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異世界の歩き方  作者: レルミア
教師編
69/104

逃げられない現実

「新しい服がほしいです」


 唐突にそう言ったリーニャは俺の部屋の扉の前で腰に手を当てて仁王立ちしていた。

 いや、邪魔なんだけどリーニャ先生。

 早朝一番のドッキリかと思ったが、そういえば今日は学校が休みな日だった。

 だったらもっかい寝てもいいじゃんと思って踵を返して扉を閉めようとしたところで、扉を力強く止められる。


「新しい服が、欲しいです」


 いやわかったよ…買ってこいや…そう言いたいのをぐっとこらえて首だけ後ろに向ける。


「その…作るの?」

「買うんですよ!」

「いってらっしゃい…?」

「私一人に行けとおっしゃるんですか!?」

「そのと…いやわかりましたよ行きますよ…」


 そう言って寝ぼけ眼を擦りながらリーニャに連れられて馬車へと移動する。

 確かに言われてみればリーニャはイムラを出発してからこっち服というものを購入していないので必要最低限の服しか持っていない。ある程度拠点が決まって長期間ここにいる事が決まった以上、買うのを渋る理由はないということだろう。

 胸まで伸びた少しだけ毛先のカールした茶髪。

 この髪型なら日本にも結構な人がいたし俺もそれなりに役に立つかもしれない…けど、しかしこれって…どう考えてもデートだよなぁ。

 中央市場にまで連れられてきてそんなことを考えていると、隣を歩くリーニャが店の入り口に飾られている洋服に目を取られて脚を止める。

 あ、フェンリルはおいてきました。まだ眠そうだったし。

 

「可愛いですね、これ」


 言われて飾られた洋服に視線を移してみれば、黒地に赤いレースが施されたスカートだった。

 右腰を中心に下半身に向かって放射状に太いレースがあしらわれており、左側は少しスカートの丈が短いアンバランスなスカートだ。

 スカートというよりも腰巻きに近い。どうやらその隣に飾られている、白い不透過なレースの上に、前が空いた端の赤い黒い布があしらわれたスカートの上に着用するもののようだ。

 上着はこれまた襟口と袖口に赤いレースがあしらわれ、正面のボタンで締める部分には赤い線が施されている物が近くに置かれていた。

 要するにこの三点セットを着ろということだろう。

 

「これ三点セットのだよな…いくらなんだ?」


 言われてリーニャが値札をみて三つの合計金額を計算した結果。


「金10枚…」

「たっか…」

「二ヶ月分の生活費…ですか…」


 うむむ…と顎に手を当てて悩むリーニャ大先生。

 ぶっちゃけ今財布の中には金1000枚近くが入っているために金10枚程度痛手でもないのだが、彼女の中にはある程度予算が決められているようで悩みまくっている。っていうかそう考えると金千枚って相当な金額だよな。いくら分だ?一千万くらい?やべーなおいどんな富豪だよ怖すぎるだろおい。

 改めてリーニャの商才に冷や汗をかいてから、この服が彼女に似合うかどうかを考えてみる。

 こういう服は彼女のような可愛いタイプではなくどちらかと言うとホルンのような美人タイプが似合う。

 どうしたもんか、と思ってそのまま店の中に入ると、中心から左側にすこしボタンのいちがずれたタイトなワンピースのようなものが飾られていた。

 黒地に白いボタンが映えるきれいな服だった。袖がなく、スカートもあまりひらひらとしたものではなくてかなり短くて腰にくっつくような細いものだ。


(これと――)


 周りを見ると、胸の前で留めるだけの前の開けた青いマントのような服が目に入る。長さは足首の少し上まである。これもまた袖なしだ。これとジーンズ素材のホットパンツ…あとブーツでも履かせれば完璧だろう。そう思ってワンピースに合わせて黒いブーツを選ぶ。これは金具が目立つかっこいいやつだ。その近くになんだ、あの、青いカーディガンのようなマントのような服と同じ色の、手首から肘にかけて着用するアクセサリーのようなものもあったので適当に見繕って手に取る。

 

