食卓
「くれぐれも失礼なことをしてくれるなよ」
カーライアムに引き連れられながらそう言われる。
ここは第三都市イムラの中央広間から城へと通じる長い階段の途中だ。
約三十段ごとに配置されている騎士を横目に見ながら、階段の中央を流れる水をはさみながら俺とカーライアムが階段を登る。
「黙ってカーライアムさんについていきますよ」
「作法も私に倣ってくれればいいから、それで頼む」
それにしても、と階段の上の大きな城壁を見上げる。
大きな城だな。
この長い階段と城壁の高さを加えると三百メートルぐらいあるんじゃないかと思えるぐらいだが、不思議と汚れているところがない。城壁の中央辺りはくすんでいてもおかしくないだろうに、と思ったが、大方魔法か何かで掃除をしているのだろうと勝手に納得する。
魔法がなければ生まれた需要を魔法によって潰されてしまうのだから、リーニャのように魔法を使う術をしらない人間は大変だろうなぁ。
そんなことを考えているといつの間にか城の門へと辿り着く。
巨大な城壁に合わせて作ったのか、六メートルもありそうな高さの木の門がそびえ立っている。
ここは巨人の国じゃあるまいな、と思ってしまうのもしょうがないことだと思う。
ってかこんな所に住んでるってなかなかの貴族だろ?緊張してきたわ。
なんて言うように少し体を固くしながらカーライアムが扉を開けているのを見ていると、扉を開けて俺を促しながら笑って言う。
「まぁここから更に少し歩くからそんなに緊張しなくてもいい」
「大きいっすね…」
「ああ、幸いリュドミーラは山も海もあるからな、交易が盛んなんだよ。その中心とも言えるのがこのイムラだ。軍隊の第一都市ガンス、魔法の第二都市エナージ、商業の第三都市イムア、この3都市はなかなか有名なんだぞ」
「へぇ…すごいですね」
「まぁ、第一都市の軍隊はさすがに国として軍隊に特化しているグーデルバイト帝国には劣るし、第二都市の魔法も秦野国には劣るがな。器用貧乏とも言われているが私はいい国だと思うよ」
「自衛は必要ですしね」
「その通りだ。それにこの白と薄い青を基調とした街はリュドミーラだけなんだぞ?なかなか清潔感があっていいだろう」
「国ごとにテーマカラーみたいなのはあるんですか?」
「ああ、あるぞ。秦野国はオレンジと茶色、グーデルバイト帝国は赤と黒、我が国リュドミーラは青と白、ヴォルゴード王国は黄色系の色全般、シュトゥルムガットは銀と金だったかな」
「へぇ…。やっぱ鎧とかもそれで統一されてるんですね」
言われてみれば、と第3師団の面々を思い浮かべてみれば、ホルンは青いローブに銀…白い金属の装飾があったし、前を歩いているカーライアムも青いラインの入った鎧を着ている。さらに鎧の腰部分につけられている青い生地のマントは、白い十字架のようなものがあしらわれていて装飾もわかりやすく青と白だ。
個人的に青が好きなので勝手にこの服には好印象を持っていたが、そうか。国ごと青と白を推しているのか。俺この国が好きになりました。
そんな風に勝手に好感を持っていたのだが、その印象は第三都市統括貴族という肩書を持つアンミルという男によって砕かれた。
赤いカーペットの先に見える、白い肘掛けや背もたれの枠の中に青いクッションが設置されている玉座にふんぞり返っているのが、そのアンミルという男らしい。
「よく参ったな」
「閣下、ごきげん麗しゅう、この者が黒髪黒目の人間です」
そう紹介されてカーライアムと同じように腰の後ろで手を組み、軽くおじぎをする。なんかサッカー部のよくやってるアレみたいだな。ちょっと似てる。
頭を上げてアンミルの顔を見上げると、奴は俺の体をねっとりと値踏みするように視線を這わせていた。
正直今すぐここでホモかよお前と叫んでやりたかったが、カーペットを取り囲むように立っている衛兵達に首をはねられても面白く無いのでおしだまっていると、奴は鼻で笑って口を開いた。
「フン、やはり汚い蛮族のようだな」
んだとこの豚。
わかりやすいレイシストじゃねぇか。
そのにんにくみたいな鼻を潰してやろうかアァン?
