存在理由
「てめぇッ!どういう事だジブリール!おい!お前ファームの事知ってたんだろ!」
テンは本部に帰還するやいなやジブリールの胸元に掴みかかってジブリールを壁に叩きつけてそう叫ぶが、ジブリールはうつむくだけで返事はしなかった。
その沈黙を肯定ととらえたテンは思い切りジブリールの顔の横の壁を殴り、その壁を粉々に砕いた。
「あいつは私とハールソンを逃した!そのせいで追手と戦った…!確かにあいつは強かった!でもあんな素人じゃ勝てるわけがねぇのぐらい分かってんだろ…!」
更にもう一発、今度はジブリール本人に拳を叩きつけようとしたところで、その拳はハールソンに掴まれて止められた。
「置いて逃げたのは私達だ、ジブリールをそう責めることもできんぞ、テン」
「んなこたわかってんだよ…っ!でも私はこいつの『あいつは私の最高傑作だ』って言うセリフがどうしても許せない――ッ!お前は人間をなんだと思ってやがる!何とか答えろよ!ジブリール!」
「…返す言葉もない」
「――のッ馬鹿野郎ッ!」
バンッと思い切り頬を殴り、テンはその部屋から脚を怒らせて出て行った。
残されたジブリールをハールソンが立たせ、大丈夫かと尋ねるとジブリールは頷いて答える。
「ありがとう、大丈夫だ」
「すまんな。しかし――言えば良いだろう、魔導人間が作られていたのはお前の前任までで…ファームが魔導人間だと知らなかったと」
「前任の事を知らない私が悪いさ。言い訳などできんよ」
ペッと口の中の血を吐き出してジブリールは立ち上がる。
ファームが人間ではなかった。
寝耳に水な情報だったが、彼が大事な弟なことには変わりない。
「ファームはまだ、生きているさ」
ジブリールは胸に下げられた青く透き通った宝石を触りながら、しっかりとそう言った。
私の弟はまだ生きている。
探すべきだろうか。
任務を遂行するべきだろうか。
――どちらにせよ。
そろそろか。
あの日が近づいてきたな。
****
「糸?」
俺がそう問い返すと、ディルクは軽薄そうに嗤った。
「そーだぜ、糸だ。お前の新しい武器発注できたからよ、糸にしたわ」
「…なんでまたそんな。ありきたりなダガーとかでいいのに」
とうとう武器が発注されてしまったか、と思いつつもディルクにそう尋ねると、ディルクは俺の背後にあるパーカーを指さした。
「武器ってのは使い慣れたもんが良いからな。お前は糸に魔力を通すのに関しちゃそれなり以上にできそうだからな。そこに期待してるわけよ。魔力を通せば好きな形に変わってくれる優れもんだぜ、ありがたく受け取れよ。ワンオフってやつだワンオフ」
ワンオフ…俺専用にそんな大層なものを作ってもらうほどに俺は活躍した覚えがない。
ディルクに何故だと聞いてみたが、よくわからんが許可が降りたらしい。
んな適当な…と呆れてみたものの、本当によくわからないとは思っていないようでディルクの表情はやや険しかった。
そんなやりとりもお構いなしにデスクに向かうエマを横目に俺も自分のイスに座る。
今まで武器の増加…要するに戦力の補強が許されていなかったのは仕事がなかったからと推測される。
つまりはこれから仕事が増える見込みがあるというのは簡単に考えれば分かる、が。
そんな単純なことなら俺ではなくディルクの武器やリーダーの武器を変えるべきだろうし、なれない俺を使えるようになるまでに依頼が待ってくれるとも思えない。それならば商人に見せかけた他の支部の人間をここへ送り込んだほうが幾分かマシだ。
無理やり理由を付けてその考えを取り消して新たに考える。
他に戦力の補強が必要になる事態。
それは一つしか無いだろう。
俺達が狙われている。
それだろう。
同業者か復讐者かは知らないがこの支部を奪い取ろうと、或いは殲滅しようとしている人間がいる可能性がある…と言うかほぼ確実にいることが分かっているために武器の補強が許可されたのだろう。
棄てて逃げればいいのに、と思わないでもないがそれを許さない何かがここにはあるのだろう。
武器が完成するまでの十日間、そしてそれから武器を慣らすまでの数日間の間に仮想敵がやってこないことを祈るしか無いな。
特にできることはないと結論づけた俺はそのままデスクに座り、新たに舞い込んできた依頼書に目を通す。
ディーラ孤児院という孤児院の院長を殺して欲しい、というものだ。