「おねーさん、これくれ」


 まとめて店員のところへ持って行くと、彼女は手際よく商品をまとめあげて値段を提示した。

 その金額は金20枚。

 どうやらこの店は相当な高級品店らしい。

 そう思いながら財布から金二十枚を取り出してさっと払ってしまって箱を抱えてまだ玄関先で唸るリーニャの隣に立つ。

 すると俺が買い物を済ませたことに気付いたのか、目を丸くした。


「え、そういう趣味が…おありでしたか?」

「馬鹿言ってんじゃねぇ…」


 呆れてそう言いながら、リーニャが悩んでいたものもさっと買ってしまう。

 こういう悩んだものはチャチャッと買えばいいのだ。迷うだけ時間の無駄というものである。

 更にリーニャは会計の途中で目についた茶色いベストと腰に巻く茶色いベルト、そしてゆる~い感じの白のワンピースを買った。スカートのひざ下ぐらいに彩られた茶色いラインが良いんだという。よく分からん。それに加えて袖口とフードの端、あと脚のはしに毛皮があしらわれたねずみ色の分厚いコートをレジに加えた。

 そんなこんなでリーニャはほくほく顔でその店を出た。なんせ気になっていた服と衝動買いした服、あと俺が買った服で三セットも買えたのだ。合計で金60枚の出費があったがまぁ彼女の実力ならすぐに取り戻せるだろうし、教師としての給料もある。挽回はそう難しくはなさそうだ。


「ついでですし篠芽さんの洋服も買いましょうか」


 言われて自分の服を見なおしてみると、確かにぼろぼろだ。ここに召喚されてから新しい服を新調していないためにあちこち擦り切れて穴が開きかけている。

 いい加減新しいのが欲しいと思っていたしちょうどいいかと思って別のメンズ洋服店に入る。


「今は赤髪だけど普段は黒髪ですもんね…」


 ふむふむ、と言いながら俺の体を頭の先から爪先まで眺めてからリーニャはそそくさと洋服店へと入っていく。

 どんなものが選ばれるんだろうかと思いながら店内を散策して気付いたのは、服は日本とあまり変わらない物があるということだった。確かに中世っぽいものやファンタジーっぽいものが多いがパーカーやスーツ、ジーパンといった現代日本でも通用しそうな衣服がそこかしこに見られる。

 おそらくは今までのアマテラスのおかげなんだろうな、と思いながら過去のアマテラスに感謝をする。

 あまりひどい結果にはならなそうだ。

 まぁこういう世界に来たんだからコスプレみたいな格好でもいいけどさ。

 んむむ、と悩んでいるとリーニャがもう既に包を抱えて居た。

 買うの早いな、と感想を漏らすよりも早くリーニャに連れられて広場で休憩する。


「たくさん買いましたね!」

「俺の分いくらぐらいした?」

「金20ぐらいですかね。男物は安くていいですねぇ」

「おー…後で見せてね?」

「もちろん、好みじゃなかったらちょっと申し訳ないですけど」


 そう言って笑って、彼女は買ってきた果物のジュースを口に含む。


「…最近、また怖い顔してることがありますよ」

「…そうかな」

「ええ」


 バレていたか、と彼女を横顔を見てみるとそこには今までの笑顔はなく、彼女はジュースの表面の水面に視線を落としていた。


「…あなたは、少し抱えすぎる所があります。私はもう無力じゃありません。微力ですが…魔法も使えます。戦えというのなら、命をかけてでも。だからもう…一人で戦わないでください…一人で勝手に居なくなったりしないでください」


 心配かけてしまっていたのか。

 俺はあんまり演技はうまくないみたいだ、と思わずため息を吐く。


「――教え子…というよりもうちのクラスに…一人復讐を従っている人がいるんです。両親を眼の前で殺された…だから殺したやつを、その組織を殺す。そう息巻いて俺に戦う技術を教えてくれと頼んできた。俺は今戦う技術を教えては居ます…けど」

「――強い力を持ってしまえば戦う運命からは逃れられない」

「そう、なんですよ」


 強い人間は、それだけで争いを惹きつける。

 こちらが望んでいなくとも争いは向こうから勝手にやってくるのだ。それを篠芽はこの世界にきて嫌というほど感じた。

 いや。

 逆か。


「戦う運命にあるからこそ――強さを持つ。そういう考え方も、あるかもしれませんね」


 もう戦いは決定していたのかもしれない。と今までの戦いを思い浮かべる。

 人を殺すのにもう迷いはない。

 俺がそうなっているのはしかたがないことだと思う。

 そうしなければトールは守れなかった。そうしなければ…リーニャは守れなかった。そうなったとしても助けられなかった人間は居たが、しかし迷いがなくなったことによって助けられるようになった人間がいたのだから俺はそこに関しては後悔はない…が、それを他人に推奨するかという話になれば話は別だ。


