追う者達
「もー三軒目っすよー?ほんとにここにいるんすかぁー?」
六人パーティのうちの一人が、ガシャガシャと鎧をかち鳴らしながらダルそうに言う。
”チェイサーズ”の一部隊であるこの五国混成部隊の中では最年少であるこの少年。マートは稀代の天才と言われており、そのカテゴリーはフィフス。フィフスの中でもかなりの実力者であり、ヴォルゴード王国の中では上位に位置する人間だった。
そしてその彼が疑問を投げかけたのはこの部隊の隊長であるハールソンだ。彼はグーデルバイト帝国の兵士で、この隊の中でも最年長の男だ。
灰色がかったひげが彼の年齢を表しており、その右目に刻まれた傷跡が彼の戦歴を語っていた。
「いないのを確かめるために来てるんだ。居ないほうが嬉しいんだよ」
「んにしたってなぁ、こうも歩きっぱなしじゃ疲れますよ、なぁ?」
マートがそう言って肩を組んだのはこの部隊の中で最も実力のないカテゴリサードのマートと同い年の少年、ファームだった。
緑色の髪を持った彼はオドオドとしており、マートの問いかけにも曖昧な答えしか返さなかった。
各部隊に一人は配属されるこのような”実力的に劣る”人間は基本的に補給、伝達係になる。よって戦闘は実質的に七人で行うことになるのだ。
「まぁそう言うな。俺達の担当は後二つ。どちらも可能性としては低いとされているところだ。それだけ終わればチェイサーズのプール金で一日好きなだけ飲み放題食い放題と言うんだからそのために頑張ろうじゃあないか」
「俺そんな食い意地はってませんしー」
あはは、と笑いながら歩くハールソンはふと視線を鋭くする。
その一瞬後に七人が臨戦態勢を整えるように武器を引き抜くが、マートは何が何やらと言った様子で皆が武器を抜いたのでとりあえず武器を引き抜いた。
「七体…か?」
何も見えない林を見渡しながらハールソンがそう言うと、口元までマフラーを引き上げ、フードをかぶっているほとんど顔の見えてないニクソンが答えた。
「いや、九体だ。上手く殺気の影に隠れてる」
「厄介だな…頭を使えるやつか」
口の中で舌打ちをして、ハールソンは手に持ったメイスに魔力を込めていく。
「私とマートが飛び込む、その反応を見てニクソンが魔法で撃ち漏らしを倒してくれ。ガットとヴィとテンは待機だ。私達に何かあったら回復を、二陣がいたらそっちの対応を頼む」
「「「「了解」」」」
全員が答えた瞬間にハールソンは兜の面を引き下げて一気に林の草むらに突っ込んでいく。
続いてマートが両手剣を構えながら同じく草むらへ突っ込んでいく。
一瞬で敵の一体が葬られて自分たちの足元へと転がって来て、ようやくファームは敵の正体に気づく。
犬が大きくなったような、犬を更に獰猛にしたようなそんな体躯を持ったこの動物の眼窩は黒く染まっておりおよそ目玉と呼ばれるようなものは存在しない。
そこにあるのはただ黒い靄だけだ。
「残滓…」
この動物…いや、魔物を人々は残滓と呼ぶ。
これは多量の魔力が動物の死体に入って行くことで魔力が意思を持ち、動物を動かすことから魔力の残滓と言う意味でつけられたものだが、これが発生するのには数十年単位の魔力貯蔵が必要なのだ。よって一体生まれれば数十年は残滓が生まれないと言われているのだが、今聞いた話では九体。それも知能をつけるほどに魔力が入っている魔物が居るのだ。
これはどう考えても血の平原の後遺症と考えられる。
人間や動物の持っていた魔力が多量に溢れた結果、その魔力が死体に入っていったということだろう。
むき出しになった牙を見ながら思わずつばを飲み込むとハールソンの鋭い声が響いた。
「行ったぞ!」
嘘ッと顔を上げると、ハールソンとマートが戦っているところからズゾゾゾッと音をたてながら草むらの中を突き進む黒い影があった。
必死の思いで短刀を構えるが、飛び上がった残滓に対応することはできず、ただひたすらに開いて迫る口を眺めていた。
刹那。
ドスリと重苦しい音が響いて残滓が地面に崩れ落ちた。
「もー、しっかり戦わないと、犬の残滓だからいいものの、魔物大戦の頃の残滓が現れたら死んじゃうよ?」
困ったような顔をしながら助けてくれたオレンジ色のショートカットを携えた長身のお姉さんはテン。彼女はこの部隊の紅一点だ。
ファームと同じような年の弟が居て性格も似てるもんだから思わず助けちゃうのよねぇ、なんて言っていたのを覚えている。
からからと笑うテンから視線を外すと、鎧を鳴らしながらこちらへ歩いてくる二人の姿が目に写った。
「ふぅ、まぁちょっと手こずったが苦戦するほどではなかったな」
「はー?らくしょーだよらくしょー。俺らどっちも一撃も食らってないじゃん」
「援護もしてない」
「まぁ…たしかにそう言われるとそうだが、一体逃したからな。あまり完璧とはいえんよ」
「ありゃ隊長が倒すべき残滓だろ?俺にゃーかんけいないなー」
「そうだな」
頭の後ろで手を組むマートを適当にあしらって、ハールソンは手に持った透明な水晶をファームに手渡した。
「魔力塊を持ってる奴が居た。持っていてくれ」
「は、はい」
握りこぶし大の透明なこの魔力塊と呼ばれるものは残滓が体内で魔力を押し固めた結果生成されるものであり、魔具の素材として高価格で取引されている。
それもこんな大きなこぶし大のものはかなりの値段になる。