とはいえずに黙っているとアンミルの隣に立つ鎧に身を包んだ男が口を開く。
目元に少しだけ穴が空いているため顔は分からないが、声だけ聞くと顔中に傷のあるイケメンのおっさんのイメージが湧き上がる。そんな低い声だ。
「報告を聞こうか」
「はっ。フェンリルに関しては無事討伐完了、フレキに関しては偶然にもその場に居合わせた篠芽悠真の協力の下撃破することが出来ました。フェンリルは魔法部隊によって撃破したため遺体は確認できませんでしたが、フレキは篠芽悠真の設置した罠による撃破のため比較的きれいな状態で手元にあります」
打ち合わせ通りにカーライアムが多少の脚色を交えておっさんに伝える。
まぁ、突っ込んできたら首を折る装置も作れるし別に問題はないだろ。
そんなことを考えていると、少し黙り込んだおっさんと代わってアンミルが口を開く。
「うむ。篠芽とやら、お主わしの軍に入るが良い」
あぁ?
予想外の提案に何もいうことが出来ずにアンミルのことを見ていると、アンミルは目を閉じて何かに陶酔するように続きを口にする。
「フレキを被害なく仕留めることが出来るその技術は貴重だろう。それにリーニャといったか。彼女の保護も必要ではないかね?盗賊に襲われてはかなわんだろう?」
このクソダヌキ…薄ら笑いの下の打算が見え見えだぞ。
どうしたもんかと言葉を考えていると、カーライアムが間に割って入るように口を開く。
「お言葉ですが閣下、彼は事故によって記憶を失っているようで魔法も剣技も一般人にすら劣るレベルでございます。そんな人間を引き入れたところで得になるとは思えません、今一度、考え直してください」
「お主は黙っておれ、儂は篠芽とやらに聞いておるのじゃよ」
ぐぬぬ、とカーライアムが口を噛み締めて引き下がる。
反抗してくれたのはいいが、違う。
そもそも反論するところが違うのだ。
奴が言っている俺の技術がほしいというのは恐らく建前で、この黒髪黒目の存在が欲しいだけだ。
秦野国に対して有利な取引ができる。大方そんな浅はかなことを考えているんだろう。人質としての価値もない俺を持っていたところで武器にはならないと分かるまでそう日数はかからないだろうし、そうなった途端扱いはかなり悪くなるだろう。
それにこいつの言ったリーニャの事。
人質に取っているつもりなのが見え見えだ。というよりも恐らくそれが狙いなのだろう。
この誘いを断ればリーニャを殺す。
言外にそう言って脅してきているのだろう。
「…ありがたき、お言葉です」
俺がそう言うと、アンミルは満足気に頷く。
クソダヌキめ…せめてもの足掻きはさせてもらうぞ。
「が、まだここへ来て日も浅い、作法も分からない私が閣下の身の側で仕えるというのは少し気が引けますので、教育してもらうという意味も込めて第三師団…つまりカーライアムさんの元で働かせていただけないでしょうか?」
わざと少し言葉を崩しながらそう言うと、アンミルは少し考えこむように顎に手を当てる。
もうひと押しだ。
「何しろ記憶が無いものですから、皆さんに何も私の過去をお伝えしていない状況です。どんなしがらみがあるか分かりませんから」
俺がそう言うと、アンミルの隣に立っているおっさんがアンミルに何かを耳打ちする。
あいつのブレインはあのおっさんか。攻略するのならまずあそこからだな。おっさん攻略とかしたくねぇなぁ。美少女だったりしないかなぁ。
そう思っていると、アンミルは大きく頷いてから口を開く。
「ではそう計らおう。第3師団外部顧問としてそちを雇おう。秘書としてあのリーニャとやらを傍に置くが良い」
「有難き幸せ。気遣いに感謝します」
そうして俺は予想外の展開に翻弄され、リュドミーラの第三師団外部顧問という立場に置かれることになった。
つまりどーいうことだってばよ。まぁ第3師団の人たちはいい人ばっかだしいいけどさ。
謁見室から出て中庭に出ると、カーライアムが突然頭を下げてくる。
斜度四十五度。完璧なお辞儀である。
「すまないっ!」
「い、いややめてくださいこんなところで…。色々と知りたいこともあったし渡りに船みたいなものですよ。頭上げてください」
「そう言ってくれると助かるが…」
本当はそんなこと思ってないくせに、と言わんばかりの顔をしてくるが実のところこうなったらこうなったでやりようはいくらでもある。
何の肩書もない状態で魔法を学ぶなんて言うのは難しいだろうし、剣術を学ぼうと思っても俺が好きに使えるお金がないのだからそれも難しい。
この世界で生きるのに魔法と剣術は必須技術のようだし学んでおきたいと思っていたところだから、ちょうどいいといえばちょうどいいのだ。
それに、俺の体に取り憑いているフェンリルというやつがどんな立場なのかも知っておきたいところだし。
そんなことを説明すると、やっと納得してくれたようでカーライアムは頷いてみせる。
「なるほどそういう事か…。確かにそう考えるといい機会だったのかもしれないな。学校にかようのは難しいだろうし、何よりここにいるのは戦闘のプロフェッショナル達だ。頭でっかちに教わるよりは幾分か良いだろう」
「はい。そういう事です」
「うむ。そうと決まればまず食事を取ろうか。もうすぐ昼時だ、お腹が空いただろう?」
言われてみればお腹が空いている。
けれどもお金の管理はリーニャに任せっきりだから財布を持ってきていないというと、彼女は少し笑って言う。
「私の家でご馳走するよ。しばらくは私の家にいると良い」
「えっ」
「なに、気にすることはないさ。君のような人間がたくさんいるからね」
「えっ」
この人…まさかの…たくさんの男を家に飼うという伝説の…
そんな風に思わず身震いしながらついていくと、中央広間から少し歩いた所にある巨大な屋敷に入っていく。
そして玄関を開けると、
「「「おかえりなさーい!!!!!」」」
大量の子供がそこに待ち受けていた。
おぉん?