「俺はもう人を殺すのに躊躇いはありません。ナイフを持って目の前に敵がいるとわかれば急所を突くのも引き裂くのにももう躊躇いは無くなってしまいました。でもこれは人として…良くないって事自体は分かります。まだこの世界につま先も入っていない様な人間をこの世界に引きずり込んでいいのか…俺にはまだ判断出来ないんです」

「そうですねぇ…」


 そう言って彼女は考えこむような仕草を取る。

 

「すこしきつい言い方になってしまいますけど…それは私達が決めることではありませんよね」

「と、言うと?」

「あなたは生徒と同じぐらいの年齢ですし、そもそもこの世界においてあなたはまだ数ヶ月しか経っていない。それに比べてあの子達は十数年をこの世界で過ごしているんです。それにあなたは…残念ながらかなり特殊な所に身をおいていますから。この世界の普通の幸せというものを知りません。だからあなたはもちろん私にも、あの子達に偉そうに言うことはあまりできないと思います。だから私は生徒がやりたいということがあればやらせるし、そこに私情は挟みません。…まぁ、いじめとかとなると話は別ですが復讐ならば私はやればいいと思います。その結果死ぬとしても。もう高等部となれば十六歳を超えているんです。自分の命に責任をもってもいい年齢なんですから」

「…冷たいですね」

「あなたの世界が優しすぎるたんですよ。…なんてちょっと言い過ぎましたかね。まぁとにかく私達が生徒をどうこうと操作するのはおこがましい…ですけど」


 一転、彼女はトーンを落とした。


「人が死ぬ怖さというのは一度味合わなければ分からないものです。眼の前で人が命を、魂を失っていく様は想像だけでは全く追い付きません。最初に私の眼の前で死んだあの盗賊は恐らく…いや確実に私の父の仇だったでしょうが、それを勝る恐怖が私を襲いました。それから数日は…一人だったならば恐らくは心が折れていたでしょう。目から光がなくなっていく人と目があったまま。あれは何度思い返しても夢に出ますから。やっぱりあんな思いはさせなくていいのならばさせたくない…それは分かります。どれが正しいのか、なんて言うのはわかりません。恐らく正解なんて無いんでしょう。復讐をしたい。それも分かるし人殺しをさせたくない。それも分かります。でもそれは共存出来ないことなんでしょうかね」

「…え?」

「例えば、自分の手を汚さない方法もあるんですよ」

「俺がやる、とかですか?」

「まぁそれも方法の一つですけど、私にはあなたに極力人殺しをしてほしくありませんから別の方法ですね。暗殺組織、というものがこの世界には存在しているのですよ、篠芽さん」

「暗殺組織」

「そこに依頼してみてはいかがですか?」

「…なんというか、リーニャさんはそういうことには疎いものかと」

「商人ですから。色々と知って置かなければならない仕事ですよ」


 あはは、とからからと笑うリーニャには恐らく俺の知らない暗い過去があるんだろうなと思う。

 けど、そうか。

 誰かに頼む、か。

 そんなことはついぞ思いつきもしなかった。

 

「まぁ何にしても一度生徒達と話してみるのがいいでしょう。人を殺す怖さ。殺されそうになる怖さ。それは話しだけでも八分ぐらいは伝わると思いますし…伝えるべきでしょう」

「そう…ですね」


 話して、みるか。


****


 翌日。


「今日は戦闘に入る前に…少し話をしたい」


 がたん、とイスを教卓に持ってきてそこに座る。

 突然始まった俺の話に十人十色の反応を見せるが、露骨に嫌がって騒ぎ立てる奴はいなかった。


「知っての通り、俺は人殺しだ。この手で、剣で、魔法で、何人も人を殺した。両手の指じゃ足りないし、足を使っても足りない。もう数えるのもやめたよ。お前たちの中には…現在、未来に関わらず復讐したくなる瞬間が絶対に存在する。それは確信していい。友人が殺された、家族が殺された。いじめられた、殴られた、まぁなんだっていい。人を殺すのは簡単だ。でも多分お前たちが今いざ人を殺すかと聞かれたときには少しだけ躊躇いを覚えると思う。意地とか、見栄とかを抜きにして本当の気持ちだけを考えた時に初めてで躊躇いなく人を殺せる人間はそういないしな」