このように遠征で手に入れた価値のある物は後でチェイサーズに集められて競売にかけられ、その利益金が後にプール金となり遠征や宴会に使われるのだ。
まるで冒険者ギルドだな、と思うファームだったが実質的にやっていることは冒険者ギルドと変わりがないのは確かだ。
質の高すぎる冒険者ギルドだな、なんて笑っていたのは姉だったか。
ジブリールは自分が組織したくせにあまり頭首っぽいことをやっていないが大丈夫なのだろうか、なんてことを考えていると、森の中に突如としてドーム型の巨大な施設が出現した。
「ここが研究所の一つだ。閉鎖した所らしいから壊れてなくて拠点にされてる可能性あり…か、嫌なところだな」
ハールソンがそう言って扉に手をかけて魔力を流し込むと、くすんでいた石扉に青い線が迸り、重苦しい音をたてながら開いた。
「すげぇ…」
思わずマートがそう零す。
中から漂ってくる土煙とカビ臭い匂いに思わず袖口で鼻をふさぐ。
侵入を気取られたくはないが、ここ以外に入り口が無いために致し方なくこの方法で入った、という感じだ。
マートとハールソンが前衛、次列にテンとヴィ、その間にファームが入り、後衛にニクソンと言うような感じで歩いて行く。
まっすぐに通路を進んでいくと巨大な広場のような所に出て、そこにはベッドやメスといった医療器具が置かれていた。
「何だここは…診療所か?」
地面に落ちていた包帯を拾い上げるとわずかに血の跡が伺える。
ここで何かしらの戦闘があったことを意味していることは確かだが、ここまで土ぼこりが重なっていることを考えれば灰鴉が来ていることはなさそうだ。
痕跡もなかったとニクソンが言っていたし恐らくここはシロだ。
「研究室はどこなんだ?」
こういうところには金目の物がある、というのがほぼ常識的な共通認識なのでハールソンは迷わず奥へ進んでいく。
それについて行くと、ふと脚にコツンと何かが当たる様な感触がした。
なんだろう、と思って拾い上げてみれば刀身も柄もすべてが真っ黒なナイフだった。
「なんですかね、これ」
見たこともない色のナイフに思わずハールソンに尋ねてみると、彼は首を傾げて袋に入れておけとだけ言った。
まぁ、こんなところで研究してるものがあんまりいいものなわけないか、と思いながら袋に詰め込む。
収穫はそれだけだったようで、どうやら主要な荷物はすべて持ちだされているようだと結論をつけた遠征部隊はもう一つの研究所に行く前にここに泊まろうと判断を下した。
既に日も暮れかけているし、ここならば残滓に襲われる心配もない、と言ってニクソンが地面にたまった砂埃やゴミを水で全て洗い流して寝袋を敷いた。
「私は寝ますが…ここに保存食と酒がおいてあるのを見つけました。テンさん飲みたかったら飲んでいいですよ」
ニクソンがそう言うと、テンは両手を上げて飛び上がる。
「まーじで!ニクソンちゃんキスしてあげるよ!」
「いや、それはいいんで…寝かせてください…」
「なーんだよいけずぅ、まぁいいやおやすみニクソン。また明日な」
そう言いながらうぇっへっへとオヤジ臭い笑い声を上げながら酒瓶を掴むと一気に煽った。
「っぷはー!こういう研究所にゃ高い酒がよくあるからな!」
「…もしかしてそれが目的なんですか?」
青髪の長髪をもったヴィがそう尋ねると、テンは笑う。
あれは肯定の笑いだな、と呆れながら見てると視線に気づいたテンがネコのようにファームに擦り寄った。
「なーんだよ少年、構って欲しいのか?」
「い、いや…別に…」
酒くっさ、何やこのおばはん酒臭いで。
思わず頭のなかでそんなことを言ってしまうとテンに後頭部を小突かれる。
「失礼なこと考えたろー」
「いや、そんなことありませんよ…」
「あはは、いやぁそれにしてもお前はうちの弟によーくにてるよなぁ、その意気地なしっぷりがもう双子じゃねぇかってぐらいだわ!」
「それ遠回しに弟さんを意気地なしって言ってますよね?」
「遠回しじゃないぞ、結構直接言ってるぞ」
「や~だなぁ隊長!私が弟のこと意気地なしなんて言うわけ無いじゃないですかぁ!」
「…そうだな…」
もう疲れたと言わんばかりの、同情の視線をファームに向けるハールソン。
ちなみにマートはもう酒を1杯だけ飲んで寝てます。彼はあまり酒には強くないようですね。雑魚ですね。僕?僕も弱いですけどね。匂いをかぐだけでグラグラしてくるまである。
「ま、あんたはあのジブリールの弟なんだ、あんたにゃ才能があるだろーけどな!」
「そんなことありませんよ…姉だってテンさんのことすごい褒めてましたよ、あれは近接戦闘の才能の塊だって」
「うっそだぁ!あのツンデレがそんなこと言うかぁ~?」
ケラケラと笑うが、実際に姉はテンのことをそう評していた。
テンは姉と学園以来の旧来の仲らしく、結構二人が酒を飲み交わしているのを目にしている。
「あはは、まー今回の旅も無事に終わりそうでよかったわ」
「まだひとつ残ってるだろうが」
「だ~い丈夫だよヴィ、ここまで来てさらに辺境の地に行くのにいるわけねーべさ!」
「だがなぁ…あそこはカテゴリスィクス…篠芽悠真が初めて確認された村の近くなんだぞ?」
「まー出てきた所でスィクスなんか私らフィフスがまとまりゃちょちょいのちょいやろ!よゆーよゆー!」
酔っているからだろうが、彼女はあははははと高い笑い声をひとしきり上げてはそのまま寝込んでしまった。
そんな彼女の横顔を見ていると、明日の旅は、無事に終わる予感がした。