この孤児院は二つの姿が存在する。表向きは孤児を預かり養子に出すための一時的な預かり施設…貰い手が居なければそのままその施設の職員になるというのが院長が言っているもっぱらの話だ。だがその裏の姿はかなり醜悪だ。
臓器売買や人身売買、孤児院での売春。
子供をターゲットにしたその商法は吐き気を催すほどのもので、たまらず拳が依頼書を握りつぶしそうになったところで慌てて止める。
「ディルクさん…これ――」
誰が行くんだ、そう尋ねようと思ってイスを回転させてディルクに紙を見せようと振り返るとすぐ目の前に立っていたのはエマだった。金髪の中の赤い髪が烈火のように燃えているような錯覚を覚えるほどに、その顔は怒りに歪んでいた。
「私が行きます」
「ああ、はい――」
そう頷きかけたところで、ディルクの静止が入った。
「あ、たんまたんま、お前も行け、クロエ」
「え、なんでですか?」
「そこは孤児院だろ?とりあえず養子を見に来た夫婦って形で行って来いよ、あんまりそいつがやり過ぎないように見はるって言う仕事も込みだ」
やり過ぎないように――ね。
確かに眼の前のエマは敵を見ればミンチにしてその周辺の人間の人間もついでにミンチにしてしまいそうな気迫があるが、そもそも攻撃力のない俺と戦闘能力の分からない彼女。あまりにも暗殺には不確かだと思ったが、どうもエマはディルク並に”やる”人間らしい。
おぉ怖い怖い。
身をすくめながらそう思って、とりあえず外にでる準備をする。
この依頼が来たのは今日だが、現金と同時に投入されていた。
どうも羽振りがいいな、と思いながらコートを羽織る。
「じゃ、行きましょうかエマさん」
「――ええ」
そう言って扉に手をかけた彼女の表情は、さしずめ戦争に赴く歴戦の兵士でした。
「……あー…大変申し上げにくいのですが、それは子供を見る顔じゃないですね…そうだ」
パサリ、と俺のローブを着せて、フードを深めに被せた。
サイズのあっていない大きなローブのために表情は隠れ、握りこぶしも上手く隠れてくれた。
どうせ子供が出来ない女という設定で行くのだからこれくらいのひきこもり感は出したほうがむしろ違和感が無いというものだ。
少し不服そうなエマだったが、それを無視して玄関を出て大通りに出る。
孤児院までは決して短いとは言えない距離だが、その距離を淡々と歩いて行く。
っていうかぶっちゃけ気まずいです。
どうしたもんかな、と思って悩んでいるとふとエマが口を開いた。
「私が…この職業に入ったのには理由があるんです」
「…そうですか」
「私は娘のように一緒に過ごしていた子供が居ました。私が産んだわけじゃありませんが…道で拾った子でしたが、大事に育てていました」
…そんな話を確かディルクから聞いたな。
わずか五歳しか離れていないがあの二人の関係は母娘そのものだったと。
「不自由はさせてなかったつもりですし、私も不自由なんて無かった。確かに豊かな生活ではありませんでしたが、あの子がいれば私は何でもできる気がしました。でもあの子は…ある人間に騙されてしまいました。お前は悲しい子だと。親を苦しませるために生まれてきたのかと。お前の親など、もう居ないのに――と。最後に会った時、あの子は震えた声で言いました。『ごめんなさい、エマさん』って。あの子はずっと私のことをお母さんって呼んで慕ってくれていたのに。それなのに――ッ!私とあの子を引き剥がしたそいつはあの子を何処かへ連れて行ってしまいました。噂じゃかなり酷い趣味の主人に売られたということです。その人間が、今から行く孤児院の院長かも、しれないのです」
エマが、暗に必要以上に拷問を加えてもいいだろ、と言っているのだと気付くのはそう難しいことではなかった。
まぁ確かにそんなことをされたら指先から数センチごとに刻んでやりたい気になるのも分かる。
俺は別にそれを止めようとも思わないし推奨しようとも思わない。端的に言うなら好きにしろ、だ。
「俺は別に…偽装のためについていくだけですから、好きにしたらいいと思いますよ」
「そう――ありがとう」
それだけ喋った後は一切口を開かずに、二人は孤児院へとたどり着いた。
こんこん、と扉を叩いてしばらくしてから一人のハゲた男が出てきた。
「どうも――この孤児院に何か用かな?」
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた男は手を擦りながら俺たちにそう言ってくる。
