ジョーカー
ファームがキ研究所で酒を飲んでいるのと同じ時間に、篠芽は自室のベッドの上で壁にもたれかかっていた。
考えてみれば。
俺は弱い、と篠芽は自分の実力を省みる。
最近自分の力だけで戦った事が二度あったが、それのどちらも引き分けに終わっている。しかもどちらも相手は本気ではなかった。
確かに俺は一時期現実世界で狂ったように格闘技術を学んだことがあった事があるためにこの世界でも普通の人間よりは強い自覚がある。しかしそれはあくまでも剣等の殺生武器がなく、かつ魔法がない状態に置いてという限定条件が前提となるわけだ。
もちろん、この世界の戦闘に置いてそれはほぼありえない。
まぁ、居合い斬りとかの技術は生きるだろうが、それにしたって実戦レベルで極めたわけじゃあない。
剣技はかなり長い時期の鍛錬を経て習得されるものだ。よって剣技を磨いたところで焼け石に水だというのは容易に理解できる。
だとするなら魔術核がなく魔法をほぼ際限なく使えるという俺のアドバンテージを使うべきだろう。だがしかし俺の魔法は多彩ではあるものの正面からの攻撃が多すぎるというのは分かる。言うなればフレデリカのように攻撃が正直すぎるということだ。そのせいでギグスにはこちらの攻撃を利用された。
魔法の戦い方、というものを学ぶべきか。
ウン、そうだろうな。
それはいいんだが、問題は誰に学ぶかだ。フェンリルに学ぶのもいい気がするが、彼女は恐らく圧倒的な圧力で敵を圧殺するのを得意としているのだろうから今の正直過ぎるという課題に対しては弱い。だとするならば…人の存在で魔法に長けた人間。
俺は一人だけ知っている。
「…ホルンさんか。原点回帰――ってやつか」
思えば最初に魔法のことを学んだのもホルンからだったな、と思いながらベッドから立ち上がる。
カーライアムは彼女のことをよく自慢する。
俺と二人で生徒をどう育てようかという話になった時にはよくホルンの話が出てきたものだ。
なにせ彼女は見ただけで魔法を無詠唱で使えるようになると――――
ふとここで違和感が生じた。
見ただけで、魔法を、無詠唱で?
ぴたりと足が止まる。
何か。
何か重要な事に気づいてしまった様な感覚に陥った。
確か魔法というのは、原理が分からなければ無詠唱で使えないはずだ。
原理が分からなければ魔法陣か詠唱を介する必要があるというのは聞いたことがあるとおりだ。
俺やアマテラスならまだ分かる。ある程度魔力で行っている行動が推測できるため原理を理解することは可能だ。
だが何故、原子論等を知らないはずのこの時代の人間がそれを可能にしているのか。
そしてもう一度思い出す。
彼女以外に、魔術核の有る無しを判断する人間が居ただろうか。
居た――――気がする。
では次に。
見ただけで魔法を行使できるというのに制限はない様な言い方をしていた。
しかし彼女の髪は青で瞳は赤だ。
本来ならば水と火の魔法しか使えないはず――だがさて。
彼女は他の属性の魔法を使ってはいなかったか――?
覚えていない。
思い出せない――ッ!
孤児院の廊下が一気に暗くなったかと思えば、ふと後ろで石を叩く足音がした。
誰だ、と思いながらゆっくり振り返ると、闇夜に光る赤い瞳がそこに浮かんでいた。
「篠芽――さん、どうしました?」
そう言って笑うホルンは、なにか恐ろしい物に見えた。
しかし今まで彼女からこれといったアクションがなかった以上、何かを企んでいるにしろまだその準備が整っていないとも考えられる。…さらには本当にただの俺の勘違いという可能性も大いにあるのだ。
ここはスルーだ、と決め込んでホルンに笑いかける。
「いや、明日からちょっと魔法の稽古をつけてもらおうと思いまして」
「あらそれはまた、どうしてですか?」
「俺単体だけで考えた時に俺は強くないと思いまして、いい加減底上げをしたいなと思ったんですよ」
「ああ、確かに剣技はかなり時間がかかりますからね…良いでしょう。では明日学校が始まる前に軽くやってみましょうか」
クス、と笑ってホルンはそう言うと早く寝なさい、とだけ告げてまたどこかへ消えていった。
特に怪しいことはなかった。
あれが演技なら大したものだな、と思いながら自室に戻る。
俺はこの世界のだいたいのことを知ったつもりで居た…が、しかし思ったより色々と闇が深そうだな、と今までの出来事を振り返る。
少し考えれば分かりそうな事実――例えばこの緊急時に何をのんきに有力者を集めて生徒に教育なんかさせているのか、と言う事実。
どう考えても不自然なこの事実になぜ今更になって気付くのか。
目的は何だ。違和感を払拭していた”何か”は何だ?
