カレーを食べよう
フレデリカ。
その五文字の名を持つ彼女が復讐心に燃えていることを知ったのは最近の事だ。
彼女が教室の前で新しい担任の篠芽にそのことを話していたのを偶然聞いてしまったのが、知った理由だった。
僕ことアルトリアはそんな複雑な人生なんて過ごしていない。
故郷で平凡な両親の下で生まれ、平凡な生まれ、そしてこの学園にやってきた。
復讐とか、人を殺したくなるほどの怒りとか…そういうのは持ったことがない。
でもそんなものを持ってしまったら世界を生きにくそうだなと思う。
どうしたらいいのだろうか。
――うん。
ちょっと相談を、してみよう。
ここは一つ。
「で、私かい」
そう言って頬杖を付いているチェルシーは、少し面倒そうに笑っていた。
「まぁ、案外チェルシーって口堅いし」
「案外は余計だぞ…」
はぁ、とため息を吐いて棒のついたキャンディを指でくるくると回す。
「って言ってもなぁ、私もそういうのはよくわからないんだよね」
チェックのスカートを履いてるっていうのにお構いなくテーブルの上に脚を乗せる。
茶色のブーツが視界いっぱいに広がるがスカートの下は見えない。いや見ようとしてないよ?ほんとだよ?
「まーでも、新しい教師に鍛えてもらうぐらいならどうしようもないんじゃない?」
「そう?」
「だってお世辞にもコミュ力高いとは思えないあいつが教師に頼ってるんだよ?それだけ本気ってことだと思うし。別に今の時代復讐なんてよくあることだし、良いんじゃないの?」
「そうかなぁ…」
よくわからないな。
「そういうもんだって。っていうかあんたフレデリカの事好きなわけ?」
「え、いや違うって…」
こればっかりは本当に違う。
ただ単純に命の恩人だし、何か困ってるならどうにかしたいだけだ。
そう言うと、チェルシーはふーんと言ってまたイスで舟漕ぎを始める。
「まーいーけどさ。復讐とか、そういうのって多分人に何か言われて曲げようと思えるもんでもないと思うよ。出来るとしたら遊びにでも誘ってあげることぐらいじゃないかな。私はやらないけどね。ああ、そうだそういう話ならあいつに頼むといいいよ」
「あいつ?」
「そ。やっぱこういうのは同性から言われるのがいいし、多分あいつならフレデリカに結構いい話をしてあげられると思うよ」
にしし、と笑ったチェルシーが教えてくれた人は――――
「私、ですか」
ポーシャだった。
いきなりそんな話題を振られたもんだから驚いたのか、敬語のポーシャに頷いて答える。
すると、顎に人差し指を当てて少し過去を振り返ったのか、そういえばそうだった。と言って笑った。
「まぁ、私は忘れっぽいからなぁ…あんまり力になれないと思うけど。うん。ちょっと話してみるよ」
そう言って、ポーシャはそのまま歩いて行ってしまった。
今はもう放課後。
いつも通りならば篠芽と特訓をしているところだ、と言おうとすると、彼女は扉のところで立ち止まって『知ってる』とだけ言って笑った。
彼女もきっと、フレデリカの事を気にしていたのだろう。
多分――大丈夫かな。
根拠の無い自信が出来て、少しだけ、笑った。
****
ポーシャは迷わずに中庭の隅に向かって歩いて行き、そこで特訓をしている篠芽とフレデリカを見つけた。
「やっほー」
ポーシャがひらひらと手を振りながら近づいていくと、フレデリカが少し驚いたような顔をしたが、篠芽は気付いていたのか特に驚くこともなかった。
「…何?」
訝しげな表情でそういうフレデリカにも構わず、手を掴み、笑った。
「今日は特訓はナシです!」
「え、いやあの」
「ということで今日は私の家でご飯を食べましょう!私今日家で一人なので寂しいので相手してくださいよ!」
反射的にフレデリカがまゆを顰めて口を開こうとしたが、その返事を待たずにポーシャがずいずいと引っ張っていってしまう。
「…あの、うん…帰るか…」
取り残された篠芽が少し寂しそうにしていたのがポーシャには少し申し訳なかったが、まぁいいだろう。家に帰ってリーニャ先生にでも慰めて貰いなさい。
そんなことを思いながら、市場へ向かっていく。
