担任は同い年!?
翌日、午前十時にもなってまだ眠気から覚めない頭を必死に働かせながら学校へ到着すると、既にミンが凛とした格好で立っていた。
どうやらこの場所に来たのは俺が最後だったようで、俺の姿を確認したミンは黒板に文字を書きだした。
「間近にあるイベントの事をまずお知らせしてからあなた達には教員任務についてもらいたいと思います。まず最も近いのは一ヶ月後のサバイバル演習。これは無人島でのサバイバル演習となります。各クラスが生き残りをかけて争う競技とも言えますが…詳しいことは後でまた説明するとして、とりあえずこのサバイバル演習が一ヶ月後にあるというのをまず頭においておいてください。そしてもう一つがこの体育大会です。これはどんな競技が行われるかは決まっていませんが…例年通りであれば結構和やかな物となりますが恐らく今年はあなた達を招いたことにも分かるように実戦的な物がチョイスされると考えられます。これが半年後に行われます。前期の最も大きなイベントはこの体育大会でしょう。とりあえずはそれを目標にして彼らを教育してください…というところですが、質問はありますか?」
ミンがそう言うと、中等部に配属された若い男が手を挙げる。
「国王は戦いの怖さを教えろと言ったが、どのレベルまで教えればいいんだ?」
「命の損失、そして取り返しの付かないダメージ…例えば四肢の消失等がない程度に限界まで実戦に近い事をしてください」
「じゃあ例えば、俺の持ってる魔法陣で幻覚を見せることが出来るんだが、そこで本当の実戦を味合わせるとかは良いのか?確実に幻覚の中では足が吹き飛ぶだろうが実体には影響はない…しかし痛みはかなり残るようなものだが」
詳しく突き詰めるように若い男が更に質問を重ねると、ミンは頷いてみせる。
「まぁ、良いでしょう。私が言うのも恥ずかしいのですがここの生徒は戦いというものを甘く見すぎています。命を失うよりもまえに現実を突きつけてあげなければならないのです…私達にそれができないのが悔やまれますが」
唇を噛みながらそういうミンは本当に悔しそうだった。
まぁ確かに教育畑の専門の人間が教育できずに他人に任せることになるというのはなかなかに屈辱だろうというのは容易に想像出来る。
そんなことを思って声をかけようと口を開くが、それよりも前に昨日拳を交わしたドワーフが右手をひらひらと揺らしながら口を開く。
「人には適材適所ってもンがあんだろ。これはその一つだ。任せろよおねーさん」
ギグスがそう言うとミンは少し表情を和らげて礼を言う。
「ではそれぞれの教室に案内します…重ねて言いますが、大変申し訳ありません」
なんでこうもミンは何度も頭を下げるのか。
ギグスの言ったフォローも意味がなかったのかな、と思ったが教室に入ってミンが謝ったのはまた別の意味でのことだということがわかった。
俺のクラスはDクラス。その元担任であり現副担任であるレイラの案内で教室に入るとまず真っ先に浮かんだ言葉があった。
「学級崩壊――か」
****
この教室は終わっている。
恐らくその認識はすべての生徒に共通しているだろうと、このDクラスに所属する僕はそう思う。
先生のいうことを聞く人間は誰一人として居ない。まぁその理由も分かるけれど――。
そもそも僕達に物事を教える事が仕事の人間が僕達よりも生き延びるという面…今この世界で重要視されている面に置いて劣っているのだ。そんな人間に物事を教わろうという気にはならない人間が出てきてもおかしくはない。
そんなことを思いながら席に座って、相も変わらず荒れ果てるクラスを眺めていると一人の少年が手を上げた。
赤い髪の毛を狼のように逆立てた彼はこのクラスのスクールカーストに置いて最上位のポジションを持っていており、その名前をヴァーチルと言った。その性格は一言で言うのなら破天荒。その元気さとなかなかに整った顔立ちから結構このクラスの女子人気も高い。
「俺、新しい担任にちょっとしたゲーム仕掛けてみるわ!」
ゲーム。
ヴァーチルの言うゲームというのは簡単だ。
驚かせて反応を見る事だ。
ただのドッキリと言うくだらないものだが、その驚かせる方法というのは僕達の得意とする魔法。
恐らく彼はいつも今までの担任のレイラ先生にやるように体の近くに炎弾を打ち込むつもりだろう。レイラ先生はいつもそれで萎縮してしまうのだが、新しい担任はどうなのか――という意図があるんだと思う。