突然の出来事に目を丸くしていると、少し照れくさそうに笑ったカーライアムが言う。
「私の家兼、孤児院みたいなところなんだよ、ここは」
「は、はぁ…なるほど…」
つまり、完全に自分のお金で孤児達を引き受けているということか。
なるほど。
人望が厚いのも分かるな。
しばらくすると、お目通しをするということで大広間に全員が集められる。
孤児は全部で二十人程か。その全員が大きくても十三歳程らしい。
俺と同い年ぐらいになるとここから独り立ちをさせるらしい。と言っても基本的に就職先は第3師団になってしまうのだがな、と少し嫌そうにカーライアムが言っていた。
と、言うことはフレキが殺した人間の中にも…と考えて気分が陰鬱になったところで頭を振ってその考えを捨てる。
「どうも、これからここに住まわせてもらう篠芽悠真と言います。よろしくお願いします」
二十人の目、つまり四十個の目が俺を見据えていた。
怖すぎるわ。
視線恐怖症ってわけではないが、コミュ障にはつらいものがある。さっきの自己紹介も声が震えてなかったかなぁと心配していると、隣に立っているリーニャが快活に自己紹介をする。
明るいその自己紹介に子どもたちの視線が向けられる。
少しも緊張していないような素振りを見るに、彼女はなかなか肝が座っているようだ。
すごいな。
そんなことを思っていると、子どもたちが一斉に手を上げて質問をしようとするが、それをカーライアムが制する。
「はいはい。ここらへんにして昼食にしよう。この二人もお腹が空いているらしいから、質問はその後にしてやってくれ。ダルミネ、用意出来てるか?」
カーライアムが部屋の扉に向かってそう言うと、割烹着を身につけたダルミネと呼ばれたおば…齢40程のお姉さんが出てきた。
「出来てるよ、みんな運んでおくれ」
その声を聞いて、一斉に子どもたちが食べ物をとりに行く。
あまり客人のように振る舞うのもなんなので自分達も手伝いに行こうとすると、カーライアムがそれを止める。
「君達はあくまで客人だ。座っていてくれ」
「いやぁ、人に働かせてふんぞり返っているのってあんまり…好きじゃなくて、よければ手伝わせて欲しいんですよね」
「私もです」
俺とリーニャがそう言うと、カーライアムが少し困ったように頭を掻く。
「仕方ないな…じゃあ片付けを手伝ってくれ。二十人分の食器を洗うのがなかなかに困難でな」
「もちろんです!」
「はい」
元気に返事をするリーニャの後に続いて答えて、カーライアムの隣に腰を落ち着ける。
大きな長テーブルに次々運ばれてくる料理は野菜と肉を焼いたシンプルなものだった。
まぁ、この人数の料理を作るのだったら野菜炒めとかは簡単でいいよな。それに美味しいし。
数日前までろくな食べ物を食べていなかったのに、今となってはたくさんの人と食卓を囲んで美味しいご飯を食べている。
うーん。
と、食卓についてやいのやいのとはしゃいでいる子どもたちを見渡して思う。
日本にいた頃は一人でご飯を食べる方が好きだったけれど、色々と経験してからこうしてまた沢山の人と食卓を囲むと、やっぱりこっちのほうが良いな。
「いいですね、こういうの」
「うん、そうだね」
俺の考えを察したようにリーニャが笑ってそういうので、俺も相槌を打って答える。
そしてカーライアムが掛け声をかけると、みんなが一斉に手を合わせて食事をとりはじめる。
うん。
良いね。こういうの。
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