 大体言いたいことを察したのか、彼らの表情は真剣なものになっていく。

 フレデリカに至っては気迫すら感じさせる表情でこっちを見ている。怖い。


「お前らはもう人を殺すと言う意味においては十分に強い。隙を付けば俺だって簡単に殺せる。…でもお前たちはまだ人を殺せるという恐怖を知らない。これは体験しないと真に分かるもんじゃないけどな。まぁ聞くだけ聞いておいてくれればと思う」


 そう言って一呼吸ついて、俺は初めて人を手に掛けた時のことを思い返す。


「小さいころ。十二か十前後の時だったかな。俺には姉が居た。まぁかなり過保護な姉だったんだけどな…俺と姉が家に居た時に一人の強盗が入ってきたわけだ。その当時脱法ハーブ…呼び方が変わったけどまぁ…意識が錯乱する薬だとでも思ってくれればいい。それが流行っていてな。それを吸った奴がうちに押し入ってきたわけだ。姉は武道の心得があったからか、俺が腰を抜かして立てなくなっちまったからか…いやどっちもだろうな。姉は強盗に立ち向かった。最初は素手だと思っていたから勝てたと思ったんだろうが…姉は強盗が懐から出しざまに薙いだナイフで右足をかなり深く来られたんだ。その時点で姉は自分がもう戦えないと察したのか俺を逃がそうとした。でも、そこで俺は逃げたら姉が死ぬと思ったし、事実逃げてたら殺されてただろうな。無我夢中だったよ。すぐにキッチンに行って包丁を二本取ってきて一本を投げて強盗の腹に突き刺して怯んだところで首を引き裂いた。一瞬だったよ。強盗は何が起こったか分かってなかったように呆然として俺を見つめてた。俺もその目を見つめてた。意外にはっきりと分かるんだぜ、命がなくなっていく瞬間っていうのは。だんだんと目から光がなくなっていくんだ。そんで最後に大きめのゲップを血と一緒に吐いて強盗は倒れた。最期まで自分に何が起こったのか分かってなかった様な表情をしてた。俺は今でもあの感触を忘れられない。喉仏を引きちぎるように切ったんだ。ブチっていう感触がまだ手に残ってる。それからだ、俺が喧嘩をしなくなったのは。俺はいつでも人を殺せてしまう。そう思ってからはもう人に手を上げることはできなくなった。もしここで殴って吹き飛んだ先で頭をぶつけたら。もし腹を殴って肋骨が折れて肺に突き刺さったら。たかが喧嘩ですら誰かが死ぬ可能性はある。そう考えるともう手を上げることは出来ねぇ。でもそうはいかない出来事が起こった。お前たちも知ってるリーニャ先生の家に強盗がはいったんだ。奴らは彼女の親を殺していた。その時に俺は心のなかで泣いたよ。一度人を殺してしまえばこういう運命から逃れることは出来ないのかってね」


 偉い長くなってしまったな、寝てるんじゃなかろうかと思って視線を上げるが教室に寝ている生徒は一人も居なかった。

 それどころか皆真剣な表情をして聞き入ってくれていた。

 

「まぁ何がいいたいかっていうのは…そうだな、お前たちに人を殺す技術を教えてはいるが…俺としては人を殺してほしくない。そうなりそうな時は逃げて欲しい。…或いは俺に助けを求めてくれ。そして大事な人に絶対に殺人をさせるな。そして大事な人を殺させるな…って事だ。ま、あんまり役に立たねぇだろうが心に留めておいてくれ。んじゃ、やろうか。実戦だ」


 何と言っても。

 この世界は争いであふれている。

 いくらキレイ事を言っても争いは絶えない。

 だからこそ争いをするなと言っても争いの技術を磨かせるしか無く、人を殺すなと言っても人を殺す技術を磨かせるしか無い。

 矛盾。

 篠芽は結局それから逃れることは出来なかった。

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