「フレデリカちゃんは何が食べたい?」
「あのさ…私…」
「何が、食べたい?」
にっこりを笑ってもう一度聞き直したポーシャに言い知れぬ迫力を感じたのか、たじたじになりながらフレデリカが小さく答えた。
「か、カレー?」
「いいですねカレー!香辛料が売ってるといいんだけどな」
もう何がなんだかわからないといった様子で付いてきたフレデリカも、思った以上に謎な食材をチョイスしていくポーシャに次第に表情が青くなっていく。
「あの…ポーシャ?」
「はい?」
「カレー…ライス…よね?」
「そうですよ?」
「よね…?なんで豆腐なんか手に持ってるの?」
「…?」
ああ、ダメだこのこ。
そう思ったフレデリカはとりあえずポーシャの手に持った食材をすべて戻してから、再び食材を手に取っていく。
親が居ないためにこういった料理はお手のものだ。
と、いうか。カレーライスに豆腐を入れるって聞いたことないな…まぁカレーだから作れないことはないでしょうけど…いやでもなぁ…うん…っていうかそんな子が香辛料から作ろうとしてたって…ちょっと怖いわね…
洗剤なんか入れられかねないな、と若干以上に失礼なことを考えていたフレデリカは食材を見るのにばかり気をつけていて後ろで微笑んでいるポーシャには気づかなかった。
「ねぇポーシャ」
肉はどうするのかと思って尋ねると、ポーシャはハッと我に帰ったような反応をした。
「は、はい?」
「…肉は鳥?豚?牛?」
「あー…そうだなぁ…筋肉を付けたいんだったら鳥じゃないかな?」
「そうなの?」
「うん、鳥は筋肉をつけやすくするってお婆さんにおしえてもらったよ」
「へぇ…詳しいのね、あなたのお婆さん」
「おばあちゃんの知恵袋ってやつだよー」
あはは、と笑って食材を買ってしまって家に行くと、彼女の言った通り本当に家には誰も居なかった。
今日は、と言っていたから多分普段は他に人がいるんだろう…が、それにしては必需品の数が少なかった。
なんとなく、自分の部屋と似ている気がして少しだけ彼女に対して同情した。
じゃあご飯作ってくるね!なんて勢い良く作りに行ったのを必死に止めて、一緒につくろうと誘うと彼女も笑ってくれた。
なんだろう。
こうやって肩を並べて居ると、どこか落ち着くな。
そんなことを思いながら規則正しいリズムで鳥の胸肉を切り分ける。
「ねぇ、フレデリカちゃんは好きな人とか居ないの?」
ダァンッ!
唐突に予想もしてなかった事を聞かれて、思わず包丁をまな板に思い切り叩きつけてしまった。
「ご、ごめんごめん…何急に」
「え、いやだって花も恥じらう女子学生の話題と言ったらこれでしょ!」
いえーい!と言いながら片手を振り上げる彼女の手には血だらけの魚が握られていた。
ちょっとグロテスクなんで下げてもらっていいでしょうか…いやあの…ごめんそんな悲しい目で見ないで…私そういうのにノれる人じゃないんです…
「まぁいいや。居ないの?」
「居ないわよ。むしろあんたは居ないの?」
「わたしー?わたしなぁ…そうだなぁ…あんまり顔の好みとかはないし…結構Dクラスってイケメン多いよね」
「それは確かに…そうね」
カガミやヴァーチルのような鋭いような顔のイケメン、アリーヤのようなクール。アルトリアのようなかわいい系。ヴァームのようなおとん系。まぁよりどりみどりだ。
そう考えて見ればクラスの男子は確かにレベルが高いし、女子もレベルが高いと思う。
「っていうか、あんたこういう話は苦手なイメージ合ったけど」
そう言うと、ポーシャは金髪の下ですこし困ったような顔をした。
「あはは、私だって女子だよ?たまにはこういう話をしたいんだよ。で、どうなの?」
「うーん…私は別のことで頭がいっぱいだからなぁ…」
「そっかー…まぁ確かに今はいろいろあるもんねぇ」
戦争のことかな、とポーシャが言った”色々”を適当に予想して頷く。
「あ、そうそう。恋バナといえばさ」
ニシシ、とポーシャが悪戯っぽい笑顔を浮かべる。
「篠芽先生、中等部の臨時顧問のリーニャ先生とこの間デートしてたんだよ!」
なんだと?
