそろ欲しいと思っていたし、それを受け取ったのだから渡りに船だし別に行ってもいいとは思う…が。
罠、という可能性も存在する。
俺をここから離れさせてここを襲う…もしくはグーデルバイト帝国第二都市で俺を襲うか…そのどちらかなのだろうが、一番どうしようもないのは前者だ。グーデルバイト帝国の往復は速くても一週間はかかる。その間情報も手に入れられないし手に入れたとしてもここに引き返した頃にはもう事は終わっているだろう。
だとするならば。
「儂が残るのか?」
「ああ。頼めるか?」
「別に構わんがの、ここの飯は美味いからのう…じゃがお主に死なれると困るんじゃ」
「死にはしない…と思う」
「お主の強さの大部分は儂によるサポートと、気づいていないお主ではないじゃろ」
「まぁそうなんだけど…」
んむむ。
確かにフェンリルの言いたいことも分かる。
正直俺個人の力だけで戦った場合あまり力は持っていない。
一対一ならまだしも、囲まれてしまえばあっさりとやられてしまうだろう。
ましてや罠だった場合を考えてみれば生存はほぼ不可能だと考えてもいいかもしれない。
「じゃから儂も行こう…何、ここの防衛はあいつに任せればいいじゃろう」
フェンリルがそう言うと、部屋の入口から一人の少女が姿を表した。
「…私のことかしら」
「何じゃゲリ、聞いていたのか」
白々しくそういうフェンリルにため息を吐いて、部屋の椅子に座って口を開く。
「別にいいけどさ、あんた達には借りがあるし。でも襲ってくるのが…”魔憑き”レベルだとどうしても手におえないわよ?」
「まぁその時は親衛隊とかが頑張ってくれると思うぜ、流石にお前1人に任せるほど馬鹿じゃないだろ」
「そうじゃろう、ということで儂も行こう。久しぶりの二人旅じゃ。でぇとと洒落込もうではないか」
いたずらっぽく笑いながらそういうフェンリルに呆れてから、三人で笑った。
前にフェンリルと二人で旅をした時は、かなり陰鬱としたものだったが今回は事情が違う。
前のにくらべたら…まだいいだろう。
少し先の旅を想像して、少し楽しみになってきた篠芽だった。
****
「いや…まぁ俺がクロエを連れ帰った事はあるけどさ…」
まさか、という予想外の自体にディルクはため息を吐きながら額に手を当てる。
そんなディルクの様子を見るエマはいつもの様にすまし顔で、唯一違うのは腰にくっついている子供だけだ。
あ、ちなみにくっついてるのは俺の腰にです。
この小娘何故か俺にくっつきたがるんだ。
犯罪者を見るような目で見るのはやめてくださいディルクせんぱーい。
「お前は良いのか?」
「俺?」
「だって今のとこどう考えてもお前に懐いてるよな」
「ああ、今だけだよ、正式に受け入れ完了したら引剥がすわ」
「…お前そこは嘘でも大丈夫ですって言えよな…」
「それで押し付けられたらいやですもん」
「大丈夫です私がめんどうみます」
見れてねぇから俺はクロエに聞いたんだよ馬鹿かおめぇは…と小さく漏らすのを俺は聞き逃しませんでした。ってか多分エマにも聞こえてるような声の大きさだ。
「しょうがねぇ、リーダーもいないしとりあえずは受け入れの方向で考えよう…ったく…ここは託児所じゃねぇんだぞ…」
そう言いながら苦い顔をして家を出て行くディルク。
彼もあまり子供が好きではないのだろうか。
まぁ気持ちはわかるけどな、とそんなことを考えていると、エマが頭を下げてきた。
「…すみません。あなたはこういう…人の世話とかが苦手だというのは、推測ですが知ってはいたのに」
「別に俺は世話しませんし何の問題もないですよ。手伝いもしませんから…まぁがんばってください」
そう言って腰にまとわりつく小娘を抱えてエマに押し付けるようにしてから自分の机に座る。
さぁ仕事だ…と意気込んで見たものの実際書類仕事はエマが八割を担ってくれているので実際の所仕事は殆ど無い。
横目でエマを見てみれば、必死に書類と格闘しながら子供がこっちにこないように引き止めている。
まぁ子どもとしては俺になついているというよりも眼の前で人を殺したエマが怖いと言ったところ…なのだと思う。多分エマが孤児院長殺した所見ただろうし。
そんなことを思いながらも、別に手伝おうという気は起きなかった。
あまり他人に興味が無い、と友達に言われる所以でもある。
別に他人が苦しもうが知ったこっちゃないし、体調が悪いならさっさと帰れと思う程度だ。
お前は俺が死んでも笑ってそうだな、と少しさみしげにディルクに言われたのが印象的だが…まぁ多分その通りだろう。あのバカ死にやがったざまぁみろぐらいだろうな。
それにしても…まぁよく頑張るな。
書類は諦めて子供の相手をすることにしたのか、エマが子供を抱きかかえるが子供は更に泣き叫ぶばかりだ。
「…そういえばエマさん、そのこの名前は?」
「イヴ…と」
「イヴですか。分かりました。少し任務探してきますね」
彼女の名前を聞いたところで仕事場を出る。
喧騒に紛れながら歩いていると不思議と思考が落ち着くのが分かる。
面倒臭い。
正直言ってなんであの時俺はあんなアドバイスをしたのかと今になってかなり後悔しているところはある。
あのままにしておけば今面倒な事にはならなかっただろうし、なったとしてもエマが落ち込むだけだ。それこそ知ったこっちゃないと無視できる程度だが子供が居るとなると話は別だ。うるさいし向こうはこっちにやたら構ってくるしで放っておく事は不可能に近い。
どうしたって拠点にいないといけない時間は多いのだからこうしてずっと外にいるわけにもいかないし。
…はぁ。
面倒なことこの上ない…
嫌気が差してきてやけ食いでもしようと思って市場に足を運ぶ。
色とりどりの食べ物が並ぶ中で美味しそうな串焼きを選んで口に運ぶ。
うん、美味い。
少しだけ気分が良くなって、串焼きをかじりながら市場を歩いているとふと一つの露天が目についた。
「…まぁ、そうだな」
そのままクロエはその露天に歩いて行って店主にこう告げた。
「これ二つとそれ…あとそれとそれ、くれ」
そう言った俺の言葉を聞いた店主は、笑った。
「いい旦那だな、あんた」
「うるせぇ、黙れ」
そう言っていじわるげに笑う店主の礼を背中で受けながら、クロエは歩く。
今日は、いい天気だ。