「ええ、子供を…引き取りたいと思って話をしていたら、知り合いがここを知っているとのことでしたので」
俺がそう言うと、男は頷いて奥へ引っ込んで子供を呼び出している。
わざわざ呼ばんでもいいのに、と思いながら外で待っていると、エマに袖を引っ張られる。
どうした、と言うより早く彼女は口を開いた。
「――あいつよ」
そうか。
「ちょっと外に呼んで頂戴」
震えた声は余るほどの怒りによってかは定かではないが、確実に彼女があいつを殺すつもりだというのは分かった。
「分かった」
頷いて、まだ子どもたちを呼び続けている院長に声をかける。
「あの、すみません、全員見るよりも条件を伝えてからのほうが早いと思いますから…ちょっと外で話しませんか?」
「ああ、それはそうですね」
なるほどそこまで決まっているのならお伺いしましょう、と彼に連れられて庭へ出る。
それとなく周りを見渡して、孤児院からここを見る事ができる窓が三つだけあるのを確認。そのどれからも視線を感じない。
「なんというか、あなたの孤児院は優秀なんですね」
俺がそう言うと、意外そうな顔をして院長が振り返った。
「何故です?」
「いえ、こういう時は大抵子供は興味を持って外に出てくるって聞きましたから」
「ああ、私はそういうマネは許さない主義なのですよ」
「…へぇ」
彼の浮かべた含み笑いがどういう意味を持つのかは分からないが、三つの窓から見えなくて、更に外からも見えないこの場所…殺るなら今だ。
手だけを体の後ろに移動させて合図をした瞬間に、エマは革のグローブをハメた腕で先ず喉を潰した。
突然何が起きたのかが分からない様子で慌てて振り返った院長の脚を払い、地面に組み伏せる。
「久しぶりね――院長サン?」
そう言ってエマがフードを取ると、院長の目が見開かれる。
この反応は彼女のことを覚えていると言う証拠だろう。
「一つ――質問するわ。その答え次第では生かして返してあげるわ」
冷たく、平たい声でエマが続ける。
「私の娘は生きているの?YESならまばたきを一回。NOなら二回…わからないなら三回まばたきしなさい。それ以外の動きをしたら即首を撥ねるわよ」
エマがそう言って、院長がまばたきを三回。
その直後。
「――そう、ありがとう」
首を撥ねるでもなく、エマは院長を立たせた。
殺されることはなかった、と院長がホッと一息ついたような表情をした直後。
その顔は、回転していった。
「悪いわね、嘘よ」
「…いいのか?」
「いいのよ、あまりイジメるのは趣味じゃないことがわかったもの」
エマがそういうので、さっさと退散してしまおうと踵を返してその場から離脱しようとした時に、がさりと枯れ草が潰される音がした。
すぐさま体を構えてその方向に視線を向けると、そこには一人の少女が腰を抜かしていた。
綺麗な金髪のストレートを持った彼女は、かなり美人だということが伺えるがいかんせん年が小さい。
十歳前後の少女――だが。
「殺しを見られたら目撃者は殺せ――だったか」
いつぞやにディルクにきつくそう言われたのを思い出す。
その規則通りに行動するのならばエマはこの少女を殺さなければならない。
怯える少女にゆっくりと歩み寄り、エマは拳を握りしめる。
しかしその拳が殺意によって握られたのではなく、葛藤によって握りしめられたことに気付くのはそう難しいことじゃなかった。
彼女の内心を察するのはそう難しいことじゃない。
かつての娘と、あの子の面影が重なっているんだろう。
そんな相手を殺せというのか。
そんなのは余りにも残酷じゃないのか。
しかしそれが規則。
唇から血が出るほどに噛み締めて、エマはゆっくりと拳を上げていく。
だが規則というものには――例外がある。
「そういえばエマさん、俺がどうやってウビーツァに入ったか…知ってますか?」
俺がそう言うと、ぴたりと彼女が動きを止めた。
そしてゆっくりと振り返り――満面の笑みを浮かべた。
なんだ。
可愛い顔もできるじゃん。
「じゃあ、帰りましょうか」
俺がそう言うと、エマは振り上げた手を少女の頭にのせてよしよしと撫でた。
「怖い思いさせてごめんね。今日から私があなたの…ママよ」
そう言って優しい笑みを浮かべたエマに少女が戸惑っていたが、やがてエマの手をとって立ち上がった。
しかしまぁ――。
この世界は、甘い。