「この間リーニャ先生と一緒に服屋さんの袋と箱を抱えてご飯食べてたもん!」
「へ、へぇ…案外あの人も隅に置けないわね…」
「ねー…もしかして付き合ってるのかなぁ」
「さぁ…気になるの?」
「いやぁ、今日ホルン先生を紹介してもらったからホルン先生にかるーく聞いたんだけど、あの人達相当すごい人生歩んでるよ」
「吊り橋効果で付き合ってたりはしてそうね」
「だよね!?してそうだよね!?うわー…まじかー…これも職場恋愛になるのかな…いやでも付き合ってから職場に来てるんなら…恋愛職場?」
「なんかそれ危ない仕事してるみたいになってるからよくないわよ…」
「そ、そうだね」
恋愛職場て。
疑似恋愛を提供する仕事みたいになってるからちょっとまずいと思いますポーシャさん。
「それにしても、なんでポーシャはホルン先生を紹介してもらったの?」
「ほら私って目が青で髪が金色じゃない?だから青い髪で目が赤いホルン先生に…こう…どういうふうに魔法を使えばいいかっていうのを教えてもらいに言ってたの」
「なるほど、で、どうなの?」
「いやー!難しいよ!先ず水魔法使えないから水魔法を使おうと思うんだけど、もー難しいのなんのって。魔力放出も満足にできないよ!」
「そんなもんなのね…っていうかそれって生まれつきなの?」
「…たぶんね」
「多分?」
「私の生まれを知ってる人はもう居ないの」
なんでもないようにそう言った彼女の言葉は、ずしりとフレデリカの胸に重く飛び込んできた。
「…そうなの…」
「あ、いやそんな気にしないでよ!結構いまの生活気に入ってるんだからさ!私は過去は振り返らない人間ですからね!お陰で歴史なんかこないだ赤点だったよ!」
あはは、と笑う彼女は心の底から笑っているのが分かる。
「その…なんで、とか聞いてもいい?」
「ああ、いいよー。私はなんていうか、最初から親が居なかった…らしいの。気付いた時には施設に居たわ。そこはなんか実験施設?だったみたい。まぁよくわからないうちに計画自体が廃止になったとかでこの学園に無理やり押し込められるようにしてここに来たのよ」
「っていうことはあなたと同じ境遇の人がいるの?」
「いる…と思うんだけど基本的にあそこに居た時は同年令の人とは会わなかったから、会ってもわからないと思う…し、あまり会いたいとも思わないな」
そう言ったポーシャは少し、困ったように笑っていた。
多分実験施設だとわかった理由は、彼女自身がその実験対象になったからだろう。
仮にそうなら、当時を思い出すことになるような知り合いにはあまり会いたくないと思うのは当然のことだと思う。
「…その、どうにかしてやりたいとか思わないの?」
「復讐ってこと?」
「うん」
「思わないよ」
即答、か。
かなわないなぁ。
「なんで?」
「だってさ、私は今の生活が楽しいし、あまり昔の事をいつまでも見て怒ってられないよ。疲れちゃうもん。そんなことより今はカレーのほうが百倍大事です!!!フレデリカサン!出来ましたよ!カレー!」
そう言って鍋を持ち上げたフレデリカは、本当にカレーを楽しみにしていたのか満面の笑みでそう言ってきた。
うん。
まぁ、そうだね。
とりあえず今は、カレーを食べよう。