そんなヴァーチルの一言にクラスの大半は盛り上がるが、かと言って僕、アルトリアはやばいのではないかと内心思っていた。
それは僕だけではないようで、このクラスに所属する青い髪を特にいじりもしていないクールな生徒のアリーヤもそう思っていたのか、一瞬だけ顔をしかめてみせた。彼はクールでヴァーチルとは正反対の性格を持ちつつもこのスクールカーストの最上位に属する稀有な人間だ。大体このクラスの人間と関わりを絶とうとする人間は孤立するのが落ちだっていうのに…っと。話がずれた。
僕と…たぶんアリーヤも同じような感想を抱いた理由は一つだ。
先日言っていた校長の言葉。
彼の言葉から察するに今から来る人間は実践を経験していた人間だ。それもこんな荒れたクラスに来るのだからそれなりに腕っ節は立つはず…。そんな人間に”殺しの道具”である炎弾を放って穏便に済むのか…僕にはとてもそうは思えない。
良くてヴァーチルの気絶。悪くて、死。
こんな予想すら楽観的かもしれないと思えるのに彼の愚行を止める人間は誰一人としていなかった。そもそもヴァーチルに意見できる人間なんて言うのは数が限られてくるし、その中でも唯一築いていそうなアリーヤは言う気配が無い。
僕?僕がそんなことを言えば村八分の上市中引きずり回しだ。そんなことを自ら進んで望み出るほど僕はお人好しじゃあない。
どうなるのか。
これから起こるであろう未来をいくつか予想しながらレイラ先生を待っていると、彼女は灰色のローブに身を包んだ 赤髪の青年を連れてきた。
青年と言っても見た目は同じような年齢で、あの教師軍の中でもかなり目立って若い人間の一人だ。
そんな奴がきたと合ってはうちのクラスの人間は舐めるだけだろうという案の定、教室に入った瞬間に一瞬だけ面くらった新しい担任の反応をみてヴァーチルは笑いながら椅子の下で魔法陣を構築する。
当然のように生徒はせきに座らずに固まって談笑しているためにその様子は一見では全く分からない。
この状況をどう覆すのか――僕が新しい担任のやることに注視していると、彼はレイラ先生にむかって苦笑いを浮かべた次の瞬間。
指を鳴らした。
この動物園の中のような騒がしさでなぜ指の音が聞こえたのかと一瞬疑問に思ったが、すぐにその疑問は解消されることになる。
単純に。
彼の立てる音以外の音が全てシャットアウトされているのだ。
泡を食って何かを叫ぶヴァーチルの取り巻きの声も全く聞こえていなかった。
しかしその中で唯一、新しい担任の声は通った。
「どうも、新しい担任の篠芽だ。以後よろしく頼む」
何をされたのか全く分からない状況で唯一つ分かった事がある。
眼の前の人間は次元が全く違う所に立っている、と。
だというのにヴァーチルは意地になったのか、皆の前だからというプライドからか炎弾の詠唱を止めなかった。彼の実力ならば詠唱が完了するまでにもうあと二十秒もあれば足りてしまうだろう。
馬鹿なやつ、と思いながらもどういう対応をするのかが気になって彼らを見ていると、篠芽と名乗った新しい担任はヴァーチルを見ながら笑って言った。
「まず最初に言っておくことがあるが俺はレイラ先生とは違って実際に戦場に居た人間だ」
その言葉に何かを感じたのか、ヴァーチルは炎弾魔法を完成させ、後はただ取り巻きの間から彼を狙い打つだけだというのにその魔法を射出することはなかった。
「お前たちが覚えたのは”殺しの道具”だ。それを撃たれればその瞬間にここは殺し合いの場になる事を忘れるなよ。それは”ゲーム”で使う魔法じゃあねぇんだぞ、赤髪」
後半は確実に怒気を通り越して、いっそ殺気とまで言っていい気迫を込めていた。
流石にそこまで言われてしまっては逆らう気もなくなったのか、ヴァーチルは炎弾魔法を解除する。
「…さて、とりあえず静かに席についてもらおうか」
彼がそう言うと、ヴァーチルの席に集まっていた生徒は散り散りになってそれぞれの席に戻っていった。
「じゃあ魔法を解くぞ」
再び指を鳴らすと、波が戻ってくるように音が帰ってきた。
未だかつて無かった程に教室が静まり返っていて、この教室の全員が眼の前の篠芽を自分より格上の人間だと認識し始めていたのが分かった。
そして全員を見渡して、篠芽は再び口を開く。
「さて、まず最初の授業…オリエンテーションを始めようか」