集められたのは主に近距離戦に置いて強さを発揮する人間だ。更に言えば”魔法カテゴリ”に属することが”出来ない化け物”。
そんなものを一箇所に集めてどうしようというのか――。
ふと嫌な二文字を思い出す。
蠱毒。
考えたくはないし、ただの思い過ごしであってほしい。
だが純粋な生徒の育成意外の目的があった場合、この化け物どもを管理するには近くで様子をみる”監視者”の存在が必要になってくる。
その可能性も…踏まえる必要があるか。
既に疑心暗鬼に陥っていることを自覚しながらもその思考を止める事はできなかった。
今まで裏切りという裏切りにはあってこなかったが――この先それがないとは考えられない。
「まずいな…」
ぐるぐると堂々巡りを始めてしまった思考を無視して寝てしまおうとベッドに横たわる。
これは、まずいぞ。
****
「あの国を攻略するにおいて先ず攻略するべき点は何だと思う?」
鷹を思わせる細身の黒い鎧に身を包んだ男にそう尋ねたフードに体を包んだ男は笑う。
「知るかよ。アーサーじゃねぇのか?」
「ふむ。五聖剣か。あれは確かに厄介だがカードで言うのなら奴はエースといった所だろうな」
「エース級、か?そんな強いのかあいつ。まぁいいけど、例えがよく分からん」
兜の下で男が大きくため息を吐いて、腕を組みながら壁により掛かる。
「エースはあくまでも恒常的な強さを持つ表向きの最強カード…しかしカードには更に強いものがあるだろう」
「ジョーカーか」
「そう。あの国には三枚のジョーカーがある」
「三枚…冗談だろ?戦闘集団のうちにだって三人しか居ねぇだろ。あの平和ボケした組織にジョーカーがいるとは思えんぞ」
「だが居るんだよ…君はあの国を勘違いしているぞ。あそこは平和ボケした国なんかじゃあない。影で牙を研ぎ続けている隠れた獣だ。一枚は偶然から生まれたものだが他二枚は確実に故意に生み出しているものだ。その一つしか詳細は判明していないが…それは”生物魔具”だ」
「生物魔具…?どういう意味だ。生き物の魔具なんてありえるのか?」
「ありえな”かった”。もはやその情報は過去のものだぞリュミエール。既にあの国は生物魔具の生成に成功している。それも頭のおかしい事に人間でその実験を成功させている」
「人型魔具…そういう事か」
「ああ」
「くそ…うちの組織も体外頭おかしいとは思っちゃいたがその上を行く奴がいるとはついぞ思いもしなかったぞ…だから研究所を襲わせてるのか?」
「その通りだ。リュドミーラに存在するいくつかの研究所は人型魔具を生成するのに使われていたと推測されている。大半がダミーだが本命を突き止めたなら…それはかなりの情報になるとは思わないかね?」
「なるとは思う、が。組織の目的に沿うのか、それは。そもそも神の場に立つのに人造人間っぽくなっちまっていいのか?」
「構わんさ、そもそも私達は神の創造物だ。創造主に逆らうだけで大罪だ。改造程度には目をつむってくれるだろう」
「…アバウトだな、あんたの神ってやつは」
「得てして宗教というのはそういうものだよ」
「そういうもんかね、おれにゃーわからん」
「戦闘狂にはわからんだろう。まぁいい、エースを貸してやるからリュドミーラの研究所に行ってみてくれ」
「またかよ、今度はどこに行けばいいんだ?」
「イムラという村の近くに研究所があることが確認された。イムラといえば”奴”が初めて確認されたところだ。憤怒のフェンリルが誘われた場所だ、それなりの曰くがあるんだろうと推測出来る。今回は期待できるぞ」
「俺としても、な。じゃあなジル・ド・レェの旦那。悪趣味はほどほどにしろよ」
そう言ってリュミエールはひらひらと手を振ってその場を後にする。
「悪趣味とは言ってくれるな。ちょっと遊んでいるだけだろう」
そう言ったジル・ド・レェの眼下には大きさのちぐはぐな四肢を繋がれた男とも女とも取れない人型の何かが横たわっていた。
一瞬だけ興奮したような笑みを浮かべたジル・ド・レェだが、すぐに飽きたのか手の平から黒い玉を出現させてそれを吸い込ませる。
「まぁ、これからは真っ当な趣味が始まるさ。ライバルとの死闘。そして勝利。こんな血が沸く事もそうあるまいよ」
ふふふふ、と小さく笑ってジル・ド・レェは懐から三枚のカードを取り出す。
「エースが二枚…その中に…ジョーカーが一枚…知っているかね?ジョーカーとは裏切り者と言う意味も有ることを」




